門番の鬼と妃
リュカさんにポーチから簡易キッチンを出してもらい、今日は久々に私が調理する。ここ最近はずっと文二が作ってくれていた。
今朝の献立は、ポーチの中に入っているお米、鮭、グルット巻貝、昆布、味噌を使って、焼き鮭と塩むすびと味噌汁を作る。
準備をしていると、ヴェルゴナさんも最初の頃のリュカさんと一緒で、お米ってべちゃべちゃしてるあの白い奴?と聞いてきた。いいえ、そんな事はございません。白米はつやつやでほのかに甘くて美味しいんです。絶対に美味しいと言わせてみせるぞ。おおー!
「文二はお米の炊き方分かるよね?」
「にゃ!」
白猫姿で割烹着を着た文二が元気よく前足を上げて返事をする。大福も何か手伝いたいようなので、グルット巻貝の中身を掻き出してもらう事にした。
グルット巻貝とはその名の通り、こう、ぐるっと渦を巻いた貝だ。一度リュカさんの邸で食べた事がある。味はシジミに似ている。
「私も何か手伝えることはあるか?」
「僕も何かあるかな」
「んー。今は特にないです。でも御飯が炊けたらおにぎりを一緒に作っていってほしいです」
「分かった。では先にテーブルをセッティングしておこう」
「ありがとうございます」
「僕は調理工程を見ていても良いかな」
「はい、良いですよ」
「ありがとう」
ヴェルゴナさんに見られながら鮭を捌き、鍋に昆布を入れて出汁を取る。味噌汁は文二が出来るというので任せ、私は鮭を焼きに…って、此処で焼いても良いのかな。ここって妖精さんの中だよね。
「ヴェルゴナさん、此処で火を使っても大丈夫ですか?」
「料理程度なら大丈夫だよ。でも心配なら僕が焼こうか?」
「お願いします」
「どれくらいの火力で焼けば良いかな」
「焼き目がつくくらいでお願いします」
「分かった」
ヴェルゴナさんが鮭の切り身に手を翳し、撫でるように右から左へと動かす。するとこんがりと綺麗な焼き目がついた。これくらいの火魔法なんて文字通り朝飯前なんだろうな。私はまだ習得できてないからユメヒバナさんに今度会ったら絶対チャッカマンを返してもらわなきゃ。まだ燃料残ってたら良いな。
焼けた鮭はリュカさんが以前作ってくれた木皿に移し、文二が作ってくれた味噌汁も木のお椀によそう。ご飯も炊けたみたいで、文二がこちらに前足を振っている。
リュカさんを呼び、皆の前でお手本のおむすびを握っていく。といっても塩を軽く振り掛けて三角形に形を整えるだけだ。難しい事はない。
文二も手伝いに入り皆で握っていく。リュカさんは何度かやった事があるので上手に作れている。だけど初めてのヴェルゴナさんは「三角にならないっ熱っ」と言いながら複雑な握り方をしていた。
「こう、軽くぎゅっと握ると良いですよ」
「こうかい?」
グチャッァア!!!
