愛しさと切なさと
(ギルバート視点)
当初の予定だと、用事だけ済ませてさっさと戻って、あとはゆっくり休むだけ――だったのに。
なぜ俺は今、地面にしゃがみ込んで四つ葉のクローバーなんざを探しているのだろうか。
全部リアーヌのせいだ。こいつが神秘の森についてきたいって言うから。
結局帽子は見つからないし、そのせいでリアーヌは元気なくなるし。
……だからこれは、仕方なくかわいそうなこいつに付き合ってるだけだ。やらないとしつこそうだし、そう、仕方なくなんだ。じゃないと俺がわざわざこんなめんどくさいことをするはずがない。
「ギルバート様! 四つ葉じゃなくて五つ葉見つけちゃいました!」
「おっ!? まじかよ。俺にも見せてみ……いや、なんでもない」
「ギルバート様?」
なに喜んでテンション高めに反応してんだ俺。一国の王が、五つ葉のクローバー如きをいちいち見たいわけないだろ。
ひとりで心の中で自分に言い訳しながらも、俺の手は必死にクローバー畑をかき分けている。
くそっ……全然見つからねぇ。
四つ葉なんて魔法ですぐ作れるのに、人間は毎回こうやって大量の緑の中から目を凝らして四つ葉を見つけてるっていうのか。
そうまでして見つけたときの気持ちがどんなものなのか、たしかに興味はあった。
しかし、思いのほか時間がかかりそうだ。いや、実際かかっている。このままだと日が暮れるんじゃないかと気が遠くなりながら、ちらりとリアーヌの様子を横目で伺った。
そこにはわくわくした顔で、目を輝かせながらクローバーを探すリアーヌの姿があった。
――本当、なにしてるときも楽しそうだな、あいつは。
さっき帽子がなくてしょんぼりしてたのはどこのどいつだったか。呆れつつも、見ていると勝手に笑みがこぼれた。
どうでもいいけど、リアーヌのやつ、すっかりメイド服が馴染んでるな。最初に会ったときは見るからに扱いづらそうないいところ出身のお嬢様だったのに。今はいい意味で近寄りやすさがある。もはやこいつがお嬢様になった姿のほうが、今は想像できない。
「ギルバート様、なにぼーっとしてるんですか! 日が暮れちゃいますよ!」
「えっ……。あ、ああ。そうだな」
「先に見つけたほうが勝利ですからね!」
「勝負だったのかよ。これ」
勝っても負けても特になにもないのはわかりつつも、勝負と言われるとリアーヌに負けてたまるかという気持ちが湧いてくる。
それから俺とリアーヌは、また一緒にクローバー探しを再開した――。
俺たちが神秘の森に来たのは昼間のこと。
当たり前に真っ青だった空は、すっかりオレンジ色になっていた。予想通り、クローバーが見つからないまま日が暮れる寸前だ。
もう二時間は経過しているだろう。腰が痛いし、腹も減ってきた。
あと少し探して見つからなければ、帰ったほうがよさそうだ。
……ここまで頑張って、見つからないとは。
簡単に創りだしていた四つ葉が、自然のものになるとどれだけ貴重なのかを思い知った。そりゃあ、見つけたときはさぞかし達成感があるだろうし、早く見つかったとしたらそれはそれでかなりラッキーと思えて気分がいいだろうな。
腰を上げてしゃがむ体勢がキツくなって、俺はその場に座り込む。
そのとき後ろに手をついた勢いでか、クローバーをぶちり、ともぎ取ってしまった。
偶然もぎ取ったクローバーを何気なく見てみる。すると……奇跡が起きた。
「――あった! 四つ葉のクローバー! リアーヌ、見てみろ!」
俺の手にあるクローバーは、探し求めていた四つ葉だったのだ。
「えぇ!? 本当ですか!?」
すぐにリアーヌは俺のところへ駆け寄り、目の前にしゃがんでクローバーを確認する。
四つ葉だとわかった瞬間、リアーヌはぱあっと花が咲いたような笑顔を見せた。
「すごい! やりましたね! ギルバート様の勝ちですっ!」
「ははっ! 当たり前だろ! いや、本当に見つかるもんなんだな」
リアーヌは四つ葉と俺を見ながら、にこにこと楽しそうに笑っている。
「お前、自分が見つけたわけじゃねぇのに、めちゃくちゃうれしそうな顔すんだな」
「ふふっ。ギルバート様も同じ顔してますよ」
「……?」
「見つけられたら、やっぱりうれしいものでしょう? 四つ葉」
リアーヌに言われ、自分の大きな手の中にある小さな四つ葉をまじまじと見つめた。
「……そうだな」
〝幸せの象徴〟と言われるだけはある。
見つける前より、少し幸せな気分になったのはたしかだった。
それが時間をかけてやっと見つけたものだからか、俺が見つけたことによって、得られたひとつの笑顔があったからかどうかはわからない。
「ギルバート様は、四つ葉を見つけたときそんな顔するんですね。見られてうれしいです」
「は? う、うるせぇな。……これ、俺には必要ないし、お前にやる」
「えっ……いいんですか? 私、勝負に負けたのに」
「帽子の代わりだ。これ持ってたら、四つ葉効果で見つかるかもしれないだろ」
「……ありがとうございます! ギルバート様!」
押し付けるようにクローバーをリアーヌに渡す。リアーヌは大事そうに手のひらにクローバーを乗せて、幸せそうな表情を見せた。
――不覚にも、その顔にドキッとしてしまう。
最近、俺はおかしい。
