3件目の依頼、これにて終了とする
ヒュウウゥゥゥゥーーーーーッ。
シュンッ。
フキ近くの、方舟の発着場所へと到着。
いそいそと方舟から降り、荷物を取り出すヒィ達。
再び剣先に緑の炎を灯すと、方舟の方に向け炎を移す。
そして小さな物体へと戻すと、ヒィはそれをサフィに渡そうとする。
「ほら。返すよ。」
「あんたが持ってなさい。どうせあたしは運転出来ないから。」
「そうなのか?」
じゃあ何で、持ってたんだよ。
そう言いたかったが、不毛な気がしたので止めた。
それより、気になるのが。
サフィがずっと大事そうに抱えている、鞄の様な箱。
金属製だろう、銀色の光沢がある。
大体〔30センチ×50センチ×15センチ〕の大きさのそれは。
持ち歩くにしては、重そうに見える。
ヒィが『代わりに持とうか』と声を掛けるも、サフィは頑なに拒絶する。
ん?
疑問に思うヒィ。
そこへジーノが、ひそひそと耳打ちする。
『あれ、マール金貨が詰まってるらしいぜ。』
『何でそんな物を……?』
『報酬だってさ。今回の依頼の。』
『依頼ったって、セージは捕まったし。クリスの届け料も、商人さんへ……。』
3件目の依頼は、〔セージが捕まる〕と言う形で幕を下ろし。
報酬は御破算に。
サフィがどさくさに紛れてふんだくろうとした、クリスの送り賃も。
正規に依頼を受けていた、本来の請負人である商人へと渡された。
サフィは何処からも、お金は受け取れない筈。
ヒィは、そう考えていたのだが。
ジーノは、ヒソッと。
『どうやら、【ミカから】らしいぜ。就職斡旋の。』
『そっちか!』
『雇い主になった神から、《持って行け》って言われたらしいんだ。《その方が、後々面倒にならずに済むから》って。』
『手切れ金かよ……。』
『まあ、オラも。ちょっと小耳に挟んだ程度だから。本当の所は良く分かんないんだけどさ。』
『ありがとう、教えてくれて。』
『兄貴が困ってるなら、力になりたいだけさ。』
そう言ってジーノは、荷物を下ろした場所へと戻る。
それにしても、上の世界とやはり繋がりを持ってるんだな。
あいつは。
ヒィは今回の一件で、サフィの凄さを実感した気がした。
だったら、Kとやらに対しても。
サフィなら、十分に渡り合えるのではないか?
救世の御子なんか探さなくても。
何時の間にか、サフィを見る目が鋭くなっていたらしい。
サフィから声が飛ぶ。
「何よ!これは、あたしんだからね!……まあちょこっとは、分けてあげても良いけど。家賃代わりに。」
お金を狙っていると勘違いしたのか、そんな言葉だったが。
最後の方は、小声になっていた。
流石にそこまで、強欲では無いらしい。
小さな村が丸ごと買える金額、神様も奮発したものだ。
それだけ、サフィが厄介だとも言えるが。
これだけの金額、一人では使い切れない。
かと言って簡単に分配しては、『女神の沽券に係わる』とでも考えたのか。
プライドが邪魔をして、素直になれない。
だから、〔家賃〕と言う言い訳を用意した。
何とも、サフィらしい。
その辺は、任せるさ。
ヒィにとっては、どうでも良い事。
それよりも、早くフキへ向かわないと。
ヒィがそう思いながら見上げる空は、夕焼けがかっていた。
荷物を纏めて、広場から抜け。
C級街道を通り、メインストリートであるA級街道へ。
半日掛けて、ヒィ達は歩き進む。
サフィが持っていた箱には、何時の間にか。
下に小さな車輪が左右に1つずつ、側面には持ち手の様な長い棒が。
それぞれくっ付いていた。
まるで、ジュラルミン製のキャリーバッグみたい。
『らっくちーん!』と、カラカラ曳いて行くサフィ。
次から次へと、ヘンテコな物を使うなあ。
ジーノは呆れ顔。
大きな袋を担いでいる自分が、馬鹿らしくなる。
試しに、『オラにもそれと同じ物、くれよ』と頼んでみるも。
『やーよ』とあっさり断られる。
だったらせめて、こいつの構造を目に焼き付けよう。
鍛冶屋で同じ物を拵えてやる、そう考えた様だ。
ジーノの発想が、商売に繋がるかは。
別の話。
やっとこさで、フキへ戻ると。
すっかり夜も更けていた。
このまま屋敷へ戻っても、留守を預かるユキマリとアンビーは寝ているだろう。
起こすのは忍びない。
そうヒィが思ったのと。
帰還した事を、自警団の皆に知らせる為。
集会所へと向かった。
ここなら、夜を明かせる仮眠部屋も有る。
