カニからの脱出
カニの姿をした妖精さんの中にリュカさんが急に現れたのは、以前頂いた龍の鱗で作られたピアスのお陰だ。龍の意志という龍族だけが使える術で、相手の元に移動する事ができる。
リュカさんと温羅さんが話終えると、リュカさんは空に向かって話しかけた。
「ヴェルゴナはどうした」
『ヴェーレ、サラワレタ』
「相手は分かるか?」
『ワカラナイ。ワカラナイ』
「そうか。私を呼んだのはヴェルゴナの指示か?」
『チガウ』
リュカさんは他にもいくつか質問し、徐々に事の次第が見え始める。まずあの手紙を書いたのはヴェルゴナさんではなく、この妖精さんだった。リュカさん宛てにしたのは妖精さんが出会った中で一番強いと感じたのが彼だったから。しかし分かったのは此処までで、ヴェルゴナさんが攫われた理由も場所も、相手がどんな種族かも分からないと妖精さんは言った。だからヴェルゴナさんが残した僅かな気配を辿って移動しているらしい。
そして今後をどうするか皆で話し合っていると、リュカさんが倒れるように地面に片膝を突き呼吸を荒げた。
「大丈夫ですか!?」
「ハァッハァッ」
「どうしよう文二!?」
「うむ。見た所“龍の意思”とやらを使いすぎたようである。普段なら草木から生命エネルギーを取り込み回復できていたのであろうが、ここは妖精の腹の中にゃ。んにゃにゃにゃー。にゃん」
「大福ヘルプー!」
『はーい!』
大福の通訳と文二の説明を合わせるとこうだ。
鬼人族の国から此処までの距離は遠く、リュカさんは力を消費しすぎてしまった。そして普段なら草木から少しづつ生命エネルギーを取り込み回復するのだが、今は妖精のお腹の中なので生命エネルギーとなる物が無く、体を維持するのが困難な状況にある。
二匹が説明している間にもリュカさんの体からは冷気が漏れ、呼吸が荒くなる。
「ぐっハァッハァッ」
「リュカさんっ死なないでっ」
「死にはしないよ。ただ、この姿はっコハルには見せたくなかった」
そう苦しそうに言うと、彼は青白い光に包まれ三歳児くらいの幼児になった。
「おお。これは摩訶不思議」
「大丈夫ですかリュカさん!?」
「問題ない。はぁ、こんな姿、コハルには見られたくなかったよ」
「そんなに落ち込まなくても」
「恰好悪いだろう?」
「そんな事ないですよ。可愛いです!」
「嬉しくない」
「所で体は大丈夫なんですか?どこか痛いとか苦しいとか」
「ないよ。この姿になるのが嫌で抗っていたから呼吸が荒くなってしまっただけだ。心配させたね」
「本当に心配しました。でも、リュカさんが無事で良かったです」
幼児姿のリュカさんは何故か頬を紅潮させ、ぷいっとそっぽを向く。
頬がぷっくらしていて可愛い。つついたら怒るかな?
今のリュカさんは大人の時よりも瞳がまん丸で大きく、愛らしい姿をしている。これじゃ龍族関係なく攫われてしまいそうだ。
だぼだぼの隊服とローブを文二が魔法で幼児サイズに変え、抱っこを嫌がるリュカさんを私が抱き上げる。自分の鼻息が荒くなっていないかが心配。
リュカさんの体調が落ち着いた所で話を戻し、今後についてどうするか意見を出し合っていると今度は強烈な風が足元から吹き上がった。魔法も術も効かない此処では皆されるがままで、私達はあっという間にビーチから空へと吹き飛ばされた。
「うわぁぁああああ!」
「にゃぁぁぁあああ!」
「キュー!」
「コハルっ!」
「くっ」
あまりの強風に私は目を瞑り、ぎゅっと腕の中に居るリュカさんを抱きしめる。
先程までの過ごしやすい気候とは違い太陽に照らされたような暑さを感じた瞬間、ぼふんっと何処かにお尻から着地した。目を開けると砂の上にカニの姿をした妖精さんが居り、皆も居る。どうやら私達は吐き出されたようだ。
「此処、どこなんでしょう。一面砂ですね」
「ゼンマイ砂漠かヌコ砂漠だな。地平線まで続く広大な砂漠はこの二つのどちらかしかない」
「そうなんですね。流石リュカさん。博識ですね」
「妖精。ヴェーレとやらはこの砂漠に居るのか?」
『ワカラナイ。ヴェーレノケハイ、ココデオワリ』
「此処で終わりとなると、砂漠の中にある遺跡から目的地まで転移した可能性が高いね」
「こんな砂漠の中に遺跡があるのか?」
「ああ。暗黒時代の終わりに滅んだ国が遺跡として埋まっている。それがあるのはゼンマイ砂漠だ」
「ゼンマイ砂漠にある遺跡……。確か、機械技術が発展した国で、国民のほとんどがオートマタだったというあの国……か?」
「そうだ」
「そんな国が砂漠の下に埋もれてるんですか?」
