冒険者たち
「本当にすまなかった!」
土下座せんばかりの勢いで頭を下げる青年を前に、リオは言葉を選びかねていた。
白い虎に押し潰されていたリオを助けてくれたのは、頭を下げている青年だ。青年の話を聞くに、白い虎はティグリスという名前で、青年のキジュウなのだと言う。
青年は冒険者で、仲間たちと依頼を受けてこの森に来た。森に入ってしばらくすると、いつもは大人しいはずのティグリスが急に走り出したらしい。乗っている青年の言うことも聞かずに爆走し、青年は途中で振り落とされた。そうしてティグリスはリオのもとにやってきて、青年はそれを探し追いかけてきて今に至る、と。
ティグリス、と呼ばれた白い虎は青年に手綱を引かれてリオから離れている。だが隙を見てリオの方に来ようとしては、青年に手綱を引っ張られグルグルと唸っているような状態だ。そして何より。青年とリオが遭遇してすぐ、姿を見せていなかった熊と狼たちがリオのもとへやってきて、青年とリオの間に陣取っている。小動物たちもリオの周りで一人と一匹を警戒していて、リオと青年の間には三、四メートルほどの距離があった。
「……あの」
「リート!ここにいたのか!」
大丈夫です、お構いなく。日本人の定型文とも言えそうな断わり文句を口にしようとして、その声は新たな乱入者の声で遮られた。
「クラウス」
乱入者は青年の知り合いらしい。共に来たと言っていた仲間だろうか。仲間と合流したならそのまま帰ってほしいのだが。
「ってうわ、なんだこれ!?人喰い熊に殺人兎、地獄の番犬までいるじゃねえか!」
騒がしい上にずいぶんと失礼な男だ。私を助けてくれる動物たちを物騒な名前で呼ぶのはやめてほしい。思わず眉を顰めると、私の気持ちを察したのか、動物たちが唸り声を上げる。その声に反応して武器を抜こうとした男の手を、青年が掴んで止める。
「クラウス、やめろ。よく見てくれ」
「よく見ろって何を、……エルフ、か?なんで、こんなところに……」
私の視界には熊の背中が広がっていて、彼らの様子は見えない。一歩後退ると狼が傍に寄り添い、私の身体を隠そうとしてくれる。
「ぴぃ」
なるべく顔を見られないようにカゴを抱えて俯いていると、ヒイロが腕に止まって、慰めるように身体を擦り寄せてくる。ヒイロを見た彼らがまたざわつく気配を感じながら、また一歩後退った。もう帰ってもいいだろうか。
なぜか分からないが彼らは私をエルフだと勘違いしているので、ぜひそのまま勘違いしていてほしい。人間だと気付かれる前に逃げてしまいたい。けれど私だけがここから離れたとして、彼らはどうするのだろう。果たしてそのまま見逃してくれるだろうか。
私は冒険者という職業をよく知らない。知識として知っているのはギルドに所属していること、主な仕事が魔物を狩ることや、迷宮に潜ることというくらいだ。青年は依頼を受けてここに来たと言っていた。彼らが動物たちを狩らないという保障はない。私を助けてくれる動物たちが傷つくかもしれない。それはいやだった。まともな打開策が見つからないまま睨み合いが続く。
「俺たちに敵意はない。彼らを下げてくれないか」
リートと呼ばれた青年が言う。私がただの子供であれば人の良さそうな彼の言葉を鵜呑みにしていたかもしれない。けれどもこちらは人生二度目で、人が嘘をつく生き物だと知っている。はいそうですかと頷けるほど単純にはなれなかった。
何かを言った方がいいとは思う。だけど、何を言えばいいのかまるで分からない。
ナイアーは、この森のことを異形の森だと言っていた。
ただの人では踏み入ることも出来ないと。つまりここにいる彼らは普通ではないと言うことだ。そうでなくても今の私よりも明らかに年上で、体格だって彼らの方が頭一つ、いや二つ分以上大きい。捕まってしまえばまともに抵抗するのは難しいだろう。
いっそ魔法で吹き飛ばしてしまえたら楽なのに。ほんの一瞬過った考えにすぐ内心で首を振る。まだ練習途中の魔法は、彼らだけを狙えるほど精度が高くない。もうこれ詰んでるのでは。正直泣きそうだった。いっそそれもありかもしれない。涙は女の武器とも言うし。恥を捨ててギャン泣きしたら怯んでくれないだろうか。精神年齢はともかくこの身体はまだ十歳未満だし許されるはずだ。
「リート、クラウス、勝手に森の奥へ行くなとあれほど」
ぐっと眉間に力を込めて、瞬きをやめ泣く準備をしていると、また一つ新しい声と共に二人目の乱入者が現れた。
これで三人だ。だめだ、詰んだ。数的不利を覆すのは難しい。彼らの力量が分からない以上、動物たちをけしかけるような無謀な真似は出来ない。失敗覚悟で地面を吹き飛ばそう。目潰し、いや目隠しくらいにはなるはずだ。その隙に逃げよう。
そう心を決めて相手の姿を確認するために顔を上げると、綺麗な男の人と目が合った。たった今現れた三人目。ライムグリーンの髪にターコイズの目が印象的な、美しい人。よく見れば耳が尖っていて、彼がエルフだということを理解した。驚いたように、彼が目を見開く。
――ごめんなさい。
内心で謝って、手の平に魔力を集めようとした瞬間。目が合ったエルフの瞳から、一筋の涙が零れ落ちた。
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