4件目の依頼は……『俺だけでやれ』って!?
「一人で行ってらっしゃい。」
「え?」
所変わって、ヒィの屋敷。
その客間で、今後の相談を。
てっきりサフィは、『断られても付いて行く』と言うと思っていた。
それが、あっさりと否定された。
話を聞いていたジーノも、考え込む。
「オラも付いて行きたいけど、今回は止めとくよ。」
バーファの住人が信仰するヴォルカノは、火と冶金と鍛冶を司る神。
鍛冶師の下で働いているジーノにとっては、又と無い好機。
の筈。
しかし、バーファの〔位置〕が問題。
【ヌプラーペ火山】の大カルデラの中に在るのだ。
この世界有数の規模を誇る、大火山。
町は火口から離れているとは言え、カルデラ一帯はかなり暑く。
普通の人は立ち入れない。
火の妖精だからこそ、暮らせると言うもの。
流石のドワーフも、耐えられない。
だから、断念。
同じ理由で、アーシェも同行しない事に。
その代わり、忠告をば。
「あの一帯は、火の精霊に満ち溢れていると聞く。サラが居るとは言え、用心した方が良い。」
「ありがとう。気を付けるよ。」
アーシェの心遣いを肝に命じ、ヒィは旅支度に入る。
『一応、契約を結んどいて』と、サフィはドギンと書を交わす。
無事締結され、満足のサフィ。
対して、何処か不安気なドギン。
マイナスの意識を和らげてやろうと、アーシェが声を掛けてやる。
「彼に任せておけ。きっと良い方向へ向かうだろう。」
「う、うん。」
少しだけ元気を取り戻すドギン。
そして屋敷でそのまま、1泊させて貰うのだった。
「えーっ。詰まんないの。」
ドギンの依頼を受けた、その翌日。
ヒィがドギンと旅立とうとしている、屋敷の門の前で。
今回の旅に、適当な理由を付けて同行しようとしていたアンビーは。
それが叶わない事に、大層残念がる。
獣人では近付き辛い場所へ赴くヒィ、その横に並べない。
これは、別の機会を狙った方が良さそうだ。
考えを切り替えると、ヒィに要望する。
「商売になりそうな物が有ったら、是非あたしに取り扱わせて。絶対だぞ?」
「ああ、分かったよ。」
どうやって運ぶか等のプランが、アンビーの頭の中に在ると思えないので。
愛想のいい返事をしておく。
ご機嫌を損ねたら、ややこしくなりそうだから。
アンビーと同様に、ユキマリもがっかりした顔をする。
「流石にそこへは行けないなあ……あっ!」
何かを思い出した様だ。
ヒィへ耳打ちするユキマリ。
『あの辺りって、【熱を避けてくれる鉱石】が取れるんだって。それを加工してお守りにすると、火口にも入れるそうよ。』
『へえ、知らなかった。』
『加工の技術も、あの子達の一族なら知ってる筈よ。教わって来たら?そしたら、あのドワーフ達も付いて行けるから。』
『考えとくよ。』
ユキマリの提案を、一応受け入れるヒィ。
彼女の真意は、容易に推し量れるが。
お守りを作った暁には、私も連れてって。
情報を教えた礼として。
そう言う事だろう。
ヒィには鉱石の加工が、高等技術の様に感じ。
そんな簡単に教えてくれる筈なんて無いだろう。
例え教わったとしても、俺達が使いこなせるとは思えない。
そう考えていた。
だから〔一応〕なのだ。
今回の旅の見送りは、寂しい事にアンビーとユキマリだけ。
ジーノとアーシェは早々に働き口へと向かい、サフィはぐっすりと眠っていて起きる気配が無い。
門の前で、『行くよ!』とドギンが言う。
すると。
その首に巻き付いていた、細いヘビの様な者が。
ヒュルッと地面に降りたかと思うと、見る見るうちに直径30センチ程の太い棒となる。
そして、クネクネとうねり出す。
長さ4メートル程の胴体の中央付近に、ドギンがまず跨る。
その後ろに、小さな荷物袋を左肩に掛けたヒィが。
2人を乗せると、ヒューッと空中に浮かび。
上空50メートル程まで上昇すると、むくむくと巨大化して行く。
そして立派な赤い鱗を湛えた、火龍へと変化すると。
グオオォォッ!
