お世話を頑張る世話師猫
朝、小春が目覚めると腕の中にすよすよと眠るリュシアンだけが居た。世話師猫の文二は世話師猫らしく朝食の準備をしている。そして目を覚ました小春に「おはよう」と鳴いた。
「おはよう文二。わぁ~朝食作ってくれたの?ありがとう!」
「にゃ!」
「リュカさんぐっすりだね」
小春の胸を枕にして幸せそうに眠るリュシアン。彼は現在見た目が子供の姿になっているだけで、中身は大人のままだ。小春はリュシアンの見た目に引っ張られ全く彼の下心に気付いていないが、世話師猫の文二は全てお見通しである。だから空気を呼んで朝食の準備をしていたのだ。
文二が作った朝食は彼の好物のカツサンドで、そこら辺にあった木で机を作りその上に並べている。世話師猫は小春が作る料理が大好きだ。中でも特に好き過ぎて人の物を盗ってまで食べる程の大好物なのがカツサンドだ。文二は小春が起きて来る前に5つもカツサンドをペロリと平らげている。
「リュカさん起きてください。文二が朝ごはん作ってくれましたよ」
「んぅ…もう少し」
「まだ眠いんですか?もう、しょうがないですね。寝袋使って良いんで私は先に食べてきますね」
「それは…いやだ」
「朝から我儘言わないでください」
「ん…こはるがキスしてくれたら起きる」
「おやすみなさい」
「おい」
昨夜リュシアンはおやすみの口付けを彼女に断られている。そのため朝からしつこく小春に言い寄っている。理由は簡単だ。リュシアンの見た目が子供すぎて色々アウトだと小春が判断し、逃げ回ったからだ。
「昨夜は俺が譲ったのだから朝は小春が譲るべきだ」
「あ。リュカさん目がシャキッとしましたね。朝ごはんは文二特製のカツサンドですよ。行きましょう!」
「朝食よりもまずは朝の挨拶が先だ」
「おはようございます」
「おはよう。いや、そうではなく」
初めて見るリュシアンのノリツッコミに小春は吹き出す様に笑う。そして一瞬の隙を突かれてちゅっと軽く触れるだけのキスをされた。
満足げに微笑む小学生姿のリュシアン。そして耳まで真っ赤にして口をハクハクさせながら動揺する小春。彼女は未だに慣れない朝と晩の口付けに心臓をバクバクさせている。そんな妻の可愛らしい反応に、リュシアンはまた笑みを零した。
***
ヴェルゴナの妖精とカーバンクルの大福も朝食を終え、皆で現状について整理する。
昨日妖精が言った通りこの辺りにはヴェルゴナの気配が散満しており、リュシアンでも彼の位置が分からない。そこで文二が肩に下げている鞄から羅針盤を取り出し詠唱を始めた。
「魔に魅入られし者を探せ。彼の者の名はヴェルゴナ・F・エドモン」
詠唱し終わると羅針盤から一筋の光がある一方に向かって伸び、その光の先にはオアシスを代表する湖があった。
「あの中に居るって事?」
「そうである」
走っていく世話師猫をリュシアン、小春、カニの姿をした妖精が追いかけ、湖の前で立ち止まる。
小春が湖の中を覗きこむと、リュシアンが彼女の襟をグイッと強く後ろに引っ張った。
「ぐぇっ」
「これは湖ではない!キングスライムだっ!」
「ええええええー!?うわぁああ!おっきいー!」
正体を暴かれたキングスライムは湖のフリを止め、襲い掛かろうとしてきた。このスライムもサンドスコーピオンと同じく、既に滅んでいる国を守り続けている動物だ。
キングスライムは自身の体を千切り、明らかに弱そうな小春に狙いを定める。そして千切ったスライムを素早く水鉄砲のように投げ飛ばしリュシアンと彼女を分離させた。
「ブンジ!コハルを頼む!」
「任せるにゃー!」
文二は小春に保護魔法を掛け、さらに彼女を守れるようゴーレムを召喚した。
