ゼンマイ砂漠
鬼火が導く灯篭の道を走り終え、辺りを見回す。だけど温羅さんと別れた場所の景色と何も変わりなかった。
一面砂。砂。砂だ。呼吸を整えようと軽く膝に手をつき地面をみると、足元にある砂が蟻地獄のように徐々にくぼんでいた。
「うわっ」
「にゃにゃ!」
私は幼児姿になっているリュカさんをぎゅっと抱きしめ、リュカさんも私の服を小さな手できゅっと握りしめる。そして小さく『来る』と呟いた。
こんな状況なのにまだ何か起こるのか。ちょっとは休ませてほしい。
そう心の中でゴチていると砂の中から馬鹿でかいサソリが現れ、尾をこちらに向けてきた。それは一匹どろこではなく、うじゃうじゃと砂漠の中から現れる。
「ぉぉおおお大きすぎません!?それに多ッ!」
「サンドスコーピオンだ。尾をこちらに向けているから威嚇している状態だよ」
「説明ありがとうございます!でもどうしろと!?」
サンドスコーピオンの尾は毒針で出来ており、今はその針から紫色のドクドクしい液が垂れている。それに触れる、若しくは刺されるとヒト族は2時間以内に死んでしまうらしい。龍族には効果がないんだとか。
「コハルの場合は即死してしまうかもしれない」
「かもじゃなくてこんなの食らったら絶対即死ですよ私!」
「任せるにゃー!」
「待ってくれブンジ。ここは私に任せてほしい」
「にゃーん」
リュカさんは戦闘態勢の文二を止め、私達を取り囲むサンドスコーピオンに片手を向けてグッと掌を握った。すると大量にいたサンドスコーピオンが一瞬にして砂のように崩れ消えていき、足元の砂と混ざり合う。砂の量が一気に増えた事により私達は為す術もなく砂中に引きずり込まれていった。
頬をぺちぺちと誰かに優しく叩かれ、私は目を覚ます。そしてその人物を見て驚いた。
リュカさんだ。小学低学年くらいの姿になったリュカさんだ!
「いつのまに大きくなったんですか!?」
「少し前だよ」
「え?何があったんですか?」
「先ほどのサンドスコーピオンの生命エネルギーを全て奪った。それでも本来の姿に戻るには全然足りなかったけどね」
「なるほど。だから文二じゃなく自分で倒したかったんですね」
「うん」
今私達が居るのは砂漠の中。薄暗くはっきりとは見えないが土で固められた道がある。
リュカさんは私の肩でぐったりしている大福を抱え、カニの姿をした妖精さんに口を開けてくれと頼みその中に大福を入れた。妖精の中に居れば暑さや寒さを感じることは無い。その事を私はすっかり忘れていた。リュカさんも入った方が良いんじゃないかと提案したが、それは断られた。
小学生くらいの姿になったリュカさんは自分で歩くと言い、私の手を握り歩き始める。幼児姿も尊かったけど、今の姿はこう、なんか変態さんに攫われてしまいそうな美しさと可愛さがある。
ランドセルを背負った姿なんて見たら即逮捕されそうだな。私が。それくらい可愛い。
一度で良いからその姿で半ズボンを履いてみて欲しい。駄目かな。今度お願いしてみようかな。なんて、危ない&邪な思考に走っていると文二が私の服の裾をくいっと引っ張った。
「抱っこ!」
「今?」
「うむ」
「文二重たいから帰ってからじゃ駄目?」
「駄目である。軽量魔法掛けるゆえ今抱っこ!」
そう言うや否や文二は器用に私の足によじ登り始め、私は急いで落ちないように文二のお尻に手をあてて抱っこした。
あ、本当に重くない。魔法って便利で凄いな。
抱っこが嬉しいのか文二は私の鎖骨辺りにおでこをぐりぐりと押し付けて喉を鳴らす。こうして見ると本当にただの猫ちゃんに見える。
砂漠の中は外程ではないが暑く、徐々に体力が奪われていく。先ほどの土壁の道を抜けると今度は錆びた鉄骨が沢山ある廃墟みたいな所にでた。今はそこを歩いている。
目的地の遺跡へはリュカさんも行った事がなく、文献で読んだ内容を頼りに歩いているそうだ。歩き進めると砂漠の中なのに光が射してきて、緑が生い茂る場所へと出て来た。
「オアシス?」
「幻影魔法ではなさそうだね。今日は此処で野宿にしようか」
「サンドスコーピオンにまた襲われたりしませんかね?」
「それはないよ。サンドスコーピオンは何かを守るために現れる動物だ。きっとこの国が栄えていた頃に契約したんだろう」
野宿する場所を決め、久々に簡易キッチンをポーチから出してもらい調理を始める。と言っても勝手が分からない場所なので私が持っていたレトルト食品をお湯で温めるだけだ。
食べ終わる頃には陽が陰り、寝支度を進めながら気になっていた事をリュカさんに聞いてみた。