「あ」
「あぁ」
「あにゃにゃ」
ヴェルゴナさん、私、文二の順で何とも言えない声が出る。
彼の指と指の間からは残念な形となったお米が出てきており、こう、なんて励まそうか非常に困る…。良い言葉が出てこない。どうしよう。
「これは僕が責任を持って食べるよ。うーん。難しいなぁ」
「魔族の方も握力が強いんですか?」
「そんな事はない。ヴェルゴナが脳筋なだけだ」
「ふふ。細かい事は苦手でね」
「ヴェルゴナさん、たまにはリュカさんのこと怒っても良いと思いますよ」
文二が握った塩むすびは可愛らしい小さなサイズで、ちょっとだけ形が歪だ。でも其処が最高に可愛らしい。頭をわしわし撫でると嬉しそうに喉を鳴らした。
塩むすび、お味噌汁、焼き鮭をテーブルに並べ、やっと朝食が完成した。
目の前がビーチなのに、朝食がザ・和食なのが申し訳ない。だけどこの人達に和食という概念がないから、まぁ良っか。
「では頂こう」
「うん」
「いただきます」
「にゃ」
「キュキュッ」
ぱくり、と一口おにぎりを食べる。
うん。美味しい。ほんのり甘みがあって粒もしっかりしてる。鮭も身がふっくらしていて美味しい。
私とリュカさんは箸を使っているけど、ヴェルゴナさんは箸を使った事がないのでフォークとナイフで食べている。場所と食べているものがひっちゃかめっちゃかだけど、二人がホームステイに来ているみたいで面白い。それか私がホームステイ先で自国の料理を振る舞っているみたいな、そんな感じの光景が目の前に広がっている。
本当に、いつ見てもリュカさんは食べている姿まで美しい。見ていて飽きない。そういえば彼は元々箸を使えなかった。でもユリウスさんやユリアーナさん、ルイーゼ、料理長と猛特訓して何不自由なく使えるようになった。皆努力家だと思う。
文二はその当時の様子をこっそり見ていたようで、たまに私に話してくれる。たしか最初は力加減が難しく何本も折ってしまっていたから二回目以降は箸に強化魔法を掛け、補強して練習したと言っていた。最後は普通の箸でワイルドベアーがぶっ放してくるガトリング銃の弾丸を掴まえていたらしい。上達というか、もはや達人芸の域。普通の人はそんな事できないし、まずやろうとしない。せいぜい先端がツルツルスベスベの箸で豆を沢山掴むくらいだ。そもそも指の筋力が違いすぎる。
ヴェルゴナさんはまだ塩むすびに手を付けてない。
以前食べたお米が余程美味しくなかったのだろう。
リュカさんが食べているのを見て、彼も一口バクッとかぶりついた。
「こっこれは!美味!すっごく美味しい!お米ってこんな味がするんだね!?それにべちゃべちゃしてない!」
「良かったです」
「それにこのミソシルも美味しいよ!」
「このミソシルはブンジが作った味だな」
「リュカさんそんな事まで分かるんですか?」
「ああ。分かるよ。ブンジが作ると味が濃い」
「なるほど」
朝食を食べ終えると、妖精のコルルから『モウスグ、ツク』と連絡があった。
残った塩むすびは文二が下げている鞄に入れ、それぞれに身支度を済ませる。と言っても私は特に何もすることがない。
「もう鬼人族の国か。早いな」
「コルル、どっちの門に向かってるんだい?」
『タワケモン』
「うつけ門に変更は可能か?」
『ムリ』
「面倒な事になったな」
「まぁまぁ、楽しもうじゃないかリュシアン君」
「ヴェルゴナはたわけ門の面倒さを知らないからそう言えるんだ」
「たわけ門って鬼一口と恋話でしたよね?楽しそうじゃないですか」
「よく覚えていたねコハル。でも話すだけではないよ。的確なアドバイスを出さないと門を開けてもらえない。だから面倒なんだ」
数秒前までやっと元の姿に戻れるとウキウキしていたリュカさんが“たわけ門”は面倒だと言いゴネ始めた。そんなに恋話嫌なのかな。
「でももう着いたみたいだよ。残念だったねリュシアン君」
ヴェルゴナさんがそう言った次の瞬間、私達はコルルの口から吐き出され灼熱の大地に降り立っていた。
「うわ熱っ…くない?」
「防御魔法を掛けてあるから熱さは感じないはずだよ」
「おおー!凄い!本当に全然熱くない!」
「でも油断は禁物だからね。私の傍から離れないで」
リュカさんが何か言ってるけど全然耳に入って来ない。
だって地面から湯気が出ているのに本当に全く熱くない!それに行きの時と違って熱気も感じられない!
