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鋭い瞳の奥にあるもの

 私がシャルムへやって来て、早いもので一か月半が経とうとしていた。すっかりメイドとしても板についてきている。

 次のレッドムーンまであと半分。シャルムでの新鮮な生活も、折り返し地点ということか。

 ……アンペールの屋敷のみんなは元気にやっているだろうか。サラもうまく動けていたらいいんだけど。ま、定期的にギルバート様に頼んで手紙を送ってるし大丈夫よね。

 

 シャルムで魔法使いと一緒に生活することにも慣れてきた私だが、最近気づいたことがある。それは、ギルバート様が回りから怖がられているということ。……いや、前々からうっすら気づいてはいたのだけど、ようやく確信に変わった、という感じだ。


「陛下が怖くて」

「陛下はいつも機嫌が悪そう」

「ハンサムだけど、いつも眉間に皺が寄ってるのよねぇ」

「目つきが怖いわよね」

「もはや顔が怖い」


 ――など、使用人や街の人まで、幅広くから怖がられている。

 たしかに三白眼だから目つき悪く見えるし、言葉遣いもいいとはいえないが、私は怖いと感じたことはあまりない。すぐに追い出せる立場なのになんだかんだここに置いてくれているし、頼めば手紙も送ってくれるし。


「リアーヌ、陛下の雰囲気がもうちょっと柔らかくなるよう、どうにかできない?」


 私が陛下を怖がっていないのを知っている人たちからは、こんな無茶ぶりをされる始末だ。一国の王がここまで怖がられている状況って、いいのか悪いのか私には判断しかねる。


「ねぇフェリクス。どうしてギルバート様って周りから怖いって言われるのかしら」


 仕事の休憩中、いつものようにフェリクスとお茶を飲みながら、私はこの件についてギルバート様の親友であるフェリクスに相談をしてみた。


「顔じゃないか? 根は優しいやつだ」

「フェリクスの言う根の優しさってところが、みんなには知られていないのよ」

「ふむ。……もうひとつあるとしたら、父親の影響かもしれないな」

「……どういうこと?」


 フェリクスは持っていたティーカップを置き、前国王であるギルバート様の父親のことについて話し始めた。


「ギルの母親は、ギルを産んですぐに亡くなった。そのせいもあるのか、父親はギルにあたりが強くてな。相当厳しく育てられていたよ。一国の王になるとはどういうことなのか、どういう立場なのか、どういう存在であらねばならないのか――毎日同じことをギルに聞かせて教育していた。あいつは言われた通り、必死にその“父親の理想”になろうとしているが、自分が元々持って生まれた本来の優しいところは捨てきれない。それで、不器用の塊みたいなやつになってしまったんだろう」


 不器用の塊、ね……。さすがフェリクス。ギルバート様のことをよくわかっている。

 私は前国王がどんな人だったか知らないが、話を聞く限り、前国王もあまり優しい感じの人ではなかったのだろう。


「しかし、前も言ったが、最近のギルは楽しそうだぞ」

「そうなの? 私には、ギルバート様の変化がわからないけど」

「お前はよくギルを構ってやってるだろう。執務室に突撃訪問したり」

「ええ。いつも怒って追い出されるけど」

「ああ見えてあいつは寂しがり屋だからな。実はお前が来るのを楽しみにしていると思うぞ。かわいいやつだろう?」

 

 フッと笑い、フェリクスは砂糖もミルクもなにも入っていない渋めの紅茶をひとくち飲む。勝手な憶測に過ぎないのに、フェリクスが言うと真実っぽく聞こえるのはどうしてだろう。


「フェリクスはひとりでも平気そうよね。あまり寂しいとか思わなそう」

「失敬だな。俺も寂しがり屋だぞ。夜なんて特に人肌が恋しくなる。……今度、お前の部屋で一緒に寝てもいいか?」

「っっ!? だ、だめに決まってるでしょ!」


 突然なにを言い出すのか。私は飲んでいた紅茶をおもわず口から噴きだしてしまった。


「安心しろ。獣化していく。かわいいペットと添い寝していると思ってくれ」

「えぇ……? ま、まぁ、それは気持ちよさそうね」


 汚れてしまったテーブルを拭きながら、私はあのモフモフと添い寝している姿を想像してみた。……悪くないわ。一回くらい試してみたいかも。

「寝ている最中、油断して獣化がとける可能性も無きにしも非ずだが」


 獣化がとけるって――裸のフェリクスが隣で寝てるってこと!?


