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食事は憩い

 出来た、と達成感に満たされていると、私ではないところから、ぐぅと空腹を訴える音が聞こえてきた。出音源を探すと少し気まずそうな顔の男の人。確か、クラウスと紹介されていた人だ。


「どうぞ……?」


 その気まずさとても分かる。緊張感を持たなきゃいけない場所でお腹がなると気まずい上にどうしようもなく恥ずかしいのだ。でも仕方がない。食欲は人間の三大欲求だもの。サンドイッチだけじゃ喉が乾くかもしれないから、この森になっていた果実を漬けた果実水も一緒に出してあげよう。レモンに似た見た目の果実は適当なサイズに切って漬けると爽やかな酸味が水に溶け出してとてもおいしい果実水になるのだ。


「! それ、ガラスか?」

「え?はい、ガラスポットです」


 果実水を作る時は中の具合が分かるように透明なガラスポットで漬けるようにしている。本当は割れにくいプラスチック製の方がいいんだろうけど、部屋で使うならともかく持ち歩くにはプラスチックの存在が確認されていない以上難がある。そのためガラスで代用しているのだ。ガラスポット自体は前世にもあったから、形状さえ正確に想像(イメージ)出来れば作るのも難しくなかった。


 なぜだかクラウス、さん?はガラスに釘付けになっている。人数分の木製カップに果実水を注いでテーブルに並べる。こういうのって毒味とかした方がいいんだろうか。同じポットから出したのだし、個人的には問題ないと思うのだけど。よくミステリー小説で見るカップの縁に毒が!とか、実際やろうとするなら相当入念な準備が必要だし。


「いただきます。ナイアー、ちゃんと水も飲まないと喉に詰まるよ?」


 まぁ別に食べないならそれはそれで構わない。ナイアーなんか既に食べ始めているし。ちょっと自由すぎる気がするのだけれど、強者故の余裕というやつかもしれない。私にはよく分からないが。選んでいるのが厚めのパンのものばかりだから水分を取らないと喉がパサパサになってしまう。


 山積みされたサンドイッチから適当に摘みながら、つい癖であれこれ世話を焼いてしまう。よく考えればナイアー自体が今は人間に擬態?変身?しているのだから手足もあるし私が手を出す必要もないのだけど。


「もらっていいか?」

「はい」

「イタダキマス!」


 確認するよう問われて頷く。もとからそのつもりだったし。それにしても順応性の高い人だ。私が口にした言葉の意味は分からずとも、それが食前の言葉だと察して見様見真似で行動に移している。


 彼が手にしたのはゆでたまご(ていばん)のサンドイッチ。今回の具材はゆでたまごと野菜サラダ、鮭っぽい魚の燻製だ。燻製はちょっとしたおやつ用の残りがあったので流用した形になる。


「……うまい!」

「ありがとうございます」


 きらきらと目を輝かせて褒められて、悪い気はしない。

 うまいうまいと喜んでいる姿はまるで犬のようで、男性には失礼かもしれないが、可愛らしい。精神年齢(なかみ)はたぶん彼らよりも年上だから、つい年下を可愛がるような感覚で、飲み物(あれや)デザート(これや)とアイテムボックスから取り出して与えてしまった。


「クラウス、少しは遠慮しろ。しかし、本当に美味いな。こんなパンは初めて食べた」

「ですが、恐ろしく手間がかかっているのでは?食材のほぼ全てに魔力の残滓を感じます」


 仲間(クラウス)の様子を見て警戒が緩んだのだろうか。私が彼に構っている間に、他の二人(リートとイエルヴァ)も食事に手を付け始めていたらしい。冷静に手抜きを分析されると恥ずかしくなってくる。


「お口にあわなかったら、すみません……?」

「まさか。とてもおいしく頂いております。先程も拝見していましたが、調理に魔法を使用されるのですか?」

「え?はい。使えると便利だからって教えてもらいました」


 実際魔法を使うと凄まじく調理時間が短縮する。調理時間を知ったら時短料理研究家もびっくりするだろう。生活魔法が定着した一端を知った気がする。これは人間の料理人もやっていることだってナイアーも言っていたからおかしいことはないはずなのに、二人が顔を見合わせているのはなぜだろうか。