文二に何でか聞いてみるとルイーゼが掛けた防御魔法とリュカさんが掛けた防御魔法の種類が違うからだと教えてくれた。防御魔法にも色々あるんですね。
地面の割れ目からはマグマが流れており、それを見ているとリュカさんから「危ないよ」と言って手を引かれた。心なしか?いや、手が大きい。
顔を上げると本来の姿に戻っており、美しさが天元突破したリュカさんがいた。しかも髪が長いバージョンだ。もう高校生くらいのリュカさんを見られないのか…残念。可愛かったなぁ。勿論もっと小さいリュカさんもメロメロに可愛かった。たまらんあどけなさが最高に母性をくすぐられた。
「元の姿に戻ったんですね」
「ああ。気分が良い」
「ここには草木も生えてないのに何処から生命エネルギーを奪ったんですか?」
「マグマの中に住んでいる鬼と動物からだよ」
「え!?こんな灼熱地獄みたいな所に生物が住んでるんですか!?」
「海や湖で人魚が暮らしているように、マグマにも生物はいるよ」
「めちゃくちゃ皮膚が頑丈なんですね」
「っくっはははっ。やはりコハルの着眼点は面白い。ハハハッ」
リュカさんは笑いが止まらないようでお腹を押さえている。
「そんなに面白い事言いましたか?リュカさんの笑いのツボってよく分からないです」
「あ!それ僕も昔から思ってた!」
キラキラした笑顔でヴェルゴナさんが言う。
付き合いの長い彼も私に賛同するって事は、やっぱりリュカさんの笑いのツボはこの世界基準でもオカシイんだ。
「それにしても久々の長髪だね。いつ見ても美しいよ」
「私もそう思います!短い時とはまた雰囲気が違って良いですよね。美しさが増したような、何か神秘的な感じがします」
「僕は懐かしい感じかな。一緒に任務にあたっていた時を思い出すよ」
長すぎる髪は地面に付かないよう風魔法で浮かせている。といってもラプンツェルほど髪が長い訳ではないので、三つ編みにすれば地面に付かないくらいの長さにはなるだろう。
「リュカさん結ばないんですか?」
「面倒だ」
「私がやっても良いですか?簡単に編む程度ですけど」
「頼む」
リュカさんの綺麗な髪を丁寧に編んでいく。
ヴェルゴナさんは私の作業をじーっと見ており、ちょっとだけやりづらい。
「コハルちゃんは器用だね。良かったねリュシアン君」
「ああ。これで無駄に魔力を消費せずに済む。ありがとうコハル」
「いえいえ。もし解けたらまた結いますね」
「ああ。よろしく頼む」
リュカさんの髪を編み終わったあとは喋りながらうつけ門を目指して歩き、鬼一口が誰かと会話しているのが見えた。あのシルエットは温羅ヨツバヒメさんだ。彼もこっち側だったんだ。
「温羅さーん!お久しぶりです!」
「アイツもこちら側だったのか。別れてから三日は経っているというのに、未だに入れていなかったとはな」
「彼がコルルが間違えて飲み込んでしまった鬼人だね」
私達に気が付いた温羅さんはこちらに振り向き、鬼一口との会話を中断する。
「久しぶりだな。もう片付いたのか?」
「はい。お陰様で。あの時はありがとうございました」
「気にするな。それよりも鬼一口の説得に協力してほしい」
「僕達も一緒に参加して良いのかい?確かたわけ門では一対一の利き酒勝負だったよね?」
「うつけ門では人数制限がない。その場にいる者達で協力して鬼一口を説得できれば良い」
「そうなんだ。じゃあ皆で頑張ろう!」
「楽しむなヴェルゴナ」
「だって面白そうじゃないか」
「協力感謝する」
鬼一口はうつけ門にいる酒吞童子よりも何十倍も身体が大きく、口も大きい。
彼女の悩みは好きな人を一口で食べてしまう癖をどうにかしたいというものだ。というのも最近好きな鬼からパンツを貰ったのに嬉しさのあまりその鬼を一口で丸飲みにしてしまったらしい。だから失恋中なのだという。
同情とか共感の前にスケールがデカすぎて全然想像できない。というかほぼ何を言っているのか分からないに近い。あと私が思ってた恋話と違いすぎる。
