熱気を纏(まと)った町〔バーファ〕へと降り立つ
「あ!見えて来たよ!」
「あれが……。」
前方を指差すドギン、ヒィがそこに見た物は。
勢い良く溶岩を噴出している、ヌプラーペ火山の山頂。
そしてその周りを取り囲む、なだらかな平地と。
平地と外界との境界線を形作る、連なった山々。
火山の斜面はかなり急ではあるが、ギリギリ人が登れそう。
吹き出た溶岩が山肌を伝って流れて来るので、危険では有るが。
麓まで降りて来ない、途中で溶岩は冷え固まっている。
濁った黒い岩となって、斜面に立ち続ける。
それが庇の様になって、直接熱が平地まで達するのを防いでいる。
それでも全部の熱量を防ぐ事は出来ず、熱風となって宙を舞い。
渦巻いて、平地へとなだれ込んでいるらしい。
山肌には、特に生えている物は見当たらない。
環境の厳しさからか、並大抵の物は耐えられないのだろう。
しかしウルカの加護を受けている、エルモンは別。
熱は溶岩に由来し、その溶岩は強烈な火により土が溶けて出来る。
つまり性質が足され、〔土・火属性〕となった物が元となっている為。
エルモンは平気なのだ。
溶岩由来の熱は寧ろエルモンの栄養源となって、生き生きと生活している。
火や熱を操る事が出来る、火の妖精は。
人間でさえ進出不可な地域で、独自の生態系をここに作り出した。
だから今まで、特に問題など起きなかったのだが……。
平地は、上から見るとドーナツ状。
その外に、外輪山の様な山々。
中央に火口が鎮座し、これ等によってカルデラを形成している。
しかしよく見ると、周りの山々の高さがバラバラ。
低い所有り、高い所有り。
全く無い箇所も有れば、火口より高い山頂も有る。
余りにも凸凹し過ぎている。
その辺りをドギンに尋ねるも、『良く分からない』との事。
ドギンが生まれる前から、今の形状だったらしい。
相当長生きする妖精が知らないのだ、この世界でも理由を知っている者は神々位だろう。
外輪山を飛び越え、平地へと入って来る火龍。
山を越えた途端、一瞬むせ返る様な熱気がヒィを襲う。
しかし直ぐに、熱さを感じなくなる。
身に付けている衣服や背負っている袋なども、加熱されている感じは無く。
まるでヒィの周りを、スウッと通り過ぎている様だ。
これがヒィを、選ばれた者たらしめている。
半分は、サラの力に因る物。
そして、もう半分は……。
幾つか上空から見えた、平地に点在する集落の中で。
最も規模が大きい物へ、火龍が近付いて行く。
そして傍まで来ると、火龍が全体的に縮み出す。
ヒィ達が跨る前の姿まで戻った後、ゆっくりと下降する。
地面へ着地すると、ドギンがまず降りて周りを確かめる。
安全が確認されると、続いてヒィも降りる。
火龍は更に縮み、ヘビの様になると。
シュルリとドギンの首に巻き付く。
そこは、赤い大地。
溶岩が風化したのか、表面は砂の様にサラサラ。
常に一定方向へ風が吹いているのか、風紋らしき物も見られる。
その中でも、道の様に踏み固められた部分を歩いて行くドギン。
後ろをヒィが続く。
町は目の前、しかし視界は歪んでいる。
熱せられた空気、それが景色を捻じ曲げている。
流石にこれまでは、精霊の力と言えど何ともならないらしい。
ゆらゆらと揺れ動く、遠くに見える火口を気にする事無く。
2人は町へと歩いて行った。
どれだけ歩いたか。
漸く〔バーファ〕へと到着。
人間はまず寄り付かない、獣人すらも少々キツい位なので。
町を守る様に張り巡らされている、柵らしき物は無い。
何処から何処まで町なのか、区別のしようが無いと思ったヒィだが。
エルモンには、地面に流れる〔火属性の魔力〕が見えるらしい。
崇めている神ヴォルカノによって、境が決められ。
それを指し示す様に、魔力が地中を動き回っているそうだ。
感じる事しか出来ないヒィは、視覚化出来るエルモンの力に感心する。
町は、立っている建物から察するに。
エルモンの総本山と位置付けされている割には、それ程大きくは無い。
建物は等間隔に、ポツポツと見え。
それによって形作られている路地は、まるで碁盤の目の様。
『建材は何だろう』、そう思わせる位に建物は黒い。
通り過ぎる時、何気無く表面をコンコン叩いてみるヒィ。
すると、少し甲高い音がした。
石程鈍く無く、金属より高く無い。
不思議に思い、ヒィはドギンに尋ねる。
「建物が黒いんだけど……。」
「ああ。黒陶磁で出来てるからね。」
「とうじ?」