リュシアンはキングスライムの真上まで飛び、両手で三角形を作り詠唱する。
「そなたの命、我が源の糧となれ【龍源献上】!」
キングスライムはリュシアが作る三角形の中に吸い込まれていき、それに呼応してリュシアンが徐々に成長していく。全て吸い終わる頃には小学低学年の姿から、思春期中の高校生くらいの姿にまで成長した。
一方小春はというと、圧倒的な強さを誇るリュシアンに見慣れているので彼そっちのけで文二が生み出した猫型のゴーレムと遊んでいた。
「わ~凄い!このゴーレムあやとりもできるんだね!」
「そうにゃ!縄跳びだってできるにゃ!」
「凄いすごーい!」
これが世話師猫流の世話なのである。
リュシアンがキングスライムを倒した事により、彼らが湖だと思っていた底から遺跡が姿を現す。そこにはドーム状の錆びれた鉄骨が剥き出しになった音楽ホールのような建物があった。
彼らは猫型のゴーレムに乗って遺跡まで降り、辺りを見回す。
何処もかしこも錆びれた鉄だらけで、緑は一切ない。
「そういえばリュカさんまた大きくなりましたね」
「うん。早く本来の姿に戻りたくて堪らないよ」
「私は今の姿も良いと思いますよ」
「では何故触れてくれない」
「手は繋いでますよ?」
「それ以上の意味でだ」
「それは、えーと、私が逮捕されそうなのでスミマセン」
「誰にだ?」
二人が呑気に喋りながら足を進めていると、ヴェルゴナの妖精が『コッチ!』と言って走り出した。といってもカニの姿なのでそんなに早くはない。
妖精の後を追うと苔が生した庭園のような場所に出て、そこにヴェルゴナが一体のオートマタと座ってお茶をしていた。
『ヴェーレ!』
「コルル!それにリュシアン君に小春ちゃんまで!」
「シャー!!!!」
「ごめんごめん。世話師猫のブンジ君だったよね。皆どうしてここに?」
妖精のコルルが経緯を説明し、ヴェルゴナが彼らに深く頭を下げる。そして彼の側にいた性別不明の損傷の激しい人型のオートマタが続いて話し始めた。
オートマタとは自らの意志で動く自動機械の事で、このオートマタは魔力が無くても動くことができるよう作られている。
「私ハ、オートマタ。マスターヲ、探シテイル」
「マスター?」
「この子を作った技術者の事だよ」
「なるほど。そういう事か」
「ん?どういう事ですか?」
リュシアンは小春に分かりやすく説明し、ヴェルゴナはその話しを聞き目を見開いて驚く。理由は実際に起こった出来事と彼が話した内容が一致していからだ。ヴェルゴナは流石だと言って拍手し、リュシアンを褒め称えた。
結論から言うとヴェルゴナは攫われていない。自分から付いて行ったに近い。
彼はこの国が滅ぶ前、この苔むした庭園に零番隊隊長として任務で訪れた事があった。その際に転移用の魔法陣を庭園の入り口に残し、永い時を経て再度目覚めたオートマタがヴェルゴナの魔法陣から魔力痕を見つけ、それを辿ってゴーラントバーデンに辿り着いたという訳だ。
このオートマタは自分がどうやって目覚めたのか覚えておらず、それ故唯一魔力痕があったヴェルゴナを頼ってきた。一つは自分を作ったマスターを探すために。もう一つは変わり果てた国の現状を知るために。
この国についての現状はつい先ほどヴェルゴナがオートマタに話し終えたばかりで、彼はマスターの安否確認に取り掛かろうとしている所だった。
この国の名前は『カタクリ』と言い、暗黒時代の終わりに滅んだ小国で今はゼンマイ砂漠に遺跡として埋まっている。『カタクリ』が栄えていた時代は他のどの国よりも機械技術が発展しており、国民のほとんどがオートマタだった。
