森の生活
この森に来てから、早いもので半月が経過した。
初日に家を建て、二日目に動物たちと知り合い外の調理場を作り、三日目には動物たちが過ごしやすいよう、アパートの近くに広場を作った。前世のドッグランを意識した広場には、水飲み場や砂場、動物たちが好む植物を植えたり、簡易的な小屋も建てた。ナイアー曰く、私の魔力は人ならざるものに好まれる匂いをしているらしい。動物たちが私に食べ物を持ってきてくれたのは、貢物を口実に私の傍に寄り、身体から漏れる魔力を享受するためなのだとか。動物たちは人間よりも魔力の流れに敏感で、私が魔法を使った時に動物たちがうっとりしていたように見えたのは気のせいではなかったらしい。魔力の残滓に酩酊していたのだとナイアーが後になって教えてくれた。
この一週間、私はひたすら生活環境を整えることに始終した。なにせ前世で成人した私が住んでいた部屋だ。子供の身体には何もかもが大きい。だからと言って前世の思い出が詰まった物をいじくり回すのは少し抵抗があった。未練がましいかもしれないが、人間は忘れる生き物だ。今は覚えていても、いつか忘れて同じものを作れなくなってしまうかもしれない。そう考えると手をつけられなかった。そのため、今の身体に合わせて衣服を作り出したのだが、意外とこれが重労働だった。
なにせ、この年頃の子供がどんな服を着ているのか、まったく知識がなかった。城にいた頃のレオルの服は、どう甘く考えてもこの森での生活に合わない。前世では一人暮らしの社会人だったから、小学生くらいの子供と接する機会なんてなかったし、今世は城で箱入り生活。歳の近い子供と言えばベルノルトだけ。参考になるはずもなく。ナイアーに意見を聞きながら、なんとかそれっぽい衣服を作るまで三日もかかってしまった。
この数日で使用したのは<創造>という固有魔法。その名称通り、魔力を元にして物体を作り出せる魔法だ。一見万能に見えるが、色々試してみた結果、どうやら私が知っているものしか造れないことが判明した。
私がこの世界の本で読んでやってみたかったことの一つに<ポーション作成>がある。ゲームや漫画、小説に出てくる不思議な薬がこの世界にはあるとナイアーから聞いて、作りたい!と張り切り、隣の部屋を実験室として改装するまでは良かった。いざ製薬用の魔道具をナイアーから聞いて<創造>し、それを使ってポーションを作成しようとしたところ、小爆発が起きて部屋が半壊、私は煤だらけになるという事態になった。
検証を重ねた結果、魔道具や、この世界特有の魔力伝導を必要とする器具を<創造>するには私の知識が足りず、半端な知識で<創造>したものは、不完全な効果しか発揮しないことが判明した。
落ち込む私に、ナイアーは街へ行くことを提案してくれた。魔道具というのは人によって合う、合わないがあるから本人が直接選んだり、オーダーメイドで作ってもらうのが一般的だと言う。
どうやら私がいるこの森は、大陸の東にある帝国の、迷宮都市付近に存在するらしい。
帝国と言えば、人間が治める国のなかで王国と並ぶ二大強国と言っても過言ではない。もっとも、政策は正反対だ。王国が選民主義だとすれば、帝国は種族融和を謳っている。差別せず、差別させず。どんな種族も拒まない。そうやって多くの種族を取り入れ力をつけて来た国だと先生から聞いたことがあった。
王国貴族のほとんどは帝国のことを手段を選ばない野蛮な国だと悪しざまに蔑み、物理的な距離があるために表立って明確な敵対こそしていないが、王国の仮想敵国として真っ先に挙げられる国だった。
王国から逃亡した第二王子の亡命先として相応しいと言われればそうかもしれない。帝国と王国の距離は遠い。間に獣人国やエルフが住む谷を挟み、聳え立つ山脈はドワーフの領国だ。馬車で来ようと思えば、どれほどかかるかも分からない。
そんな距離をどうやって連れてこられたのかと疑問に思わなくもないが、ナイアーだからと言えば納得してしまう。こういうのを、人智の及ばない力というのだろう。
街に行くことも考えたが、城から出奔してまだ日も浅く、万が一、億が一という可能性を考えると、足が竦んでしまった。あまり自覚もないが、少し人間不信を拗らせてしまったのかもしれない。今はまだ、積極的に人と関わりたいとはどうしても思えなかった。結局、ポーション作成は断念することにした。道具が揃っていないし、作ろうとする度に爆発を起こすわけにもいかない。部屋自体は魔法で直せば済むのだが、その騒音を聞いて森の動物たちが駆けつけて来てしまうのだ。毎回心配かけてしまうのも本意ではない。
隣に作った実験室を使わないのももったいないので、ハンドクリームとかバスボムを作るのに活用している。かつては自分に合う化粧品がなかなか見つからなかったり、見つけてもやたら高額だったりしたため、作れるものは手作りしていた。前世の知識をもとに、せっかくなので若いうちから身体の手入れをするのもいいだろうと、色々試している最中だ。
部屋の半分は書庫にした。前世で読んだ小説だとか城の書庫で読んだ本を覚えている限り創り出して、本棚に収めている。私は好きなものは紙媒体で残しておきたい派なのである。時々ふらりと出掛けたナイアーがどこからか持ってきた本を棚にしまっていることもある。他に置いておくよりここの方が安全なんだとか。確かに貴重な本なら目に届くところで管理した方がいいだろう。
森の動物たちに囲まれ、日々が穏やかに過ぎていく。私はここでの生活に、居心地の良さを感じ始めていた。
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