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目を覚ます

数年前に掲載していたものを大幅改稿しての再投稿になります。タイトルだけ同じのほぼ別物です。よろしくお願いします。

『さようなら、兄様。地獄で待っていて』


 泣き笑いのような、ぶさいくな顔で青年が私にそう告げる。

 私は彼に何かを言い返そうとして。その瞬間、彼の腕が振り上げられて。目前に迫る銀色の刃を見つめ、私は――


「……っは……ぅあ……」


 飛び起きて、咄嗟に首を触る。首と身体がしっかり繋がっていることを確認して、私は深々と息を吐き出した。握り締めたシーツはじんわりと湿っていて、自分が悪夢に魘されていたことを悟った。ベッドサイドに用意されていた水差しに手を伸ばす。私が思っていたよりも身体は水分を求めていたらしい。あっという間に水差しのなかが空になってしまった。


 しばらくぼうっとしていると、どこかで自分以外の物音が聞こえた。けれど身体を動かすのがあまりにも億劫で、返事もまともにすることができない。幾許かなんとなしに音が響いていたが、それもすぐになくなった。


 そうしているうちに、ぼんやりしていた意識がいくらかましになる。

 身体がだるい。こんなにだるいと感じるのはいつ以来だろう。子供の頃にインフルエンザを拗らせた以来かもしれない。そんなどうでもいいことを考えている私の視界に、小さな手の平が映り込む。


 手を握る。手を開く。指が一本、二本、三本。

 動かしてみると分かるが、やはり、どうやらそれは私の手、らしい。おかしいな。私はとっくに成人していて、手だってこんなに小さくなかったはずだ。だってこんなに小さかったら、まともにパソコンをいじれない。


 手を握る。手を開く。枕を持ち上げる。頬を抓る。痛い。

 ――どうしよう。困った。

 やはりこれは私のものらしく、考えた通りに動く。強く抓り過ぎた頬はじわじわと熱を持って痛みを発している。


 白いカーテンの隙間から、眩しい朝陽が差し込む、日当たりのいい一室。室内はシンプルな、けれど見る人が見れば一目でその価値が分かる調度品と家具で彩られている。


 その中央にある天蓋付きのベッドの上で、ぼく――否、私は、盛大な溜息をこぼした。


 ベッドサイドに付属した、チェストの引き出しあら手鏡を取り出し、自分を映す。

 鏡には目の覚めるような若葉色の髪に、宝石をはめ込んだようにきらめく黄金の瞳。白磁を思わせる滑らかな肌。ぷるんと瑞々しいチェリーピンクの唇。日本人には馴染みのない異彩であるものの、その容姿は妖精と称されるほどに愛らしい、まだ十にも満たない幼子の姿が映っていた。


「……ははっ、……はぁ……」


 乾いた笑いと、重い溜息。

 つい先程まで、休日返上で溜まりに溜まった仕事を片づけていたはずだ。それがどうして、こんなことになっているのだろう。


 様々な記憶とも、記録ともつかない情報が頭の中で入り混じって、まるで煮え湯でも飲まされたような、得も言われぬ不快感に襲われる。


 私は、西暦二千年代を生きる三十路間近の日本人だった。外資系商社に務める父と教師の母の間に生まれた一人娘。両親ともに日本人で、私も純日本人らしい黒髪黒目の平凡な容姿をしていたはずだ。平凡なりに大学進学を選び、就職氷河期と呼ばれる年を恨みながら就職活動をして、やっと採用された会社がブラック企業だった。どこにでも転がっているよくある話だ。ここまでは、まぁ、分かる。だって、自分自身のことなのだから。


 それに加えて、先程見た映像。まるで、ヨーロッパの時代映画のワンシーンのようなそれ。映画のように客観的に、けれど、建物が燃える匂いも、人々の叫びも、首を落とされる痛みも、全部、覚えている。


 柊理央(ひいらぎりお)もとい、レオル・バート・クィントゥス。


 現代日本で元気に社畜をしていたはずの私は、気づけば、連合王国の第二王子になっていた。どうしてか、身体は女のまま。それだけでも頭が痛くなるというのに、更にそれを悪化させる問題があった。


「レオルにいさまっ!」


 現実を受け止めきれず、やや呆然としていた私の部屋に飛び込んできたのは、二つ年下の弟、ベルノルト。


「こら、ベルノルト。レオルは目が覚めたばかりなんだ、驚かせてはいけないよ」


 そんなベルノルトを宥めながら、姿を現したのは五つ年上の兄であり、この国の王太子、アルベルト。

 アルベルトは国王陛下似の赤髪に、王家特有の金目という美男子。ベルノルトは正妃様似の銀髪に金目の、これまた将来を約束されたような美幼児。二人とも公爵家出身の由緒正しい正妃様を母に持つ、正真正銘の兄弟だ。


 二人の姿を見ると、懐かしさと、喜びと、それを上回る罪の意識に、身を焼かれそうになる。

 あの記録の中で、私が殺した兄と――私を、断頭台へ送った弟。夢の中よりも幼い二人の姿が、そこにあった。


「――レオル?大丈夫かい?」

「あ……」


 兄の声を聞いて我に返った。顔を上げれば、心配そうに私を見つめる兄と弟が傍にいる。


「にいさま?どうしたの?まだぐあいわるいの?」

「ああ、うん……。大丈夫だよ。ごめんね、少しぼうっとしてしまって。兄様とベルノルトは、どうしてここに?」

「侍女がレオルの意識が戻ったと報告しに来たんだ。それで、ベルノルトが飛び出してしまってね」


 今頃陛下にも報告が行っているんじゃないかな、と付け加える兄に、そうですか、と相槌をひとつ。そう言えば、意識が戻った直後、誰かに声をかけられた気がしなくもない。混乱していたから、碌に返事も出来なかったけれど。あれが侍女だったんだろう。よくよく気にしてみれば、少し隙間の開いた扉の向こうに、複数の気配がある。二人の護衛騎士がいるんだろうな、となんとなく察して安堵する。


