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兄離れしてみた結果


 サラから私が乙女ゲームとやらの悪役令嬢だと聞いて、二年が経った。

 

 あれから私の生活は一変した。サラに言われた通りお兄様離れを心がけ、お茶会では積極的に今まで話したことのなかった殿方たちと交流するようにした。最初はお兄様と一緒にいたい気持ちでいっぱいだったが、いろんな人と話をしていくうちにその感情も薄れ、新しい楽しさを見つけることができた。極度のブラコンだった私が、急にそんな態度をとるものだから、お兄様はひどく動揺していたようだけど。

 たくさんあった習い事も、不必要と思うものはやめた。なんでも完璧にこなさず、嗜み程度で楽しむくらいがちょうどいい、と。サラとふたりのときに限り、湖に飛びこむのも芝生で寝転ぶのも、すべて許してもらえた。貴族としての暮らしに慣れながらも、どこか窮屈に感じていた私は、今ののびのびとした環境が楽しくて仕方なかった。

 『クールビューティーな見た目からは想像できないくらい、おてんばなリアーヌ嬢』と周りから言われるようになり、お母様は私のこの変化に頭を悩ませていた。意外にもお父様は、天真爛漫な私をいつも楽しそうに笑いながら見守ってくれていた。


 そうして騒がしい日々は過ぎ、ついにとある重大な日を迎えることとなる。


 ――そう、お兄様の婚約が決まったのだ。


 相手は、以前から付き合いのあった家のご令嬢。控えめで、笑顔がかわいらしい素敵な女性だ。

 本来ならここで失神する予定だったらしいが、お兄様離れの効果で私は素直にこの婚約を祝福できた。満面の笑みでお兄様に拍手を送る私とサラ。目を見合わせて、私たちは小さくガッツポーズをした。どうやら無事に、第一関門である〝兄の婚約により性格がひん曲がる〟ということは回避できたようだ。


 後日、正式にご挨拶に伺うということになり、私たちは屋敷へと戻った。両親は帰ってからも、うれしそうにお兄様を祝福していたが、お兄様は複雑そうな顔をして外へ出て行ってしまった。


「ヴィクターのやつ、あまりうれしそうにしていないな。あんなにかわいいご令嬢と婚約できたというのに」

「きっと恥ずかしがっているのですわ」


 浮かれている両親の会話を聞きながら、私はお兄様のことを考えていた。

 お兄様、今日は朝から全然笑っていなかったわね……。というか、最近お兄様の笑顔をあまり見ていない気がする。なにか人に言えない悩みや、悲しいことがあったのだろうか。

 私はお兄様のことが気になり、お兄様を追いかけるように外へと飛び出した。サラが私を呼ぶ声が聞こえたが、今だけは自分からお兄様に歩み寄ることを許してほしい。


 庭に出てお兄様を捜していると、花壇の前で、ぼーっと揺れる花を見つめ立ちつくすお兄様の姿があった。私は静かに歩み寄り、ちょこんとお兄様の隣に肩を並べる。


「……リアーヌ」


 私のほうをちらりと見て名前を呼ぶと、お兄様はまた正面を向きなおす。その表情は、どこか寂しそうだ。


「お兄様、改めて……ご婚約おめでとうございます」

「……リアーヌも、僕の婚約を祝ってくれるんだね」

「ええ。もちろんですわ」

「……なんだろう。すごく複雑な気分だよ」


 ふふ、と悲しそうに笑うお兄様。久しぶりにまじまじとお兄様の顔を見たけれど……やっぱり、お兄様はかっこいいなぁ。それにしても、複雑ってどういうことなんだろう。


「十歳になってからかな。リアーヌは、僕に甘えなくなったよね」

「ああ、えっと、それは……今まで甘えすぎていたから。兄離れしなきゃって思ったんです」

「兄離れ?」

「はい。甘えっぱなしだと、私、お兄様がいないとだめな人間になってしまうと思って。お兄様が離れていくときに、迷惑かけないための兄離れです」

「僕に、迷惑をかけないように……?」


 驚いた顔をするお兄様。


「リアーヌがそんなことを考えていたなんて。ずっと、嫌われたのかと思っていたよ」

「そっ、そんなわけありません! 私がお兄様を嫌いになるなんて! ただ私は、お兄様の婚約を心から祝いたかっただけで……」


 そのためには、お兄様に対して独占欲が湧く前に、離れなくてはいけなかった。未来の自分のためにも。言っても理解してもらえないだろうから、この話はしないけど。


「リアーヌがいろいろ考えてくれていたことはわかったけど、僕は――君に祝われても、全然うれしくない」

「へ?」

「そして僕は、いつかくる君の婚約を、きっと祝福することができないだろう。……妹離れができていないみたいだね。ごめん」

「え? お、お兄様っ?」


 そのまま、お兄様は悲しい笑みを浮かべたまま去って行った。


 ――これは一体? お兄様は、私のことが鬱陶しくなる予定だったのよね?


「どうやら予想外の早さで兄離れしたことが、ヴィクター様に影響を及ぼしてしまったようですね」


 部屋に戻り、サラに先ほどのお兄様とのやり取りを話すと、サラは紅茶を淹れながらそう言った。


「つまり、私がしつこくしなかったことで、お兄様の中での私の印象が大きく変わってる、ということ?」

「そういうことです。心境の変化により、本来の未来とちがってヴィクター様は婚約に乗り気でなくなった。さらに、お嬢様ともっと一緒にいたいという気持ちが強くなっている、といったところでしょうか」

「なるほど……」


 甘いミルクティーを飲みながら、私は頷く。まさか、お兄様のほうが私に依存する展開になるなんて……。


「しかし、これでわかりましたね! やはり行動次第で、未来を変えることは可能ということが!」

「たしかにそうね! この調子で、地下牢行きを回避するわよ!」

「お嬢様、まだゲームは始まっていない段階です。レヴェリストを卒業するまでは油断禁物ですよ。……でも、この調子でいきましょう!」

「おーっ!」


 私とサラは高く拳を掲げ、気合いを入れなおした。


 

 お兄様が婚約したその後――お兄様は、なぜか私を執拗に構いまくった。婚約者が屋敷に遊びに来てもお構いなしに、私の後ばかり追いかけてくる。サラが言っていた未来と、完全に立場が逆転していたのだ。

 私に婚約は早いと言って、お茶会でも私を自由にさせてくれない。『ほかの男と話すのは禁止だ』なんて言い出す始末だ。


「……う、うざったい」


 さすがにそんなことが毎日続くと、鬱陶しいったらありゃしない。

 あんなに大好きだったお兄様が、今ではただの顔がいいストーカーみたいに思えてくる。


 お兄様のしつこさに疲弊する私を見て、サラは涼しい顔をして笑いながらこう言った。


「今ヴィクター様がやっていることは、ワンラブの世界でお嬢様がヴィクター様にやっていたことですよ」


 ――ああ、そりゃあ、ぞんざいに扱いたくもなるわ。


 結果、私のお兄様への態度は、以前より少しだけ冷ややかになった。



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