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忘れるものと、忘れないもの1


 ギルバート様と神秘の森に行って、すごく楽しくて、なんだかとても幸せで――夢心地な気分のまま意識は途切れ、気づいたときには、自分の部屋のベッドにメイド服のまま寝かされていた。


 途中で寝てしまったことに気づき、私はベッドから飛び起きると急いでギルバート様を探しに行った。


 ――ここまで私を運んでくれたの、ギルバート様しかいないわよね。謝ってお礼を言わないと。


 神秘の森で、せっかくギルバート様があんなに優しく笑いかけてくれたのに……私ったら、何度ギルバート様を怒らせればいいのだろう。


 ギルバート様の部屋へ向かうと、フェリクスの後ろ姿が見えた。

 部屋の前で、ふたりでなにか話している。

 なんだか真剣な面持ちだったので、私は邪魔をしたらいけないと思い、本能的にサッと壁の後ろに隠れた。


 ――ここで出直す選択をしていたら、私はなにも知らないまま、シャルムを去っていたのだろうか。


 盗み聞きをするのはよくない。そんなことはわかっていた。でも、話しかけるタイミングを窺っていた私は必然的にふたりと距離が近くて、自然と会話が聞こえてしまったのだ。


「リアーヌに言わないつもりか」

「……それは」

「彼女は、シャルムから出た瞬間ここでの記憶をすべて忘れてしまうんだぞ。そしてそれをするのは、お前の役目だろう。できるのか、今のお前に」


 その言葉は、一瞬でわたしの頭の中を真っ白にした。

 

 今、なんて……?

 忘れる? 私が?

 

 信じられないような事実に耳を疑う。いや、未だに信じられない。……信じたくないというほうが、正しいのかもしれない。

 

 黙って知らないふりができるほど、私は大人ではなかった。

 私はふたりの前に飛び出して、今の話が本当なのかを問いただす。


 私がいるのを勘付いて、フェリクスが冗談を言ったにちがいない。ギルバート様も、それに乗っかっているだけ。

 いつもみたいに、私をからかって遊んでいるだけ……そんな希望を微かに抱いていたのに。


「私……ここでのこと忘れちゃうの? 嘘だよね?」


 その時のギルバート様のフェリクスの表情を見たら、本当かどうかなんてすぐにわかった。


 それでも尚、認められるのが怖かったのだ。

 ふたりが認めてしまえば、私も真実だと受け入れなくてはならない。

 自分から聞いたのに、真実を聞くのが怖いなんて矛盾している。

 私はこれ以上ここにいられる勇気がなくて、ふたりの前から走り去った。


「リアーヌ!」


 ギルバート様が私の名前を呼ぶ。その声は切羽詰まっているような、なんとも悲痛な叫びだった。



 部屋に戻り、私はひとりでベッドに顔を伏せ泣き崩れた。

 

「うっ……うぅぅー…」


 こんなに泣くのはいつぶりだろう。そして、こんなにつらいのも……。

 肩が震えて、嗚咽が漏れる。


 嫌だ。嫌だ。嫌だ。


 私の頭の中は、その言葉で埋め尽くされていた。


 忘れるなんて嫌だ。ここでの生活は私にとって夢みたいで、この先も一生忘れたくない大切なものだ。


 シャルムで過ごした日々は、私の宝物だ。


 その宝物を奪われるなど耐えられない。しかも――ギルバート様に。


 きっと最初からそうすることは決まっていたのだろう。だったらなぜ、今まで黙っていたのかがわからない。

 ギルバート様は、私がシャルムを……みんなのことを忘れても、どうでもいいってこと?


