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助けた人は龍で、騎士で、美形貴族  作者: たかむら
第四章 戻ってきました、龍の国
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リュシアンの失態とヴァンパイア


 目的地へ到着するとコウモリとネコはリュシアン一行を降ろし帰って行った。そして未だに体調が優れないカーバンクルを世話師猫が介抱すると言ったため、二匹は一緒に姿を消した。

 小春とリュシアンが現在居る場所はゼノン・ダイヤバートン・ミルクティー卿が住む洋館の門の前だ。この建物は庶民からしてみれば豪邸だが、龍族の国(ルシェール)にあるリュシアンの邸に比べれば小さく邸宅という言葉に収まる。しかし小春はそんな事よりもこの不気味で恐ろしい見た目の邸に、お化けのような得体の知れない何かが出てくるのではないかと怯え、足が竦んでいた。



「リュカさん」

「どうした?コハル」

「早く用事を済ませて帰りたいです」

「同感だ。ルシェールに帰りコハルとゆっくり愛を育みたい」

「あ、そういう意味じゃないです」



 リュシアンを好きだと自覚し婚姻を結んだ今でも小春は朝と夜の挨拶だけで精一杯で、その先を考える余裕はない。普段のリュシアンならば間髪入れず『どういう意味だ』と聞き返している所だが、今は恐怖ゆえに自分の服を力いっぱい握り締めてくる妻に愛おしさが爆発し、抱きしめたくなる衝動を必死に抑え込んでいた。


 ギィ…と音を立てながら大きな門が開く。

 ヴェルゴナが鬼人族の国(アマノミカヅキ)を出る前に先触れを出していたため門が自動で開いた。そして地面がベルトコンベヤーのようにゆっくりと動き始める。リュシアンと小春は同時に一歩中に踏み入り、二人は自動で玄関の前まで招待された。

 


「ようこそいらっしゃいました。リュシアン・ヴァンディファ・デルヴァンクール様。コハル様。私はゼノン様にお仕えするメイド、オランジェッタ・ミカニエルと申します。オランジェッタとお呼びくださいませ」



 大きな玄関の前で、美しい金色の獣耳と禍々しいオーラを放つ羊のような角を持った女性がリュシアン達を出迎える。彼女はゼノン・ダイヤバートン・ミルクティー個人に仕えるメイドで、悪魔族とキツネの獣人族のハーフである。

 彼女は元々観光客としてヴァンパイアの国(ベガスドキュール帝国)に訪れていたが、借金が膨れ、強制無賃労働場(グッバイライフ)行のトロッコに乗せられそうになっていた所をたまたま通りかかったゼノンに拾われた。彼女はそれ以降この邸でメイドとして働いている。

 


「個人にメイドさん、ですか?」

「国によって制度は違うからおかしくはないよ」

「そうなんですね」

「といってもこの邸には私しかメイドがおりませんので、食事から掃除まで全ての仕事を任されております。ウふふ」

「この広いお城を一人でですか!?」

「ええ」



 笑みを絶やさずオランジェッタが返す。

 中に案内された二人は上等な客室に通され、ミルクティー卿と面会した。

 その男は革張りの高級なソファーに足を組んで座っており、まずはリュシアンに挨拶をし、その次に小春に挨拶をした。略式の簡単な挨拶のため軽く手を握り名前を伝えるだけで良く、小春も粗相を起こさずスマートに乗り切ることができた。

 彼の姿は如何にもというようなヴァンパイアの姿で、小春が想像していた吸血鬼に近い。長髪の銀髪は重く暗い色をしており、色白というよりかは血色が悪く、最大の特徴と言える犬歯は長く鋭く尖っている。


