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赤ずきんと灰色狼

作者:桜瀬彩香


その村は、古くからある大きな森の外れにありました。
夜の森から切り出した森の結晶石の瓦屋根は朝日に淡く煌めき、青緑や深藍の影を石畳に落とします。
石畳に薄っすらと残った雪に、家々の前に咲き乱れた花壇の花々。
時折ぽわりと揺れるのは、隣人と呼ばれる小さな妖精達でしょうか。


少女のお家は、その村の外れにある小高い丘の上にありました。
青緑の瓦屋根に、ミントグリーンの森煉瓦の壁。
大きなミモザの木と檸檬の木がある、自慢の素敵なお家でした。



「これを、森に住むおばあさんに届けてあげて欲しいの」


そう言い出したのは母親でした。
赤ずきんは、そのお願いにむぐぐっと眉を顰め、渋面になります。
何しろちょうどパンケーキが焼けたばかりでしたし、いつもより大きめに切り分けたバターを乗せたところだったのです。
これからその焼きたてのほかほかパンケーキを貪り喰らう所存であった旨を母親に訴えましたが、素敵な笑顔で却下されてしまいました。

なぜこのタイミングなのかさっぱりでしたが、赤ずきんは母親が少しうっかりな人なのをよく知っていました。


「………パンケーキ」
「あなたのお気に入りの頭巾をくれたのは、おばあさんでしょう?」
「世知辛い世の中です。この頭巾は気に入っているので、致し方ありません」

森のおばあさんは、周囲には病気だということにされていましたが、赤ずきんとお母さんとお父さんは、実はそうではないことを知っています。
そもそも、病気のおばあさんを森に一人で住ませる訳もありません。
おばあさんはただの人嫌いで、だからこそ村を離れて森に住んでいるのです。
静かな暮らしを死守する為、おばあさんは普段から病気だと公言することで人払いをしているのでした。


「葡萄酒と、ケーキを渡してあげてね」
「ケーキ!」
「くれぐれも、勝手に味見しないようにするのよ」
「むぐぅ」

むぐむぐと焼き立てパンケーキを口に押し込みながら、赤ずきんは渋い顔で頷きました。
ちまちまと大事に味わって食べるつもりだったパンケーキは、美味しいシロップをかけじゅわっと甘くしてから、フォークとナイフで折り畳んでお口に詰め込みます。
このような無念な思いを無垢な少女にさせたのですし、怖い森に遠征に行くのですから、それ相応の対価があってしかるべきなのです。

赤ずきんは、なかなかに強欲な女の子だったのでした。


「ケーキは………」
「………じゃあこうしましょう。おつかいが終わって帰ってきたら、美味しい林檎のパイを焼いてあげるわ」
「林檎パイ様!」

喜びに弾む赤ずきんに、おかあさんは気を付けなければいけないことを教えてくれました。


「崖の方には行っては駄目よ。雪が降ったから、川との境目が分かり難いもの」
「うむ。行きません!」
「甘くて美味しくても、木の実を乱獲してはいけません。冬の森の食べ物は、森の生き物達にも平等に分け与えること」
「む?よく聞こえませんでした」
「困った子ねぇ………」


しゅんしゅんとポットのお湯が沸く音が聞こえ、台所にはまだパンケーキの甘い香りが漂っています。
プラムジャムの瓶を透かした陽光が、台所のタイルに綺麗な色の光を落としているのを見て、赤ずきんは今日はいい天気なのだろうかと考えました。

夏の檸檬色の強い光も素敵ですが、赤ずきんはこの冬の水色の陽光がとても好きでした。
もう少し冬が深まると青さが増し、クリスマスの色鮮やかな飾り付けやツリーの色を引き立てるのです。


「それと、」

菫の花と小鳥の刺繍をしたエプロンをひらりとさせ、おかあさんは少しだけ怖い顔をしてみせた。


「最近森には余所から移り住んできた狼もいるそうだから、気を付けるように」
「…………正当な危険手当を要求します」
「おばあさんは、あなたを可愛がっていて、この素晴らしい天鵞絨の赤ずきんをくれたのに?」
「物で釣って、使いっ走りにされてしまいました。あの日から私は、目先のものに踊らされて安請け合いをしてはいけないと学んだのです」
「あらあら、難しい子になっちゃって」
「そもそも、うちには男手もあるのに、なぜに幼気な少女が森に使わされるのだ」
「うーん、幼気かしらねぇ」