「これ食べやすいな!携帯食に出来るんじゃないか?」

「携帯食?」

「長期依頼や迷宮探索に持ち込む食料のことだ。冒険者をやっていると依頼中は落ち着いて食べられることの方が少ないからな」


 所謂、軍用飯(ミリメシ)みたいなものだろうか。日持ちを考えると宇宙食も近いかもしれない。前世で何カ国かの軍用飯を食べ比べたことがあるが、どれもこれもなかなか特徴的で面白かった。味で言えばやはり自国のものが一番だったけれど。


「これ、あんまり日持ちしなくて……二日くらいなら大丈夫だと思いますけど」


 サンドイッチは確かに食べやすいが、保存が効かない。きちんと処理されているコンビニのものでも長くて二日か三日ほどだった気がする。手作りのものならもっと短い。中身を工夫すれば伸ばせるかもしれないが、それにしたって四日が限度だと思う。


 冒険者の依頼がどういうものかよく知らないが、長期とつくくらいだから短くても一週間以上かかるものだろう。何よりサンドイッチはかさ張る。アイテムボックス持ちならともかく、普通に持ち運ぶならやっぱり不向きなように思えた。


 そう言えば、この世界の保存食はどういうものなのだろう。城にいた頃、経費の項目として目にしたことはあるが実際どういうものかはよく知らない。真空パックは流石にないと思うが、缶詰や瓶詰めくらいは発明されていてもおかしくはない気がする。


「ああ、見たことがないのか?携帯食の主流はこれだ」

「……?」


 差し出されたものと、リートさんの顔を見比べる。隣にいるイエルヴァさんへと視線を向けても、どちらも表情に変化はない。いや、イエルヴァさんは少し嫌そうな顔をしている。でも、リートさんの言葉を否定しない。つまり目の前にある棒状のこれが本当に携帯食なんだろう。


 え?枯れ木かな?


 見た目は……あえて言うなら、そう。前世で見たバニラビーンズとシナモンスティックを足して割ったらこんな見た目になるかもしれない。


 手にとって匂いを嗅いでみる。無臭。

 触ってみる。ぐにぐにとした感触で、なんとなく前世でお土産にもらった世界一マズいキャラメルを思い出した。

 素材はたぶんおそらくなにかの肉、いや、粉の練り物という可能性も捨てきれない。口に入れるには勇気のいる代物だ。これを常備食にしているとか、冒険者のメンタルが強すぎる。


 主流というなら、食べられるもののはずだ。案外美味しいかもしれない。口に入れるまでは勇気がいるけど口に入れたらワンチャンネコチャン……


「不味い」


 かじってみようと口を開いた瞬間、手の中にあったはずのものが消えた。背後からとてつもなく不機嫌そうな声が聞こえると同時に再び地面から足が離れた。


「食べちゃったの!?」

「マズイ」

「水いる?果物は?」


 果実水にはちみつを加えたものを飲ませて、口直しに木苺を放り込む。パンの耳に付けていたトマトジャムを口にしたところで、ようやく眉間の皺が取れた。


「……すまない、大丈夫か?」

「えっと、……まぁ、はい。たぶん……?」


 様子を見ていたリートさんが、気まずそうに声をかけてきた。ナイアーが顔を背けてしまったので、曖昧に頷いて返事を誤魔化す。


携帯食(ほしにく)クッソマズいよな!あれなら魔物肉ナマでかじってた方がマシだ!ネフレン、肉食うか?」

「いらぬ」


 あの枯れ木の正体は、干し肉だったらしい。私が知っている干し肉(ジャーキー)とはずいぶん違う。これが世界の差なんだろうか。


 すっかり不機嫌になってしまったナイアーを見て、クラウスさんが慰めるように肩を叩く。一連の出来事で最初に比べれば、多少打ち解けたのかもしれない。


「食器には洗浄魔法をかけておきましたが、どうされますか?」

「あ、すみません。ありがとうございます。しまっちゃいますね」


 沈黙を守っていたイエルヴァさんは、どうやら片付けを担ってくれていたらしい。お礼を言って、ありがたく収納させてもらった。


 ここで作った即席テーブルも、一応収納しておく。何かに使えるかもしれないし、せっかく作ったものをここに残していくのも忍びない。出したものを全てしまい終えた瞬間、ポツリと冷たい雨粒が頬に触れた。

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