お別れパーティー
お別れパーティー当日。
午前中、私はいつも通り使用人としての仕事をこなしていた。午後からはパーティーの準備で忙しくなる。このシャルムの王城で働くのも、このメイド服を着るのも、今日で最後となる。
いつもより気合いを入れて、私は城の窓を磨いた。窓から見える景色はなにも変わらないはずなのに、最後だと思うと、いつもより少しだけ私の目には寂しく映った。
ギルバート様とフェリクスも、最後だからといって変わったような素振りは今のところ見せてこない。なので、私も普段通りに接していた。本当に今日でここでの生活が終わりなのかと疑問に思うくらいだった。
もう少し寂しがってくれてもいいのに。
私は内心、ちょっとだけそう思っていた。でも頭では理解している。
ギルバート様は不器用で、フェリクスは感情を表に出すタイプではない。ふたりが普段通りにしてくれていることも、私への気遣いが半分。そして残り半分は――ふたりの性格上、そうせざるを得なくなっているんじゃないかなって、勝手ながら私はそう解釈していた。
午後になり、私はエミーと共に私の部屋でパーティーの準備に取り掛かっていた。
エミーが私に選んでくれたブルーのAラインドレスは、肌の白さを際立たせてくれ、顔をパッと明るく見せてくれる。腰の部分がキュッと締まっており、スタイルもいつもの倍綺麗に見える。
ルヴォルツではよくこういった格好をしていたが、シャルムに来てからドレスを着るのは初めてだ。久しぶりのドレス姿の自分を鏡で見て、私は既に違和感を感じていた。どちらかというと本来はこっちの姿が当たり前と言えるのだが、メイド姿の自分に慣れ過ぎたのかもしれない。
長い髪もエミーの手によりアップヘアにまとめられ、丁寧にメイクアップもしてもらった。簡単な作業は魔法であっという間にこなしていくエミーを見ながら、私はまるで自分がシンデレラにでもなった気分になる。
「もうっ! リアーヌ! かわいすぎ!」
準備を終えたエミーが、私を見て目を輝かせる。
軽く飛び跳ねながら言うエミーを見て、私の顔も自然と笑顔になった。
「さすが、ルヴォルツではお嬢様なだけあるわね。ドレスをばっちり着こなしているんだもの。あっちでは毎日夜会三昧なんじゃない?」
「うーん。夜会よりはお茶会が多かったわね。それに、エミーったら大袈裟よ」
「いいえ! 私は今日、リアーヌが美女だっていうことを改めて実感したわ。こんな着飾り甲斐がある人なかなかいないもの。恋のライバルじゃなくて本当によかった、って感じ」
エミーはほっと胸を撫で下ろす。
「安心して。私はエミーとブレットさんのことを応援してるから」
「ふふ。ありがとう。今度リアーヌに会う時までに恋人になれてたらいいんだけど……」
「がんばって。今日のパーティーも私のことは気にしないで、ブレットさんといっぱい話してきてちょうだい」
「なに言ってるの。今日の主役はリアーヌなんだから! ……お別れなのに、リアーヌを気にしないでいられるわけないでしょう?」
さっきまで明るく話していたエミーの声が小さくなる。無理に笑っているようなエミーを見て、エミーが私との別れを惜しんでくれていることが言わずとも伝わってきた。
「……ありがとうエミー。メイドの仕事を教えてくれたり、お城でも仲良くしてくれて。今日も私のために時間を割いてくれて、すごくうれしかったわ」
「私こそ! リアーヌが来てくれて楽しかったわ。私なんかの魔法でいつも喜んでくれて……。今日だって、私が勝手にやったことよ。ここには女王様も王女様もいないから、こうやって女の子を着飾ることに飢えてたの!」
舌を出しておちゃめに笑うエミー。私たちはそのままパーティーが始まる時間まで、最後のふたりきりでのおしゃべりを楽しんでいた。
◇◇◇
