03 戦神ヴァルド
「なんだ、てめえら!? どっから来やがった!」
飛び掛かってきた野盗を殴りつける。
「ぎゃああッ!!」
凶賊どもを屍に変えながら、村の中を突き進む。
周囲の大地は、大量の血が染み込んで赤黒く変色している。
殺された女の物言わぬ骸が、我が子の生首を胸に抱いていた。
「……畜生。……ちくしょうッ」
トマスは泣いていた。
嗚咽を漏らす彼の先導に従って、地獄と化した村を進む。
目指す先は村の集会所だ。
野盗どもはそこを占拠し、狂った享楽に耽っているらしい。
「あそこだ……! あそこに……ッ」
彼の指し示す先に、大きめの建物が見えた。
玄関まえの広場では凶賊どもが酒を飲みながら奪った食糧を喰らい、女たちを嬲っている。
「おらぁ! 声をだせよ!!」
「なんだぁこいつ。もう、だんまりじゃねえか?」
「……ぅぁ」
「ぎゃははは! お前、何発目だよ、その女殴るの! 随分とお気に入りだなぁ!」
女は野獣と化した男にいいように弄ばれ続けている。
「き……ッ、貴様あぁぁーーーーッ!!」
トマスが叫んだ。
奥歯が砕けるほどに歯を食い縛り、目から血の涙を流している。
「お、俺のッ!! ……あいつは、俺の……ッ!!」
最後まで聞かずとも分かった。
獣のような男にいたぶられているあの女性が、彼の妻なのだろう。
「殺すッ! 殺してやる……ッ!!」
駆け出そうとしたトマスの肩を、アリスが掴んだ。
「離せ……ッ! 離してくれ……!!」
「……ダメよ。彼に任せなさい」
アリスが辛そうに顔を背けた。
それを横目に、俺は女を嬲り続ける賊の下に歩を進める。
「はッ、はッ、はッ……。な、なな、なんだぁ、お前?」
木偶の坊が間抜け面を晒している。
見るからに頭の悪いその男が、女を殴りながら俺を見上げた。
「お、お前も、たた楽しみ――」
「くせえ息で喋るな」
手を伸ばして、男の下顎を毟り取った。
「お、おごごごがあああああああッ!?!?!!」
固めた拳を頭蓋に振り下ろす。
ぐしゃりと歪な音がなった。
崩れ落ちていく男を遠くに蹴飛ばしてから、野盗連中を見回して冷徹に告げた。
「……お前ら全員、……皆殺しだ」
トマスが女性を胸に抱きしめた。
だが彼の妻は言葉を失ったように呆然としたままだ。
アリスが生き残った女たちを保護して回る。
「―癒やしを―……」
アリスは女性ひとりひとりに癒やしの魔法を唱えて回った。
打撲や生傷が、みるみる癒えていく。
だが魔法では、彼女たちの傷ついた心まで癒やすことは出来ない。
「……特S級冒険者だなんて言われても、こんなときに、なにも出来やしない……」
彼女は悔しそうに下唇を噛んだ。
――ギィィ……
扉が軋む音がなり、集会所から全身甲冑の戦士がのそっと顔をだした。
辺りには俺が始末した野盗が散乱している。
男はその惨状を見渡してから、視線を俺たちに止めた。
「……貴様ら。……何者だ?」
微かにしゃがれた、低く野太い声で誰何してくる。
男の頭部は頑強な兜ですっぽりと覆われており、その素顔は窺い知れない。
背丈は俺より拳ふたつ分ほど高いくらいだろうか。
俺も大男の部類なのだが、現れた戦士はそれに輪をかけた巨漢だった。
「手下どもを殺したのは、……貴様か?」
眼前に立った甲冑の戦士が、高みから俺を見下ろした。
「だったらどうした?」
「…………死ね」
背負った2本の長大な大剣を、男が引き抜く。
即座に斬り掛かってきた。
最小限の動きでその攻撃を躱す。
「ほう。少しは出来るようだな」
剣が躱されたことに驚いた様子だ。
男の攻撃はまだ終わらない。
しかし俺は、縦横無尽に振るわれる剣を躱し、いなし、反らしていく。
「なんと!? これも躱すか! くくく……なかなかの実力……手下に欲しいくらいだ! 調子に乗るのも頷ける」