風呂は簡易的な物しかないが、それでもサフィとアーシェには天国。
挨拶しながら、中へと入るヒィ達。
丁度夜勤勤務だったネロウが、ヒィの下へやって来る。
「よう!随分早かったじゃないか。用件はもう済んだのか?」
「ああ。何とかな。」
「早速、話を聞かせてくれよ。」
「飯を食べながらで良いならな。腹ペコなんだ。」
「よっしゃ!任せとけ!」
そう言って、集会所の中を駆け回るネロウ。
人を集める為、アーシェの名前を出して『戻って来たぞー!』と言いながら。
アーシェ帰還の報を聞き付けて、集会所に居た者が続々と集まって来る。
そしてネロウが『腹を空かせているらしい』と告げると、何人かが居酒屋の様な店へ走って行く。
料理をどっさり持って戻って来た連中は、アーシェの前にずらりと並べ。
『さあさあ!』と勧めるので、アーシェは困惑。
その隣で、やや不機嫌なサフィも食事を頬張る。
アーシェに人気で負けているのが、気に入らないらしい。
それでも声を掛けられると、愛想良く受け答えしているが。
一方ジーノは、料理にがっついている。
ヒィは約束通り、ネロウに今回の苦労話を聞かせてやる。
目をキラキラさせて聞き入っている、とても刺激になったのだろう。
ため息交じりに、時折呟く。
「あーあ、俺も旅に出たいなー。」
「じゃあ、しっかりとした後釜を作らなきゃな。お前は、フキの貴重な戦力だから。」
「そ、そうか?照れるなあ。」
ネロウは、お世辞でも嬉しかった。
ヒィは意外と、本気で言ったのだが。
こうして集会所で食事を取った後、一風呂浴びて。
ヒィ達は眠りに就いた。
翌日。
漸くヒィ達は、屋敷へと帰還。
『お帰りー!』と、ユキマリとアンビーが出迎える。
そしてヒィの右側にアンビーが、左側にユキマリが陣取ると。
2人共、ヒィと腕組みをし。
『あのねあのね!』と喋り出す。
留守中にどれだけ自分が働いたか、ヒィへ猛アピール。
『勘弁してくれよー』と、弱々しい声を上げるヒィ。
サフィの様にがさつでない少女を、無下には扱えない。
2人に連行される様に、屋敷の客間へと引き摺られて行く。
その姿が哀れに見える、アーシェ。
でも不思議と、中に混ざりたいとは思わない。
騎士としての使命感の方が、まだ勝っているのだろう。
その間を、するりとジーノが抜けて行く。
早く荷を下ろしたいらしい。
ユキマリやアンビーよりも先に、屋敷の奥へと消えて行った。
サフィと言えば。
マール金貨の詰まった箱を、相変わらずカラカラと曳きながら。
鼻歌を口ずさんで、屋敷へと入る。
感慨深く、門の辺りから屋敷を見上げていたアーシェも。
最後に入って行った。
こうして、3件目の依頼もこなし。
フキでの生活に戻ったヒィ達。
ジーノは鍛冶屋で働く合間、サフィの持っていた箱を開発しようとし。
サフィはまた、何処かへ行っては帰って来る日々。
アーシェは本国へ報告書を送った後、自警団の稽古に付き合う。
ユキマリはその愛想の良さを生かし、居酒屋で働き出す。
町中の人気を獲得する為に。
アンビーは一旦〔シャーオ〕へ戻った後、正式な辞令を受け。
シャーオとフキとの交易を担う、会社の様な物を立ち上げる。
その代表へ就任し、商談の為フキ中を走り回っている。
ユキマリもアンビーも、ヒィの事を諦めた訳では無い。
ただ一連の出来事を聞かされて、『ヒィと並び立つには何かが足りない』と実感したのだ。
共に過ごす者として相応しくなる様、努めようとした結果の行動。
結局2人共、当分ヒィの屋敷で暮らせる事となった。
それでも、ヒィといちゃつく事は忘れない。
絆を確かめる、唯一の方法であるかの如く。
ヒィは、ネロウとブレアのコンビで。
自警団の一員へと戻っていた。
また何時旅立つか分からないが、今出来る精一杯の事をしよう。
そう考えて。
ネロウはヒィを頼もしく感じ、ブレアは何か別の思いを抱える。
でも3人で居る時には、2人共顔には出さない。
ただ、ヒィ一人だけがどんどん大人に成って行く気がして。
置いて行かれる感じがし始めているのも、事実だった。
ヒィとジーノ、そしてアーシェは。
戦闘訓練も欠かさなかった。
今回の事で、ヒィの存在は。
益々、この世界に知れ渡るだろう。
どんな危険がこの先待ち構えているか、分からないので。
研鑽を積むのは当たり前。
本当はそんな事、望んではいないのだが。
そうこうしている内に、数十日が過ぎて行った。