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息抜き

ある暑い日の話

作者: 揚旗 二箱

テーマ:たこ焼き

 ジャンケンというのは原初の戦争である。

 友人の代田はそう強く主張していた。

 俺はたかだかジャンケンひとつで大げさだと思っていたが、どうにも考えを改めなければならないようだ。

「あっづ……」

 もはや春の終わりというよりは夏真っ盛りとでも言いたげな殺人日光に焼かれながら俺はようやくの思いで部室棟にたどり着く。

 自転車を放り投げるように停め、その勢いで鉄の階段を一気に駆けのぼり……途中で自転車のカゴに入れっぱなしの荷物を思い出して駆け下り、再び駆けのぼった。

 ピザ窯のような気温の中の運動は確実に体力を奪い尽くしており一刻も早く休みたかったが、俺はしかし部室に入りたくなどなかった。

 別に中も灼熱地獄だとかそんな話ではない。むしろ部室には扇風機があるので『強』のボタンが非常に恋しい。

 ならばなぜ?答えは簡単、中の方が体力を消耗するからだ。

 迷う俺の耳元を蚊がかすめ、不快な羽音が頭の中に響き渡った。手で払おうとして、すこしめまいがした。

 流石に熱中症で死ぬわけにはいかない。俺は意を決してドアノブに手をかけた。


「先輩、遅いっすよ〜」

「……うるせえ」

 下品にも机の上に組んだ足をどかっと乗せて威張り散らしている後輩、春日野ひばりに説教する体力は残されていない。荷物を机に放り投げ、扇風機を探す。

「春日野、扇風機は……」

「ん〜?いまはわたし専用ですけど」

 腕を組みそっくり返った春日野の後ろに、たしかに扇風機はあった。

「先輩がど〜してもって頼むなら?貸してあげても?よくってよ?」

「……暑すぎて限界なので扇風機を貸してください」

「じゃあ貸してあげ……ませ〜ん!!!」

 人は生命に危機が迫ると尋常ではない力が出るという。

 少なくとも、俺は出た。


「それで、ちゃんと買ってきたんですか?」

 俺に椅子ごと投げ飛ばされたというのに春日野は意外にもタフだった。バカだからだろう。

「机に置いてあるだろうが」

「あっこれだったんですね?雑に扱ってるからまさかわたしの食べ物だとは思いませんでした」

 ナチュラルに自尊心の高い春日野は袋からプラスチック容器を取り出した。中身はたこ焼き。地味に高くて、でも買うと一応お腹いっぱいにはなるあの店のたこ焼きだ。

「たまに食べたくなるんですよね〜。それじゃ先輩、いただきます」

 ナチュラルに独占欲の強い春日野はたこ焼きを独り占めする気らしいが、俺は構わなかった。一口くらいは欲しい気もするが、疲労感でまったく胃に物を入れたい気分ではない。

「……ちょっと冷めてますけどやっぱりおいしいですねぇ」

「人を灼熱地獄に追い出して食うたこ焼きはうまいか?」

「いやおいしいっていま言ったじゃないですか。もー、先輩ってちょっと天然なところありますよね〜」

 ナチュラルボーン・煽り全振りな春日野はニコニコとたこ焼きを頬張っている。


 なんでこんなやつと一緒に部活などしなくてはならないのか。

 一応文化人類学部という部の名前はあるが、らしい活動はまったくしていない。時たま春日野が気まぐれにそれっぽい話題を振ってくることこそあれど、規則でひとつは部に所属しないといけないからしかたなく所属している俺にとってはあまり興味のない話だ。

 そもそもこの春日野とかいう女、ある日突然部を訪ねてきて以来居座っているがなんの目的だ。真面目に活動する様子はないし、やることといえば俺を使い走ることくらいでもはや怒りを通り越してすこし気味が悪い。

 顔はそこそこいいんだが。


「たこ焼きってなんで具をタコにしたんでしょうね」

「どうした突然」

「べつに鶏肉とかでもよさそうじゃないですか」

 例にもよって春日野が謎の話題を振ってきた。ググれカスと言うと話が広がらないので、暇だしすこし付き合ってみるとする。

「……たこが一番安かったんじゃねぇの?」

「でもたこってたこ焼き以外でそんなに食べませんよね。むしろ手に入りにくそうだと思いませんか?」

「鶏肉は傷みやすいし」

「いや鶏肉は例えなんですって。べつにそこは豚とかあんことかでもいいんです」

「うーむ……」


 言われてみると、タコはなんというか見た目も魚より圧倒的にグロテスクだ。初見で食べようなどとは到底思えない気がする。聞けば、吸盤も素肌では怪我をするようなトゲがついているとか。大人しく鶏とか、そうでなくてもたこより手に入りやすそうな魚とかの方が安く作れそうだ。

 起源がいつなのか、どこなのか、そういった方面から考えていけば分かるのだろう。


「まずは何年くらい前にできたとか調べれば」

「たこ焼き 起源で検索したら出てきましたよ。大正時代くらいにできて、たこが具になったのはわりと成り行きなんだそうです」

「お前はあっさり検索しちゃうのな!」

「え?何のためのスマホなんですかって話ですよ。先輩、頭古すぎです」

 俺の気遣いも知らないで、さらに人をバカにしてくる春日野。だいたいいつものことなのについ乗せられてしまう自分がいる。

「ちくしょう、俺に力があれば……」

「力が欲しいですか、先輩?」

 思わず呟いた言葉を耳ざとく聞きつけていた春日野が片手を顔に当て謎のポーズをとっている。

 ……しょうがねえな。


「ああ、欲しいよ」

「ならばくれてやりましょう、ほい」

 春日野はそう言うと、爪楊枝に突き刺さったたこ焼きをこちらへ向けた。その目は口を開けろ、と語っている。

「んあ……」

「かかったなアホがっ!」

「んぐっ!?」

 喉の入り口あたりまで一気にたこ焼きが転がり込んできた。

 この女、たこ焼きを指で弾きとばしやがった。

「ごほっ、ごほっ!」

「いえーい!」


 小躍りして喜ぶアホを涙目で見上げてみる。

 満面の笑みとはこのことだ。ソースがついた指を舐めつつ、人生の全てを成功させたかのような喜びに満ち溢れている。

 なぜだろう。すこしだけ、恥ずかしいような気分になった。


「騙された先輩には宿題を出してあげましょう」

「踏んだり蹴ったりしてくるとはいい性格してるぜ……」

「わたし気になってたんですよ昔から」

 渾身の皮肉も聞いちゃいねえ。

「何がだよ」

「百人一首って恋愛系の歌多すぎませんか。暇すぎて恋愛しかすることなかったんですかね?というわけでわたしは帰るので、先輩はひとつ詠んできてください、明日までに」

「唐突過ぎるわ!」

「だって知識的な調べものはスマホでできちゃうんですもん。わたしは適当に起源とか調べておくんで」

 よろしく頼みます!と春日野は敬礼した。またも満面の笑みで。

「……わかったよ」

「おっ、意外に素直ですね……それじゃ明日、楽しみにしてますよ!」

 俺は黙って部室を嵐のように出ていく春日野を見送った。


「はぁ……」

 我ながらなかなかの無茶振りを受けたものだ。百人一首などまともに知りもしないのに。そもそも俺が詠むことになんの意味があるのだ。

 まあいい、今回に限っては。

 もやもやとしたものを歌に詠むしかなかった1000年以上前の貴族たちのことが、なぜだかすこし理解できる気がしているからな。

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