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とあるレッドムーンの夜

 すっかりお兄様がシスコンに成長していくのと共に、ついに私は十六歳になった。

 背も髪もずいぶんと伸びた。猫目はさらにつり上がったような気がする。サラは成長した私を見て、『ゲームのときのお姿と一緒です!』と興奮していた。

 

 いよいよ春から、王立レヴェリスト学園での生活が始まろうとしている。即ち、ゲームスタートはもう目の前ということ。

 ちなみにお兄様は既にレヴェリストに通っていて、私の入学を今か今かと心待ちにしているようだった。屋敷だけでなく学園でもお兄様に付き纏われるのかと思うと、少々気が重い。しかし、不安もありつつなんだかんだ楽しみに思っている自分がいるのも事実だ。

 そんな私とは裏腹に、入学の日が近づくにつれて、サラの元気はなくなっていった。心ここにあらず、という感じで、常になにか考え事をしているように見える。今も私の部屋でティーカップを片付けながら、険しい表情をしているし。


「サラ、大丈夫? 最近様子がおかしいけど……」


 この六年で、サラとは前より仲良くなっていた。〝お嬢様と侍女〟というよりは、戦友のように感じていた。

サラがそばにいてくれると心強い。だけど、サラが不安そうにしていると、私まで同じ気持ちになってくるのだ。なにか、悪いことが起きるのではないかって。


「お嬢様……はい、大丈夫です、と言いたいのですが……」

「うん? どうしたの?」


 サラはカップを置いて、小さなため息をついた。


「やはり不安でして。もうすぐゲーム開始と思うと……うまく回避できるのか、不安で仕方ないのです」


 サラは弱々しい声で話を続ける。

 聞いていると、サラの胸の内がよくわかった。サラは私に待ち受けている残酷な未来を知っているからこそ、それを回避できなかったことを考えると、怖くてしょうがないらしい。


「考えすぎもよくないわ。大丈夫。サラが知ってるゲームの世界と、今の私は全然ちがうでしょう?」

「それはそうなんですが、万が一のことを考えると」


 だめだ。サラの心配性な性格が裏目に出ている。なにを言っても、最悪の事態ばかりを想像してしまっている。


「お嬢様、しばらくの間、私と一緒にどこか別の場所で生活しませんか?」


 すると、サラが唐突にそんなことを言ってきた。


「別の場所って……?」

「考えたのですが、レヴェリストに入学しなければ、お嬢様は絶対的に安全になる、と思いまして……。でも、奥様や旦那様、ヴィクター様もそれを許さないのはわかっています。ですから、せめて入学を遅らせるとか、ゲームとは異なる動きを最初にかましておけないかなと」

「うーん。私はそこまでしなくてもいいと思うんだけど」

「そ、そうですよね。すみません。忘れてください」


 きっと、たいした理由もなく入学を遅らせることは不可能。学園にも迷惑をかけることになる。サラはそれもわかったうえで、私に提案してきたのだ。

 サラがそこまで思いつめるということは、私は本当に悲惨な終わり方をしたんだろう。ここでサラの提案を頭から否定していいものか。


「――任せるよ。サラの判断に」


 悩んだ末、私がおとなしく学園に入学するかしないかは、サラの判断に任せることにした。



◇◇◇


 レヴェリスト学園への入学を二日前に控えた、ある日の夕方。


「リアーヌ、今日はレッドムーンだね」


 晩餐後、ゆっくりお茶を飲んでいると、お兄様が私に声をかけてきた。


「そうなのですね」

「あんまり興味なさそうだね」


 さっぱりとした私の返答を聞いて、お兄様はくすりと笑う。

 レッドムーンとは、三ヶ月に一度の周期で見ることができる、その名の通り赤い月。どういう現象で赤くなるかは解明されていないが、レッドムーンの日は運気が上がるとか、願いを叶えてもらえるとか、いろんな言い伝えがある。