「それはだめぇぇぇっ!」


 一瞬アリかもなんて揺らいだ気持ちは一気に引き戻される。全力で拒否する私を見て、フェリクスは楽しそうに笑っていた。もうっ! いつもこうやって私をからかうんだから。


◇◇◇

 

「リアーヌ ちょっといい?」


 フェリクスと別れ仕事に戻ろうとすると、メイド仲間のエミーに呼び止められた。エミーは私がここへ来たばかりのころ、仕事をずっと教えてくれていた。今では城でいちばん仲の良いメイドだ。


「どうしたの?」

「これ、私のかわりに陛下のところに持っていってくれない? 近々ある会議の書類なんだけど」

「いいけど、なんで私が?」

「それは、えーっと……今日は陛下、朝から機嫌悪そうだったから。怖いなって」

「なによその理由」

「いいでしょ! リアーヌは陛下と仲良いみたいだし! ねっ! お願いよ!」


 エミーは私に書類を押し付けると、逃げるように去って行った。

 別に私は構わないけど、たまにあるのよね。こういうお願い。私がいなくなったらどうするつもりなのだろう。この手を使えるのも、あと一か月半だというのに。

 それにしても、ギルバート様が機嫌が悪いっていうのは本当かしら。だったら、なにか機嫌が良くなるようなものをついでに持っていけたらいいのだけど……。


 そうだ! 甘いものでも食べたらいいかも! 厨房に行って、料理長になにかお菓子でも作ってもらおうっと。


「ブレットさん!」


 厨房に行き、ちょうど晩餐の準備を始めようとしている料理長のブレットさんに声をかける。ブレットさんは体が大きくてゴツめの男性で、あまり料理人には見えないが、作る料理は最高に美味しい。エミーはブレットさんがタイプらしく、なにかと言い訳を考えてよく私も一緒に厨房へ連れて行かれていた。


「リアーヌ! 今日はひとりなのか。どうしたんだ」

「ギルバート様になにか差し入れ持っていきたいんだけど、お菓子とかない?」

「陛下に? さっき焼いたクッキーなら余ってるが……」

「うわぁ……美味しそう……」


 キッチンの上に、カラフルな星型のクッキーが並べられたお皿が置いてある。どれも美味しそうで、おもわずごくりと生唾を飲んだ。


「けど、陛下の口に合うかわからないぞ。陛下が甘いもの食べてるとこなんて、昔からほとんど見かけないしな」

「出さないから食べないだけじゃない? 本当はすっごく好きかもよ。ほら、陛下って子供っぽいとこあるし」

「どんな理屈だ。俺は陛下が紅茶に砂糖を入れてるところも見たことないぞ」

「え!?」


嘘でしょう。私、この前たしかに見たわよ。ギルバート様がフェリクスの前で砂糖を三つも入れていたところ……。

 まさかギルバート様、みんなの前ではかっこつけてる?


「なに驚いてるんだ? リアーヌ」

「いや、なんでもないわ。あ、このクッキーはもらっていくわね」

「別にいいが、無理に食べさせたりするんじゃないぞ。余ったら、エミーとでも食べてくれ」

「わかったわ。ありがとう」


 私はティーワゴンの上にクッキーを乗せ、用意していたお茶と書類と共にギルバート様がいる執務室まで運んでいく。


「ギルバート様! 失礼します!」


 ノックをし扉を開けると、足を組んで本を読んでいるギルバート様の姿があった。


「……お前なぁ、いつも返事を待ってから開けろって言ってんだろ」

「すみません。すぐ開けちゃうクセがついちゃってて」

「変なクセだな。なんの用だ」

「これ、書類が届いていたみたいです」

「ああ……そのへんに置いておいてくれ。そうか、もうすぐ会議か。めんどくせぇ」


 私にはなんの会議かわからないが、ギルバート様は気だるげそうに伸びをしながらそう言った。


「あと、ついでにお茶とお菓子持ってきたので、ご休憩なさってはいかがですか?」

「……お前、そんな気が利くことできたのか」

「失礼ですね。そのくらいできますよ」

「はっ! いつも用もなく勝手に来て、どうでもいい世間話するだけのやつがよく言うな」


 そう言いながらも、ギルバート様の声色はさっきよりも機嫌が良さそうだ。フェリクスの言う通り、ギルバート様はもしかして本当に私に構ってもらうのが楽しいのだろうか。そう思うと、目の前で悪態をついているギルバート様がかわいく見えてきた。