 リュシアンは挨拶もそこそこに早々に要件を伝える。



「ふむふむ。なるほど、なるほど。それで人魚の涙が欲しいと」

「少量で良い。譲ってはくれないだろうか」

「ええ、良いですとも。対価を支払って頂ければ、いくらでも」

「分かった。何が欲しい」

「ふふ。こんな好機はない。デルヴァンクール卿、貴方の、龍族の血を頂きたい」

「そんな事か。別に構わない」

「それともう一つ。鱗を一枚。両方の涙を所望するのなら、ね?」

「涙は一種類で良い」

「え?リュカさん一種類で良いんですか?」

「人魚の涙を所望すると言われただけだからね。種類までは言及されなかった」

「なるほど。だから一種類だけと」

「そうだ」



 ゼノンは悩んだ末、鱗を諦め血を頂く事にした。

 採血の準備が整うとメイドのオランジェッタがリュシアンの手の甲に注射針を刺す。しかし龍族の皮膚は強靭なため針が全く刺さらない。それどころか一本、二本と針が折れていき、最終的にゼノンが龍族の血を諦めた。



「所でデルヴァンクール卿。隣に居るのはヒト族…いや、何族だ?不思議な気を感じる」

「妻はヒト族ではなくニンゲンだ」

「ニンゲン?」

「見た目はヒト族に近いが全く異なる。寿命も凡そ80年と短く少しの怪我でも散ってしまうような儚く脆い存在だ」

「これは、これは。大変興味深い。そんな脆弱な種族がいるとは…。では、貴方様の血ではなく奥様の血を頂けますかな?」

「断る」

「私は良いですよ」

「コハル!?」

「そんなに吃驚する事ですか?大量の血は駄目ですけど、少しだけでしたら構いませんよ」

「交渉成立、ですね」



 ゼノンは笑みを浮かべ、小春は献血の要領で軽く返事をした。リュシアンは大事な存在である妻の一部を特に知りもしない輩にやるのは大反対である。しかし交渉が成立してしまった以上、口を出せないので黙って事の成り行きを見守る事にした。


 ゼノンが直々に小春の手の甲から採血をしようと注射器を持つ。それに小春が待ったをかけた。



「ま、待ってください!」

「おや。先ほど交渉は成立しました。拒否すれば契約違反と見なし」

「そうじゃありません!手の甲じゃなく、腕でお願いします!」

「腕…?別に構いませんが…」



 小春は服を二の腕までたくし上げ、採血しやすよう前腕を見せる。その様子を見ていたリュシアンは『夫の前以外で素肌を見せてはならない』と後で叱ろうと固く心に誓った。

 ゼノンは採血しようと小春の腕に触れる。その瞬間、あまりの衝撃にリュシアンに顔ごと視線を向けた。ニンゲンの肌の異常な柔らかさ、静脈などの重要な血管が目視できるほどの皮膚の薄さ、これでは弱点が丸見えではないかとゼノンは驚く。伝えたい事が多すぎたため直ぐには言葉にできず、また全てを見越していたリュシアンはただ一言『間違えば殺す』と、珍しく直接的な言葉を口にした。

 ゼノンは未知の生物を採血するという興奮と龍族からの直接的な脅しに血圧が上昇し、心拍数も300を超える。しかし貴族として無様な姿は見せられないため汗一つ掻かず、手の震えも精神で抑え込み、細心の注意を払って小春の腕から採血した。



「なんと、美しい。これは良いものを得た」



 注射器の中にある血液をゼノンは瞳を輝かせながら、うっとりとした表情で見る。小春の血は健康そのもので何もおかしい所はない。しかしリュシアンは違和感を覚え、ソファーから立ち上がって採血されたばかりの彼女の血をじっと観察した。



「…」

「眉間に皺なんか寄せてどうしたんですか?」

「以前見た時は、確かもっと、赤黒かったような…」



 そう言った瞬間、姿を消していた世話師猫が何処からともなく現れ『教育的指導である!』と言い、リュシアンの鳩尾に一発強烈な猫パンチをブチかました。

 普段の彼なら即座に反応し、魔法で防御壁を何枚も張り、相手の攻撃を防いで反撃に出ている。だがしかし、それを余裕で上回るほど世話師猫の攻撃スピードは速く、龍族でも反応するのがやっとだった。奇跡的に張れた一枚の防御壁も簡単にぶち破られ、もろに拳を喰らってしまった。意地と根性だけで床に膝をつかなかっただけでも大した物である。

