古の伝承
兄の後ろ盾はヴィルヘルミーナ様の生家、アイゼンシュバルツ公爵家を筆頭とした古くからこの国にある名門貴族たち。名門と言えば聞こえはいいが、血を重視するが故に数は少ない。所謂官僚や大臣と呼ばれる彼らは地位が高く、現場に出ることは滅多にない。それでもその権威から、国内には多大な影響を持つ一大派閥だった。
対して、私はと言えば。雛型の件から現場で働く人たちと多くの関わりを持ち、頻繁に議論をすることもあった。時には実家の領地で起きている問題を相談されることもあり、共に頭を悩ませることもあった。彼らは私を子供ではなく一人の人間として尊重してくれたし、私もそんな彼らに親しみを持って接していた。
誰かが言った。レオル様がいればこの国は安泰だ。誰かが言った。早くレオル様のもとで働きたい。私は彼らの言葉を世辞や冗談だと思っていたし、ありがとう、と感謝を返しこそすれ王位を望んでいるなんて、一言も言った覚えはない。
ありがとう、嬉しいよ。共に兄様を支えよう。これからも一緒に頑張ろう。そんな他愛のない会話だったはずだ。言動には気をつけているつもりだった。けれど徐々に、兄と私を比べる声が聞こえてくるようになって。
そんなある日、私は父に呼び出された。
父は私に言った。お前に王位継承権はなく、お前が王位を継ぐことは万に一つも有り得ないと。なぜ今更と思いつつ、私は分かっていますと頷いた。
この連合王国はその名の通り、今から約千年前、種族が入り乱れ各地で戦乱が巻き起こっていたこの大陸で、人間が治める小国が五つ集まって出来た国だ。
この世界には多くの種族がいる。獣人や天使、エルフやドワーフ。それぞれに特殊な力を持つ彼らのなかで、人間は一等弱い種族の一つだった。そんな人間にも長所があった。それは繁殖力だ。長寿で子供の出来にくい他種族に比べて、人間は短命だが繁殖力に優れていた。
数を増やした人間は、自分たちが生きるために他種族への侵攻を始めた。他の種族だってやられるばかりのはずもなく。
限られた大陸の土地を取り合って、様々な場所で争いが起きた。人間の大国は滅び、徐々に人間自体の数も減っていった。それに危機感を募らせた小国郡の王たちが、同盟を組もうと言い出した。国を統合し、大きくなれば他種族に負けない国が出来るはずだと。ならば誰がその国の王になるか。紛糾する話し合いの場を、大きな影が覆った。まだ昼間であるはずなのに、辺りは一瞬にして闇に呑まれた。すわ天変地異の前触れかとざわめいたその場にどこからともなく声が降り注いだ。
――この者を王として国を造れ。
見上げた誰かが言った。竜だ、と。
誰も見たことのない、大きな竜だった。誰もが言葉を失い、死を覚悟した時、またも声が聞こえた。
――いい加減、騒がしいのも見飽きたわ。
心底うんざりした様子の竜の背から、一人の男が降りてきた。
誰だと問えば、滅びたと伝えられた大国の皇太子だと言う。
なんとか他種族との争いをやめさせようと奔走していたところ、邪魔に思われ殺されそうになったところをこの竜に助けられたのだと。
彼は言った。誰もが怯えず、虐げられず、争わずにいられる国を造りたい。どうか私を救けてほしい。
皇太子の言葉に、その場に集まった王たちは、皆皇太子に頭を垂れた。王とはなんたるかを見せられた。どうか私たちを導いてほしいと。
彼らを見て竜は言う。
ならば契約を結べば良い。誰も破れぬ竜の盟約。子々孫々に受け継がれる血の契約を交わすが良い。
そうして竜の立会のもと、契約が結ばれた。
王は各地から順繰りに妃をめとり、その血を繋ぐこと。
次代は王と妃の血を引いたものであること。
その契約を守る限り、古竜の魔法がこの国を魔物から守るだろう。
それがこの国の成り立ちであり、この国を守る血の契約でもある。王家が五大公爵家からしか王妃を娶らないのは、この契約があるからだ。血を繋ぐことで国は古竜の魔法で守られる。
王家と公爵家に代々引き継がれる伝承だ。逆に言えば、数百年前ならばともかく、今では王家と公爵家、それに近しい者以外にこの伝承を知るものはほぼいない。
故に。水面下では目に見えない不満が溜まっていたのだろう。これまで王が正妃以外を娶った例は少ない。先代も先々代も、妃は一人。そこに現れた男爵家出身の母。そんな母から生まれた王子は、彼らにとってとても良い旗頭になっていた。
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