「そう。土を焼いて作った、お椀とかお皿とか在るだろ?あれに近い物だよ。」
「へえ。」
食器にも色々有る。
木製、金属製。
磁器もこの世界では流通している。
何処産なのか、ヒィは知らなかったが。
『エルモンが、マール獲得の為作っているのさ』と聞いて、納得。
外界で、どうしても手に入れたくなった物が有る時。
やはりお金は必要。
昔商人に相談した時、磁器を見て『これは売れる』と勧められた。
それからエルモン界隈では、外貨獲得の常套手段になっているそうだ。
どうしても欲しい物、それは。
ここでは取れない鉱石だったり。
磁器を飾り付けするのに必要な、塗料の材料だったり。
それ等は特殊な容器に入れられ、大切に保存されている。
どうやらその容器に、ユキマリの言っていた〔お守り〕が使われているらしい。
町を訪れるのに使うだけでは無く、外界の物を熱から守るのにも使われている。
交易の要、そう表しても良い位だ。
因みにそのお守りは、商人の通行手形も兼ねているとか。
出入りを許可した者にしか渡さない、よって量産はしていない。
ドギンはそこまで話してくれた、それ程ヒィを信用しているのだろう。
この話を聞いたら、ユキマリは残念がるだろうなあ。
そう思いながら、ヒィは町中を進んで行った。
外輪を背にし、町を歩く事幾程。
ヌプラーペ火山の火口へと近付くにつれ、建物の数は減って行き。
とうとう、1軒だけになった。
それは、〔家〕と言うよりは〔柱〕。
黒くて太い、三角柱。
真上から見ると、▲の様に見える事だろう。
頂点の1つを真っ直ぐ、火口に向けている。
万が一溶岩が迫って来ても、これで流れを逸らし。
町の中へ侵入するのを防ぐとか。
だからなのか。
黒光りが、他の建物より増している様に感じる。
頑丈そうなそれは、実際は5階建ての居住空間。
町長一家だけが住まう事の許される、屋敷。
ヒィはそれを見て、『人間は暮らせない』と思った。
何せ、壁に付いている窓が。
火口とは真逆の位置に在る一辺にしか無く、それも申し訳程度の大きさだったから。
「ようこそ、お客人。」
屋敷の前では、わざわざ何人かが出迎えてくれた。
ドギンが旅立った事と、神官の新しい占いで。
ヒィの来訪を、事前に知っていた者達だった。
ドギンよりやや背が高く。
やはり赤緑交じりの髪をした、凛々しい顔付きの30代位の男性が。
ヒィの前へ進み出ると、早速自己紹介する。
「私はドギンの父親で、バーファの町長を務めております。【ヘウラム】と申します。お見知り置きを。」
「ハイエルト=アジカです。〔ヒィ〕とお呼び下さい。」
「ほう……もしかして、〔フロウズ〕の?」
「御存じなので?」
「ええ。人間族の中でも珍しい、火の妖精に近しい者。フロウズの中に、その血を色濃く残した者達が居ると聞いております。」
そう言いながらヘウラムは、ヒィの真っ赤な髪を見る。
フロウズは放浪者の集合体、その時々で加わったり離れたりする者が出る。
だからいろんな民族が混合し、属性もまちまち。
ヒィは偶々赤い髪だが、他の色をした髪の者も居る。
因みにロイエンスもヒィの父親も、髪は赤く無い。
この髪は【母親由来】らしいが、詳しい事はヒィも知らない。
もう何年も、会っていないから。
もしかしたら、ヘウラムの言う〔者達〕とは。
ヒィと、その母親の一族の事かも知れない。
ヘウラムの挨拶の次に、歩み寄る者。
やや透明がかった真っ赤な小球を先に付けた、黒い棒。
それを右手で握り、杖の様にしてツカツカと。
スウッと、ヒィの前へ進み出ると。
深々とお辞儀しながら、挨拶する。
「儂は神官を務めとります、【グランガ】と言う者ですじゃ。宜しくなのですじゃ。」
「ど、どうも……。」
顔を上げると、ジッとヒィの背中に在る剣を見つめるグランガ。
〔儂〕と言いながらも、ヘウラムと年は違わない様に見える。
その姿に戸惑いながらも、一方でグランガの視線が気になる。
もしかして、サラの事を気にしている……?
そう思って、ヒィはグランガに尋ねようとするが。
次々と他のエルモンから自己紹介を受け、それは叶わず。
数名に名乗られた後、屋敷の中へと連れて行かれた。
ヘウラムがドギンに、労いの言葉を掛ける。
「良く連れて来てくれた。ありがとうよ。」
「これも役目だからね。」
胸を張るドギン。
このまま、上手く行ってくれれば良いのだが……。
そう期待をしながら、ヘウラムは。
ドギンとグランガを伴って、屋敷へと入って行った。