さぐりあい?
「連れて行くのか?」
「んー……ううん、ここでプチキャンプしよ」
ナイアーに問われて、首を横に振る。流石に初対面の相手を本拠点に連れて行くほど無防備にはなれない。幸い材料は収穫して来たものがあるし、アイテムボックスに調味料もしまってある。今度動物たちとピクニックに行こうと思って下準備していたものだ。本来の用途ではないがこの際仕方がない。
そう。異世界定番の収納魔法である。
使えることが判明したのは最近だが、これ、ちょっと便利がすぎる。他の魔法も大概便利だが、これは特にすごい。瞬間冷凍とか目ではない。瞬間状態保持保存が可能なのだ。端的に言ってやばい。語彙が溶けるくらいすごい。アイテムボックスは容量に差があれど、ある一定以上の魔力があれば使える機能らしいので、特に隠すことはしない。
アイテムボックスから小型のグリルを取り出して、土魔法で作った台座の上に置く。風魔法で小さめな木を伐採して、創造魔法で机に加工する。机に洗浄魔法をかけて綺麗にしてから木片で作ったまな板に、ホームベーカリーで作ってから、アイテムボックスにしまっておいた食パンを乗せて耳部分を切り落とす。
最初に比べて魔法を使うのも慣れてきたような気がする。調理速度が段違いだ。ちらりとナイアーの方を見れば、褒めるような笑みを向けられて、頬が緩む。
アイテムボックスの中身を確認しながら、使う笊のなかを見て相性が良さそうな素材を探す。いくつか取り出して、ふと失念していたことに気が付いた。
「食べられないものとかありますか?」
「……いや、特にないが」
アレルギーがあったり、嫌いなものがあったりしたらお互いちょっと気まずくなる。ただでさえあまり良い雰囲気とは言えないのに。流石にこれ以上険悪になるのは避けたい。
「パンどのくらいの厚さがいいです?」
「我は厚めが良い」
「うん。ナイアーのは分厚くしようね」
サンドイッチを作るのはこれが初めてじゃないから、ナイアーの好みもそれなりに把握している。ナイアーはもっちりふわふわ食感の食パンにたっぷり具材を挟むのが好き。ちなみに私は薄めなのを少し焼いてから中身を挟むのが好きだ。
なぜか調理を見て呆然としている三人のなかで、真っ先に我に返ったのはやはりというか飼い主の人だった。リーダー的存在なのかもしれない。エルフの男性は食い入るようにこちらを見つめているので、そのままにさせておく。下手に藪を突いて蛇を出すわけにもいかない。
「すまない、何を作っているんだ?」
困惑顔で尋ねられ、首を捻る。もしかしてサンドイッチはこちらではあまりメジャーではないのだろうか。
「サンドイッチです。えっと、パンに具材を挟んで食べます。パンはこれです」
「パンが白い」
パンが白いのは当たり前では?いや、ライ麦パンは黒っぽい色をしている。もしかしたらこちらの国ではそれが主食なのかもしれない。城ではちょっと固めの白い丸パンが主食だったから、あまり違和感を感じなかったけど、ライ麦パンしか知らなかったら違和感があるかもしれない。
「ええと、黒パンは手持ちになくて……嫌だったら無理して食べなくても」
ていうかなんで彼らにも食事を振る舞うことになったんだったか。ああそうだ、私の腹の虫のせいだった。余計なお世話だった可能性がなきにしもあらず。別に無理して食べてほしいわけじゃないから食べてもらえずとも構わない。
「いや、あまり見かけない色と形だから驚いただけだ。すまない」
「……味見します?端っこですけど」
先に切り落としてあったパンの耳部分をスティック状に切って、自家製マヨネーズをつけて差し出すと、少し躊躇した彼を尻目にナイアーがそれを食べてしまった。
「ナイアー?」
「ジャムはないのか?赤い実のやつがいいぞ」
「トマトのやつ?あるけど」
「たっぷりつけてくれ。たっぷりだぞ」
驚いている彼を尻目に堂々と追加のおねだりが来た。耳が余ったらあとでサクッと揚げておやつにするつもりだったけど、仕方ない。ナイアーはこう見えてすごく食べるから、残念だけど耳が余ることはなさそうだ。
つい動物たちに餌付けをする感覚で彼にも味見を促してしまったけれど、普通初対面の相手にこんなことをされたら戸惑うだろう。私だって相手を警戒しているんだから、相手が私を警戒しているのも当然だ。返事も聞いていないし、彼らの分を作る必要はない気がしてきた。
でもわざわざやっぱり止めときますねって言うのもおかしいか。少し様子を見てダメそうだったらやめよう。ちょっと多めにパンを切り出してしまったけど、これくらいならナイアーが全部食べてくれるだろう。火魔法でグリルに着火して軽くパンを炙ると香ばしい匂いがして、抑えていたはずの腹の虫が再度空腹を訴えてきた。
「……そういえば、自己紹介もまだだったな。俺はリート。こっちは騎獣のティグリス。で、そこで呆けてるのはクラウスとイエルヴァだ。全員冒険者でパーティーを組んでる。よろしく、お嬢さん」
たぶん、人当たりのいい人なんだろう。愛想の良い笑顔と共に手を差し出された。手が塞がっているから軽く会釈だけを返す。
「……リオです。それから、」
「ネフレン」
ナイアーの口から飛び出してきた聞いたこともない名前にぎょっとする。私が散々彼らの前でナイアーと呼んでいるにも関わらず、あまりにも堂々と偽名を名乗り過ぎなのではないだろうか。驚く私とは裏腹に、青年――リートはどこかほっとしたような顔をした。
「……それにしても、小さいのに見事なものだな。道具も、見たことがないものばかりだ」
なんだか、あからさまに話題を逸らされたような。けれどそれを突き詰める気にもなれなくて、その話題転換に乗ることにした。
「ありがとうございます、慣れているので……?」
この身体で家事を始めたのは最近だが、私には前世で培ってきた記憶がある。創造魔法で道具を再現してしまえば、小さな身体でもそれなりに出来るものだ。使っている道具はおかしくても、こちらの世界で平民は物心つく頃から家の手伝いをするものだと思ったが、私の知識違いか。もしくは、リートは幼少期に労働を必要としない家だったか、そのどちらか。どちらにしても、そんなに痛ましそうな顔をされるようなことではないはずなのだが。
おそらくは後者だろう。リートはひとつひとつの所作が綺麗で、洗練されている。それはある程度の教育を受けていなければできないものだ。冒険者になる人間には色々な事情を持つ場合が多いから、気付いたとしても下手にツッコまない方が安全か。
しかし、なんと言えば良いのか。見事に探りを入れられている。確かにナイアーがいるとは言え、私くらいの年頃の子供がこんなところにいるのだから、怪しいと思われても仕方がないか。いやどうだろう。保護者がいれば別に良いのではないか。その辺の価値観や考え方は人それぞれかもしれない。彼らが森に入ってきた理由も不透明なままだし。
時々ナイアーの口に具材のあまりを放り込みながら彼の質問に答える。その間も手を動かし続けていれば調理が終わるのも早いもので。気づけば即席テーブルの上にサンドイッチの山が積み上げられていた。
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