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いつかの思い出

 何事かと振り返ると、雨のなか、バルコニーから室内の様子を伺うリートさんと、ガラス越しに目が合った。いやなんでだ?玄関の場所も教えていたはずだが。玄関の方から来れば屋根があるから濡れないのに。慌ててガラス戸を開ける。案の定彼はびしょ濡れになっていた。


「すまない、少しいいか」

「えっ、いやだめです。ちょっと待ってください。動かないでくださいね!」


 脱衣所にバスタオルを取りに行く。私が好んで使うのが大判バスタオルで良かった。リートさんは結構な大柄だから、普通のバスタオルだとサイズが足りなかっただろう。


「拭いてください!風邪引きます!あ、そこで靴は脱いでください!土足厳禁なので!」


 駆け寄ってバスタオルを渡す。勢いが付きすぎて半ば投げつけるような格好になってしまったのは大目に見てほしい。


「シャワーは?浴びなかったんですか?いやいいです。もう一回浴びてください。ここを捻るとお湯が出ます。ちゃんと肩まで浸かってくださいね、百数えるまで出てきちゃだめですよ。着替えはありますか?」

「え、ああ、予備の装備がアイテムボックスに入っているが」

「ならそれに着替えて、今のやつはこっちのカゴに入れてください。あっ、でも装備?って乾燥機にかけたらだめなのかな……」


 有無を言わせずお風呂に押し込む。あれこれ捲し立てて勢いで押し切った。装備に関しては扱い方が分からなかったからハンガーにかけておくに留める。装備を干してからふと我に返った。今日会ったばかりの異性を部屋に連れ込んで風呂に押し込むってこれもしかして痴女行為なのでは?


 いや、いやいや覗いてないし。下心ないし。大丈夫なはずだ。たぶん。きっと。魔法のコトバがある。わたしは十歳未満のようじょ。相手は……見た感じたぶん十代後半〜二十代前半くらいか?大丈夫、私の中身を考えなければセーフ判定のはず。ナイアーは……獣の姿になってソファで丸くなっている。飽きたのかもしれない。アイスを食べる時になったら起こしてあげればいいか。うんまあ二人きりでもないし、セーフセーフ。


「ぴぃ?」

「あぁ、うん、大丈夫。ありがとうね。あったかいお茶とかあった方がいいかな。でも湯上がりだと熱いよね」


 肩に止まったヒイロの喉を撫でてやり、キッチンで腕を組む。スポーツドリンクとかって出してもいいものか。無難に麦茶とかにした方がいいだろうか。いや、麦茶が無難かどうか分からないけど。


「……あがったぞ」

「はい。百数えましたか?」

「ああ」

「……?」


 なんだか、彼の態度が柔らかくなっている、ような?気のせいだろうか。うまく言えないけど、先程とは違う気がして首を傾げる。なんとなく既視感を覚えてじっと見上げると、彼が小さく笑みを浮かべた。声をかけてきた時の愛想笑いとは違う、はにかんだような笑顔。


「俺は……長男で、身体も普通より丈夫だ。すぐ下に弟もいる。だから、あんな風に心配されるのは、新鮮だった」

「丈夫だからというのは、心配しない理由にはなりません。ほら、座ってください。髪を乾かしますよ」


 ポンポンとソファを叩けば、彼は素直にそこに腰を下ろした。


「音がします。驚かないでくださいね」


 一言声をかけてから、ドライヤーのスイッチを入れる。大人であれば片手でドライヤー、もう片手でブラシを持って髪を梳くなんて造作もないことだが、子供の小さな身体では案外それが難しい。温風を送りながら色艶のいい黒髪をそっと撫でる。少し固めの真っ直ぐな髪質。動物たちのようにふわふわとはしていないが、つやつやした感触が意外と心地良い。その触り心地になんとなく既視感を感じて視線を落とす。


「……タロ」


 黒い頭を見下ろしていると、するりと唇から名前が溢れ落ちた。前世、実家で飼っていた大型犬だ。ブラックラブラドールレトリバー。通称黒ラブ。私が高校生だった頃、まだ子犬だったタロを動物病院から父が引き取って来た犬だ。子犬だった時期なんてほんの少しで、あっという間に大きくなった。その癖ずっと甘えたで、人を見るとすぐにじゃれついてくる、番犬にはあまり向かない性格の子だった。


「何か言ったか」

「……なんでもないです。終わりましたよ」


 彼の表情が幼く見えたからか。それにしたってかつての飼い犬と重ねてしまうなんて流石に失礼だろう。けれど思い出すことが出来たのも彼のお陰だ。こんなことがなければ、きっと思い出せなかった。口には出来ない感謝を曖昧に笑うことで誤魔化して、彼に麦茶を勧めつつ、ふと内心で首を傾げた。今更ながら、彼はどうしてこの部屋に来たのだろうか。


「そう言えば、何の御用だったんですか?」

「ああ……実は、部屋にある魔道具の使い方が分からなくてな。確認しにきた。最初はあちらから声をかけていたんだが、返事がなかったからこちらに回らせてもらった」


 玄関のドアは鉄製で、音を通しにくい。インターホンを押せばいいのにと考えてから、そう言えばインターホンのことを教えていなかったことに気づく。それどころか、本当に最低限の説明しかしていなかったから、お風呂の説明もしていなかった。


「……ん?ってことは、もしかして、他の二人はシャワーとか」

「浴びていないな」


 彼らに土下座することが決まった瞬間だった。

閲覧ありがとうございます。少しでも楽しんでいただけたら幸いです。

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― 新着の感想 ―
[一言] 面白いです。これから、もっと面白くなりそうなのに全然更新されなくて残念です。続きが読みたいです。体調不良のようですので、気長に待っていますので、更新お願いします。寒くなってきましたので、ご自…
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