「知ってる? レッドームーンの言い伝えって、基本いいものばかりだけど、中には怖いものもあるんだよ」

「へぇ。それは初耳ですわ。どんなものなんです?」

「赤い月が照らす夜、深い森の中に入ると――王国に戻って来られないんだ」

「ひゃっ!」


 お兄様は私の耳元で低い声で囁くと、ふぅっと息を吹きかけてきた。全身にぞわりとした感覚が走り、おもわず変な声が出る。


「お兄様! 悪ふざけが過ぎますわ!」

「あれ、もしかして照れてる? はは。リアーヌは今日もかわいいなぁ」


 頬杖をつきながら、にこにこと笑いながら私を見つめるお兄様。これ以上相手にすると調子に乗りそうなので、さっさと部屋に戻ることにしよう。

 それにしても、今のお兄様の話――私、庶民時代は森の中で暮らしていたというのに、ちっとも知らなかったわ。大体、レッドムーンは言い伝えが多すぎるのよ。みんなが好き勝手作って、言いふらしてるんじゃないかしら。


◇◇◇


 部屋に戻ると、テーブルの上に置いてある手紙が目に入った。手に取ると、綺麗な字で〝お嬢様へ〟と書いてある。――サラからだ。そういえば、晩餐の時間を最後に、サラの姿を見ていない。

 金色の丸いシールを剥がし、中身を取り出すと、私はサラの手紙を立ったまま読み始めた。


〝リアーヌお嬢様へ〟


 私の胸の内を、一方的にこのような形で伝えることになり、申し訳ございません。

 お嬢様に『判断はサラに任せる』と言われたあの日から、私なりにいろいろと考えました。お嬢様が確実に断罪されずに済む方法を。

ですが、ゲーム開始は目前なのに、まだまだ全然考える時間が足りません。このままなんの策もなくお嬢様を学園に入学させるのは、不安でたまらないのです。学園に行ってしまえば、今までのようにずっと私がお嬢様のそばにいることはできない。お嬢様がうっかりミスをしたときに、すぐさまフォローすることができない。

 お嬢様は、素直で明るいご令嬢に育ちました。悪役令嬢と言われる要素は、今は顔つきくらいでしょう。それでも、あの完璧なヒロインを前に、お嬢様の性格が変わらず今のままでいられるとは言い切れません。


「……顔つきって、さりげなく失礼なこと言うわね」


 私としては、やはり以前一度口にしたように、入学を遅らせることをお嬢様に提案したいです。最初からゲーム展開を大きく変えられますし、しばらく様子見して、完璧な対策を練ってからゲームに挑めることができれば、断罪を回避できる確率は上がるかと。

問題は、どうやって遅らせるか、ということですが、一応作戦は立ててあります。しかし、お嬢様が少しでもその作戦に賛同しかねるならば、いくら『任せる』と言われても無理強いはできません。

 

 なので、今日の夜、ふたりきりでじっくりそのことについてお話がしたいのです。突然のことですが、もし作戦を実行する場合、今日でないとだめなのです。


「今日!? 今から!? もう暗くなってきてるけど……」

 

 お嬢様、この手紙を読んだら、門で待機している使用人にお声がけください。使用人が馬車を出してくれます。行先は、お嬢様がこのお屋敷に来る前に奥様と住んでいた、森にあるお家です。今日と明日、そこでゆっくりふたりでお話できる時間を作れたら、と思います。あのお家は、奥様とお嬢様の大事な思い出の場所として、売りに出すことはせずそのままにしてあると奥様に聞きました。

 今日、お嬢様と私がその家に泊まることは、奥様と旦那様には既に許可をとってあります。勝手なことをして申し訳ございません。


 お泊りに必要な荷物は、私が先に行って準備しておきます。一足先に、懐かしのあのお家でお嬢様のことをお待ちしておりますね。

 

 それでは、またあとでお会いしましょう。サラ


「……サラったら、案外強引なことするんだから」


 手紙を読み終わり、私は苦笑する。よっぽど、ゲームの始まりとなる私の学園入学というイベントが悩みの種になっているのだろう。

 サラの作戦とやらをすべて聞いてあげて、私の考えもきちんと言うことで、サラの気持ちが少しでも軽くなるなら、私がこの頼みを聞かない理由はない。私が今までサラに頼りすぎていたせいで、サラの心の負担を大きくさせたのだとしたら、ちゃんと謝りたい。


