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ハートシュガーのまじない


「お別れパーティー?」


 私が聞き返すと、ギルバート様とフェリクスが頷いた。


 記憶が消されてしまうことを知り、ちょっとした騒ぎこそ起こしたものの、ギルバート様と話し合いその事実を私は受け止めた。

 一切の隠しごとのなくなった私たちは、以前よりも信頼関係が強くなった……気がする。

 それから私は、やたらと執務室の掃除を任されることが多くなった。

 最近はそのまま執務室で、フェリクスの淹れたお茶を三人で飲みながら休憩することがお決まりとなっている。

 以前から仲良しな三人ではあったけど、このところ、特に行動を共にしてるように思う。

 周囲からも『陛下が遂に専属執事だけでなく専属メイドを作った』と噂されているみたいだ。

 ……私としては、ギルバート様と一緒にいられる時間が増えるのは、ただただうれしいのだけど。

 今日もいつも通り三人でお茶を飲んでいると、三日後に迫ったきたるレッドムーンの日に、王城で私のお別れパーティーを開くことをギルバート様に告げられた。

 首を傾げる私に、ギルバート様が話を続ける。


「そうだ。城のやつらはもろん、お前が個人的に仲が良かったやつも誘っていいぞ。主役はリアーヌ、お前だからな」

「私のためにそんなこと……いいんでしょうか?」


 謙遜する私に、フェリクスがお茶のおかわりを渡してくる。


「いいに決まってる。みんなも是非やりたいと言っていた」


 そして微笑みながらそう言うと、慣れた手つきで今度はギルバート様のお茶に角砂糖を追加している。


「……うれしい! ありがとうございます!」


 素直に喜ぶ私を見て、ギルバート様とフェリクスは目を見合わせて小さく笑う。

 今のところ、予定ではパーティーは日暮れから始まるらしい。

 ニーナとニーナの家族はもちろん呼ぶとして、あとは誰を呼ぼうかしら。……あ、魔法長のみんなにも会いたい。


「それと……わかってると思うが、くれぐれも記憶のことは内緒だぞ」 


 早速誰を誘おうか考えていると、ギルバート様に念を押された。


「はい。もちろんわかってます」

「……リアーヌには最後までつらい思いをさせることになって、悪い」

「もう! このことで謝るのはこれで最後にしてください。みんなに〝また会おう〟って言われたら私は笑顔で答えますから。私は先のことじゃなく、その時の私の気持ちに正直に生きるんですっ」


 申し訳なさそうな顔をするギルバート様に笑顔を見せると、ギルバート様は安心したような顔を見せた。


「お前は強い女だな」

「ああ、本当にな」


 話を聞いていたフェリクスが言うと、それにギルバート様が同調する。

 そして同時に、向かい側と横から私の頭上に向かって手が伸びてきた。ふたりとも、私の頭を撫でようとしてくれたのだろうか。

 フェリクスがくつくつと笑いながら先に手を引っ込める。ギルバート様に私の頭を撫でる権利を譲ったみたい。でも、ギルバート様は私の頭に触れることなく、そのまま手を引っ込め照れくさそうに自分の後ろ頭を掻いた。

 私とフェリクスはそんなギルバート様を見て笑う。今日も平和な一日だ。


◇◇◇


「あ、いたわ! リアーヌ!」


 執務室の掃除を終え廊下を歩いていると、エミーに声をかけられた。隣には料理長のブレットさんもいる。


「エミー。それにブレットさんも。ふたりとも私に何か用?」

「明後日のパーティーのことでお願いがあるの! ねぇ、当日はリアーヌのこと私に着飾らせてくれない? リアーヌは主役なんだから、その日は使用人じゃなくてお姫様にでもなったような気分でいて! もちろん、陛下には許可をとったわ!」


 いつの間に……。前まであんなにギルバート様を怖がっていたのに、今ではギルバート様に交渉をしに行けるようになっているなんて。エミーもこの三か月で成長したのね。


「ありがとう。エミーがそう言ってくれるなら任せるわ」


 エミーの好意は純粋にうれしかったので、ありがたく了承させてもらうことにした。


「俺も当日の料理メニューを任されている。リアーヌの好物をたっくさん作るからな! 楽しみにしててくれ。これだけは食べたいってものがあれば、早めに知らせに来てくれよ」

「わかったわ! 後で食べたいものリストを厨房まで持っていくわね」

「待ってるぞ。それにしても、パーティーなんていつぶりだろうなぁ」


 ブレットさんがテンション高めに言うと、エミーもうんうんと頷いた。


「……そういえば、お城って普段から夜会が頻繁に行われたりするイメージがあったけど、ここでは全然なかったわね」


 ルヴォルツへ帰る三日前にして、私はそのことに気づいた。


「陛下がパーティーとか開くような人じゃないしねぇ。それにシャルムは広い国じゃないから、街に出れば大抵みーんな顔見知りだし。わざわざ王宮に集まるほどでもないっていうか」