 一連の出来事が起こっていた間、ヴァンパイアであるゼノンは何が起きたのか理解できておらず、リュシアンが腹を抑えたのを見てから『強襲か!?』と驚き、辺りに視線を彷徨わせ臨戦態勢に入った。



「敵は何処だッ!」

「…敵、ではない」

「無事かっ!デルヴァンクール卿!」

「ああ」



 世話師猫は小春にだけ見える様にVサインを送り、ミルクティー卿に見つかる前に姿を消した。



「ありがとう文二。リュカさんは後で殴ります」

「っすまない、コハル。だが悪気があった訳では」

「じゃあ悪気無く悪い事ができるのは根が邪悪っていう事ですね。殴ります」

「私が悪かった。すまない。機嫌を直してくれ」



 地雷を踏み抜いたリュシアンは小春に平謝りし、その光景にゼノンとオランジェッタは目を丸くする。

 小春の怒りが収まった後、リュシアンから一連の出来事の説明を受けたゼノンは『世話師猫が居たのなら少量だけでも毛を採取したかった』と残念そうに呟いた。


 

「しかし龍族がダメージを食らうとは、世話師猫はそれほどまでに強いのか…。オランジェッタ。世話師猫に纏わる如何なる情報をも集めワタシに提出せよ」

「はい、畏まりました。ゼノン様」



 その後、二人は無事に目的の物をゼノンから貰い、彼の勧めと夜も遅いという事もあってこの邸で一泊する事になった。晩餐会では緊張の解けた小春とゼノンが主に会話し、それをたまにリュシアンが訂正する。

 


「ワタシは好きが講じるあまり興奮しすぎて禿げそうになった事がある」

「ズル向けた事があるんですか?大変でしたね」

「違う。実際になった訳じゃない」

「ミルクティー卿。コハルは比喩表現が苦手ゆえ勘違いされたくなければはっきりと言葉にした方が良いぞ」

「それは、なんというか、貴族社会には不向きな方ですね」

「私もそう思います」



 小春はゼノンの言葉に真剣な表情で頷く。

 食事を終えた後、小春とリュシアンは案内された客室へ行き、中に入ると大きなベッドでカーバンクルと世話師猫が跳ねて遊んでいた。それを見て小春は笑みを浮かべる。



「大福、元気になったんだね」

『うん!』

「良かった。文二ありがとう」

「んにゃ!」



 カーバンクルの大福は何処となく元気の無さそうなリュシアンの肩に飛び乗り、ひと鳴きする。彼は先の件で再度小春に謝罪したが、『罰として今夜の挨拶は無しです』とお預けをくらってしまったため元気が無い。

 哀れに思った世話師猫は小春が眠りについた後、ニンゲンについて知識不足のリュシアンの為に夜通し経血と通常時の血色が違う事を懇切丁寧に説明した。



「そうか。ありがとうブンジ。この約一週間を女の子の日と言うのか」

「にゃ!」

「一つ質問があるのだが」

「何であるか」

「女の子の日があるという事は男の子の日もあるのか?」

「たぶんにゃい」

「そうか」



◇◆◇

おまけ~ヴァンパイアの食事~


「晩餐会で出た食事普通でしたね」

「どういう意味だ?」

「ヴァンパイアだから血が主食なのかと思いました」

「彼らの主食は揚げ物だ」

「随分脂っこいですね。そういえば飲み物も血じゃなかったですね」

「彼らが血を飲む時は血脈魔法をより強固にするか、嗜好品として飲むかくらいだよ」

「へぇ」



何とか毎月更新間に合いました!

そしてやっとヴァンパイア登場です。

お次は”鬼人族の国”へ戻って御妃様に人魚の涙を渡します!



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