疑わしげな眼差しでお母さんに見つめられ大変に傷付いたので、赤ずきんは森で狼出会ったら狼が悪い奴ならば、滅ぼしてくれようぞと心に誓いました。
残念なことに、家で飼っている頼もしい大きな犬は予防接種で父親に連れ出されており、今日のおつかいには一人で行かないといけません。

「ワンコはまだ帰って来ませんか?」
「朝のお散歩の流れで予防接種に連れて行かれたから、まだまだかしらねぇ。きっと今頃は獣医さんを見付けて泣いちゃってるんじゃないかしら」
「むむぅ」


仕方なく赤ずきんは、が弱い少女が一人で森に入るのだからと、食用肉を切るための丈夫な鋏を持っていくことにしました。
これできっと大丈夫でしょう。
もし狼がいたとしても、むしゃくしゃしている人間にちょっかいかけるとどうなるのか、思い知らせてやればいいのです。


「くれぐれも、転んで葡萄酒の瓶を割ったり、………その他のことで割ったりしないでね」
「私の頭が割れそうなときは、自分を優先させて下さい」
「ええ勿論よ。その時は、そんなバスケットはぽいしていいから、急いでお家に戻っていらっしゃい」



身の安全を確保するための言質も取れたので、赤ずきんはまだもぐもぐしながら家を出ました。
幸いにも今日は朝から爽やかなお天気で、森の木々の枝葉を透かして落ちる陽光が足元で煌めきます。
ふくよかな森の香りを吸い込み、赤ずきんは歩き出しました。


この辺りの森は、雪が降っても草花が眠ってしまうことはありません。
地面に熱が籠る独特の土地でもあり、雪が止んだ後の森は冬と春が一度に訪れたような不思議で美しい姿を見せてくれます。

さくさくと踏む純白の雪に、大きな木の根元に雪を掻き分けて咲いている満開の白い小花。
人間の行進に驚いて飛び立つ青い小鳥を眺め、むふぅと満足の息を吐けば、出かけるのを渋ってはみても、相変わらず森は一目で赤ずきんを夢中にしてしまう、とても美しいところでした。


淡い光に翳した赤い天鵞絨の頭巾に、風に散った雪の欠片が舞い落ちました。
履き慣れた雪靴で新しい雪に足跡をつけ、赤ずきんは唇の端を持ち上げます。
こうして、しんと静かな森を楽しむ豊かさが、まだ幼いなりに赤ずきんはとても好きでした。
美しいものの温度をただ感じるだけの時間は、人間の心には欠かせない栄養なのです。

赤ずきんはそんな森の小路を堪能し、はぁっと吐き出す息が凍り、きらきらと陽光に煌めくのを楽しんだり、思いがけず見付けた真っ赤な木の実をつついたりしました。


けれども、やはり森は人間の領域ではありません。

奥深くまで分け入ってゆくと、葉を落とさずに雪を纏った森は薄暗くなってゆき、少しばかり鬱蒼としている大きく古い木の茂みは、秘密めいていて怖いような深い色合いになってきました。
もし、頭の中に物語を思う事の出来る誰かが見たら、ここはきっと悪い魔法使いの住む森だと言ったかもしれません。
赤ずきんは、おばあさんがなぜにこんな森の奥深くにまで住まいを移したのか、謎で仕方がありませんでした。


ちょうどそんなときのことです。
幹に大きなうろのある古い橡の木の影から、ぴょこんとふさふさの尻尾が飛び出していました。


「…………む」

赤ずきんはそこに狼がいると分かりましたが、じっとりと枝の影からこちらを見ている生き物はとても怪しいので、あまりそちらを見ないようにします。
そもそも、冬の森は全体的に白いので、灰色狼の尻尾はそれなりに目立ちました。