「ここには魔法の重要な書物もたくさんあるし、あまり部外者を入れたくないっていうのもあったんだろうな。陛下がパーティーをするなんて言い出した時は、みんな驚いてたもんな」


 ふたりの話を聞いて私も納得する。そんな中、私のためにパーティーを開くことを考えてくれたギルバート様に、心の中で感謝した。

 

「だから、城のみんなも久しぶりのパーティーをすごく楽しみにしてるのよ! お別れパーティーって名前はしんみりするけど……当日は最高な一日にしましょうね! リアーヌ!」


 エミーもいつもより機嫌が良く見える。みんな、私と同じくらいパーティーを楽しみにしてくれているみたいだ。

 エミーに両手を握りしめられながら私は思う。残り少ない僅かな時間を、大切にしていこうと。何気ない日常でも、同じ時間は、二度と戻っては来ないのだから。


◇◇◇

 パーティーに向けて、限られた時間でエミーとドレスを買いに行ったり、街の人達に挨拶に回ったりで、私はバタバタとしていた。 

 『ルヴォルツへ帰る』と言葉にするたび、シャルムとの別れがすぐそこまで迫っていることを実感する。それと共に、ルヴォルツのみんなは元気にしているか、サラは大丈夫だろうかと心配になった。

 私がここで過ごした時間と同じだけの時間が、当然ルヴォルツでも流れているわけで。サラの言っていた〝ゲーム本編〟とやらは、もうとっくに始まっている。

 ルヴォルツに帰ったら、忘れていたけど私もそのゲームに強制参加というわけだ。

 ……このシャルムでの出来事がゲームの世界って言われた方が、よっぽど信憑性があるのだけど。


 ルヴォルツへ帰ってからも、私は忙しない日々を送ることになるんだろう。

 サラや家族に会えることも、学園生活も楽しみではあるが不安も大きい。


 ――パーティーはいよいよ明日だ。


 いろんな気持ちが入り交じり、私は城の窓から夕陽を眺めため息をついた。


「ここにいたのか」


 後ろから声が聞こえて振り返る。


「……フェリクス! どうしたの?」


 そこにはいつものように涼しい顔をしたフェリクスが立っていた。


「仕事はもう終わりか?」

「ええ。結局最後まで、掃除ばっかりしてたわ」


 三か月も働きながら、一番うまくできるようになったのは窓拭きだなんて、メイドとしては三流の結果に終わってしまった。

 苦笑いしながらフェリクスにそう言うと、フェリクスは私に近付き、私の顔の横の壁に手をついた。


 突然の距離の詰め方に驚いてフェリクスを見上げれば、フェリクスの視線は窓の外へと向いている。


「……あの、フェリクス? ちょっと近いような」

「リアーヌ」

「は、はい!」


 食い気味に名前を呼ばれ、無意識に背筋がピンと伸びた。

 もう一度フェリクスを見る。今度はフェリクスも私の方を見ていて、がっつりと視線が絡み合った。


「約束していたデートに行こう」

「……へ?」

「行くぞ。アイスクリーム屋が閉まってしまう前にな」


 フェリクスは私の手を取り、スタスタと足早に歩き出した。


 ――そういえば。ギルバート様と神秘の森に行く時に、フェリクスに〝デートをしよう〟って言われてたっけ。


 冗談だと思っていたのに、まさか本気だったとは。しかも、私が行きたいと言っていたところを覚えてくれていた。

 でも、行くタイミングなんてあれからたくさんあったのに。今の今まで誘わなかったことには、何か意味があるのだろうか。単純に、フェリクスが忙しかっただけかもしれないが。