「ギルバート様、お砂糖はおいくつですか?」

「……いらねぇ」


 お茶を淹れながら訪ねると、少し間があったあと、ギルバート様は言う。

 

「……本当に?」

「しつこい。いらないって言ってるだろ」

「フェリクスの前では三つ入れてるのに?」

「…………」


 気まずそうに目を逸らすギルバート様。どう言い逃れようか考えているのだろうか。


「ギルバート様、甘いもの好きなんでしょ? どうして隠すんですか。お菓子もみんなの前だと食べないらしいじゃないですか。いったいなんの意味があるんですか?」

「うるせぇな! ……二十年間も隠してていまさら好きでしたって、かっこ悪いだろ」

「そもそもなんで隠してたんですか?」

「この見た目で、男で、王族で、好物が甘いものなんて言えるか! 黙ってでかい肉とか苦いもの飲んでるほうがかっこいいだろ」

「ちょっと言ってることがよくわからないですし、逆に隠れてこそこそ食べているほうがかっこ悪いかと思います」

「お前……なかなか言うじゃねーか」


 思いのほかくだらない理由で、私は拍子抜けしてしまった。甘いものが好きな王族なんて、この世にたくさんいるというのに。


「……ふぅ。なんか疲れちゃった。私も一緒にお茶していいですか? あ、そこの椅子借りますね」

「……また返事する前に勝手に準備し始めるし。勝手にしろ。……本当に変わったやつだよな、お前。人間って、みんなこんな感じなのか?」


 ギルバート様は大きくため息をつきながら、観念したように自分で角砂糖を三つ掴み、紅茶の中にポトン、と落とした。

 私は向かい合うように椅子に腰かけると、ギルバート様に問いかける。


「――ずっと気になってたんですけど、ギルバート様ってどうしてそんなツンケンしてるんですか? 周りから怖いって言われたり……。私は、あんまりそうは思わないですけど」

「……俺がダールベルク家の息子だからだ」

「え?」

「幼い頃から毎日毎日、嫌になるほど父親に言われてきた。誰かの上に立つということは、そいつらになめられた時点で終わりだと。常に威厳を持ち、逆らえないようなオーラを纏うこと。人は恐怖を感じた相手には逆らえない、ってな。シャルムがいくら平和な国で、外部との関わりがないといっても、魔法使い同士の内戦なんて起きてしまえば一瞬で終わりだ。だからこそ、頂点に立つものは嫌われてでもいいから、決して国民になめられてはいけない。……散々そう言ってたくせに、俺が一人前になる前に死にやがったけどな」


 ――フェリクスが父親の影響と言っていたのは、このことだったのか。


「実際俺は父親が怖かった。逆らったらなにされるかわかんねぇし、圧倒的な魔力を前にただ黙って言うこと聞いて、頷くことしかできない。俺も、こういうふうにならなきゃいけないんだって、ずっと父親の背中を追いかけてたけど――うまくやれるかどうか、正直自信がない」


 ギルバート様がこうやって弱音を吐いたり、昔の話をしてくれるなんて、初めてのことだった。

 そうか。ギルバート様は、かっこつけているというより、かっこつけなきゃいけなかったんだ。怖がられるようにしなきゃいけなかったんだ。ずっとそう教わってきたから。


「よくわかりました。でも、甘いもの好きなのを隠すのは関係ないような気もしますけど」

「父親が甘いもの嫌いだったんだよ」


 そういうことか。ギルバート様は、必死に父親みたいになろうとしていたのか。心を開けるフェリクスの前以外では。


「……つーか、なんで俺、こんな話お前にしてんだろうな」

「私に心を開いてくれたんじゃないんですか?」

「はっ!? ち、ちがう! ……まぁいい。どうせお前はあと一か月くらいでいなくなるし!」


 本当のギルバート様は、甘いものが好きで、素直になれずすぐムキになって子供っぽい言い訳をする。でも、そんな不器用なところがなぜかほっとけなくて、寄り添いたくなる魅力がある。