もともとはヒト族ばかりだったが隣接する国々の戦争に巻き込まれ、手足を失った国民に王が錬金術で金属の手足を国民に与えていた。
初めはまた歩ける仕事ができると負傷した国民は王に感謝していたが次第に彼らは不満ばかりを口にするようになり、国王は徐々に心を病んでいってしまい魔物に憑りつかれ得意の錬金術で国民の魂と引き換えに全てを従順な自動機械に変えてしまった。
国民のほとんどがオートマタだった理由には、こういった悲しい話が裏にあったのだ。だからリュシアンは小春にショックを与えないよう、世界史の授業から省いていた。
命辛々オートマタになるのを逃れた国民は国から逃げ出し、遠くに新たな国を建てて今も其処でつつましやかに技術者として暮らしている。そこには小春も一度訪れた事がある。その国の名前は『アングルナージュ』。スチームパンクのような国で至る所に歯車で動くゴーレムや食材売り場があり、歪に建てられた家屋や煙突がぐねぐねしているあの国だ。
アングルナージュが職人で溢れる街になったのは元々機械技術が発展した国から逃れてきた国民が建てた国だからである。しかし残念な事に小春にとってアングルナージュとは、リュシアンの裸を見てしまったあのラッキースケベ事件の思い出しか残っていない。
ヴェルゴナは妖精のコルルと再会できたことに喜び、勝手に居なくなってしまった事に対して改めて謝罪した。
「ごめんよコルル。本当は一言伝えてから行こうと思ったんだ。でもこのオートマタに転移魔法で一緒に飛ばされてしまってね」
『オコッテナイ。タビ。タノシカッタ』
「それは良かった。リュシアン君もありがとう。迷惑を掛けたね」
「本当にな。ヴェルゴナの安全も確認できた事だし私達はこれで失礼する」
「え?このオートマタのマスター探してあげないんですか?」
「それはヴェルゴナが頼まれた案件だ。私達の用は済んだ」
リュシアンは妖精のコルルがヴェルゴナを探しているというので安否確認までと決めて今まで行動していた。しかし小春はマスターを探すまでが妖精の希望ではないかと言い、それを聞いたヴェルゴナは瞳をキラキラと輝かせて一緒にマスターを探そうと誘ってきた。
リュシアンは心の内では一刻も早くルシェールに帰り、元の大人の姿に戻りたいと思っている。しかし小春が望む事はしてやりたいとも思っているので、自然と口が「協力する」と動いていた。
「ヴェルゴナ。これは貸しだからな」
「うん。そういえばどうしてリュシアン君は小さくなってるの?そういう遊び?」
「遊びじゃない」
リュシアンが高校生くらいの姿になっている理由は妖精のコルルがヴェルゴナに説明し、此処に来るまでの出来事やリュシアンが夜中に小春の胸が柔らかすぎて眠れないと呟いていた事まで全て赤裸々に話した。
コルルは一晩中、色んな意味でしっかり見張りをしていたのだ。
「えええ!?リュカさんの変態!破廉恥!」
「ちょっリュシアン君どういう事だい!?」
「私は変態でも破廉恥でもない。それにヴェルゴナに説明するつもりもない」
「私の胸触ったって本当なんですか!?いくら今可愛い姿だからって許せません!助平!むっつり!エロ爺!」
「そろそろ黙らないとその口塞ぐよ」
「すみませんでした!」
「ねぇ、もしかして前よりも二人の関係って進んでる?」
「婚姻を結んでいるからな。当然だろう」
「いつの間に!?聞いてないよリュシアン君!!!」
「新婚ほやほやにゃ」
「もっと詳しく教えてくれないか世話師猫くん」
「チップ寄越せにゃ」
彼らはギャーギャー騒ぎながらオートマタのマスターが居そうな建物の中へと足を進めて行った。