 城を出て、私達は近くにあるアイスクリーム屋に来た。

 閉店間際だからかお客さんは他にいない。私とフェリクスは、お互いゆっくりと食べたいアイスを吟味していた。


 フェリクスが隣で抹茶シャーベットを注文する。私はなんともフェリクスらしいチョイスに、おもわず笑みが溢れた。


「私はいちごみるくとチョコミントのダブル! カップじゃなくてコーンで!」

「あいよ! リアーヌちゃん、かわいいからオマケしちゃおう」


 そう言って、アイスクリーム屋の店員のおばさんが注文したアイスに魔法をかける。すると、色とりどりのハート型のトッピングシュガーがアイスの上にふりかけられた。


「素敵! ありがとう!」

「リアーヌちゃん、明日の夜に帰っちゃうんだろ? あたしからの餞別だ。このシュガーに、特別なまじないをかけておいたよ」

「まじない?」

「ああ。これを食べた人は、リアーヌちゃんに惚れちゃうっていうまじないさ!」


 大口を開けて陽気に笑いながら、おばさんはアイスを私に渡した。

 私はハートのシュガーにまみれたアイスを受け取り、ぺこりと頭を下げる。


 というか、惚れちゃうまじないって⁉︎

 以前ニーナに惚れ薬の話をした時、人の感情を動かす魔法は禁忌だと聞いた。だから、冗談なのはわかってるけど、どうしてわざわざそんな冗談を言ったんだろう。

 ……そういえば、あのアイスクリーム屋のおばさん、やけにフェリクスと私を見ながらにやにやしていたわ。

 もしかして、私がフェリクスのことを好きと勘違いしたのだろうか。大いにありえそうな話だ。おばさんなりに、私の応援をしようとしてくれたのかも。

 

 私とフェリクスは外にあるベンチに腰かけ、ふたりで一緒にアイスを食べた。

 明日はパーティーの準備で朝から忙しい。こうやって街にお出かけするのは、きっとこれが最後だ。


「最後がこんな普通のことですまないな」


 まるで私の心を読み取ったようにフェリクスが言った。


「全然! むしろ、こういうほのぼのした感じが私はいちばん好き。それにね――私、フェリクスにはお礼を言わないと」

「……礼? 俺に?」


 フェリクスはアイスを食べる手を止め、上半身ごと私の方を向いた。


「最初に門でフェリクスに会わなければ、私はきっとここで何もできなかった。城で働くことはおろか、すぐにルヴォルツに帰されてたかも。ギルバート様や、ほかのみんなが私を受け入れてくれたのはフェリクスのお陰よ。本当にありがとう」


 照れくさかったけど、改めて感謝の意を表す。フェリクスはしばらく黙ったままでいた後、ふっと顔を綻ばせた。


「俺もお前に礼を言おう。お前が来てから、ギルはよく笑うようになった。城も街も活気づいた。人間の見方も変わった。これからは、塞ぎ込んでいた国全体が変わろうとしていくだろう。それはお前のお陰だ。……獣化した俺を甘やかしてくれるのも、リアーヌだけだったしな」

「……フェリクス」


 最初から最後まで、フェリクスには褒められっぱなしだ。思えばフェリクスは、私の言うことやすることを否定することが一度もなかった。いつもそばで見守ってくれていた。

 お礼を言われるようなことはした自覚はないけど、フェリクスに褒められるのはやっぱりうれしい。


「今日は貴重な時間を俺にくれて感謝する。明日は……いいところは全部ギルが持っていくだろう。だから前日くらい、俺がもらっても文句は言わせない」

「なに言ってるのフェリクス。今日が最後じゃないんだから。私は明日もフェリクスとたくさん話したいと思ってるわ」

「俺には俺の役目がある。俺は前座で十分なんだ。……ところでリアーヌ、アイスが溶けているぞ」


 フェリクスに言われ持っているアイスを見ると、話に夢中で食べ忘れていたアイスが溶けてコーンをつたっている。


 どうしようかと思っていると、アイスを持っている手ごとフェリクスに掴まれた。フェリクスはそのまま私の溶けかけたアイスにぱくりと食らいつく。


「……甘いな」


 いちごみるく味のアイスを食べて、親指で口元を拭いながらフェリクスは言った。

 見せ付けるように口の端についたハートのシュガーをぺろりと舐める姿が妙に色っぽくて、なんだかドキドキしてくる。


 ――それに、か、間接キス! 私はこんなに動揺してるのに、フェリクスは何ともない顔してるのは、やっぱり私がまだフェリクスと違って子供だから⁉︎


 ひとりだけ慌てているのが逆に恥ずかしく感じ、私は平静を装いながらアイスを食べた。

 アイスを食べ終わり一息つく私を見て、フェリクスはにやりと口角を上げて言う。


「さっき店員が言っていたまじないの効果が本当かどうか、楽しみだな」

「――っ!」


 〝これを食べた人は、リアーヌちゃんに惚れちゃうっていうまじないさ!〟


 フェリクスったら、わざと見せ付けるようにしてハートのシュガーを食べたのね! こうして私をからかうために!


 そのことに気づき、私はまたフェリクスに遊ばれたことを悔しく思った。

 最後まで、フェリクスは何を考えているかわからない、読めない人だったな……。でも私は、フェリクスのそんなところが好きだったりする。


 先を歩くフェリクスの背中を追いかけ、私はフェリクスの顔を覗き込む。


「ねぇフェリクス! 帰ったら最後に狼姿のフェリクスを思う存分モフらせて?」

「……仕方ないな。お前の頼みならばきいてやろう」

「やった! あんな大きなワンちゃ――じゃなくて狼をモフモフするの、帰ったら絶対できないもの!」


 私はモフモフを楽しみにしながら、沈みゆく夕陽をバックにフェリクスと帰路についた。




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