いよいよ城の大広間でパーティーが開始された。
ぞろぞろと招待客がやって来ている。私もエミーに手を引かれ会場に入れば、既に会場にいた人たちの視線が一斉にこちらに向いた。
今日は私のお別れパーティーなので、私が注目を浴びるのは当然といえるのだが、ここまで人に注目された経験が今までないのでなんだか恥ずかしい。
みんな私に話しかけるタイミングを伺っているのか、見ているだけで誰も話しかけてはこない。
「リアーヌ!」
「今日の主役がやっと現れたようだな」
このまま立ち尽くしているのもなんだし、どうしようかと思っていると、ギルバート様とフェリクスが私のところへ最初に声をかけにきてくれた。気を遣ってかエミーは私から離れ、来客のサポートに回っていた。
「……リアーヌ、お前」
ギルバート様が私をまじまじと見て、驚いた顔をしている。
「……ついお前がいいとこのお嬢様っての忘れてたが、この姿を見て思い出したぜ。ドレス、似合ってるな」
「えっ? あ、ありがとうございます。エミーが見立ててくれて」
予想と反し素直に褒められ、今度は私が驚いた顔をしてしまった。
「ギルとリアーヌがこうして並んでいると、まるで王子様とお姫様だな」
「は、はぁ!? 俺は王子じゃなくて国王だっつーの!」
フェリクスが茶化すように言うと、ギルバート様がすぐさま言い返す。……気にするところ、そこなんだ。
「んなこと言ったら、お前たちは執事とお嬢様みたいだろ!」
「そのままですね」
「そのままだな」
ギルバート様の例えになっていない例え話に、私とフェリクスは声を揃えツッコミを入れる。悔しそうな顔のギルバート様を見て、私とフェリクスはくすくすと笑い合った。
「つーか、俺たちは最後にちゃんとお前との時間があるから後回しでいいんだ。リアーヌ、このパーテイー中にいろんなやつと話してこいよ。好きなだけ飲んで食って、楽しい時間にしてくれ」
「そうだな。リアーヌと話したがってるやつはたくさんいる。いつも一緒にいる俺達がパーティー中もリアーヌを独占していたら、さすがに怒られてしまうだろう」
「そういうこと――」
「リアーヌたんっ! 久しぶりぃーっ!」
ギルバート様の声を遮って聞こえてきたのは、白魔法長のベアトリスさんだ。
「ベアトリスさん! ディオンさんにクロードさんも!」
「あ~! 今日は一段とキャワイイ! 天使みたいっ!」
ベアトリスさんは思い切り私に抱き着いてくる。私からしたら、ベアトリスさんの方が天使にしか見えないけれど。ベアトリスさんを見ながらディオンさんは顔をしかめ、クロードさんは相変わらず表情が読めない。
ベアトリスさんのされるがままにしていると、後ろからつんつんと背中を突かれた。振り向けば、ギルバート様が口パクで「後でな」と言い、フェリクスと一緒に私の元から去って行く。
「今日はお招きありがとうございます。リアーヌさん」
「……」
ディオンさんが言うと、隣のクロードさんは何も言わずにぺこりと頭だけを下げた。
魔法長の人たちとは、個人ではあれ以来も何度か街で会ったことがあったが、三人揃って会うのは久しぶりのことだ。やはりみんな揃うとオーラが違う。
「こちらこそ、お忙しい中来ていただいてありがとうございます。会えてうれしいです」
「! べ、別に。今日はたまたま暇でしたから。それに、お別れパーティーと言われたら行かざるを得ないといいますか」
「あれ~? ディオン顔赤くない? 一応言っておくけど、リアーヌたんが微笑んだのはディオンにだけじゃないんですけど?」
ベアトリスさんが私から離れ、ディオンさんの顔を覗き込む。
「いちいちうるさいですねあなたは」
「またそんな毒吐いて! 男なら今日のリアーヌたんを見てまず最初に言うことがあるんじゃないの~?」