戦士の声色に、いくぶん愉快そうな響きが混ざる。
「だが、相手が悪かったな!」
男はその場に足を止め、2本の大剣をドスッと地面に突き立てた。
「我が名はヴァルド!」
両腕を大きく広げて、高らかに名乗りあげる。
「先の人魔大戦で数多の武功を上げた英雄! 敵首魁、獣王ベルギアを単騎で討ち果たし、魔軍を敗走させた生ける伝説! 我こそは、戦神ヴァルドなり!」
大声がビリビリと肌に伝わる。
どこかで家屋が、ガラガラと音を立てて倒壊した。
「……どうした? 言葉もでまい?」
「くす……」
声につられて振り返ると、アリスが苦笑していた。
「小娘! なにがおかしい!」
「ふふ、ごめんなさい。癪に触った? ふふふ……」
「はぁぁ……」
俺はガシガシと頭を掻いて、盛大にため息を吐いた。
まったくくだらない。
首筋に手を当てて、目の前の戦士を流しみる。
「どうだ! 戦神ヴァルドを前にした気分はッ?」
「そんなヤツは知らねえよ」
「戦神を知らぬだと!? 無知とは恐るべきものよ。ならば教えてくれよう!」
甲冑の男が、大地に突き立てた2本の剣を引き抜いた。
天に向けて高らかに掲げる。
「とくと見よ! これこそが我が戦神たる証! 『魔剣アクゼリュズ』と『妖精剣エーイーリー』!」
ヴァルドが掲げた剣に目を向ける。
それは幅広で真っ黒な大剣と、同じく幅広で真っ白な大剣。
「……それで?」
「ええい、愚か者めが! これは戦神の武器だ! アクゼリュスは斬れぬもののない魔剣! そしてエーイーリーは決して壊れぬ不壊の妖精剣! 名前くらい聞いたことがあるだろう!」
「そりゃあまあ、あるが。……打ったのは俺だしな」
「そうだろう、そうだろう!」
戦士の声に得意気な色が混ざる。
こいつは本当のバカなのかもしれない。
試しにひとつ尋ねてみることにした。
「じゃあお前の着ている、その鎧は何なんだ?」
「……は? な、なに?」
「鎧だよ、鎧。……お前が戦神ヴァルドなら、纏っているその鎧にも銘があんだろ?」
「な、なんの話だ?!」
「ふむ……。フルプレートメイルということは『聖鎧ネツァク』か? いやそれとも『龍鎧ゲブラー』?」
「ネ、ネツァ? ゲブ……?」
相手にするのもだんだん馬鹿らしくなってきた。
小さく嘆息する。
「あー、もういい。そろそろ掛かってこい、三下」
「……貴様ッ!」
挑発に目の色を変えた戦士が飛び掛かってきた。
白いほうの大剣を振りかざし、大上段から俺の脳天目掛けて振り下ろしてくる。
「ぐあははははッ! 戦神を相手取ったこと、地獄で後悔するがよいわッ!」
「……そりゃあ、てめえだよ」
襲い来る刃を、素手で受け止めた。
手に力をこめ、刀身を握り潰す。
「ンなッ!? なにぃッ!?」
男が兜の奥で目を剥く。
「あ~あぁ……。壊れちまったじゃねえか? ったく、何が『決して壊れぬ』妖精剣だよ?」
そのまま剣を奪い取って、ポイと投げ捨てた。
「おの……ッ、おのれ、貴様……ッ!!」
お次は黒い大剣だ。
左側方から横薙ぎに振るわれてきたその剣を、肘で受け止めた。
刀身に掌底を叩き込み、中程から真っ二つにたたき折る。
「……ッ、ッ!?」
男は言葉を失ったまま、折れた剣を眺めている。
「おい。どこを見てんだ」
呆けたままの男の頬を平手でパンと張り、こちらに顔を向けさせる。
「この俺を前にして、よそ見してんじゃねえぞ?」
「な……な、な……」
「良い機会だ。いろいろ教えてやるよ。……なぁ『戦神ヴァルド』?」
凄絶な笑みを浮かべ、男を睨み付けた。
「―武器召還―」
強大な魔力が急速に収束する。
収縮した魔力は形をなし、一振りの見事な大剣が顕現した。
闇を凝縮したような漆黒の刀身に、煌々と輝く赤い血潮がたぎっている。
「なッ、なんだ、それはぁッ!?」
