男同士の語らい
夜の見張り番はリュシアンとヴェルゴナが交代で行う事になっている。リュシアンが先に仮眠を取り、その後にヴェルゴナが取る予定だ。
「そろそろ交代しよう」
「もうそんな時間かい?」
「ああ」
リュシアンが目覚め、ヴェルゴナに眠るよう促す。しかし彼に眠る気はなく、そのまま話を続けた。内容はいつ結婚したのかについてだ。根掘り葉掘り聞く気満々でいる。まるで恋愛話を楽しむ修学旅行生かのようにウキウキしている。
現在リュシアンの姿は高校生くらいの見た目のままで、彼の腕の中には最愛の妻、小春が眠っている。そして彼女の腕の中には世話師猫の文二とカーバンクルの大福が眠っている。
地底遺跡の中では生命エネルギーとなる物があっても遺跡が崩れ、生き埋めになってしまう可能性があるため命を奪うことはない。そのためリュシアンは未だに元の姿に戻れないままでいる。
そんな未成年のような見た目の彼に、小春はいつも通り抱かれて眠るのは嫌だとゴネた。だが今居る場所が場所なのでリュシアンも譲らず、この姿で夜の挨拶、しかもヴェルゴナが見ている前でしても良いが?と小春の目を見ながら彼女の髪に口付けを落とすと、彼女は大人しくリュシアンの腕の中に納まった。妖精のコルルはヴェルゴナの内ポケットに隠れている。
「そうえいばコハルちゃんって自分のこと“ニンゲン”って言ってたよね」
「ああ」
「ニンゲンって初心な生き物なのかい?」
「さぁ、どうだろうな。私はコハル以外のニンゲンを知らない」
「ふぅん。そっか。でも龍族の君からしたら物足りないんじゃないかい?」
「まぁ、そうだな」
「ふふっ。なのにコハルちゃんが良いんだね。まさかリュシアン君が異種族と婚姻を結ぶなんて想像もしてなかったよ。コハルちゃんは龍族の愛情表現のこと知ってるのかい?」
「一通りは説明してある」
「噛みたがる事もかい?」
「ああ」
「じゃあもう噛んだ事はある?」
「ある。片手で数えられる程度だがな」
「え?片手で!?それだけなのかい!?よく我慢できるね…」
「我慢するしかないだろう」
「どうしてだい?」
「ニンゲンはヒト族に似ているが全く異なる別の種族だ。以前甘噛みのつもりで小春の首筋に噛みついたら出血し止まらなくなってしまった」
「え!?甘噛み程度でかい!?」
「ああ。だから我慢している。あの時は3週間も接触禁止を言い渡された」
「リュシアン君にそんな事が言えるって…いったい誰なんだい?」
「執事頭と侍女頭、それにコハル専属の侍女だ」
「なるほど。中々強いメンバーだね」
「コハルが儚く脆い存在だとは知っていたが、まさか甘噛み程度で出血が止まらなくなるとは思いもしなかった。だから私も反省し素直に従ったまでだ。接触できなかった3週間はブンジにニンゲンについて色々教わったよ」
「そうなんだね。そうえいばブンジ君といえば世話師猫だよね。世話師猫はだらしない生物の面倒を見るのが好きって話じゃなかったっけ。コハルちゃんはだらしないようには見えないけど…?」
「元の世界では仕事の日以外ベッドの上でぐうたらしていたらしい。コハルが住んでいた国は他国よりも比較的治安が良く、危険が少ないと言っていた。事件が起きると全土に伝達される機器もあったそうだ」
「へぇ、事件が起きる度に国中に伝達されるってコハルちゃんが住んでいた国は余程事件が少なかったんだろうね。ニンゲンが住んでいる国かぁ。どんな国なんだろう。気になるな」
「あとはブンジについてだが、世話師猫は世話をした者から感謝されるのが生き甲斐らしい。ブンジにとってコハルは生まれたての赤子のようなものだ。しかも難しい事にコハルは元居た世界での常識を基盤にこの世界で生きようとしている。従って乖離する部分が多ければ多いほど世話する範囲や物事が自然と増える。そういう理由から元来基準としていただらしなさなどどうでも良くなったのだろう。よくコハルの面倒を率先して見ているよ」
「そうなんだ」
ヴェルゴナの話は止まる事無く次々にリュシアンに質問していく。リュシアンも珍しくほとんどの質問に答えている。
「ねぇ、もう結ばれたの?」
「紙面と魔法上ではな」
「僕の質問がそっちじゃないって事くらい分かっているだろう?」
「……まだだ」
「ふふっだろうね。魔族特製の媚薬。今ここで作ってあげようか?」
「必要ない。コハルも少しづつだが応えようとしてくれている」
「そうなんだ。よく我慢できるね。僕ならすぐ襲っちゃいそうだな」
「ヴェルゴナも心から愛する者ができればそうはならないさ」
「そうかな」
「そうだ。私はコハルに出会って変わった」
「うん。そうだね。昔より生き生きしてる」
二人はすやすや眠る小春に視線を移し、優しく微笑む。
