表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/3

02 冒険者酒場『踊る仔兎亭』

「ふぁ~あ……。今日も退屈だねぇ……」


 大きな欠伸をしてバーカウンターに頬杖をつく。


 ここは城塞都市ゴラントに店を構える冒険者酒場、『踊る仔兎亭』。

 そして俺は、その酒場のマスターだ。


「んく、んく、んく、ぷはぁー!」


 木製ジョッキに注いだエールを一息に飲み干す。

 鼻を抜ける香ばしさが堪らない。


 うちのエールはやっぱりうまい。

 まぁこいつは厨房担当のヘリオが仕込んだエールだ。

 不味いわけがないのだが。


「また昼間っから飲んだくれてるのかいッ。まったく図体ばかりでっかい、この飲んだくれ店長は……」


 給仕服を着込んだ白髪褐色のボイン姉ちゃんが声を掛けてきた。

 あたまには兎の耳が生えている。

 こいつの名前はシャロン。

 踊る仔兎亭、ホール給仕担当のグラマー姉ちゃんである。


「まあいいじゃねーか。どうせ、俺のやる仕事なんかねーんだし」

「ならちょっとくらい、接客の手伝いをしたらどうなのさ!」


 シャロンがキッと眉をつり上げる。

 彼女は半身になって腕を伸ばし、俺に店内を見せつけるように手を広げた。


「見てご覧よ! この客入りを!」


 昼飯時の店内は、冒険者でごった返していた。


 うちの酒場は、木材を建材として多用している。

 その古風ゆかしき風情の冒険者酒場は、中二階(ちゅうにかい)まで満杯の客入りだ。


 手入れが行き届き、使い込まれた装備に身を包んだ熟練の戦士。

 静かに食事を楽しむ見目麗しいエルフ。

 大柄のリザードマンと一緒に陽気な声を上げている酔客はドワーフか。


「……おぉ。今日も繁盛してるねぇ」


 素直な感想をこぼした。


「そう! 大繁盛さね! 忙しくて、てんてこ舞いだよ!」


 そう話している間にも、ひっきりなしにオーダーが入る。


「おーい! こっちエールを3杯追加してくれー!」

「こっちには『ホーンラビットの香草焼き』を2人前ちょうだい!」

「はーい! ちょいとお待ちだよー!」


 シャロンが客の方を振り返り、返事をした。


「ほら店長! ぼさっとしてないで手伝っておくれよ!」

「……はぁ。仕方ねえなぁ」


 ボリボリと頭を掻く。

 俺はジョッキに残ったエールを喉の奥に流し込んでから、腕捲りをした。




 ギィギィとドアの軋む音を残して、一組の冒険者たちが店を後にした。


 昼飯時の喧噪を乗り切った店内。

 残った客はまばらだ。


「つ、疲れたぁ……」


 カウンター席にドカリと腰を下ろす。

 たくさん働いてもう腹ぺこだ。

 飯が食いたい。


「お疲れ様だな、マスター」


 店の奥から赤髪の少女がひょっこりと顔を出した。

 その見た目は10歳ほど。

 厨房服姿の可愛らしい少女である。

 頭にはコック帽を被っている。


「おう。ヘリオもお疲れさん」


 こいつの名前はヘリオドール。

 こう見えて踊る仔兎亭、厨房担当の料理人である。


「はい、これ。マスターのご飯だぞ」

「うはー! すまねえな!」


 ヘリオが分厚い肉の乗った鉄製プレートを差し出してきた。

 肉汁滴る熱々のプレートから、ジュウジュウと音がなる。


「今日の賄いは『ワイルドボアの岩塩焼き』だ。よく噛んで食べるんだぞ」

「これこれこれ! んー、堪んねえなぁおい!」


 こいつの料理の腕前は一流だ。

 かぐわしい匂いに、いやが上にも食欲が刺激される。


「おいシャロン。お前もマスターと一緒にお昼にしたらどうだ?」

「いいのかい? あたいはもうさっきからお腹ペコペコでさぁ……」

「ああ、問題ないぞ。店はボクが見ておいてやる」


 満面の笑みを浮かべたシャロンが、俺にならんでカウンター席に座った。

 彼女の席に、ヘリオから賄いが差し出される。


「ほら、お前たち。パンとスープもここに――」


 ――カランコロン


 扉が軋む音がなり、ドアベルが彼女の言葉を遮った。

 新しい客だろうか。


「いらっしゃーい!」


 シャロンが席を立とうとする。


「ああ、いい。お前は座ってご飯を食べていろ。ボクがやるから」


 ヘリオが店の入り口に足を向けて数歩歩き、立ち止まった。


「……なんだ、お嬢だったのか。いらっしゃい」

「ん? アリスか?」


 手元の飯に目を落としていた俺は、顔を上げて視線を彼女に向けた。


「おう、よく来た! ……って、そいつは誰だ?」


 かかとをならして店に入ってきた彼女は、後ろに薄汚れた男を連れていた。




 俺はアリスと一緒に、彼女が連れてきた男と席についている。

 木製で年期の入った、3人掛けのラウンドテーブルだ。


「……で、話ってのはなんだ?」


 困惑する男に水を向けた。