「こんにちは、赤ずきん」
「………変態に話しかけられました」
「変態…………」
「物陰から幼い少女を凝視するのは、変態のやり口です」
「……………ほぇ」

狼は手厳しい人間の洗礼を受け、すっかりしょげてしまいました。
少し可哀想かなとも思いましたが、赤ずきんは先を急ぐことにします。

ところが、困ったことに狼はついてきてしまいました。
薄暗い森の中でぼうっと光る結晶石の谷を抜けても、狼はもそもそとついてきます。

狼は、一向に振り向いてくれない人間の無言のメッセージを受け取れなかったようで、頑張って話しかけてきました。

「こ、こんにちは、赤ずきん」
「はいはい、こんにちは。私は今、重要な任務の最中です。巻き添えになって死にたくなければ、あまり関わってはいけませんよ?」
「………巻き添えになって」
「はい。そして、ふかふか尻尾ですね!」
「うん。自慢の尻尾なんだ。赤ずきんはどこに行くの?」
「森の奥に住む、大好きだけれど、私を使いっ走りにする偉大なおばあさんの家にです。この先にある、大きなはしばみの木の下にある青い瓦屋根に砂色の煉瓦のお家ですよ。ご存知ですか?」
「知らないなぁ。おばあさんが、一人で住んでいるの?」
「ええ。お庭にある大きな檸檬の木と、春先に咲く水仙がとても綺麗なのです」
「ふぅん。人間は変なものを喜ぶんだね」
「森で葉っぱや草に囲まれてる獣さんは、お花を綺麗だとは思わないのですか?」
「食べれないからねぇ」


困ったことに、狼はまだ離れません。
ずっと隣を歩いてついてくるようです。
銀灰色の瞳はとても綺麗ですが、物陰からこちらを見ている系の生き物は、到底信用出来ないと赤ずきんは考えました。


「赤ずきんは小さいね」
「むぐ。これから大きく魅力的な淑女に育つ予定です」
「大きくなるかなぁ」
「なりますとも!可能性に満ち溢れているではありませんか!」

ぷんすかしながらそう言えば、狼は赤ずきんの赤い頭巾を摘んで、赤ずきんをひょいっと持ち上げてしまいました。

「ぎゃ!」
「軽いなぁ。本当に大きくなるの?」
「おのれ、ゆるすまじ!無垢な少女を吊り下げるなど言語道断です!解放し給え!!」

足をバタつかせて荒れ狂う赤ずきんに、狼はしゅんとして地面に下ろしてくれます。
がるるると唸っていた獰猛な人間は、愚かな狼を冷たく一瞥して背中を向けました。


そのまますたすた歩いていると、懲りずに狼はついてきました。
途中で木の上の栗鼠を見付けて大騒ぎしたり、綺麗な葉っぱを拾ってご機嫌になったりしているので、赤ずきんはここはもう自分の方が大人になるしかないと狼を放っておきました。


どれだけ歩いたでしょうか。
狼が、あっと声を上げました。


「そう言えば、綺麗な花畑がこの近くにあるよ。真面目くさって歩いていないで、そこに寄ってみたら?可愛い小鳥もいたし、きっと楽しいと思うよ」
「まぁ、こんな時期に花畑があるのですか?」
「うん。この森には温かい蒸気が出る地面があるからね。きっと、森の下にはものすごい大きな火竜が眠っているんだと思うよ」
「そうなると、竜さんが目を覚ましたら森は滅びてしまうのでは」
「ふぇ………」
「でも、お花畑はいいですね!」


その提案はとても魅力的でしたし、赤ずきんは元々真面目ということもありませんでした。
早速その花畑の場所を聞き出し、狼に案内して貰うことにします。


「何て素敵なお花畑なんでしょう!」


案内されたそこは、まさに魔法のお花畑でした。

春の最中のように、一面に色とりどりの花が咲き乱れ、甘い香りがします。
赤ずきんは咲き乱れる細やかな花が途切れれている場所を慎重に見つけ出すと、そこにずしりと重たいバスケットを置きました。

手を広げてくるりと回れば、胸一杯に、鮮やかな花々の色まで滲むような、いい匂いの空気を吸い込めます。


「………ほわ」


その時、ざあっと風が渡り、咲き切った花から雪のように花びらを散らしました。
それはまるで、夢のような光景でした。


しかし残念ながら、赤ずきんは美しいものを美しいと思う心には恵まれていたものの、こんなに美しいのだから手をつけずにおこうと思う謙虚さには恵まれていませんでした。
どちらかと言えば、強欲に自分のものにしてゆくタイプの、恐ろしい人間だったのです。


「有難うございます、狼さん。ふふふふふ、ここに咲いている素敵な薄紫の花は、全て私のものです」
「…………こ、怖いよう」

低い笑い声にすっかり怯えてしまった狼は、もそもそとお花を食べに来た森の獣が、すぐさま少女の餌食になる現場を見てしまいました。
でっぷりと太った鹿のような小さな生き物は、強欲な人間がさっそく摘もうとしていたお花をむしゃむしゃと食べてしまった結果、むんずと首根っこをつかまれて森に投げ返されてしまったのです。

