ネコとコウモリ
【前回までのあらすじ】
鬼人族の国を出国手続きをしないまま出国した罰として妃から人魚の涙を所望される⇒魔族のヴェルゴナの情報によりヴァンパイアのミルクティー卿が持っている事が判明⇒ヴァンパイアの国(ベガスドキュール帝国)へリュシアン一行が行く⇒道中に天使族のシルヴィと出会い入国突破する⇒今回のお話です!
リュシアンと小春は観光客が集まるゴールデン街と呼ばれるカジノストリートを離れ、古くからヴァンパイアが住むドラスコを目指しターミナルへと来ていた。カーバンクルの大福は未だに小春の服の中に隠れており、普段人前で姿を消している世話師猫は珍しく姿を現し小春の側を歩いている。理由はベガスドキュール帝国に訪れる者のほとんどがギャンブル目的で来ているからだ。彼らにはそれ以外の物が視界に入っていない。そのため伝記にも載っていない伝説級の存在の世話師猫に欠片も気付いていない。
「リュカさんあっちに見えるボロボロのトロッコは何ですか?」
「あれは多重債務者が乗る乗り物だ。行き先は強制無賃労働場だよ」
「ぐっばいらいふ?」
「コハルにはまだ発音が難しいか。強制無賃労働場とはギャンブルで負け込み借りた金も返せず首が回らなくなった者達が行きつく場所だ。完済するまで無賃で働かされる」
「へぇー。ん?ちょっと待ってください。それっておかしくないですか?無賃労働って事はお金稼げないですよね?それじゃ一生返済できないんじゃ?」
「ふふっそうだよ。よく気付いたね」
「じゃ、じゃあもしかして死ぬまで一生働かされ続けるって事ですか!?」
「そうなるね」
「な、なんて恐ろしい場所!」
ボロボロに錆びれたトロッコに目が釘付け状態になってしまった小春はその場で固まってしまい、リュシアンは慣れた様子で彼女を無理矢理動かしドラスコ行きの受付を済ませた。受付を済ませた後は担当のコウモリが待合室まで迎えに来るようになっている。
この国のコウモリは全長160cmもあり小春とほぼ同じ背丈だ。そしてベガスドキュール帝国の乗り物も一風変わっている。ネコが道案内をし、コウモリがそれに従って空を飛んだり跳ねたりする。中には地上を走るだけのコウモリもいる。乗客はコウモリの背に乗る事が大半だが場合によってはコウモリが拒否する場合があるのでその時は並走しなければならない。
「ネコが道案内してくれるってロマンを感じますね」
「コハルの感性はよく分からない」
リュシアンは補足として此処で働くネコとコウモリは特殊な訓練を受けているため多少言語を理解できる事も話した。だが理解しないまま走り出すことの方が多い。この世界の生き物は自由なのだ。
担当のコウモリに連れられ発着場所に着いたリュシアン達はネコォ~ンと鳴きながら働いているのか寛いでいるのか分からないネコ達に目を向ける。
小春は今到着したばかりのコウモリの背から降りて来たヴァンパイアを見て、「吸血鬼だ~」と興味深そうに声を漏らした。
「しかも本当に猫が『ネコォ~ン』って鳴いてる!」
「そんなに珍しいか?」
「はい!」
ネコの見た目は小春の知る猫その物だ。しかし小春にとってこの世界のネコの鳴き声は珍しいため食い入る様にネコ達を見つめている。その姿にリュシアンはまた『毛深い生き物がそんなに好きなのか』と嫉妬した。
『ギー!ギー!』
「コハル、コウモリが好きなネコを選んで良いよと言ってる。どれか気に入った者を選ぶと良い」
「リュカさん、コウモリ語分かるんですね」
「雰囲気だ」
「違ったらどうするんですか」
「それはそれで楽しみじゃないか」
「えぇ~」
笑いながら「さぁ」と進めるリュシアンに押された小春は紫色のネコが良いとコウモリに告げた。するとコウモリは『ギ!』と鳴いて自信満々に灰色のネコを連れて来た。
「なんか不安になってきました」
「コハルは心配性だな」
「リュカさんが変な所で大雑把すぎるんですよ。こんなんで本当に目的地に到着できるんでしょうか」
「ワクワクにゃ!」
「私も楽しみだ」
コウモリがネコに行先を伝え、リュシアンと世話師猫が意気揚々とコウモリの背に乗り込む。コウモリの背には世話師猫、小春、リュシアンの順で座った。当然だがコウモリの背に安全ベルトなんてものは無い。それゆえ小春はまた深いため息を吐いた。
「どうか振り落とされませんように」
「心配せずとも私が後ろで支えている。コハルは安心して景色を楽しむと良い」
「支えるっていうか私のお腹に軽く手回してるだけですよねコレ。ゆるっゆるのガバッガバです。こんなんじゃ簡単に振り落とされちゃいます」
「だが抱きしめると前みたいにコハルの意識が飛んでしまう可能性が有る。あれには驚いた」
「むしろ私が驚きましたよ。絞められて落ちたの初めてです」
「絞めたわけではない。軽く抱きしめただけだ」
リュシアンは嫉妬や嬉しさのあまり小春を抱きしめた際に力加減を謝り何度か彼女を失神させてしまった事がある。一度は婚姻を結んだ直後で、その他は大抵彼が嫉妬した時だ。全く悪気は無いので小春も許しているが二日連続で落とされた時は流石に距離を取り、リュシアンの心のケアは世話師猫が行った。文二はメンタルケアもできる世話師猫なのだ。
今回こんなにも彼が姿を現しているのには理由がある。それは普段秘密のルートを通って移動しているため生き物の乗り物に乗った事がないからだ。そのためこの機会を利用して初体験を楽しもうとしている。
世話師猫はコハルが振り落とされたりリュシアンに気絶させられないよう気を配りながらも瞳をキラキラさせてニャーニャーと喋った。その声に反応し小春の服に隠れていたカーバンクルの大福が顔を覗かせる。
『コー』
「どしたの大福」
『よってはいたらごめんね』
「それは困る。服の中ではやめてね」
『がんばる』
カーバンクルが余計なフラグを立てた直後にコウモリが勢いよく地面を蹴った。そしてネコの指示のもと真っ暗な空へと羽ばたいていった。
ここベガスドキュール帝国には太陽が昇らない。メインストリートであるゴールデン街は何処もかしこも電飾で飾られているがヴァンパイア達が古くから住むドラスコはそこまで煌びやかではない。むしろ薄暗く宿舎の屋根が光る木で作られている程度だ。そのため夜目が利くネコとコウモリが道案内をしている。
「コハル、下を見てごらん」
「ムリですッ!」
「見ないと勿体無いよ」
リュシアンがしつこく勧めるのはベガスドキュール帝国にしか生息しない動物や植物が美しい光りを放っているからだ。この国に生息している動物や植物は辺りが暗いおかげで外敵も少ない。そんな環境だからこそ自身を発光させ会話をする文化がある。この光景はドラスコでしか見られない。ドラスコにある宿舎もその植物が使われているので屋根や壁が淡く発光している。
「うにゃ~」
「文二っ。あんまり下覗くと落ちちゃうよ!」
「コハルはもう少しリラックスした方が良い」
「こんな状況でリラックスできるほど肝座ってません」
「そうか」
ドラスコの美しい街並みを見て欲しいリュシアンは落ち込んでますと言わんばかりに小春の肩に額を預けた。そしてこっそりと彼女の香りを堪能した。
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