 ちなみにこの男のせいで、俺の昼飯はお預け状態である。


「あの、アリス様……。こ、こちらの方は?」


 男が相席したアリスに顔を向ける。


「……いいから事情を話しなさい」

「こちらの方は、ただの酒場の主人に見えますが……」

「……黙っていうことを聞きなさい」

「で、ですが、俺は都市長に村の窮状を訴えに……」


 目の前でチンタラとまだるっこしいやり取りがなされている。

 一体なんなんだ。

 空きっ腹を抱えたままの俺は、若干苛立ってきた。


「なあ、あんた。こっちだって暇じゃねえんだ。さっさと話しを――」

「へえ、あたいってば、店長はいつも暇してるもんだと思ってたよ」


 シャロンが横合いから茶茶を入れてきた。


「うるっせーよ!」

「ははは。ごめんごめん」


 飯を食い終えた彼女は、カラカラと笑いながら仕事に戻っていく。

 その後ろ姿をため息交じりに見送った後、再び男に向き直った。


「いいからさっさと用件を話せ」


 鋭い視線で睨み付けると、男は「ヒィッ」と零して竦み上がった。

 ブルブルと震えている。

 まったく面倒なことこの上ない。


「ほら、睨まない。目付き悪いんだから」

「……別に取って食やしねえよ。落ち着け。そして話せ。な?」


 優しく宥める。

 するとようやく男は、おずおずと口を開き始めた。


「頼む……助けてくれッ――」




 彼の話した内容はこうだ。


 男は名前をトマスというらしい。

 彼は城塞都市ゴラントから一昼夜歩いた辺りにある村で生まれ育った。


 村は大した特産品などはないものの、牧畜も農作もおこなっており、人口が比較的多い割りに食べるものに困ることは少なかったそうだ。


 おそらくその村は、人魔大戦の影響をあまり受けなかったのだろう。

 話を聞く限りではゴラント近郊の村のなかでは、随分と恵まれた環境に思える。


 だがそれ故に、過去何度も野盗に目をつけられた。


 村には自警団があったそうだ。

 寒村とは異なり若者の多く居着いたその村の自警団は、ちょっとした冒険者顔負けの実力者揃いだったらしい。

 トマスも自警団の一員であることを、誇りにしていた。


 これまではその自警団が、野盗連中から村を守り通してきた。

 しかしついに、彼らでは手に負えない相手が現れてしまった。


 その野盗どもは唐突に現れて村を襲ったらしい。


 村の自警団は野盗どもをいつものように迎え撃ち、追い払おうとした。

 最初のうちは順調に戦えていた。

 彼らの誰もが、今回もまた野盗を撃退できると確信していた。


 しかしそこにヤツが現れたのだ。


 ――戦神ヴァルド。


 (いか)めしいフルプレートの全身甲冑を身に纏い、2本の長大な剣を携えたその男。

 荒くれ者どもを従えたその凶戦士が姿を現したとき、形勢は逆転した。


 戦神ヴァルドは2本の大剣を小枝のように軽々と振り回し、自警団の面子を次々と屠り去った。

 彼らが壊滅するまで、そう時間は掛からなかった。


 自警団が壊滅すると、あっという間に村は地獄と化した。

 正真正銘、紛うことなき地獄――


 乳飲み子は母親の目の前で腹を踏まれて殺された。

 泣き叫ぶその母親も、獣のような男どもに散々嬲られたあと、股から口にかけて剣を突き刺されて死んだ。


 孫を護ろうとした老人は、切り刻まれたその孫の死体を無理やり喰わされ、絶望に咽び泣きながら命を落とした。

 獣と化した野盗どもはその地獄を眺めて嗤っていた。


「……頼むッ! お願いだッ! 誰か、誰か助けてくれ! 村を……」


 トマスは喉を詰まらせ、しゃくり上げながら訴えた。




「……ふぅぅ」


 大きく息を吐いた。

 目の前には、薄汚れた男――


 彼はテーブルに突っ伏して眠ってしまっている。

 体力が限界に達したのだろう。

 村の窮状を訴えたあと、トマスは崩れ落ちるようにして眠りに落ちた。


「……酷い話よね」


 アリスが天井を仰ぎ見ながら呟いた。


「ああ。……だが、どこにでも転がっている話だ」


 俺はシャロンに持ってこさせた木製ジョッキのエールを煽る。

 こんな気分のときは、どうにも飲まなきゃやっていられない。


「……それでどうするの? ……お父さん」


 最愛の我が娘、アリスの言葉を聞きながら、俺はポツリと呟いた。


「どうするもこうするもねえよ」


 ゴクゴクと喉を鳴らしてエールを飲み干す。


「……『戦神ヴァルド』か」


 どう猛に牙を剥く。

 そんな俺を見て、アリスが深くため息を吐いた。


「はぁ……。仕方ないわね……」

「舐め腐った真似しやがって……。こいつは放って置く訳には、いかねえなぁ」


 俺はジョッキをタンッとテーブルに叩きつけてから、勢いよく立ち上がった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