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01 特S級冒険者アリス

 城塞都市ゴラント。

 この都市は『城塞』などと謳われるだけあって、街全体が背の高い堅牢な壁にぐるりと囲まれていた。


 壁に取り付けられた門も重厚だ。

 門は壁の四方、東西南北に据え付けられている。


 その南側に当たるこの門は重厚さに高さも相俟って、見るものを圧迫するかのような威容を誇っていた。


 門の直ぐ隣には検問所が設けられていた。


 そこには都市内に入ろうとする者たちが、いまも長蛇の列をなしている。

 都市へと赴いて商売に励もうとする旅商人や、外での所用を済ませて戻ってきた住民たちである。




「ダメだって言ってるだろう!」


 列の先頭で、ひとりの男が兵士に突き飛ばされた。


 突き飛ばされたのは汚れた身なりの男だ。

 その彼が地面に四つん這いになって、嗚咽を漏らしだす。


「壁のなかに……、都市のなかに入れてくれッ!!」


 検問所の兵士も困り顔である。

 なにせこの男のせいで、先ほどから検問を待つ行列が一向に進まないのだから。


「ほら、もう泣き止め! そして出直してこい」

「……お願いだ。……都市にいれてくれ」

「そういう訳にもいかないんだ。わかるだろう? 通行許可証か通行料を持って出直してこい。……な?」

「……このままでは村が。……妻が……」


 兵士が男の腕を掴んで立たせようとする。

 だが力ない様子のその男は、項垂れたまま起き上がろうとはしない。


「ねえ、あなた。列が進まないんだけど」


 行列から美しい声が響いた。

 鈴を鳴らしたような凜とした声。

 だがその声には、少し冷淡な響きが感じられる。


 マントに身を包み目深にフードを被った女が、行列から外れて歩み出した。

 かと思うと、咽び泣く男の前に立ち止まる。


「どうして都市に入りたいの?」

「それは……」


 男が俯かせていた顔を上げた。


「……村が、……村が、野盗に襲われたんだ」

「……ふぅん」

「何人も殺された……。歯向かった男も、無抵抗な子どもや老人も!」


 男は血走って赤く充血した目を剥いている。

 唾を飛ばしながら叫ぶ。


「隣人も、友人も、みんな殺された!」

「……それで?」

「女たちも攫われたんだ! そのなかにはッ、俺の、妻だって……ッ!」


 よくある話だ。

 このご時世、治安のよい場所は少ない。


 それこそ王国でも治安がよいと言えるのは、王都やこのゴラントのような一部の城塞都市だけである。

 近隣の村が野盗に襲われるなど、そこら中に掃いて捨てるほど転がっている話なのだ。


 この国は……いや延いては世界で唯一の人類圏であるこの小さな大陸は、まだ先の人魔大戦の傷痕から、立ち直ってはいなかった。


「都市に入ってどうするつもりなの? 自分だけ安全な場所に逃げ込むつもり?」


 女がフードの奥から冷ややかな視線を浴びせかける。


「違う! 俺は都市長に訴えたいんだ! 村を救ってくれと!」


 鼻息を荒くして、男が憤慨しながら叫ぶ。

 きっと藁にも縋る想いなのだろう。

 だが彼には現実が見えていない。


 たしかに都市の防衛に当たっている兵が出張れば、野盗など一蹴できるに違いない。

 とはいえこの城塞都市に、近隣の村を助ける義務はないのだ。

 その義務を負うのは都市長ではなく領主である。


 よしんばこの男が都市長と面会できたとしても、訴えを無下にされることは目に見えている。

 それならこの検問所で追い払われた方がまだいい。


「……そう。……お願い、叶えてもらえるといいわね」


 フードの女が踵を返した。

 背中を向けて列に戻ろうとする。

 だが翻ったそのマントの裾を、男が掴んだ。


「そ、そうだ! あんた!」

「……マントを離しなさい」