にやにやと笑いながらベアトリスさんがディオンさんの頬をつつくと、ディオンさんは煩わしそうにベアトリスさんの手を振り払った。そして、私の方をじっと見てディオンさんは口を開く。
「まぁ、馬子にも衣裳、というやつでしょうか」
「はぁ? なにそれ! ツンデレのつもり? ツンデレキャラがまずギルたんと被ってるんだってば! ねぇ、クロードはどう思う?」
「……すごく、綺麗だと思う」
小さいが、確かにクロードさんから発せられたその言葉に、私を含める残り三人の動きが固まった。クロードさんが「綺麗」なんて言うとは意外だ。
「ひゅ~! クロード、イケメン!」
「……まさかクロードさんがさらりとそんなことを言える人だったなんて。リアーヌさん! 勘違いしないでください! 僕だって、一応綺麗だと思ってますから!」
「……俺は一応ではない。心から思っている」
「クロードさん! ちょっと黙っててくださいよ! さっきから何なんですかあなたは!?」
クロードさんの両肩を揺さぶりながら怒鳴るディオンさんを見て、ベアトリスさんはお腹を抱えて大笑いしている。……相変わらず愉快だなぁ、と、私はその光景を微笑ましく思っていた。
「はぁ。でも、今日でリアーヌたんとお別れだなんて信じらんない。寂しいよ~。ずっとここにいてよ。リアーヌたん」
うるうるした瞳でベアトリスさんに見上げられる。こんなかわいいひとにお願いされたら、おもわず首を縦に振ってしまいそうだ。
「私もすごく寂しいんですけど、元々次のレッドムーンまでという約束でしたから」
「……ルヴォルツにはあなたを待ってるひとがいる。あなたにはあなたの住む世界があるのですから仕方のないことです。……確かに寂しくはなりますけど」
「ディオンさん……」
聞き分けのいい感じを出しながらも、最後に本音を言ってもらえたことがうれしい。
騒がしかった空気が一変し、しんみりとしたなかで口火を切ったのは、意外にもクロードだんだった。
「……二度と会えないわけではない。また会おう」
その時、初めてクロードさんの笑顔を見た。僅かに口角が上がっただけだが、すぐにその表情の変化に気づいた。
「そうだねっ! 次は“リアーヌたんと再会パーティー”で会えることを願ってるよ!」
「僕たちが万が一そちらへ行くことがあれば……ルヴォルツを案内してくださいね」
クロードさんに絆されたのか、ふたりにも笑顔が戻る。
「……はいっ!」
私は元気よく返事をして、どんな形であれ、また魔法長のみんなと会えることを願った。
◇◇◇
「リアーヌ!」
魔法長組のあとに私に駆け寄って来たのは、ニーナとニーナの両親だった。
「ニーナ、来てくれたのね!」
「もちろんよ! リアーヌとの別れの日よ。本当は私がひとりで独占したかったくらいよ」
ニーナは私の両手をぎゅうっと強く握ったまま、一向に離そうとしない。そんなニーナを見て、おじさんとおばさんは呆れ笑いを浮かべていた。
「この子ったら、昨日の夜からずーっと泣いててね。リアーヌが思ってる以上に、ニーナはリアーヌが大好きみたい」
おばさんに言われてニーナの顔をよく見ると、眼鏡の奥の瞳が若干腫れていることに気づいた。
――泣きすぎてこうなったのか。そう思うと、胸がきゅっと締め付けられる。
「リアーヌちゃんが家に泊まったのが、つい昨日のことみたいに思えるなぁ。あの時は本当にびっくりしたけど、何故かすぐ受け入れられてね」
「本当だよ。今ではこんなに立派になって。今日の姿なんてまるで王女様みたいじゃないの。……明るくてかわいいリアーヌならたくさん友達ができたろうに、ニーナとずっと仲良くしてくれてありがとうね」
おじさんとおばさんにお礼を言われ、私は戸惑う。フェリクスの時もそうだったが、私はお礼を言われるようなことはしていない。
