「お兄ちゃん!」「えっ!?」
「「えーっ!」」
屋敷に戻り、ホッと一息付いているヒィから。
話を聞いていた、ユキマリとアンビー。
同じ声を上げても、ニュアンスが違う。
ユキマリは、がっかりの声。
熱を避けてくれる鉱石は、確かに有ったのだが。
それを元に作られるお守りは、通行手形の役割もしているので。
製法などは機密事項。
だから、〔ヒィに付いて行く〕と言う願いは叶わない。
それでユキマリは、落胆したのだ。
逆に喜んだのは、アンビー。
〔事業が拡大すれば〕との条件付きだが。
上手く行けば、バーファで生産される陶磁器を。
この辺では独占的に扱える可能性が。
これでアンビーは、『やったー!』と歓声を上げたのだ。
対照的な2人。
それを知ってか知らずか、素知らぬ顔でヒィに近付くサフィ。
そして、ボソッと。
「【あの子】、どうするの?」
ヒィがフキの町へと入ってから。
住民から、妙な視線を向けられる。
何か、変な事になってるのか?
一応町に入る前、服装等はチェックしたのだが。
特に異常は無かった。
なのに、何で……?
不思議に思っている、その傍から。
ヒィの服がクイと、後ろから引っ張られる感じ。
何気無く振り返ると、そこには可愛らしい女の子が。
『ジーッ』と、ヒィの顔を見上げている。
そして、開口一番。
「お家はまだ?【お兄ちゃん】。」
「お、お兄ちゃん!?俺が!?」
思わず大声に成り、自分の顔を指差して尋ねるヒィ。
その時一瞬、見ている人達の目線が鋭くなった気がする。
女の子は、無邪気に答える。
「うん、お兄ちゃん!」
ヒィには、何が何だかさっぱりだ。
フキへは独りで入った。
今回の旅、誰も連れは居ない。
しかし何時の間にか、後を付けられたらしい。
何処からだ?
何で、俺に?
頭の中がグルグルし出す。
そこへ、サラの言ったあの言葉が思い浮かぶ。
『君自身が、尋ねなよ。』
まさかとは思うが、念の為聞いてみるか。
ヒィはしゃがみ込んで、目線を女の子と同じ高さにすると。
「君はもしかして、あの【ヒナ】かい?」
「うん!」
元気に答える女の子。
どう見ても、6~7才位の人間だ。
髪はヒナと同じ赤色、髪型はふんわりベリーショート。
服装は、フキの町に暮らす子供とよく似た形状。
赤とオレンジのチェック柄、左右横腹付近にポケットの有る半袖服。
同じチェック柄のスカートは、膝上位の長さ。
靴は柔らか素材、こちらは焦げ茶色。
町中へすんなり溶け込める様な、女の子の姿になる為。
観察でもしていたのだろう、違和感が無い。
でも自己主張は忘れず、左耳の上辺りに。
5センチ程の長さの、赤い鳥の羽1枚を。
チョンと縦に刺している。
確認する様にヒィは、両手で髪の毛の中をワシャワシャと掻き回すも。
何か居る感じはしない。
ヒィは自分の頭の天辺を、右手人差し指で差し。
そのままスーッと、女の子の立つ地面まで指先をスライドさせて。
「ここから、そこへ。降りたって事?」
「うん。一緒に歩きたいなあって。」
ニコニコ笑いながら、そう答える女の子。
対して、困った顔になるヒィ。
それを不思議そうに眺める女の子。
このまま連れて帰ると、ややこしくなりそうだ。
『どうしたの、この子は!』とか、『誘拐して来たの!』とか。
あらぬ誤解を招きかねない。
うーん……。
腕組みをして考え込むヒィ。
もう一度、女の子に尋ねる。
「君は、あのヒナなんだね?」
「うん。【ブリーディア】って言うの。【リディ】で良いよ。」
「そうか。じゃあリディ、何で俺に付いて来たの?」
「んーとね、んーとね。」
ピョンピョン跳ねながら、考えるリディ。
首を右に傾けながら、返って来た答えは。
「何と無ーく。ダメ?」
「いや、君が良いならそれで……。」
上目遣いでチラッと見られたら、流石のヒィも責められない。