「ニンゲンって不思議な生き物だよね。他のニンゲンはどんな恋愛をするんだろう。何が好きなんだろう」
「他のニンゲンに興味はない」
「じゃあリュシアン君はコハルちゃんの好きなモノを知ってるかい?」
「当然。毛だ」
「え?毛?毛って髪の毛のとかの、あの毛?」
「ああ。ふわふわした集合体の毛が好きらしい。ダイフクやブンジを事あるごとに撫でている。獣人族の耳や尾にも興味があるらしい。私は龍体になっても毛が生えていない種類のドラゴンだからな、コハルを満足させてやれないのが残念だ」
「じゃあブンジ君やダイフク君みたいに頭を撫でさせてあげたら良いんじゃない?」
「それは何故かコハルが恥ずかしがる」
「え?どうしてだい?」
「さぁ、分からない」
「やっぱりニンゲンって不思議な生き物だね。毛量が多くて得をするのは毛を利用した魔法を生業とする者くらいだろうに」
「そうだな。本当にコハルの好きな物はよく分からない」
「そうだ!リュシアン君が龍体になった時の髭はどう?ドラゴンの髭って珍しいしコハルちゃんも喜ぶんじゃないかな」
「前にそう思ってプレゼントしたよ」
「どうだった?」
「怯えられた」
「ええ!?どうしてだい!?ドラゴンの髭なんて貴重すぎて普通は手に入らないのに!それに大好きな毛なんだろう!?…うーん。やっぱりニンゲンが分からない」
「同感だ。それにコハルは私の角をやたらと触りたがる。あとは尾で遊ぶのも好きだな」
「角!?意味は理解しているのかい!?それにドラゴンの尻尾で遊ぶ???り、理解が追い付かない」
「龍族の角を触る意味はなんとなく理解しているらしいが、本当の意味で理解しているかは分からない。彼女にとって角は珍しい物だから触りたくてしょうがないらしい。尾は完全に龍体化した時は滑り台のようにして遊んでいる。部分的に龍体化した際は枕にされたり私が小春の体に巻き付けて遊んでやっている」
「怖い物知らずだねコハルちゃん」
「前に踏んでみて良いかも聞かれたな」
「うわぁ。コハルちゃんじゃなきゃ即死レベルの発言だよそれ」
「ああ。コハル以外にそんな者が現れたら瞬きの間に其奴の人生を終わらせてやる」
「あははっ。リュシアン君は貴族の中でも高位貴族だからねぇ。不敬罪でそいつの人生一瞬で終わっちゃうね」
ヴェルゴナは小春の無鉄砲な行動に心底驚き、苦笑しながら答えた。
リュシアンは当時の様子を思い出しながら自身の腕の中で眠る愛しい妻を見る。そしてその愛らしい寝顔に身体が疼き、彼女の頬にリップ音を鳴らして口づけを落とした。
「それにしても全然起きないね。普通はこういう未知の領域では熟睡できないはずなのに…やっぱりリュシアン君の腕の中だから安心して眠ってるのかな」
「そうだと嬉しいが、コハルは儚く脆いというのに神経は意外と図太い」
「へぇー。それはそれで心配だね。これほどまでに熟睡していたら寝込みを襲われた時に気づかないだろう。危なくないかい?」
「だから守護魔法や防御魔法を幾重にも掛けてある」
「物理と魔法、両方の反射攻撃魔法もだね。他にも相手に呪いが掛かる魔法に追跡魔法って沢山あるね」
「私が居ない時に何かあってからでは遅いからな」
「そうだね。あ、そうだ、はいこれ」
今思い出したと言わんばかりにヴェルゴナがリュシアンに筒状のアクセサリーを渡した。それはティアーキャッチャーという涙を保管する為に使用する道具だ。
「これは…鉱石で作られたティアーキャッチャーか?」
「うん。大正解」
「純度の高い良い代物だな。中身は入っていないようだが…?」
「それは僕が作った物だからね。新品さ」
「ヴェルゴナが?」
「言っただろう?今はハンドメイド作家だって」
「これほどまでの物が作れるようになったのか」
「うん。仲良くなったドワーフが作り方を教えてくれてね」
「そうか。で、これがどうした?」
「あげるよ。それ」
「俺に?良いのか?これほど純度の高い鉱石なら売れば相当な額になる。それに市場に出せばヴェルゴナの名も売れるだろう」
「良いんだ。リュシアン君に持っていてほしい。結婚祝いの品だと思って貰ってくれないかな」
「そうか。では有難く頂こう」
「うん。そうしてくれ」
二人の会話は夜が明けるまで続き、うっすらと差し込む光に小春達が目を覚ました。
「おはようございます」
「おはようコハル」
「コハルちゃんおはよう。よく眠れた?」
「は、はい」
小春はリュシアンの腕の中で爆睡していた事に驚き、寝起き姿を美しい二人にバッチリ見られた恥ずかしさから赤面する。そしてリュシアンの腕の中から素早く抜け出した。
各自洗浄魔法で身を整え、朝の支度を済ませる。洗浄魔法は体の細部まで分かっていないと発動しない中級魔法のため、小春の洗浄は世話師猫の文二が行っている。
