飛び交うパンツと誰
鬼人族の国に滞在するのも残すところあと1日。最近はよく鬼が城下町まで降りて来て至る所でパンツが飛び交っている。こんな光景初めてだ。鬼は花嫁を攫う前にプレゼント用のパンツを片手でぶん回しながら愛を込めて歌うらしい。だから今城下町ではテンションブチ上げ状態の鬼が歌いながら求婚している。結構五月蠅い。
私はここ数日間リュカさんに部屋を出るなと言われているので、今日も文二と一緒に部屋の中から鬼の婚活を眺めている。
「退屈である」
「私も」
私達は窓際にある椅子に座り、音を外しながら歌っている鬼を見て退屈しのぎをしていた。大福はリュカさんの就寝用の和服を引っ張って遊んでいる。ボロボロになるから止めて欲しい。
「コハル様、新しいお茶を淹れてきますね」
「ありがとうルイーゼ」
ルイーゼが部屋から出ると、窓ガラスがコンコンと鳴った。
でも窓の外には誰も居ない。それも当然だ。だってこの旅館にはベランダがないのだ。
聞き間違いかと思った私はほっと溜息を吐く。しかしまた誰かが窓ガラスを叩くような音がした。慌てて辺りをきょろきょろ見回すと、またコンコンと音が鳴る。
「何処からだろう」
「下にゃ」
『ほんとだ!なんかいる』
大福も駆け寄り皆で一緒に窓ガラスを叩いていた者に目を向ける。
そこには手紙を持ったカニが居た。
ちょっとサワガニに似てる。
ルイーゼが居ないので私は文二に確認を取ったあと窓を開け、カニが差し出して来た手紙を受け取り封を開けた。
「レンラク コウ。ヴェルゴナ・F・エドモン」
手紙にはそう一言だけ書いてあった。何故電報方式?
ヴェルゴナさんと言えば鉱石の国ゴーラントバーデンで採掘時の護衛依頼をしてきた魔族の方だ。
「リュカさんに伝えた方が良いよね」
『ヨンダ?ヨンダ?』
「わっ!カニが喋った!」
「にゃにゃにゃ!」
「大福、文二の通訳お願い!」
『まかせてー!カニじゃなくて、よーせーだって言ってる』
「カニの妖精?」
「にゃー」
『ちがうみたいだよ。はずかしいからカニのすがたしてるんだってさ』
そういえばヴェルゴナさんは『僕の妖精は恥ずかしがり屋なんだ』と言っていた。でもわざわざ変身した姿がカニなのは何でなんだろう。
この妖精さんはゴーラントバーデンに滞在していた時も一度も姿は見せなかった。そんな恥ずかしがり屋の妖精さんがどうして鬼人族の国に……。
『ヨンダ?』
カニの姿をしている妖精さんは喋る度に口からシャボン玉みたいな泡を吹き、ハサミをカチカチと鳴らす。意外とせっかちなのかもしれない。
「リュカさんは夜にならないと帰ってこないから、ちょっと待っててね」
『ワカラナイ。ワカラナイ』
そう言うとカニの姿をした妖精さんは口から大量のシャボン玉を吹き出し、顎が外れるくらいの大口を開けて私達を吸い込もうとした。
「え!?ちょッ」
「にゃーん」
『わぁーすごーい』
「何だこれは!?」
「え?今の声誰!?」
文二と大福以外にも声が聞こえた気がする。でも今はそんな事考えてる場合じゃない!
しかし為す術もなく私達はカニに飲み込まれてしまった。
どうしよう。またルイーゼと逸れてしまった。これで2度目だ。ごめんなさいルイーゼ。でもこれは不可抗力……のはず!それに今回はちゃんとリュカさんから貰ったピアス付けてます!