投げられた獣からぎゃいんと悲鳴が上がり、狼は蒼白になってぶるぶると震えます。
赤ずきんは、敵を葬ったことに満足し、花畑に向き直りました。


さあっと、雪待ち風が花畑を揺らします。
甘い香りに清廉な雪の香りが混ざり、赤ずきんの赤い天鵞絨の頭巾をひらひらと揺らしていました。


震えていた狼は、赤ずきんが少し離れたのを確認し、そろりと足を踏み出します。
赤ずきんが大はしゃぎで花を摘んでいる内に、怯えきった狼は先回りしておばあさんの家に行こうとしていたのでした。

きっと赤ずきんのおばあさんなら、身内の年長者としてこの恐ろしい人間から自分を守ってくれると思ったのですが、残念ながら狼は明るい色のお花畑ではとても目立つので、すぐに赤ずきんに掴まってしまいました。


「待つのだ」
「……………ほぇ」
「なぜにこっそり抜け出そうとしたのでしょう。怪しいので捕獲しておきます」

尻尾を鷲掴みにされ、狼は悲しい目をしました。
これでは、先回りしておばあさんの家に行けません。
自分も森に投げ込まれてしまうのかなと思い、狼はぶるぶると震えます。


「ぼ、僕はもう帰ろうかなと思う」
「却下します。バスケットが重いので、そこに置いておこうと思います。見張っていて下さいね」
「どうして僕が見張らなければいけないんだい?」
「どこに行こうとしていたのですか?」
「おばあさんの…………も、森に帰るんだ。巣に帰るんだよ!」
「やはり、悪さをしようとしていましたね」
「し、してない!!」
「悪さをしないよう、お役目を与えておきます。私が用事を終えるまで、バスケットを死守していて下さいね」
「悪さなんかしないよ!」
「悪い狼さんは、猟師さんに八つ裂きにされるのですよ?ふさふさ尻尾がなくなると悲しいので、狼さんが愚かなことをしないように、賢い私が見張るしかないようです。………しかし、魅惑の尻尾を守る為だけであれば、こやつをちょん切ってしまえば済む可能性も……」

そう考え込んだ赤ずきんの目つきは鋭く、あまつさえ、素敵な葡萄酒といい匂いのするケーキの入ったバスケットから、鋭利な刃のついているずしりと重そうな鋏を取り出したので、すっかり怯えてしまった狼は泣き出しました。

「ふぇぇ」
「むぅ。泣き出しましたね。悪さをしなければ、お尻からちょん切らずに愛でて差し上げますので、いい子にしているのですよ?私が花を摘んでいる間に目を盗んでおばあさんの家に行かないように、このバスケットの番をしていて下さい」
「…………うん」
「目ぼしいお花を、森の将来のことを考えずに掻き集める間、どうか大人しくしていて下さいね」
「…………ほぇぇ、こ、怖いよう」


可哀想な狼は、すっかりしょげて耳もぺそりと寝てしまい、ふるふるしながら頷きました。
やはり森の獣なのですから、決して逆らってはいけない生き物というものも本能的にわかるのです。
大人しくなった狼をきちんと座らせ、強欲な人間はしばし、森の自然を蹂躙しました。
お気に入りの薄紫色の花と水色の花をある程度取りつくしてしまうと、赤ずきんは男前に額の汗を手の甲でぬぐいます。

尊い労働により手に入れた花は、おばあさんに半分をあげて、残りの半分は自分の部屋に飾るつもりでした。
けれども思ったよりも綺麗な花束になったので、考えを改めてみんなの集まる食堂のテーブルに飾ってもいいのかもしれません。


さて、あの狼はどうなったのかなと振り返ると、赤ずきんが森の蹂躙を終えたことに気付いた狼は、ぴこんと耳を立てて自分のお利口さを訴えてきました。


「ま、待ってた。僕は頑張ったよ!」
「はい。いい子ですね。そんな狼さんには、台所からくすねてきたチーズの欠片をあげましょう。幼気な幼子が森で迷子になると遭難するので、いざという時の為に非常食として持ってきたのです」
「君は、絶対に迷子になんてならないと思う」
「あら、チーズはいりませんか?」
「チーズ…………?」