「大丈夫かい?やはり、まだ顔色がよくない。目を覚ましたばかりだと言うのに、押し掛けてしまってすまなかったね。戻るよ、ベルノルト」


 黙り込んだせいか、兄が気遣わしげに私の頭を撫でた。


「あ、いえ、私は……」

「やだ!にいさまといっしょにいる!」


 ベルノルトの可愛らしい我が儘に、思わず、好きなだけいたらいい、と肯定してしまいそうになる。けれど、そんな私の内心に気づいてか、アルベルト兄様がベルノルトの肩を引いた。


「ワガママを言ってレオルを困らせてはいけないよ。目覚めたばかりなんだ。これから医師に診てもらわなければならないし、会議が終わり次第、陛下もここに来るはずだ。レオルは十日も眠っていたんだ。そのせいで体力も落ちている。分かるね?」

「……はい」


 しょんぼりと落ち込むベルノルト。それを視界の端に捉えつつ、私は別のことで頭が一杯になっていた。


「兄様、私は、十日も眠っていたのですか?」

「!……ああ。陛下……父上もとても心配していたよ。目が覚めて、本当に良かった」


 そんな兄の言葉を聞きながら、私は自分の記憶を掘り返す。あれは――そうだ。確か、王家主催のお茶会があって。私は顔見せも含めて、初めてそれに参加して。それから。それから――。


 ああ。だめだ。じくじくとひどく頭が痛む。大量の記録が頭のなかに流れ込んできて――そうして、私は再び意識を失った。


『レオンハルト様と私は、学園で運命の出会いをしたのよ』


 母――ルチアは毎日のように、私を寝かしつけるベッドの上で、同じ話をした。


 もとは王都から遠く離れた辺境を領地とする男爵家の出で、自然のなかで育ったこと。王都に出るつもりなどなかったが、両親に請われて王都にある貴族学院に通うはめになったこと。その学院で、父――現国王陛下と出会ったこと。それは運命の出会いで、二人は瞬く間に惹かれ合い、恋に落ちて。けれど身分の差によって母は正妃になれなかったこと。


 けれど陛下は母を一番に愛し、大切にしてくれているということを、誇らしげに私に語って聞かせた。


 母、ルチア・ローゼスはいつも微笑みを絶やさない人だった。

 よく言えば、裏表のない優しい人。けれど見方を変えれば、ずっと夢見る少女のように無邪気で、現実が見えていない人でもあった。そして、父である国王は、そんな母を誰よりも何よりも溺愛していた。色彩以外は母に瓜二つな”レオル”のことも、同じように愛してくれていた。それは最早、溺愛と言って差し支えないほどに。


 レオルがほしいと強請れば、なんでもすぐに用意してくれた。レオルが嫌いと言えば、それを遠ざけてくれた。時にはレオルの視線ひとつで望みを察して、先回りして叶えてくれることもあった。だから、夢の中のレオルは勘違いをした。この世界の中心はレオル(じぶん)で、レオルに叶えられないことなど一つもないと。今思い返せばとても痛々しい思い違いをしてしまったのだ。


 夢のなかのレオルは、何も知らない愚かな子供だった。顔立ちは母に似て愛らしく、妖精のようだと周囲から持て囃されていた。


 ワガママ放題で勉強嫌い、けれど生まれ持った才能か、一度見ればなんでもそれなりにこなせてしまう問題児。それがレオルという子供だった。これが、努力が出来る人間であればどれほど良かったか。両親のもとで甘やかされて育ったレオルは、努力というものが何よりも嫌いだった。


 なぜ嫌いだったのか、今ではよく分からない。勉強も鍛錬も、最低限以上をやる気にはなれず。それなのに、嫉妬心は人一倍強い子供だった。


 自分より剣の才能があるアルベルトを妬んだ。自分より魔法の才能があるベルノルトを妬んだ。

 レオルが持っていない、王位継承権を持つ二人を憎んだ。


 多くの人間を死に追いやり、多くの人間に絶望を突きつけ、最後には利用していたはずの弟と、手駒にしようとした異世界から来た少女によって処刑台へ送られた。


 石を投げつけられ、罵声を吐かれてなお、”レオル”は自分が悪いとは欠片も感じていなかった。自分の思い通りにならない世界が悪い。何よりも誰よりも自分は正しいのだと。身体から首が離れるその瞬間まで、反省も後悔もなく、憎しみだけを抱えてレオルの人生は幕を閉じた、はずだった。


 どうしてだろう。まるで自分とは正反対のような人間なのに、私は夢の中のレオルを、自分のことのように感じている。


 優しい兄様が好きだし、甘えたな可愛い弟が好き。兄を支えられるようになりたいし、弟をこの手で守りたいと思う。それなのに。


――あれは、私だ。もう一人のレオル(わたし)。私が進む可能性のあった未来のひとつ。


 頭の中を整理すればするほど、冷静になればなるほど、思考が、記憶が、鮮明になっていく。


 思い出すのは、父に呼び出された日のこと。母が亡くなってからしばらくして、父である王に呼び出されて。部屋に行ったら父と、父の側近(ははのとりまき)たちがいて。そのうちの一人、魔術師団長が手を伸ばして――。記憶はそこで、不自然に途切れている。


 どうしたって、いやでも理解してしまう。私はどうやら、記憶を封じ込められていたらしい、と。


読んでいただきありがとうございました。

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