表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/19

ex.王城にて

第一王子とその側近視点です。

「――レオルが、死んだ?」


 レオルがナイアーラトテップの手引きで離宮から出奔してからしばらくが過ぎた頃。

 第一王子アルベルトは、人払いをした執務室で、異母弟の訃報を、自らの側近であり親友でもある男、ラルフから告げられた。


 王家主催のお茶会で出された菓子に毒が混入していた事件は記憶に新しい。多くの貴族たちが集うその茶会で、その毒物を摂取してしまったレオルは、一週間以上高熱に魘され、意識のない状態が続いた。奇跡的に目を覚ましたレオルはまるで憑き物が落ちたような顔で、アルベルトを兄と呼んだ。実に数年ぶりのことだった。


「どういう――どういうことだ?レオルが死んだ、だと?あの子は確かに目を覚ましたはずだ!」


 いつも冷静沈着で、物腰穏やかだと称される第一王子とは思えないアルベルトの姿に、ラルフは僅かに言葉を詰まらせる。ラルフとアルベルトは、それこそ赤子の頃からの付き合いだ。王家に生まれた待望の第一子だったアルベルトと、時を同じくして現宰相の嫡子として生まれたラルフは、赤子の時より行く行くは王、そして王を支える第一の臣として定められ、共に学び、育ってきた。


 最初から仲が良かったわけではない。身体を動かすことが得意なラルフと、国の歴史を始め机に向かった勉強を好むアルベルトでは嗜好が合うはずもなく。けれどその度にぶつかり合い、意見を交わし、時に拳を交わしながら仲を深めてきた。それはラルフが宰相の道をスッパリと諦め、騎士に転向してからも変わることなく続いた。今では自他共に認めるアルベルト第一の臣であり、口には出さないが最も親しい友であるとも思っている。


 王族以外の、一番近い場所でアルベルトを見てきたからこそ、ラルフはアルベルトが歳の離れた弟たち、特に異母弟である第二王子を可愛がっていることを知っていた。


 一夫一妻が常であるこの国の王族に、異例の側妃として召し上げられた寵姫ルチア。社交界では妖精姫とも呼ばれ、その可憐な美貌は当時数多の男を虜にしたと聞いている。ラルフの父も、口にこそ出さないがルチアの虜である一人だった。その寵姫から生まれた王子に、王は自らと寵姫の名から文字を取り、レオルと名付けた。


 成長するにつれ王子はますます寵姫に似ていく。愛らしさを増す第二王子に王や王を取り巻く側近たちが傾倒していくのも無理はないことだった。


 その子供が寵愛(それ)を笠に着るような嫌な子供であればどれだけ良かったか。第二王子は王や側近たちから注がれる過度な愛に溺れることなく、自らを律することのできる子供だった。


 幼いながらに自分の立場を弁え、異母兄であるアルベルトを慕い、後から生まれた第二王子から見れば異母弟にあたるベルノルトを本当の弟のように可愛がった。


 いつからか、王が寵姫に傾倒するあまり職務を放棄するようになり、側近連中がそれを咎めるどころか王と共に寵姫を囲うようになった時、それを咎めたのも第二王子だった。効果自体はなきに等しいものだったらしいが、悲しそうな顔で謝られたとアルベルトから聞いた時には驚いたものだ。


 第二王子は好奇心旺盛な子供で、意外なことに王と側妃を苦手としているらしかった。勉強に精を出し、分からないことがあれば教師やアルベルトにまで尋ねに来た。逆に身体はあまり強い方ではなく、剣の類は苦手。しかし憧れはあるようで、いつもアルベルトの傍にいるラルフが腰から下げている剣をきらきらした眼差しで見つめていたことを、よく覚えている。


 有り体に言って、第二王子は神童だった。アルベルトと共に様々な部署を見て回り、そこで起きている問題をさり気なく、けれど確実に解決する。それをまだ十に満たない子供がやってのけるのだ、神童としか言いようがない。加えて誰に対しても態度を変えず、分け隔てなく接するものだから、人気が出るのも当然で。


 下位貴族出身の寵姫から生まれた稀代の神童。しかも王や側近にも溺愛されていると来たら、放って置かれるはずもなく。第二王子は瞬く間に、下位貴族や新興貴族たちの旗頭とされてしまった。


 さしもの王もそれを放置は出来なかったのだろう。王が執務を行うようになり、同時に第二王子は部署を回るのをやめ、それどころか、居住区である離宮と書庫以外のどこにも出歩かなくなった。