チーズの欠片を貰った狼は、あまりの美味しさに尻尾をふりふりしました。
こんなに美味しいものは森にはありません。
間違いなく、未知の味だったのです。


「なにこれ、美味しいね!」
「………もしや、野生の獣には与えてはならないものだったのでしょうか?」
「もっと食べたい」
「これは、人里の食べ物なのです。森には狼さん用のもっといい獲物がたくさんいますよ?鹿さんでもばりばり齧っていて下さいね」
「チーズ………」
「いけません。野生の獣さんは、人間に飼い慣らされてはいけないのです。森にお帰りなさい」
「ず、狡い!僕だってチーズ…ぎゃあ!」

しまったことをしたとその場を誤魔化そうとした赤ずきんは、重たいバスケットを振り回して狼を威嚇しました。
びゃっとなって木の影に逃げ込んでいってしまった狼を振り切り、素晴らしい早さでおばあさんの家に向かいます。


「おばあさん、赤ずきんです!訳を話している暇はないので、早くこの扉を開けるのだ!!」

おばあさんはその一言で、可愛い孫娘がまた何かしでかしたのだと悟りました。
この孫娘は目を離すとすぐにとんでもない事件に巻き込まれてしまうので、このままでは自分はいつか心臓発作で死んでしまうと思い、せっかく森に隠居したのですがまったく気が休まりません。
美しい赤ずきんを餞別代りとし、おばあさんはもうこの可愛いけれど困った孫娘からすっかり距離を置いたつもりでいました。
しかし、あんまり空気の読めない嫁は、おばあさんが寂しかろうと、度々孫娘をお使いに出すのです。
今度息子にしっかり言ってきかせようと決心しつつ、おばあさんは暗い気持ちで家の扉を開けました。


「…………赤ずきん、今度は何をしたんだい?」
「狼さんを、うっかりチーズで餌付けしてしまいました」
「後ろの子かい?」
「…………なぬ」

そろりと振り返った赤ずきんが見たのは、しっかり後ろに着いてきてしまった狼でした。
尻尾をふりふりし、きらきら光る瞳で赤ずきんを見ています。

「懐いてしまいました。こやつをぽいするには、どうしたら良いのでしょう?」
「どうしたらいいんだろうねぇ。ひとまず、お上がり。狼は外に出しておくんだよ」
「という事なので、狼さんはお外に居て下さい」
「狡い!きっと美味しいものを沢山食べるつもりだ!!」
「私とてこのケーキを狙っているので、狼さんは邪魔者です。亡き者にされたくなければ、大人しくしていて下さい」
「ふぇぇ」


おばあさんは、可愛い孫娘にあたたかなお茶を振る舞いました。
しかし、ケーキの包みを開くなり孫娘には凝視され、お庭では狼が声を上げて泣いているので生きた心地がしません。
すっかり参ってしまったおばあさんは、森が暗くなる前にお帰りと、ケーキの半分を分けてやり、何とか孫娘を帰らせることに成功しました。
今夜は、この葡萄酒をちびちびやりながら美味しいものでも食べてストレスを発散しようと思いながら、窓から帰ってゆく赤ずきんに手を振ります。


「本当は、あの子達ともっと一緒にいたいのだけどねぇ………」


赤ずきんが見えなくなり、森が静かになると、おばあさんはどこか寂しげにそう呟きます。
良い夫だったのですがちょっと面倒臭かったおじいさんが亡くなり、のんびりと穏やかに過ごす筈の老後には、心の平安が欠かせないものでした。
孫娘は文句なく可愛いのですが、少しおばあさんには刺激が強すぎたのです。



一方その頃、森の入り口では猟師が途方に暮れていました。
森に悪い狼が出ると聞き勇んで出かけてきたのですが、その狼は森の入り口で可愛らしい赤い頭巾の女子に叱られてべそべそと泣いているのです。


「森に帰るのだ。我が家には可愛いわんこが既におります。狼さんを飼う余裕はありません!」
「ず、狡い!きっとそいつはチーズを貰ってぬくぬくと暮らしているんだ!!」
「それがすなわち、野生とペットの違いですね。諦めていただきたい」
「ひどい!差別だ!!僕だって飼われたい!!」
「森に帰り給え!」


あんまりな騒ぎが続きましたので、村の人達が集まってきました。
村の人達からすれば、危ない狼がすっかり飼い慣らされてくれるのならば、あまり悪い話ではありません。
暫くすると、すっかり困った様子のお母さんが、村長さんに連れられて森の入り口までやって来ました。