「あんた、俺の代わりに都市長に頼んでくれないか!」


 男は懸命になって女を引き留めようとする。


「……どうしてわたしが?」

「いいだろう?! あんたは壁の向こうに行けるんだろう? だったら――」

「いやよ」


 女はにべもなく応えて、マントを掴んだ男の手を振り払おうとする。

 だが男も必死だ。

 なんとか女に願いを聞き入れて貰おうと、掴んだ手を離さない。


「頼む! 頼むよ! いいだろうッ?! お願いだからッ!!」


 男が手を引っ張る。

 その拍子に女のマントが外れた。


「ちょ、ちょっと!? あなた――」


 フードに隠されていた女の素顔が露わになった。

 現れたのは若く美しい女だ。


 陽光に輝く金糸のような髪。

 白磁のごとく透き通った肌と、覗き込めば吸い込まれそうになるほどに深く碧い瞳。

 繊細な装飾の施された胸当てと、腰には美しい剣を()いている。




 素顔を晒した彼女をみて、列の誰かが呟いた。


「……アリス様だ」

「な、なんだって!?」


 声は次第に大きくなる。


「ア、アリス様だ! 『特S級冒険者』のアリス様だ!!」

「特S級って、全部で4人しかいない最上位冒険者の?!」

「あの若さで!? 見たところ15歳くらいにしか思えないぞ?」

「でも、俺はみたことがあるんだ! あの方はアリス様だ!!」


 列をなしていた人々がざわめきだした。

 それを横目に流しみて、アリスと呼ばれた年端もいかぬ冒険者が嘆息する。


「はぁ……。こうなるからフードを被っていたのに……」


 ため息を吐いた彼女の足元に、男がいそいそと這いつくばった。

 地面に額を押しつけながら叫ぶ。


「こ、高名な冒険者さまと、お見受けしました! どうかッ!」

「……なに? さっきの村を救えって話?」

「はいぃ!! 何卒(なにとぞ)……、何卒……ッ!!」


 男は泣きながら懇願した。

 だがそれを頭上から見下ろす彼女の視線は、変わらず冷ややかなままだ。


「……ギルドを通して依頼なさい」

「そこをどうか、お願いします!」

「ダメよ。冒険者は慈善事業を行ってるわけじゃないんだから」


 冒険者は冒険者ギルドを通して依頼を受ける。

 そしてギルドは斡旋料をマージンとして差し引く代わりに、冒険者に様々な便宜を図る。

 そういうシステムなのだ。

 この関係を崩して冒険者が直接依頼者からの依頼を請け負うことは、ギルドに仇する行為に他ならない。


「お金ならお支払いします! 今はないですが、いつか必ずお支払いします!」

「……わたしは基本的に、ギルドを通さない依頼は受けないの。理由は言わなくても分かるでしょう?」


 直接依頼を受けたとしても、目立たなければ、ギルドもうるさくは言わないかも知れない。

 だがアリスは、名の知れた冒険者である。

 衆人環視のなか、どこの誰とも知れない男の依頼をギルドを介さずに受けようものなら、その噂は直ぐに都市中を駆け巡るだろう。


 そうすれば二匹目のドジョウを当て込んだ依頼者が殺到することは目に見えている。

 彼女とてその全てを救うことは出来ない。


「……諦めなさい」


 ここで男を見捨てることはアリスの本意ではない。

 だが彼女はそんな胸の内をおくびにも出さず、男に背を向けた。


 男はボロボロと涙や鼻水を流し、しゃくりあげながら嘆願し続ける。


「お願いします! どうか……ッ、どうか……ッ」


 アリスはその願いを無視して歩き出した。


「どうか、あの悪鬼から……、戦神ヴァルドから、村をお救い下さい! どうか……ッ」


 彼女の歩みが止まった。


「……戦神……ヴァルド……?」


 ゆっくりとアリスが振り返る。

 そうして彼女は、地面に這いつくばる男に再び足を向けた。



0時ごろにもう一話投稿いたします。

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