「そうだよ。コハルに教えている世界史では省略している。あまり良い話ではないからね」
「なるほど」
私の膝の上に座っているリュカさんが小さな手で私の頭を撫でる。
姿は子供でも中身はいつものリュカさんのままみたいだ。どこかの名探偵と一緒だな。
カニの姿をした妖精さんはハサミを鳴らしながらその場をうろうろと彷徨う。
リュカさんは私の所へ移動する前にウメユキさんに離脱する旨を話しているのでこのままヴェルゴナさん探しを続行するが、温羅さんは巻き込まれただけで無断で国を出ているので経緯を説明するためにも帰国する事になった。
「リュカさんは仕事で鬼人族の国に来てたのに良いんですか?」
「問題ない。任務はほぼ終わっている。あとは隊長が何とかするだろう」
「うわぁ。ウメユキさん大変そう」
「編成はウメユキが考えているし、こういった事は茶飯事だよ」
「そうなんですか?」
「任務が重なる時はね。それに任務中に問題が起きない事の方が少ないから、ウメユキもこういった対処には慣れている。それが隊長の役割でもあるからね」
「もしかしてこういう役目が嫌でウメユキさんを隊長に推薦したとか?」
「……まぁ、そこは想像に任せるよ」
「あ、逃げましたね」
「逃げてない」
***
此処は砂漠のためリュカさんは未だに幼児サイズのままだ。
命を吹き込む事ができる古の御業で私が回復させましょうかと言ったけど、それは断られた。
さて、どうやって遺跡を探すか……。
「デルヴァンクール卿、俺が遺跡まで案内しよう」
「遺跡の場所を知っているのか?」
「そうではない。俺が妖術で生み出す鬼火はそのとき最も欲しているものの場所へと導く」
「なるほど。そういう事か」
「但し条件がある」
その言葉にピリッと空気が張り詰める。
「双子龍宛てにデルヴァンクール卿から一筆書いてもらえないだろうか」
「そんな事か」
「龍双を直で見てみたい」
「温羅さんの龍双への想い凄く熱いですね」
「俺は自国から滅多に出られない。鬼人族の国へ龍族が来ることも珍しいし、この機会を逃したくない」
「なるほど」
リュカさんが認め終わると温羅さんは深々と頭を下げて礼を言い、印を素早く結んで叫んだ。
「鬼燈籠!」
一面砂しかなかったはずの砂漠に灯篭が道を作るようにして現れ、全ての灯篭の中にボボボボッと明かりが灯る。この明かりが鬼火だ。よ~く見ると般若の顔をしている。
「言い忘れていたが俺の鬼火は気分屋だ」
「えええ!?」
「消える前に到着できる事を祈る」
私はリュカさんを抱えなおし、大福とカニの姿をした妖精を肩に乗せる。
「温羅さんありがとうございました!」
「私からも礼を言う」
「構わん。早く行け。鬼火がお前達の行きたい所へと導く」
「行ってきます!温羅さんお元気で!」
「ああこれも言い忘れていた。後ろは絶対振り向くなよ。連れて逝かれるからな」
「え゛?」
「にゃ゛?」
最後に不穏な言葉を吐いた温羅さんは私の背中を軽くポンと押した。
連れて行かれるって何処にですか。死者の世界にですか?
そんな疑問を抱きながら私は一心不乱に、ただひたすらに灯篭が作る道を走る。因みにリュカさんはおんぶに変えた。抱っこだと振り返ってる事になるし、これなら大丈夫。
灯篭の中にある鬼火は私が通り抜けると消え、進行方向にある鬼火たちはゆらゆらと揺れる。
なんて幻想的な光なんだろう。でもずっと見ているとまやかされそうだ。
走ること数十分。肺も横腹も腕も痛い。
でも足を止める訳にはいかない。心なしかリュカさんと大福も辛そうだ。文二は元気そう。
「大福っ大丈夫?」
『ぁっぃー』
「属性魔法と呼応して熱や暑さには弱いにゃ」
「それってリュカさんも?」
「そうである」
リュカさんが水魔法の上位である氷魔法を得意とするのはそもそもそういう種類のドラゴンだからで、現在は幼児のため自分自身を冷やすのに大量の魔力を消費している。カーバンクルの大福は属性がそのまま得意魔法になる。この子の属性は雷と雪。だから寒さや静電気には強いけど、暑さにはめっぽう弱い。
私の古の御業は命を吹き込むことはできても温度のコントロールはできない。それに五大魔法はまだ練習中だから、最近少しだけ使えるようになった風魔法でも微風くらいしか出せない。
頭の中で考え込んでいると灯篭の最後が見えた。
という事はその下に遺跡がある!
「あともう少しだよ!」
「にゃー!」
***
おまけ~お面の下~
「温羅さんお面の下暑くないんですか?」
「暑い。汗だくだ」
イイネが凄く増えてる!?ありがとうございます!