カニ妖精の口内は暗く、文二が某にゃんこバスみたいに瞳で辺りを照らす。暗くてよく見えないが足元は粒子の細かい砂のような感触で、辺りからはザパーンと波の音が聞こえる。目が暗闇に慣れてくると急に電気がついたみたいにパッと周りが明かるくなった。
「わっ何ここ!?」
まるで南国にあるリゾート地みたいだ。砂は白く、海は何処までも青く透き通っている。
しかもビーチパラソルにビーチチェアまである。
まさかの絶景に興奮していると、誰かが私の肩を叩いた。
「おい」
「うわっ。て温羅さん?」
「そうだ」
「何でここに居るんですか!?」
「お前と一緒でカニに飲み込まれた」
「あ!じゃああの時の声は温羅さんだったんですね。また不法侵入してたんですか?」
「違う。デルヴァンクール卿に用があった」
「リュカさんに?」
「ああ。だがアンタがカニに襲われそうになっていたから助けようとしたら俺も飲み込まれた。最悪だ」
動物の面を着けた温羅さんは髪をかき上げ、最後に「ヨツバヒメと呼べと言っているだろう」と呟く。
それは無理ですごめんなさい。名前で呼ぶとリュカさんの機嫌が悪くなるんです。イケメンの怒ってる顔って心臓に悪いんです。すみません。
話しもそこそこに私達はこの不思議なビーチから出ようと海や空、木々に向けて攻撃魔法や妖術を放つ。しかし発動する前に魔法や術が空中に飲み込まれ不発に終わった。文二が放つ古代魔法までもだ。
「どうしようっ」
「慌てるな」
「何か策があるんですか?」
「無い」
「えぇぇー」
温羅さんはいつも堂々としているけど、本当に堂々としているだけなのかもしれない。口数が少ないから考え事をしているように見えるけど、たぶん何も考えてない…と思う。最初に出会った時もやけくそとか言ってたしな。
私はダメ元で妖精さんに向かって声を掛けてみた。
「あのー!妖精さーん!私達を何処に連れて行くつもりですかー!」
『ヴェーレノトコ』
「わっ返事きた!」
「ヴェーレとは誰だ?」
「この妖精さんの主?友達?の事です」
「そうか。妖精とやら、ヴェーレは何処に居る」
『ワカラナイ』
「え?」
「にゃ?」
「おい。カニ妖精。どうやってそのヴェーレとやらを探すつもりだ」
『イキアタリバッタリ』
「わーお」
まさかの回答すぎて吃驚だ。
温羅さんは数分考えたのち、「それにしても面妖な場所だな。此処から出る方法を思いつくまでは極力魔力の消費を抑えろ」と言ってビーチチェアに寝転び、本格的に寝始めた。
温羅さん歯ぎしりするタイプなんですね。ストレス溜まってるのかな。
ビーチパラソルの下で眠る彼は端から見るとこのビーチを満喫しているように見える。
私はこれからの事を文二と大福に相談するため下を向くと、脱出方法を考えるのを諦めた文二が猫サイズの浮き輪をお腹に装着しようとしていた。
「え?泳ぐの?」
「にゃ!」
『ぼくもおよぐー!』
こんな非常時に遊ぶのか。
まぁ私なんかが考えても脱出方法なんて分かんないし良っか。遊ぼう!
「そういえば文二はさ、私をこの世界に呼んだ時に人魚の涙を1ガロンも準備したんだよね?」
「にゃ!」
「どうやって1ガロンもの涙を用意したの?」
「ぅにゃ、にゃぁあ゛ん」
「大丈夫?」
「大丈夫である。人魚にコハルが勤めている会社の話をしたら涙を流したのである」
「へぇそうなんだ。ていうか私が勤めてた会社って人魚が号泣するほどブラックだったんだね」
確か最後に貰ったボーナスは2000円だった。業績が悪いから初めはボーナス無しって話だったんだけど、部長が上にボーナス無しは流石に酷いと掛け合ってくれた。でも2000円なら月給に上乗せしてほしかったな。だって2000円のボーナスからさらに税金も引かれるんだよ。手取りが寸志通り越して悲惨だった記憶しかない。
***
文二と大福が海で遊び疲れ空が夕焼けに染まった頃、ピアスが一瞬冷気を帯び目の前に焦った様子のリュカさんが現れた。いつもピシッと決めている隊服も乱れている。
この空間にリュカさんが現れた事に温羅さんも気配で気付き、彼もビーチチェアから起き上がって私達の元へ駆け寄ってきた。
「無事かコハル!」
「リュカさん!」
「遅かったなデルヴァンクール卿」
「煩い。黙れ。殺すぞ」
「リュカさん化けの皮剝がれてますよ」
「コハルも簡単に攫われ過ぎだ」
「う゛っ。スミマセン。でも急だったんですよ!」
「人攫いが予告して来る訳ないだろう」
「確かに…」
くっ。リュカさんに口では勝てないから黙るしかない。いや他の事でも私が勝てるものなんて無いか。
「所でデルヴァンクール卿、龍族に伝わる武術‟龍双”をご存じか?」
先程リュカさんにブチ切れられたばかりなのに温羅さんはマイペースに質問をする。
もしかして用があると言っていたのはこの事かも。
「知ってはいるが私は専門外だ。基本の型くらいしか覚えていない」
「そうか」
「習得したいのか?」
「いや。龍双は他種族がしても本来の力が発揮されないと聞いている。どんな武術か見てみたかっただけだ」
「それなら今回任務で来ているノエルとルクルに頼んでみると良い。あの双子龍はまれにだが実戦で使用している」
「そうか。恩に着る」
この世界にも太極拳とか酔拳みたいな武術が種族ごとにある。
私の世界にも似たようなものがあるし小学生の頃に空手を習っていたと前にリュカさんに伝えたら、彼は見てみたいと言ってきた。だからその夜、邸の皆をダンスホールに集めて披露する事になった。だけどお遊戯会みたいになって凄く恥ずかしい思いをした。私は二度とこの世界で空手はしない。絶対にだ。
ブクマやイイネありがとうございます!