空中へ咆哮1つ吐き、グネンと一うねり。
その後ゆっくりと、南の方角へと動き出す。
下から、ユキマリとアンビーが。
『行ってらっしゃーい!』と手を振っている。
それを見届けたかの様に、火龍は2人を乗せ。
バシュッ!
火の玉の如く、南方へ飛んで行った。
さて、持ち場へ行きますか。
見送った後2人は、ヒィが持ち帰るモノを期待しながら。
その日の労働を開始するのだった。
勢い良く飛んでいるのに、風圧を感じない。
2人の周りに、バリアの様な膜が出来ている。
これは火龍の能力らしい。
エルモンと火龍は深い仲。
特にドギンは町長の息子なので、火龍も良く懐いている。
人間に対しては、火龍は友好的とは言えない。
時折炎を上げる鱗が珍しく、人間族の中で珍重され。
高値で取引される程なので、火龍を討伐しようとする輩が後を絶えない。
だから、人間を毛嫌いするのが普通。
しかしやはり、ヒィは特別なのか。
乗せている火龍の側も、何だか嬉しそう。
そう教えてくれたのは、サラ。
サラも、ヌプラーペ火山へ行きウルカに会うのが楽しみな様だ。
ヒダマは畏まり過ぎて、会話が成り立たない。
その点ウルカなら、敬語を使われる位で話は真面に出来る。
火の精霊同士、思う存分言葉を交わしたい。
火の神ヴォルカノの出方が、気になる所だが。
そう言えば1つ、気になる事が……。
ふとヒィは思い、何時の間にか右肩に座っていたサラへ尋ねる。
「ウルカは、ヴォルカノに繋がってるんだよな?」
「そうだね。」
「じゃあ君達サラマンダーは、何の神に繋がってるんだい?」
「なるほど、その疑問はもっともだ。」
敢えて、その辺は話して来なかった。
わざとボカして来た面も有る。
神とヒィとの、対立の構図を作らない為に。
でもこれから向かう先は、少なくともサラと直結している神では無い。
明示しておく必要が有る、サラもそう考えた。
だから答える、神の名を。
「女神【ヴェスティア】だよ。炉と竈を司る、火の神さ。」
「へえ、女神かあ。」
あいつみたいな〔なんちゃって女神〕とは違って、ちゃんとした神なんだろうなあ。
『アッカンベーッ!』と舌を出しながら、ヒィを馬鹿にするサフィの顔が思い浮かぶ。
サラは『因みに、ヴォルカノは男神だよ』と付け加えた後、ポツリと。
「火を司る神は、沢山居るんだよ。主導権争いも激しくてね。ホント、仲良くしたら良いのに。」
そのトーンは何処か寂しそうで、また残念そうに聞こえた。
こんな事をしているから、とんでもない事態になるまで纏まりが無いんだよ。
そんなニュアンス。
精霊は天使とは違い、神々と従属的な関係では無い。
場合に因っては、乗り換える事も有るのだそう。
サラの話を、緊張しながら聞いているドギン。
その内容は。
ヴォルカノとウルカとの関係性が、必ずしも永続的では無い事を指し示しているから。
妖精としては、〔崇める神〕と〔力を借りる精霊〕の中がこじれるのは勘弁して欲しい。
『その辺は大丈夫だよ』と、サラは言うが。
気が気で無いドギン。
妖精にも、妖精なりのややこしい事情が有るんだなあ。
そう思いながら、火龍の進む先をジッと見つめるヒィだった。