今みたいに、たまにこいつを見ると心臓がやけにうるさくなるときがある。
リアーヌには感謝している。俺がずっと長年悩み続けたことを、予想外の意見で解決に導こうとしてくれたり、人間目線で斬新なアイディアをシャルムに出してくれたり。
城もリアーヌが来てから活気づき、雰囲気が明るくなった。フェリクスも笑顔と口数が増えて楽しそうだ。
最初はなにかあっても助けないとか、余計なことするなとか、警戒心剥き出しだったが、今はそんなこと思っていない。
単純に、ひとりの人間としていいやつだと思ってる。……それ以上でも以下でもない、そう思っていた。
「あーあ。結局、暗くなっちゃいましたね」
リアーヌに言われて空を見上げると、空はまた色を変えていた。
薄暗くなった空を見て、俺はあることを思いついた。
「お前に礼をしてやらないとな」
「お礼?」
「ああ。今日のことも含めていろいろとな」
「私、叱られることはあってもお礼を言われるようなことしたっけ……?」
「いいから、とりあえず見てろ」
俺は魔法を発動し、辺り一面にある草や花を光で照らした。
暗い中、色とりどりに発光するそれらは幻想的な空間を生み出す。
「ふっ……」
俺にとっては簡単な魔法だ。魔法使いたちにとっても見慣れた光景だ。だけどこいつはちがう。
目を見開いて辺りを見渡すリアーヌの反応があまりにも予想通りで、俺の口から小さく笑い声が漏れた。
「キラキラして、夢の世界みたい……! ギルバート様、私、今日一緒に神秘の森にきて本当によかったです」
そう言うリアーヌの笑顔は、照らしている花たちと同じくらいに、俺には眩しく映った。
――こんなことで、そんなに喜ぶなんて。
ああわかったぞ。あのときディオンもこんな気持ちだったのか。俺より先にあいつがこの気分を味わったと思うと、なんかむかつくぜ。
「……そういや、初めてだな」
「なにがですか?」
「誰か特定のやつを喜ばせるために、魔法使ったの」
「えっ?」
「……なに言ってんだろうな、俺」
「……あの、光栄です」
「……そうか」
俺たちはしばらくその場に並んで座り込み、風に揺れる草と花を見つめていた。
すると、突然俺の肩がずしん、と重くなる。
リアーヌは疲れたのか、俺の肩に寄りかかりながらすやすやと寝息を立てていた。
「はぁ。……あと10分だけだからな」
長い睫毛を見つめながら、俺はひとり呟く。
――ひとりの人間としていいやつだと思ってる。……それ以上でも以下でもない、そう思っていた。
「思ってたんだけど、な」
あどけない寝顔を見ながら、俺は。
こいつに、リアーヌに……間違いなくこのとき、愛しさを感じていた。
◇◇◇
その後、何度起こしてもリアーヌは目を覚まさなかった。
ぐーすか眠るリアーヌを背負って城まで帰る羽目になり、それを目撃した奴らに『微笑ましいわねぇ』とくすくす笑われた。俺はシャルムの国王なのに、とんだ恥さらしだ。
「デートは楽しかったか?」
リアーヌを部屋に放り込み、俺も自分の部屋に向かっていると、待ち構えていたようにフェリクスが立っていた。
「なに言ってんだ。デートじゃねぇ」
「それにしては、ずいぶん帰りが遅かったじゃないか」
「あいつに付き合わされたんだよ。ま……いい暇つぶしにはなったけどな」
「素直じゃないな。俺はいいことだと思うぞ。だが、彼女に惹かれるお前を見ていると、心配も大きくなってな」
「……」
前から、フェリクスがなにを懸念しているかはわかっていた。
わかっていて、俺はずっと、そのことから目を背けていたんだ。
「リアーヌに言わないつもりか」
「……それは」
「彼女は、シャルムから出た瞬間ここでの記憶をすべて忘れてしまうんだぞ。そしてそれをするのは、お前だ」
真正面から問われ、俺はなにも答えることができなかった。
――そうだ。俺がどんなにリアーヌに惹かれようと、リアーヌがこの国で誰かに惹かれようと……リアーヌは、あと少しで全部忘れてしまう。
だから深く関わりたくなかったんだ。ましてや、好きになるなんて。
苦しむことは、最初からわかっていたのに。
「どういう、こと?」
聞き慣れた声がして、はっとして俺とフェリクスは後ろを振り返った。
「私……ここでのこと忘れちゃうの? 嘘だよね?」
そこには青白い顔をしたリアーヌがいた。縋りつくような悲痛な声を前に、俺とフェリクスはなにも言ってやることができずにただ黙り込む。
「……本当なんだ」
「リアーヌ、待て、俺の話を――」
腕を掴もうとすると、リアーヌに振り払われる。
驚いておもわず目を見開いた。そして俺は気づいた。リアーヌが泣いていることに。
そのままリアーヌは逃げるように去って行く。すぐに追いかける俺の腕を、フェリクスが掴んだ。
「今追いかけて、リアーヌを傷つけないと約束できるか」
「……うるせぇ。離せ」
「約束できないなら、行かせられないな」
ギロリとフェリクスの目に鋭さが増した。
俺だって、半端な覚悟であいつと向き合おうとしていない。
「……約束する。だから、行かせてくれ」
「……そうか。ならばお前を信じよう」
ギリギリと強く掴まれていた腕の力が弱まる。
俺は誰もいない夜の廊下走り抜け、リアーヌの元へと向かった――。




