お望みは?
黒い柱の中に入って、ヒィは驚いていた。
真っ黒な壁かと思いきや、全面が白く塗りたくられ。
床も天井もツルツル。
そして横の壁には等間隔で、拳大程の赤白い炎が灯っている。
壁に、直接だ。
端を歩いたら、身体に接触しそうだ。
案内してくれるエルモン達は、気にせず廊下を歩いている。
ヒィにも偶に顔へ触れたりしたが、熱さも感じず火傷もしない。
何だ、この明かりは……?
色々な疑問が湧くが、それはこの後聞けば良い事。
その前に、〔盗まれた神器とやら〕に付いて説明して貰わないと。
そう考え、ヒィは或る部屋へ辿り着いた。
外から見た感じとは大違い。
それは壁面だけでは無く、内部構造にも有った。
廊下は或る程度狭く、対面通行が難しい位だが。
部屋はそれなりに広い、こちらにスペースが割かれているのだろう。
ここは、▲で表すと左下の頂点部分。
火口から遠く、窓も有り。
それなりに気温は低いらしい。
置かれているのは、陶磁器の椅子やテーブル。
壺など、その他の装飾品は一切無し。
客を持て成すつもりは有るのだが、並大抵の物だと熱で変形してしまう。
金銀等の貴金属は尚更。
中が白く塗られているのも、明るさを欲したからと。
白の顔料が、一番熱に強いから。
と言う訳で、ヒィは。
熱いのか冷たいのか分からない椅子へと腰掛ける。
直径40センチ程、高さ30センチ程の円柱型。
例の如く、表面は白いが。
運び易い様、上方に対面で。
取っ手の様な窪みが、2か所付いている。
座る前に、ヒィは椅子を持ち上げてみると。
意外と軽い。
コップの様に、中は伽藍洞らしい。
食器等を作成する時のノウハウは、こうして別の物にも生かされている。
技術の高さに感心するヒィ。
『お褒め頂き、光栄です』と、会場の準備をするエルモン達から声を掛けられる。
トントントンと、テーブルの周りに椅子が並べられて行く。
テーブルは、木製のそれと構造が似ている。
長方形の平面と、それを支える脚。
違うのは、平面部分が木よりも重いので。
脚の数が若干多い事か。
脚と脚との間に、座る事となるので。
自然と、席数が限られる。
縦横が2×3メートルのテーブルを、縦長に2つ連結。
その周りに、グルリと椅子が並べられている。
町長であるヘウラム、その左隣にグランガ。
ヘウラム側の側面に、ドギンを始め3名。
グランガ側にも、2名。
ヘウラムと対面側に、ヒィ。
各自が席に着き終わった所で、いよいよ話し合いが始まる。
「おおよその事は、ドギンから聞いたのですが。」
話を切り出したのは、ヒィ。
焦点をはっきりさせておきたかったので、先に言い出す。
「あなた方の【望み】は、何ですか?」
「望み、ですか?」
ヘウラムが聞き返す。
ヒィは続ける。
「言い方を変えましょう。どうなれば、あなた方は満足なのですか?」
「と仰いますと?」
今度はグランガが聞き返す。
ヒィが言う。
「神器が返って来るだけでは、解決するとは思えません。何か別に、『こうなって欲しい』と思う事が有るのでは?」
「ドギン、何かヒィ殿に話したのか?」
ヒィの言葉を受け、ヘウラムが優しい声でドギンに問う。
ドギンは少し緊張しながら、それに答える。
「必要な事だけだよ、話したのは。」
「そうか。」
と言う事は、この町の状態を見た上での発言か……。
ヘウラムはそう判断し、ヒィに言う。
「大変申し上げにくい事なのですが……。」
そして出た言葉は。
「〔黒幕を見つけ出したい〕、そう考えています。」
「なるほど。」
ヒィは納得する。
神器が返って来ても。
それを盗み出した理由が、〔誰かに唆されたから〕なのなら。
再び同じ事が起こるだろう。
それを防ぎたい、と言う思惑が有る。
ヘウラムはヒィに、そう明示した。
ここの所、そんな不届きな輩は現れなかった。
火龍を倒そうと意気込む空け者が、稀にやって来る位だ。
だから、神器を集める必要が生まれた何者かが。
手引きした可能性が有る。
しかし、今更そんな行動に出る理由が。
エルモン達には分からない。
奪いたいなら、しょっちゅう現れてもおかしくは無いからだ。
それをヒィは知っていた。
〔混沌を齎す存在=K〕に付いて語った、天啓の中で出て来た事。
《世界中の宝物を強奪し、力を誇示しようとする》。
恐らく、それに関係が有る。
神器と言われる物を、Kの側に居る者達は欲するだろう。
既にあちこちで動きを見せている様に、ここでも……。
ヒィは包み隠さず、事のあらましをヘウラム達に話す。
驚くヘウラム達。
まさか今、この世界でそんな流れが……!
これは相当、根が深い。
この場に居る者は全員、そう思ったに違いない。
だがそこで、おかしいと感じる者が。
それは、ドギン。
エルモンとしてはまだ少年なので、純粋な好奇心で。
グランガに尋ねる。
その質問が、この場を凍り付かせるとも知らずに。
「こんな凄い事が、この世界に伝わっているならさあ。【神官様は、どうして知らなかったの?】」
「た、確かに!」
「言われて見れば……。」
「彼の来訪は言い当てたのに!」
「この様な事態が、占いで分からない筈が無い!」
疑惑の目が、グランガに注がれる。
『そ、それは……』と、目を伏せるグランガ。
そこへ、助け船の様に。
現れる者有り。
それは、この場に居る者全員へと告げる。
「私が伏せる様に言ったのだ。彼のせいでは無い。許してやって欲しい。」
「【カノー】様!」
グランガが叫ぶ。
テーブルの上で揺れ動く、オレンジ色の炎。
それはグランガの前に出現し、スウッとヒィの前まで進むと。
オレンジ色の髪をした、少年の姿へと変わる。
背丈は15センチ程。
何処と無く、〔彼〕に似ている。
それはヒィの目の前で膝間づき、挨拶する。
「お初にお目にかかる、ヒィ殿。私は火の精霊〔ウルカ〕の、カノーと申す者。宜しゅう。」
「ど、どうも。」
急な挨拶なので、ヒィも戸惑ってしまった。
カノーは続ける。
「お久しゅうございます、サラ殿。」
「相変わらず堅っ苦しいなあ、君は。」
ヒィの右肩に姿を現す、サラ。
やはりカノーは、サラに姿が似ている。
『やあっ!』と軽く右手を挙げ、エルモン達に挨拶するサラ。
途端に畏まり、頭を下げるエルモン達。
『えーっ、だからそう言うの止めてってば』と、サラが言うので。
恐る恐る顔を上げる。
サラはにこやかな顔をしたまま。
ホッとする一同、エルモン達の畏れ振りに目を丸くするヒィ。
ボソッとサラに一言。
『凄いんだね、君は。』
『ヒィまで、そんな事言わないでよ。』
『ごめん。つい、嬉しくてさ。』
火の妖精が平伏す程の、火の精霊が。
自分には気軽に接してくれる。
それが、ヒィには嬉しかったのだ。
逆にサラも、気安く話し掛けてくれるヒィの存在は貴重だった。
だからこそサラは、『ヒィと共に歩みたい』と思ったのかも知れない。
それはさておき、サラがカノーに尋ねる。
「黙って置く様に言ったのには、訳が有るんだよね?話してくれないかな?」
「サラ殿のお望みとあらば。」
そこから、カノーが語り出した事は。
何ともややこしい事だった。