しかし、時既に遅し。それから間もなくして、寵姫は帰らぬ人となった。病死と発表され、多くの国民に悼まれながらその生涯を終えた。


 いくら苦手としていても実の母の死は堪えたのか、第二王子はひどくショックを受け、日に日に弱っていった。そしてラルフがアルベルトの付き添いで第二王子を見舞った時、かの神童は記憶を失っていた。


 記憶を失った第二王子は、人が変わったように癇癪を起こすようになった。些細なことで侍女に当たり散らし、言葉で騎士を甚振り、教師をクビにし義務である勉学も放棄。王や側近たちはそれでも寵姫の面影を残す第二王子に強く出ることができないのか甘やかすばかり。悪循環の極みであり、仕える者からすれば悪夢のような日々だった。


 第二王子を慕っていた人間も一人、また一人と離れていき、数年経った今ではすっかり孤立してしまっていた。アルベルトと、その弟ベルノルトはそれでも第二王子を見捨てず、第二王子の心に寄り添おうとした。それを見た臣下は少し前まで第二王子を神童だと持て囃していたその口で、アルベルトは慈悲深いと褒めそやすのだから始末に置けない。


 そして、先日のお茶会事件が起きた。

 第二王子は毒に倒れ、パニックに陥った会場を収めたのは他でもないアルベルトだった。箝口令を敷き、外部から個人的な伝手で知り合った信頼出来る医師を呼び、第二王子を任せた。


 なぜだか王はこの一件の追求に難色を示し、王妃からも余計なことはするなと釘を刺されたという。


 それに不信を抱いたアルベルトが独自に調査を進めようとしていた矢先、第二王子が目覚めたとの一報が届いた。いち早く異母弟の様子を見に行ったアルベルトは、その様子を見て言葉を交わし、異母弟が記憶を取り戻したことを悟ったと言う。


 なんとかしてあの離宮から引き離し、安全な場所へ避難させるつもりだった。だが成人間近なアルベルトは多忙であった。学院の卒業式、近衛の任命、立太子の準備などが重なり、異母弟のことまで手を回すことが難しかった。第二王子が目覚めてからしばらくは、記憶云々のこともあり膠着状態が続くだろうという油断がなかったと言えば嘘になる。なかなか異母弟に会いに行けず時間だけが過ぎ、信を置いている騎士から齎された情報に、アルベルトは激昂した。


「俺も親父が執事に話しているのをたまたま聞いただけだ。陛下がそう言ったらしい。第二王子は目覚めることなく、毒で亡くなったと。事が事だけに、民には知らせず密葬にすると」

「あの子は確かに目を覚ましていた!お前も声を聞いただろう?」

「ああ。……どこまで掴めるか分からないが、部下に探らせてる」


 アルベルトとベルノルトが目を覚ましたレオルに会いに行った時、護衛についていたのはラルフとその部下だった。部屋にこそ入らなかったが、確かにアルベルトやベルノルトと話しているもう一人の声を聞いた。扉越しに聞こえた声は、掠れてこそいたが鈴を振るうように美しく、まるで年端もいかない少女のような声だった。


「……レオルの部屋に行く」


 時刻は夕刻を過ぎていて、空は薄暗く、城内にも人はそう多くない。本来であれば、護衛として主君を諌め、止めるべきだ。だが、ラルフはアルベルトがどれだけ異母弟に心を割いていたかを知っている。知っていてなお、止めることが出来るほど冷徹ではいられなかった。


 離宮へと足を運ぶ。レオルの部屋を訪れるまで、いっそ不自然なほど人と出会わなかった。建物内はますます人気がなく、それはレオルの部屋の前まで来ても同じ。つまりこの部屋どころかこの建物内に人はいないとラルフは本能的に感じていたし、おそらくアルベルトもそれは分かっていた。


「待て、俺が開ける」


 ドアノブを握ろうとしたアルベルトを止め、ラルフがドアとアルベルトの間に立ち、ドアノブを捻る。鍵はかかっていないのか、ドアはやけにすんなりと開いた。その瞬間、どこかで嗅いだ覚えのある嫌な匂いがラルフの鼻に届く。


「は……」


 目の前に広がる光景に、ラルフは言葉を失った。


「……ラルフ?どうした。一体何が……」


 微動だにしないラルフを訝しみ、痺れを切らしたのか。アルベルトが半ば強引に室内を覗き込む。


 そこにあったのは、夥しいほどの赤。

 床にも、壁にも、天井さえも赤く染まり、変わり果てた部屋の残骸が、微かな鉄臭さと共に残されていた。


読んでいただきありがとうございました。評価や感想をいただけると今後の励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