 考えれば考えるほど、ベッドのシーツに涙でできた染みが広がっていく。

 そのまま部屋に引き篭もって泣いていると、扉を乱暴にノックする音が聞こえた。


「リアーヌ、開けろ!」


 扉の向こうから、ギルバート様の声がした。

 いつもならすぐにその要求に応えるが、今日はそうはいかない。というか、こんな重大なことを知ってしまった以上、もう以前のように接するなんて不可能に近い。


「む、無理ですっ!」


 泣きながら返事だけすると、少しだけ間があいた。


「……どうしてもだめか? ちゃんと話したいことがあるんだ」

「今は、無理です! 私は話すことありません……! だってっ……!」

「……なんだよ」

「話したって、どうせ忘れちゃうのに……!」

「……」


 なにを言われても、その未来が変わらないなら意味がない。

 せっかく心配して訪ねてきてくれた相手を追い返すのはよくないとわかっている。それでも、今はギルバート様の話を冷静に聞いていられる状況にない。


 しばらくなんの返事もなかったので、あきらめて帰ってくれたのかと思っていると、急にまた扉をノックされた。突然のことに、私の体はビクッと跳ねる。


「最後にもう一度聞く。リアーヌ、ここを開けて話を聞いてくれないか」

「だから、無理です……!」

「……そうか、わかった」


 やっとあきらめてくれた。そう思っていると――。


「じゃあ、魔法で強制的に開けさせてもらう」

「……へ?」


 なにを言い出したのかと思い顔を上げたその瞬間、バンッ! という大きな音と共に、ものすごい突風が部屋に入り込んできた。


 ギルバート様の風魔法の威力を以てば、部屋の鍵など関係ないらしい。こんなことが許されるなんて、魔法使いのいる世界に果たしてプライバシーというものが存在するのか疑問だ。


 そういえば、フェリクスも私の部屋に何度か勝手に入ってきたし、思い返せば元々部屋の鍵なんて無意味だったことに気づく。

 フェリクスはギルバート様専属執事と言われているが、地位的には王城を仕切るトップの執事にあたるので、すべての部屋が開く鍵を所持しているのだ。……それを緊急事態でもない私用で使うのはどうかと思うけど。


 強制的に開かれた扉から、ギルバート様がずかずかと私の部屋に入ってきた。さっきの突然の風魔法の衝撃で、私の涙は一瞬にして引っ込む。

 しかし私が部屋で泣いていたというのは一目瞭然で、ギルバート様はベッドのそばで膝をついている私を見て、なんともいえない表情をした。


 ギルバート様は私の前までやって来ると、同じ目線になるように屈み、大きな手を私の頭の上に乗せた。


「……悪かった。泣かせるようなことして」

「……」

「記憶のこと、言うべきなのか言わないべきなのかずっと悩んでたんだ。……いや、俺自身が、言うのが怖くて目を逸らしてた」

「……じゃあ本当に、私は外に出たらシャルムのことを忘れるんですね」

「ああ。そうだ」


 誤魔化すことなく、ギルバート様ははっきりとそう言った。

 これでもう、私は記憶のことが真実だと認めざるを得ないというわけだ。


 この三ヶ月間のことを、私は忘れてしまう。


「……だったら、優しくしないでください! もう私に必要以上に関わらないで!」


 優しく頭を撫でるギルバート様の手を振り払い、私は後ずさる。ギルバート様は驚いた顔をしたあと、眉をひそめた。 

 二度も私なんかに拒むような態度をとられ、さすがに気分を悪くしたのかもしれない。

 だとしたらそれでいい。嫌われたほうがマシだ。最初みたいに冷たくされたほうが、私も未練が残らずに済む。

 そうよ。始めからそうしてくれればよかったのに。


「……こんなに一緒にいたら、今更なにをしたってもう手遅れじゃない」

「……リアーヌ?」


 未練が残らないようにするには遅すぎて、未練が残らないようにするには、私はみんなと深く関わり合いすぎた。


「……忘れたくない。私、忘れたくないわ。シャルムのことも、魔法のことも、街のひとや魔法長のみんな、このお城のみんなのこと……ニーナや……フェリクスだって」

「リアーヌ、」


 引っ込んだはずの涙が、またぽろぽろと溢れ出す。


 拒否したはずのギルバート様の手に今度は自ら手を伸ばし、震える指先でその手に触れた。


「ギルバート様のことだって、私、忘れたくない……!」

「――っ!」


 その瞬間、ギルバート様は私の腕を掴むとそのまま引き寄せて、私を強く抱きしめた。


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