「今朝漸く失恋から立ち直ったところだ。今は好きな相手を丸のみする癖をどうしたら治せるかアドバイス中だ」
「どんなアドバイスをしたんですか?」
「腹を切れと言った」
「それはアドバイスじゃないだろう」
「確かに」
皆で話し合う前にヴェルゴナさんが温羅さんに挨拶し、勝手にコルルが連れ出してしまった事も謝罪した。因みにヴェルゴナさんの最初のアドバイスは「咀嚼する」だった。ここには私含め恋愛初心者以下の人達しかいない気がする。
「丸のみが嫌なんじゃないのかい?」
「確かに魔族の言う通りだな。どうせ食い殺すなら味わった方が良いのかもしれん」
「最低なアドバイスですよそれ」
私達の会話を聞いていた鬼一口は『ヴォォォオオオオオンン!!』と泣き叫び、上空から巨大な鼻水と涙が大量に降ってきた。
汚いとか思ってる暇もなく私達はそれを必死に避ける。避けきれないものはリュカさんとヴェルゴナさんが魔法で相殺している。
「わっ」
「にゃっ!」
凸凹した地面に躓いてしまい、文二が私の頭上に落ちてきそうな鼻水をいつも背中に背負っている木でできた大きなスプーンで弾き飛ばしてくれた。
「文二ありがとうっ」
「あにゃにゃ」
汚いものを弾き飛ばしてしまったショックからか、文二の耳が垂れ下がっている。それにズーンと酷く落ち込んでいるようにも見える。
しかし徐々に毛が逆立っていき、もふもふな毛がぼふぼふに膨れ上がった。
「う゛ぅ~」
『ぶんじがコイツころしてもいいか?っていってるよ』
「駄目!絶対ダメ!」
「う゛にゃぁ゛ーう゛ぅー。う゛るぁ~にゃにゃ」
肩に乗っている大福が文二の言葉を訳す。そして私が抱き留めて制止させた。
さから攻撃魔法は繰り出さなかったけど、文二が放つ殺気に鬼一口の涙は引っ込め、最後に大きな鼻水をボタッと地面に落としてた。今は膝を抱えてめそめそしている。
「リュシアン君も何かアドバイスはないかい?君はこの中で唯一好きな子のハートを射止め婚姻の儀も交わしている。僕達よりはマシなアドバイスが出せるんじゃないかい?」
「まともじゃないという自覚はあったのか」
「いやないよ」
「そうか…。はぁ、まあ、そうだな。鬼一口、次に好きな相手ができたらまずは手で口を抑えてみてはどうだ?」
彼女はこくん、と小さく頷き、ゆっくりと門を開けた。
***
門を開けるとルイーゼッケンドルフが待っており、彼女の後ろにはウメユキを始めとした特務部隊と厄除縁部隊の胡蝶花ナツメフジが彼らの帰りを待っていた。
「お待ちしておりました!若様っコハル様ぁあああああああああ!」
「おかえりリュカ君。こっちの任務は終わったで」
「おかーえりー。先輩」
「随分と遅いお帰りでしたね。リュシアン先輩」
「お前もよく帰ったね、ヨツバヒメ。まぁ感動の再開は此処までとして、君たちを連行させてもらうよ」
胡蝶花ナツメフジはそう言うとリュシアン達を城まで連行し、絢爛の間まで案内した。
鬼人族の国の城は日本風の作りで出来ており、コハルはその荘厳さに目を輝かせる。特務部隊とルイーゼッケンドルフは城壁までで、リュシアン、コハル、ヴェルゴナ、ヨツバヒメ、ナツメフジだけで絢爛の間へと入室した。
中は大広間となっており、高坐に女性と思しき人物が座している。上半身は御簾で隠されており、それだけで身分の高さが窺える。
「其方らが違法に出国した者たちか。此度は妾が裁く」
艶やかな声が広間に響き渡る。
彼女はこの国の妃だ。
「妾の心は嘆いておる。厄除縁部隊から違法出国者が出るとは…。まぁ事情は聞いておる。結果もじゃ」
「…」
「しかし理由はどうであれ、規則を破った者には裁きをじゃ。何のお咎めも無しでは他の者に示しが付かんからのう。そこでじゃ、妾はこの城から出る事ができぬゆえ、退屈しておる。誰ぞ無為無聊に効く妙薬は持っておらぬか?今ここで献上すれば即座に許してやろうぞ。其方らの発言を許可する。誰ぞおらぬか?」
「…」
「…」
「…」
「…」
誰も喋らず、沈黙が流れる。
「誰もおらぬのか…。はぁ、退屈じゃ。面白うない」