「最初に出会った時はリュカさん小さくなかったですよね?大人の姿のままでしたよね?」
「そうだな」
「どうして今回は小さくなっちゃったんですか?」
「コハルと出会った時は魔力が枯渇し龍の源も上手く使えない状態だった。だが今回は龍の意思を使いすぎてしまったため龍の源が急激に減り、本来の姿を維持できなくなったからだ」
「龍の源って何ですか?」
「龍族だけが使える術を発動させるのに必要な力の事だよ。龍族の体には魔力以外にも龍の源というものがある」
「それってリュカさんには二つの力があるって事ですか?」
「そうだね。私達だけでなく他の幻獣族と呼ばれる種族もそうだよ」
「幻獣族ってたしか獣人族とは違う珍しい種族の事でしたよね?」
「ああ。よく勉強しているね」
「幻獣族って凄いんですね」
「ふふっそうだね。でも幻獣族じゃなくてもそれぞれの種族には何かしら特化した力がある」
「ヒト族にもですか?」
「うん。ヒト族には知恵を生み出す能力がある。それは他種族よりも遥か格段に優れている。だから発展している国が多い」
「へぇ~」
魔族は魔力が枯渇すると本来の姿になり、それはとてもおぞましい化物で、直視するのも耐えがたいほどの醜さだと言う。だから魔族の人達は容姿を気にしているし、美しくあろうと努力する。以前リュカさんが『魔族は美しいものが好きで愛でるのも好きだが、自分自身に対する美にも厳しい』と教えてくれたのには、こういった理由があったのだ。
他にも龍族は龍の源が枯渇するとヒト型を維持できず龍体化し、鬼人族は妖力が枯渇すると妖の姿か鬼の姿になるそうだ。妖と鬼に別れるのはその人の生まれによるらしい。因みに今のリュカさんは龍の意思を使いすぎてしまったから子供の姿だけど、別に魔法が使えない訳じゃない。
寝支度を整え終わると話はヴェルゴナさん誘拐事件に移り、私は大木に背を預けてそれを聞く。
「この誘拐には不可解な点が多い」
「不可解ですか?」
「ああ。ヴェルゴナは魔国の王である魔王の近衛騎士、零番隊隊長を務めていた男だ。それ程の実力者が簡単に誘拐されたというのは考えにくい。だが実際には妖精に気付かれる事無く攫われている…。という事はヴェルゴナを攫った相手はアイツの知る人物だった可能性が高い。それか、自分の意思で付いて行ったかだ」
「自分の意思でって、妖精さんに黙って付いて行ったって事ですか?」
「そうだ。何か弱みでも握られていたのか……」
「弱み……。人質?ですかね」
「その可能性は低いね。魔族を人質に取る方がリスクが高い」
答えが出ないまま時間が過ぎていく。
カニの姿をした妖精さんも『ヴェーレノケハイ、スル。デモイッパイ』と言い、ヴェルゴナさんが何処に居るのか特定できないと混乱している。
「このまま悩んでいても仕方がないね。もう寝ようか」
「はい。そうしましょうか」
私は寝袋の上に座りなおし、文二を抱っこしたまま寝ようとした。がしかし頬を染めたリュカさんが視線を彷徨わせながら私の服を遠慮がちにクイッと引っ張ってきた。
どうしたんだろう。此処は寒くもないし……。
あ!
「トイレですか?一人が怖いなら付いて」
「違う。見た目に引っ張られるな」
「すみません。じゃあどうしたんですか?」
「その、一つ頼みがある、のだが……」
「?」
「この姿でしか、できない事がしたい」
「この姿でしかできない事?って何ですか?」
珍しく歯切れの悪いリュカさん。そして察しの悪い私。
痺れを切らした彼は瞳を潤ませ、文二を指さした。
「私も、コハルの腕の中で眠りたいっ」
「わー。凄い破壊力!」
「何を言っているんだ?」
「すみません気にしないでください」
ついつい心の声が漏れてしまった。
だって頬を赤らめ潤んだ瞳で見つめてくる子供姿のリュカさんが可愛くて可愛くて!
大人姿の時は美しい、美丈夫、イケメン!って感じだけど、子供姿だと愛らしさが天元突破してて新しい扉がヤッホーこんにちはウェルカーム!って感じで……って何を言っているんだ私は。冷静になろう。
どうぞと声を掛けると、大木に背を預けている私の股の間にちょこんと座った。
片腕には文二、もう片方には遠慮がちに体重を預けて目を瞑って寝ているリュカさん。
明日は両腕が筋肉痛かもしれないな。でももふもふと可愛い子供姿のリュカさんと一緒に眠れるだなんて最高だ。距離が近くても何故かいつもより話しやすいし。
あぁ、自分が変態さんになってませんようにと願うばかりだ。
更新遅くてすみません(;´Д`)世話師猫欲しい。来て欲しい。