文二が小春の体を細部まで分かっているのはリュシアンの邸でよく一緒に風呂に入っているからだ。リュシアンとしては小春の身を守る為にも、もちろん性的な意味でも彼女の体を細部まで知りたいと思っている。
「あれ?リュカさんそんな綺麗な入れ物持ってましたっけ?」
「これか?これは先ほどヴェルゴナから祝いの品として頂いたティアーキャッチャーだ」
「てあーきゃっちゃー?」
「ティアーキャッチャーだよコハル。涙を保管する道具だ」
「涙を?そんなもの保管してどうするんですか?」
「え?」
「え?」
「にゃ?」
リュシアン、ヴェルゴナ、文二が一斉に驚く。
彼らにとってティアーキャッチャーとは日常的に使う物だ。小春の質問は彼らからしてみれば「何故コップに水を入れて飲むんですか?」と聞かれている様なもので、意外すぎる質問に目を丸くして固まってしまった。
「ニンゲンには涙を保管するという文化はないのか?」
「うーん…聞いたことが有るような無いような?」
「それくらい日常的に使う物ではないという事だね」
「はい。ヴェルゴナさんの言う通りです」
「そうなのか。コハル、この世界ではティアーキャッチャーは誰しもが使用する道具だ。特に冒険者や旅をしている者、採集者は必ず所持している」
「じゃあリュカさんも自分の涙を保管しているんですか?」
「私自身のは所持していないよ。まぁ種族にもよるが、基本的に自身の涙を保管する者はいない。ティアーキャッチャーは出会った貴重な種族や動物、魔物、植物の涙を保管するために使用する」
「へぇ、そうなんですね」
ティアーキャッチャーについて知識がゼロに等しい小春の為に、彼らは朝食を摂りながらゆっくりと説明を始めた。朝食は文二お手製のサンドウィッチだ。今日はたまごサンドとカツサンドである。
「そもそも涙を保管して何に使うんですか?」
「それは僕が答えよう。リュシアン君よりも僕の方が使用頻度と扱う種類が多いだろうからね」
「リュカさんよりも?」
「うん。そうだよ」
「そうだな。龍族の私よりも魔法に長けた魔族の方がこういった代物の扱いには慣れている」
「なるほど」
「それじゃあ説明するよ。ティアーキャッチャーは涙を保管する道具でね、魔法薬に使う事が多いんだ。例えばドラゴンの涙は治癒効果が絶大で、僕達魔族の涙は誰かを呪う時に用いられる」
「えええ!?リュカさんとヴェルゴナさんの涙にそんな凄い効果があるんですか!?」
「そうだよ。だから魔族狩りや龍族狩りをして稼ぐ悪い奴らがいるんだ」
「うわぁ」
「ふふっ。でも安心して?僕達は簡単に涙を流さないよう幼少期から訓練してある。それに野生のドラゴンの涙を採取するのは高難易度でね。まぁそれ以上に龍族が龍体化した時の涙は一番貴重で最難易度だけどね」
「最難易度?ですか?」
「うん。だってそう簡単には捕まらないから。それに捕まったとしても龍体化しないだろうし」
「ヒトの姿のままじゃ駄目なんですか?」
「それだと効力は発揮されない」
「へぇ~」
龍族の涙についてはリュシアンが補足で説明に入る。
重要なのは野生でも龍族でもドラゴンの状態の涙でないと効果は得られないという事だ。
「因みに人魚族の涙は珍しく二種類あって、悲しみの涙と喜びの涙によって効果が変わるんだよ」
「ほぉ~凄いですね。じゃあヒト族の涙は何に使えるんですか?」
「ヒト族の?うーん、僕は聞いた事ないけどリュシアン君は何か知ってるかい?」
「私も聞いた事がない。ブンジはどうだ?」
「にゃい」
「そういえばコハルちゃんはヒト族じゃないから、もしかしたら涙に何かの効力があるかもね」
「コハルの涙に効力はなかったよ」
「そうなんだ、残念。どんな実験をしたんだい?」
「え?実験?そんなのいつしましたっけ?」
「コハルが寝ている時だ。怖い夢でも見ていたのか涙を流していたから何度か舐めた事がある。特に私の体に変化は現れなかったよ。強いて言うならば他の種族よりも少ししょっぱかったくらいだろうか?」
「え!?なっ何してるんですかリュカさん!」
「婚姻を結んだ後だ。前じゃない」
「そこ怒ってるんじゃないです!」
顔を真っ赤にして怒る小春にリュシアンは戸惑い、ヴェルゴナに小声で話しかけた。
「妻の涙を口にしたら駄目なのか?」
「そんな話聞いた事ないよ。どの種族でも普通にやるだろうし」
「だよ、な。コハルが分からん」
「ニンゲンって本当に不思議な生き物だね」
うわぁ~(*´▽`*)約半年ぶりに前話を更新したにも関わらず読んでくださる方がいらっしゃった!!しかもイイネまで押してくださる方が!!!今後もよろしくお願いします。(*´▽`*)




