welcome to wonderland!①
喫茶『A・Lamode』に初めて来店した、
女性のお客様とホールスタッフのお話です。
からん、からん。とドアの音が軽やかに鳴り、
来客の訪れを告げた。
ドアの先へ一歩踏み出すと、大きなガラス張りの窓から見える、一面の青い海が目を惹いた。
店内は優しい木の雰囲気で、少し息を吸うと紅茶や焼き菓子の香りが胸いっぱいに広がって、私はふっと力を抜いた。
「いらっしゃいませ!A・Lamodeへようこそ!」
太陽のような笑顔を浮かべたスタッフが出迎えてくれて、窓側の二人席へと案内される。
Tシャツにデニム、スニーカーというラフだがオシャレなスタイルは、向こうの海とよく似合っていた。
「初めての御来店ですか?俺の名前は、甘木 一護っていいます!」
「俺達スタッフは、ゲスト様と近い距離で向き合い、ゲスト様が家に居るように心からお寛ぎ頂く為に、初めてのゲスト様には必ず、自己紹介をしているんです!よろしくお願いします!」
甘木 一護と名乗ったスタッフは、名前のような苺色の瞳をキラキラ輝かせて、ハキハキと自己紹介をした。メニューを1番初めのページを開いた状態で、テーブルに置く。
「俺のおすすめは、苺のショートケーキです!
この店の店長が作るショートケーキは絶品なんですよ!是非、ご賞味下さい!」
「今の時期だと期間限定で、白桃を丸ごと使ったこのももタルトとか、レモンソースが入ったレモンチーズケーキもおすすめです!他にも沢山メニューが御座いますので、ごゆっくりお選び下さいませ!」
失礼致します、と丁寧に礼をする彼と目が合う。
すると、にかっと笑ってテーブルを離れて行った。
私は早速メニューを手に取り、ケーキメニューのページから、眺め始めた。
色とりどりのケーキの写真が載ったそれは、とてもわかりやすく、どのケーキも美味しそうで、目移りしてしまう。
「失礼致します、お冷をお持ち致しました。」
先程の甘木さんとは正反対の落ち着いた雰囲気のスタッフが、美しい手つきでお冷とおしぼりを並べていく。そして、彼も私に自己紹介をした。
「俺は、藍澤 飛鳥と申します。よろしくお願い致します。」
表情に緩みはなく、口は真一文字。目付きも鋭く、一見怖そうだったが、言葉を紡ぐ声は、少し低く温かみを感じた。
「ご注文はお決まりでしょうか?」
私は、いいえと首を振り、どれも美味しそうで決めあぐねていると伝えた。すると、一言断りを入れて、一緒にメニューを覗き込んだ。
「コーヒーは好きですか?」
その問に頷き、肯定の意を見せる。
「暖かいコーヒーに、バニラアイスクリームを浮かべた、アフォガートがおすすめです。コーヒーはキッチンスタッフが心を込めて豆から挽いて淹れています。
バニラアイスクリームは、優しい味がするので、貴方にも一度味わって欲しい。」
これまで緩まなかった口元がふわりと緩み、鋭い目付きはゆるりと和らいだ。
「じっくり選んで、ゆっくり食べて、寛いでいってほしい。俺は、俺達は、そんな安心できる場所になりたい。」
「失礼致します。」
彼は、その言葉と微笑みを残してテーブルを離れて行った。
悩みに悩んだ末、おすすめされたショートケーキとアフォガートを注文することにした。
手元のベルを鳴らすと、はーいという女の子にしては少し低めの声と共に、女性のスタッフがやって来た。
「初めまして!僕は真咲 かれんですっ!よろしくねっ!」
一人称に少し違和感を覚えて首をかしげると、彼女は口を開いた。
「可愛いものが大好きな、15歳の男の子だよっ!
この店、スタッフ全員男だから花がないでしょ?
お客様も女性が多いし、ちょっと息苦しいかなって思ったから、こうやって女装看板娘してるんだ〜」
そう言う彼女、改め彼は、確かに女の子みたいだ。下手したら私よりも女子力が高くてキラキラしてる。
でも、歯を見せて大きく笑う顔は正に男の子のそれだった。
「そうだ!注文だよねっ?何にする??」
私はハッとして注文を伝えると、彼の細い指が紙の上をスルスル走った。
「ショートケーキと、アフォガートね!かしこまりました!アフォガートはちょっと時間が掛かっちゃうから、気長に待っててね〜!」
じゃあね!と片手をひらりと振って、彼はテーブルを離れて行った。
待っている間、スマホを弄る気分にもなれずぼんやりと窓の外を眺めていると、突然向かい側の椅子が勢いよく引かれた。驚いて顔を向けると、椅子に腰掛けニッコリと笑う猫目。
「初めましてー!俺は土居 夏樹!なっちゃんって覚えてね〜〜!よろしゅう〜〜!!」
「待ってる間に、新作のハニーミルクドーナツ試食して見ない??それで、お喋りしよ!!美味しいスイーツに楽しいお喋り!最高じゃろ〜〜!!」
テンションの高さにびっくりして、少し動揺すると、
彼は目に見えて焦りだした。
「わわっ!すまんね〜!お客さんと喋れる!って思ったらついついテンション上がってもーて…
もうちょいゆっくり喋ろうな!」
「はい!新作のドーナツ!食べてみてよ!」
可愛い串に刺さった丸い1口サイズのドーナツを差し出される。受け取って口に入れると、はちみつの甘い香りが口いっぱいに広がって気持ちがほぐれていった。感想を伝えると彼は嬉しそうに笑った。
「マジで?!やった!!このドーナツ俺が発案したやつなんだ!めっちゃ嬉しい!!!ありがとう!」
彼はちらりとキッチンに目を向ける。どうやらもうすぐ完成するみたいだ。
「もうすぐ美味しいスイーツがくるから、もうちょい待っとってな!お喋りしてくれてありがとな!」
彼は席を立ち、スキップしながらキッチンの方へと離れて行った。
彼とすれ違うように、背の高いスタッフが、ショートケーキとアフォガートを運んでくる。
ふわりと、甘い香水の香りが鼻を掠めた。
「お待たせ致しました。ショートケーキとアフォガートで御座います。」
男の人の大きな手が、注文の品を並べていく。
その動作が美しくて、つい無意識に追ってしまう。
テーブルに並べ終わると、私の目の前に片膝を付き、私の目をまっすぐ見て、優しく微笑んだ。
横髪を耳にかける仕草がやけに色っぽくて緊張が走る。
「初めてまして、可愛いレディ。僕は、千代田 幸助と申します。以後お見知りおきを。」
「それではごゆっくりと、スイーツとの至福の時間をお過ごし下さい。それでは、失礼致します。」
控えめにウィンクをした彼は、丁寧に一礼し、テーブルを離れて行った。
ショートケーキは、いちごが甘酸っぱく、生クリームはさっぱり控えめで、スポンジも柔らかいがへたらない。お世辞抜きで、今まで食べたショートケーキの中でも1番美味しかった。
アフォガートも、アイスクリームの冷たい甘さとコーヒーのほろ苦さと温もりが心を落ち着かせた。
名残り惜しいが完食してしまった為、お会計へと向かった。キッチンに向かいお礼を告げ、ドアノブに手をかける。
「ありがとうございました!また遊びに来てください!」
スタッフ全員からの言葉に口元を緩ませながら、ドアの向こうへ一歩踏み出した。
友人達にこのお店のことを話して一緒に行こうかな。
いや次回、あと2.3回くらい行ってからにしよう。
今まだ、あともう少しだけ、
あの温もりは、秘密のままで。