「赤ずきん……」
「その脱いだらおしまいな愛称はさておき、この狼さんがしつこいのです!」
「また、葡萄酒の瓶を投げつけてしまったのかしら?」
「投げておりませんよ!勝手に懐いてきて、ふさふさ尻尾を見せつけて誘惑する、悪いやつです!」
「困ったわねぇ………」

お母さんはさすがに首を振りましたが、実はこの赤ずきんにはある程度の実績があるので、村長さんは頭を下げて狼を飼ってくれるように頼み込んでいます。
何とか断ろうとしたお母さんは、村の人々から狼の食費は分担するとまで言われてしまい、しかたなく頷くしかありませんでした。

強い森の獣が村におりますと、村にはなにかと恩恵がありました。
森沿いの小さな村は、様々な収穫と引き換えに森沿いに暮らすことでの不利益もあります。
森で怖い狼に襲われる危険がなくなり、流れてきたならず者達などを追い払う有能な番犬が増えるのであればと、村の人々も必死だったのです。



「なぜに安請け合いしたのだ。面倒を見るのは私ではないですか」
「でも赤ずきん、あなたが拾ってきてしまったのでしょう?」
「解せぬ」

赤ずきんはすっかり落ち込んでしまい、千切れんばかりに尻尾を振る狼をお家に連れて帰りました。
しかし、すっかり温かい家で大事にして貰えるものだとばかり思っていた狼は、赤ずきんの家を訪れて愕然とします。


「ふぇ、………僕達の王様がいるよ」
「あれは、我が家の可愛いワンコですよ」


なだらかな坂道の上に、そのお家はありました。
ぺかりと明るい玄関は、まるでお帰りといってくれているような暖かな雰囲気です。
そしてそこには、数年前に行方不明になった狼の王様が、素敵な青い首輪をつけてきちんとお座りしていたのです。


狼の王様は、じっとりとした目でこちらを睨むと、赤ずきんの方を見て尻尾をぺそりと下げてしまいます。
けれど、赤ずきんに頭を撫でて貰うと、鋭い目をきらきらさせました。

「ご主人様が浮気した………」
「違いますよ。森で懐いてしまったもふもふを、村の大人達に押しつけられたのです。不平等さというものは、社会と関わる上での悲しい現実ですね」
「こんな狼なんて……」
「ぼ、僕だってチーズが欲しいんだ………!!」


狼は、すっかり飼い犬になってしまった狼の王様に睨まれるのは怖かったのですが、チーズを失いたくはなかったので、必死に赤ずきんにしがみついていました。
それが良かったのかお母さんが同情してくれ、お家の一階に小さなお部屋を貰いました。
随分と立派なお家だなぁと思ったのですが、狼の王様を手懐けてしまった赤ずきんに森で働く人達から貢ぎものが相次ぎ、最終的には森を安全に通れるようになったと領主様からも褒美が出たそうで、このような立派なお家が建ったのだそうです。


狼の王様は赤ずきんと同じお部屋なのが釈然としない狼でしたが、美味しいチーズを貰え、優しいお母さんとお父さんに頭を撫でて貰える生活がすっかり気に入ってしまいました。
赤ずきんは相変わらず恐ろしかったのですが、初対面で葡萄酒の瓶で殴られて以来すっかり赤ずきんに懐いてしまった王様は、そんな赤ずきんが大好きなのだそうです。
時々綺麗にブラッシングしてくれたり、ふかふかのお腹を枕にして寝てくれる優しい一面もあるので、そんな赤ずきんは狼も大好きでした。



ということで、この村に住む赤ずきんは、すっかり懐いてしまった狼達を運用してそこそこに上手く生活しており、勿論狼に食べられることもなく、森では、狼達を洗脳する恐ろしい人間がいるので決して村人に近付かないようにというお触れが出たそうです。

おばあさんは息子夫婦と話をし、出来るだけ赤ずきんを森に近付けさせないようにと約束をしました。
しかしながら、赤ずきんは自由奔放に森に美味しい木の実やきのこなどを略奪に来ていたので、度々胃の痛い思いをする日々は変わらなかったのだとか。

そんな、孫娘に翻弄される日々を綴ったおばあさんの自叙伝がやがて近隣諸国を巻き込んでの大ベストセラーとなるのですが、それはまた別のお話。



めでたし。めでたし。












こちらの作品は、連載中の作品、“薬の魔物の解雇理由”の登場人物の要素を持たせています。

この作品は「冬の童話祭2018」に参加しています。

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