 サラと相談して、最善の選択を選ぼう。それと、十二年ぶりに前の家に行けることはちょっぴりわくわくする。お母様は庶民の生活にまったく未練はなさそうだったから、とっくに売りに出したと思ってた。まさか残してくれていたとは。


「じゃあ、行くとしますか」


 お気に入りのワインレッドのリボンがついた帽子をかぶり、私は着ているワンピースのポケットに手紙を入れて部屋を出た。


 門の前に行くと、既に馬車が止まっていた。私の姿を見つけた使用人のヤンが、呆れた声で話しかけてくる。


「まったくリアーヌ様は。急に〝どうしても今日は前の家の硬いベッドで寝たい!〟って駄々こねるなんて。十六歳にもなってそのわがままはなんですか」


 ――なるほど。そういう設定なのね。ていうか、もっとマシな嘘つけたでしょ!


「付き合ってくれるサラさんに感謝しないとダメですよ。ほら、時間も遅いし、さっさと行きましょう」

「……はーい」


 サラにはもちろん感謝することだらけだが、今回に関してはむしろ素直に言うことを聞いている私に感謝してほしい。


 馬車が夜道を駆けていく音が響く。私が以前住んでいた家は、王都を囲むようにある大きな森を少し上った場所にある。

 先ほど一時的に降った大雨のせいか、足場はあまりよくない。森の中に入ると、地面がぬかるんでいるのか、かなり走りづらそうだ。このままこのペースで走っていると、車輪がぬかるみにはまってしまう恐れもある。

「ねぇ、もうこの辺でいいわ。そこの道を渡って坂を上がればすぐだから」

「そんな、暗い森の中をお嬢様ひとりで歩かせるわけにはいきません!」

「大丈夫だって! それより、馬車が動かなくなるほうがたいへんでしょ? 私なら平気よ!」

「ですが……」

 

 なんとか説得して、私は馬車から降ろしてもらった。


「リアーヌ様! くれぐれもお気をつけて!」


 大きな声で叫ぶヤンに手を振って、私は泥が跳ねないように気を遣いながら先へ進む。道を渡り切ると、左右両方に坂道が見えた。

 えっと、たしか私の家は右だったような。……あれ? 左だったっけ。

 慣れ親しんだ道のはずなのに、確信が持てない。いくら昔住んでいたとはいえ、ここへ来るのは十二年ぶりだ。記憶が曖昧になっていても仕方がない。


「最初の直感を信じようっと」


 言い聞かせるようにうんうんと頷き、私は右の坂道を上り始めた。屋敷を出たときより空は暗くなっている。当然、視界も暗くなり、気づいたときには知らない細道に出ていた。


「サラ! サラー! いたら返事して!」


 大声を出してサラの名前を読んでみるが返事はない。聞こえるのは、風がざわめく音だけ。どうやら、正解の道は左だったようだ。

 ――引き返さなくては。このまま夜の森で彷徨うのはごめんだ。

 一刻も早く来た道を戻ろうとすると、大きな風が吹き、私の帽子を奪っていった。


「わっ! 返して!」


 姿もない風にそう叫び、私は飛ばされて行った帽子を追いかける。こんなことになるなら、日も照っていない時間に帽子なんてかぶってくるんじゃなかったと後悔する。帽子に泥がつくのが嫌で、意地でも地面に落ちる前にキャッチしようとダッシュで追いかけ、ぱしっとこの手に帽子をキャッチしたその瞬間――。


「え」


 体がぐらりと大きく揺れる。あるはずの地面がない。自分が足を踏み外したことに気づいたのは、視界が一気に反転したときだった。

 宙に浮いているかと思ったら、凄まじい速さで落下していく。

 そのとき私の瞳に映ったのは、憎たらしいほど美しい赤い月。


『知ってる? レッドームーンの言い伝えって、基本いいものばかりだけど、中には怖いものもあるんだよ』


 薄れゆく意識の中で、私はお兄様のあの言葉を思い出していた。


『赤い月が照らす夜、深い森の中に入ると――王国に戻って来られないんだ』



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