妃はこの城を守るため妖と契約を結んでおり、一歩も城を出る事ができない。鬼人族も長寿なため、下界から切り離された場所に閉じ込められている彼女はさぞ退屈なことだろう。
妃は違法出国者の中に龍族、魔族がいる事に気付いた。しかし異質な気を放つ小春に興味を持ち、最初に彼女に声を掛けた。
「其方はどうじゃ?物が無いのなら話でも良いぞ?」
「わ、私でしょうか」
「そう、其方じゃ。ほれ、何ぞ話してみせよ。それか物でも良いぞ。其方からは不思議な気を感じる」
小春は必死に記憶を手繰り寄せ、自身の中で一番珍しいと思った物の話をする。
それはティアーキャッチャーの話だ。
「ほう、ティアーキャッチャーか。久々に聞く」
「なかでも人魚の涙は二種類あり」
「そう!それじゃ!妾はそれが欲しい!人魚の涙を所望す!ほれ行ってまいれ。それを持ちかえれば此度の件、許してやろうぞ」
「恐悦至極に存じます」
代表してリュシアンが返答し、城から出たあとウメユキが事前に取っておいた会議室へと集まった。
勿論議題は人魚の涙をどう採取するかだ。この場には先ほどのメンバーと他に忍冬ウメユキと胡蝶花ナツメフジが居る。
ウメユキは部隊長としてリュシアンを待っており、ナツメフジはノリで付いてきた。ルイーゼッケンドルフは会議室の外で待機している。
「緊張したやろコハルはん」
「はっはい」
「よく頑張った」
リュシアンが小春の頭を撫で、優しく微笑む。
「上手に喋れていたよコハルちゃん」
「お前が選ばれたのには驚きだった」
「僕的には君を妖術で縛り上げて藻掻き苦しむ声と姿を楽しみたかったけどっと、冗談ですよデルヴァンクール卿」
「絶対冗談違うやろ」
それぞれが自由に感想を述べ、小春は引きつった笑みを浮かべる。
世話師猫が謁見中に姿を現さなかったのはスプーンを研いでいたからで、あれは世界樹で作られた特殊な物のため簡単に研ぐことはできない。大福は元来怖がりなためリュシアンの髪の中に隠れてやり過ごしていた。
「ほんで本題やけど、人魚の涙どうやって採取しよか?」
「俺は今回が初の国外だから宛てなど無い」
「そうだね。僕ら厄除縁部隊は力になれそうにない」
「うーん、ミルクティー卿なら少量くらいなら譲ってくれるかもしれない」
「ミルクティーキョウさんですか?」
「ミルクティー卿だよコハル。前に一度魔国の東の果てにヴァンパイアが住む国があると話した事を覚えているか?」
「はい。覚えてます!」
「宜しい。彼がそのヴァンパイアだ。ミルクティー卿は代々珍しい物を収集する趣味がある一族だ」
「趣味なんですか?家業じゃなくて」
「家業は茶葉の生産とカジノ運営だよ」
「なんかすんごい両極端?な仕事ですね」
脱線した話をウメユキが戻し、リュシアンに振る。
「でもウチはミルクティー卿と繋がりないで?」
「私もだ」
「僕もあまりないんだけど、先日開かれたハンドメイドマルシェにそのミルクティー卿が来ていてね。その時人魚の涙をコンプリートしたと自慢されたよ」
「それは凄いな」
「ほんまや」
人魚の涙も入手が難しく、その中でも悲しみの涙は高難易度に匹敵する代物だ。
「親の代から続けて7000年目でやっとだと言っていたよ」
「そんなに人魚の涙って収集が難しいんですか?」
「悲しみの涙は特にね」
「つい最近事件があったばかりやしなぁ」
「最近…。えーと100年前とかですか?」
「いやいやほんまに最近なんよ。2,3年前やったかなぁ」
「何かあったんですか?」
「詳しくはまた帰ってから世界史の授業で教えるが、人魚が号泣する事件がつい2年程前に起きた。何故泣いたのかはまだ解明されていない。判明しているのは、その時彼らが悲しみの涙を1ガロン以上も流したという事だけだ」
「そ、そうなんですね…」
どこか心辺りのある量に小春は目を泳がせ、世話師猫の姿を探した。
ブクマ、イイネ、評価ありがとうございます!!
閲覧者が増えていて嬉しいです。ありがとうございます!