「……ギルバート様は、ギルバート様のままでいいんじゃないですか?」

「……どういう意味だよ」

「私ね、ギルバート様のこと、怖いって思ったことないんです。そりゃ、初めて睨まれたときは多少怖気づきましたけど……。フェリクスと一緒にいるときを多く見てるからかわからないけど、私は、今のそのままのギルバート様が好きですよ」

「……フェリクスは親友だし、お前はいなくなる。だから、素をみせられるだけだ」

「そんなに無理して怖がられる必要って、ないと思うけどなぁ」

「言っただろ。恐怖心は持たせておかないといけないんだ」


 〝人は恐怖を感じた相手には逆らえない〟か。たしかにそうかもしれないけど――。それって、仕方なく嫌々きいている、ということになるんじゃないだろうか。

 周りの人をまとめたり、助けを求めたいとき、もっといい方法がある気がする。そう、たとえば……。


「私は、好きな人のいうことのほうが聞きたくなりますよ」

「……なんだと?」

「好きな人の頼みやお願いは、聞いてあげたくなります。それって、ほかのみんなも同じだと思うんです」


 好きな人の力になりたい。そう思うのは、生きていると自然に湧いてくる感情だと私は思う。そしてそれは、恐怖で支配するよりも、ずっと効果的だと思った。


 サラが知ってる私は、大好きだったお兄様の言うことを聞かずつきまとって愛想をつかされたみたいだけど……それってたぶん、お兄様が好きだったというより、自分のものだと思っていたお兄様がほかに盗られたことが許せなかったんだと思うのよね。お兄様よりも自分の感情を優先していて、お兄様よりも、自分自身のことのほうが好きだったんだろうなって……。


「だからギルバート様は、シャルムの人みんなから愛されるような国王になればいいんです!」

「……愛される国王?」

「はい。素のギルバート様なら、きっと愛されますよ! 今までとのギャップもあって、かわいいし!」

「か、かわいいだと! 誰に言ってるんだそんなこと! 俺はシャルムの国王だぞ!」

「ほら! そういうところが愛らしいんですって。黙って睨みきかせるより、少々口が悪くても喋ってるギルバート様のほうがいいですよ。お父様の教えをとても大切にしているのはわかります。でも、それをちゃんと実行できる自信がないのは、その教えが本当に正しいかどうか、迷いがあるからじゃないんですか?」

「……それは」

「教わったことは大切に受け止める。それから自分なりに考えて、信じた道を歩めばいいんです。今の国王陛下は、お父様でなくギルバート様なんですから」


 私がそう言うと、ギルバート様の目が僅かに揺れた。目つきが悪いと何度も言われているこの瞳は、近くで見ると吸い込まれそうなほど綺麗だ。


「す、すみません。私、また余計なことしゃべりすぎました?」

「いや……そうだな。お前の言う通りかもしれない。今まで、父親以外に国王としての在り方を言われたことがなかったから、俺はほかの考え方を知らなかった」


 自分がずっと信じていたことを、いきなり出て来た人間に指摘されるなんて決していい気分ではないはずなのに、否定することもなく受け入れる柔軟さも持っている。やっぱりギルバート様は、思った以上に素敵な人だ。


「……私の発言が、少しでもギルバート様のお役に立てたならよかったです」

「……俺がお前をここに置いてやってるんだ。たまには役に立ってもらわねぇと困る」

「ふふ。そうでした。今後もがんばります」


 ギルバート様の手元に置かれたティーカップが、いつの間にか空になっていることに気づく。私はそれを手に取り新たにお茶を淹れると、にやりと笑いながらギルバート様に先ほどと同じ質問をしてみた。


「ギルバート様、お砂糖はおいくつですか?」

「……三つ」

「三つですね。かしこましました!」


 満面の笑みで返事をする私を見て、ギルバート様が静かに微笑んだ。……あ、待って。いつも見せない人が見せる笑顔はずるい。ギルバート様のこんな表情見たら、みんな怖いなんて言わなくなるだろう。

 いつかみんなが見ることになるなら、今だけは、この笑顔を独占したい――なんて。角砂糖の中に数個だけ交ざっているハート形の砂糖をひとつだけ紅茶に忍ばせて、私はなぜか、そんなふうに思ってしまった。


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