「最初、私がなにもわからずシャルムへやって来たあの日……ニーナとその両親であるおじさんとおばさんが助けてくれて、私はすごく心強かった。だから、私にとって三人は特別なんです」
そう言うと、おじさんとおばさんは照れくさそうに笑う。
しかしニーナは笑顔を見せることなく、ずっと表情は曇ったままだ。
「ニーナ……あの時はありがとう。神秘の森でニーナが私を見つけてくれなかったら、私は今頃どうなってたか。ニーナとは初めて会ったと思えないくらいすぐに打ち解けたわよね。私、あの日からニーナのこと大好きだったのよ。私の最初の友達がニーナで本当によかったわ」
「……っ! リアーヌ、私っ」
続けて話す私の言葉を聞いて、ニーナの目からぼろぼろと涙が零れ落ちた。
「泣かないって決めてたけど、そんなこと言われたらさすがに無理だわ」
顔を涙ででぐちゃぐちゃに濡らしながら、ニーナは私に泣きついた。
「私ね、隠していたけど、リアーヌに会えなくなるのが寂しくて仕方ないの……!」
小さな子供のようにわんわん泣くニーナを見て、おじさんとおばさんは空気を読んでか私たちをふたりきりにしてくれた。
「大丈夫よニーナ。離れていても、私たちが親友だということは変わらないわ。ニーナは私のいちばんの親友よ」
「……私も、リアーヌがいちばん大好きな親友よ!」
私の胸で泣くニーナの頭をぽんぽんと一定のリズムで撫でていると、ニーナの体がもぞもぞと動き出す。すると、ポケットからいくつかの小袋を取り出し、私に差し出してきた。
「これ、リアーヌにあげる! うちの自慢の薬よ! 胃薬に、風邪薬に、頭痛薬も! 餞別として受け取って!」
「……ありがとう。ニーナの家の薬はよく効くから、ルヴォルツでも役立つと思うわ」
餞別に薬を渡してくるのがニーナらしい。ありがたく小袋を受け取ると、ニーナは真剣な眼差しでこう言った。
「リアーヌ――私のこと、忘れないでね」
懇願するような物言いに、私は複雑な気持ちになった。
心では忘れるはずないと思っていても、現実問題、明日になれば私はニーナのことを覚えていないからだ。それでも――。
「ええ。忘れないわ」
私は深く頷いた。今の自分の気持ちを大事にすると決めていたから。
ニーナから不安げな表情が消える。泣いたせいで赤くなった目が細められ、安心したニーナはやっと私に笑顔を見せてくれたのだった。
◇◇◇
親しみのあった人たちと一通り話し終えると、特別に魔法ショーのようなものを見せてもらったり、ブレットさんの自慢の料理をお腹いっぱい食べたりした。大人たちはお酒も入り、酔いも回って久しぶりのパーティーにどんちゃん騒ぎ。
こんなにずっと笑いが止まらなかったのはいつぶりだろう。楽しくて仕方がなかった。
しかし、どんなに楽しくても終わりは必ずやってくる。あっという間に予定していたパーティーの時刻は過ぎ、楽しさの余韻を残したままお開きとなった。
あまりにも時間が過ぎるのが早くて、最後の挨拶もしたというのに、未だに別れの実感ない。
私はドレスから、ここへ来た時に元々着ていたワンピースに着替え、バルコニー から空に浮かぶレッドムーンを見つめていた。
――そうだ。私がシャルムに来る前に最後に見たのも、この赤い月だった。
私たちは互いの存在を知らなかったけど、今までもこうして同じ空を見上げていたんだと思うと、なんだかとても安心した。
そして、同じ空を見ているのに、人間と魔法使いというだけでとても遠い距離感にいることを切なく感じた。
「……リアーヌ、そろそろ行くぞ」
後ろからギルバート様の声が聞こえ、私は視線をレッドムーンからギルバート様へと移す。
赤い月に照らされたギルバート様は、いつもより強そうに見えたと同時に、すごく儚げにも思えた。
――ああ、ついにさよならの時間がやってきた。