『はあっ』と大きくため息を付いた後、ヒィはリディに言う。
「分かった。でもお兄ちゃんが今から帰る家には、たっくさんの人が居るから。大人しく出来る?」
「出来るーっ!」
『はいはーいっ!』と元気に右手を挙げるので、その姿が微笑ましく映ったのだろう。
すれ違い様に、ヒィの方を不審な目付きで見ていた人達も。
にっこりしながら去って行く。
スクッと立ち上がると、ヒィはリディに左手を差し出す。
「行こっか。」
「うんっ!」
差し出された左手を、小さい右手でキュッと握り締め。
リディは笑顔で歩き出す。
さて、帰ったら何て説明しようか……。
やっぱり頭の痛い思いがする、ヒィなのだった。
そうして今、客間に居る。
『この子、今日からここで暮らす事になったから』と、取り敢えず切り出したが。
皆の反応が怖かった。
しかし意外にも、すんなりと受け入れられた。
ここはヒィの屋敷、主人の言う事には従う。
自分達も居候の身、文句は言えない。
そんな所だろう。
但し、素性ははっきりさせておく必要が有る。
リディは。
ヌプラーペ火山の火口内部で暮らす火の鳥、【焔鳥】の子供らしい。
その姿から、或る世界では〔フェニックス〕とも〔鳳凰〕とも言われている。
上の一文は、サフィが付け足した物。
どの世界にも、同じ様な鳥は居る。
だから、無暗矢鱈に騒ぐな。
サフィはそう言いたいらしい。
『一々ギャアギャア言ってたら、切りが無いでしょ』と、釘を刺す様に。
それで、この場は落ち着いた。
問題は、その〔処遇〕。
子供なので、誰かが付いていてやらないと。
目を離した隙に、何を仕出かすか分からない。
かと言って、仕事場へと連れ回すのもどうか。
サフィが初めの方で言った、『どうするの?』とは。
『誰が面倒を見るの?』と言う意味だったのだ。
リディは、ヒナの姿に戻れるらしいのだが。
『お兄ちゃんと会話が出来ないから嫌!』だそうだ。
全く、慕われてるわねえ。
厄介な程に。
サフィはそう思うと、『あんたの勝手になさい』と言い残し。
自分の部屋へと下がった。
客間に居るのは、ヒィとリディ。
それと、アーシェだけ。
ユキマリとアンビーは、ヒィの話を聞いて。
思い思いの表情で、部屋へと戻った。
ジーノは、お守りを大事そうに受け取って。
部屋へと下がった。
こんな時、頼りになるのはアーシェだけ。
だから残って貰った。
ヒィはアーシェに尋ねる。
「どうしたら良いと思う?」
「ヒィの傍に、当分居させてはどうか?」
「その理由は?」
「フキの町全体に、〔ヒィがこの子の保護者だ〕と認識させる。まずはそれが重要だろう。」
「なるほど。」
「それに、その具合からして。引き離すのは難しそうだからな。」
「そこなんだよな……。」
リディは、この話し合いの間ずっと。
椅子に腰掛かけているヒィの膝の上に、ちょこんと座っている。
言われた通り、大人しくしながら。
少し不安気な顔付きになると、ヒィが頭を撫でてやる。
するとリディは、嬉しそうに。
ゆらゆらと、身体を左右に揺らし出す。
その姿が愛らしく見えるアーシェ。
『無下に扱いたくない』と思ってしまう。
そこでアーシェは、一案を思い付く。
ヒィは、それで妥協する事にした。
後は、リディの部屋決めだけとなったのだが……。
その後、暫く。
子供連れの自警団員が、フキで目撃される様になった。
共に町を巡回する仲間からは。
『可愛いな』と言う声と、『そう?』とやっかむ声が。
前者はネロウ、後者はブレア。
何とも複雑な表情で、ヒィは務めを果たす。
集会所では、アーシェが可愛がるので。
他の自警団も、リディに優しく接してくれた。
そして集会所の中に、笑顔が溢れるのだった。
こうして平穏な日々が、何日か過ぎ去って行った。