「ひとつ、教えておいてやる……」
その大剣を肩に担ぎ上げた。
「戦神ヴァルドの数多ある戦装。そのひとつ『魔剣アクゼリュス』」
数歩、前に歩みを進める。
すると男は後退り、腰を抜かして尻餅をついた。
「……ひ、ひぃッ」
「こいつは『斬れぬもののない魔剣』じゃねえ。それは別の剣だ。この魔剣はな……」
アクゼリュスを振り抜いた。
「――魂を、刻む」
男の腕を一本、根元から斬り飛ばす。
「あぎゃあああああ! う、腕がぁッ! 俺の腕がああぁぁあッ!!」
男が片腕で傷口を押さえて蹲った。
「どうだ? 痛えだろ? それは魂を刻まれた痛みだ。たとえ傷が癒えても、永劫にその痛みが癒えることはない」
俺は再び魔剣を振り上げた。
「ま、まま待て! 待ってくれ! その魔剣! まさか! まさかお前は本物の……ッ!?」
「……今頃気付いたの? ほんとバカね」
アリスが横合いから口を挟む。
片腕を斬り飛ばされた男が、地に這いつくばった。
「ゆゆ、許してくれッ!!」
必死に命乞いを始める。
「で、出来心だったんだ! 名前を騙って悪かった! 戦神を騙るとみんなブルっちまうのが気持ちよくて、つい調子にのっちまったんだ!」
男が喚きながら兜を脱ぐ。
隠されていた醜悪な面が、白日の下に曝け出された。
「おおお、俺はただの冒険者崩れだ! 同業者殺しでギルドを追放された、ただの元冒険者なんだ!」
「……なんだお前。口調がさっきと違うぞ?」
「あ、あれは作っていたんだ! 戦神ヴァルドの振りをしていただけなんだ!」
「いまの口調のほうが、ヴァルドらしいぜ? ははは」
俺が笑ったことに希望を見いだしたのか。
ここぞとばかりに命乞いを続けてくる。
「な? 助けてくれよ! そうだ! なんならこの村で奪ったもの、全部アンタにやるから! 金も食いものも女も!」
冒険者崩れの男は痛みに脂汗を掻きながらも、ヘラヘラと愛想笑いを浮かべている。
「た、助けてくれ! ……な?」
「ダメだな」
魔剣を振り抜いた。
「いやああああ! いやだあああああ!」
「お前なんざ、生かしておく価値はねえよ」
一拍の後、男の体が斜めに引き裂かれて倒れた。
村をあとにした俺の隣に、アリスが並んだ。
遠くなった村を眺めながら彼女が口を開く。
「……あのひとたち、大丈夫かな?」
「わかんねぇ」
村に巣くった野盗どもは、ひとり残らず退治した。
もう俺にできることはない。
「あとは自分たちで立ち直るしかねぇよ」
「……そうだね」
それきり会話が途絶えた。
しばらくそうして歩いていると、ふとあることが気になった。
「なぁアリス? そういえば、なんでついてきたんだ?」
「そ、それは……ッ」
「ははぁ? もしかして俺のことを心配してついてきたのか?」
「そんなわけ……ないじゃない!」
「ははは! 照れなくてもいいんだぜ!」
肩を抱き寄せて、くしゃくしゃと髪を掻き回す。
「やめッ、やめて……ッ」
「なんだぁ? 昔はこうしてやると喜んだだろ! パパーって」
「ちょっと……! もう」
アリスが俺の腕から抜け出した。
「……本当に心配なんてしてなかったよ」
聞き取れないほどの小声で呟く。
「だってお父さんは、わたしのパパは――」
「聞こえねえよ。もう少し、大きな声で話せ!」
彼女は数歩先までトテテと走り、後ろ手を組んで、上目遣いに俺を振り返った。
「なんでもありません!」
「そうかぁ?」
「うん! さ、帰ろ、お父さん!」
戦神ヴァルド。
先の人魔大戦において多大な戦果を上げ、敗戦濃厚だった人類を勝利に導いた英雄。
その伝説はいまも、とある酒場に人知れず息づいている。
お読み頂きありがとうございました!
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