ヴィルジナルと、約束す
ワウの村で1泊した後。
B級街道を更に進む、ヒィ達。
そして或る地点で、街道を逸れ脇道へ。
やや新雪が積もった、C級街道を進んで行くと。
開けた場所へと出る、ここが目的地。
そう。
ペルデュー国へ向かう時に着陸した、方舟の発着場所だった。
少し進んでソリが止まり、皆が『やれやれ』と降りる。
そこでお役御免とばかりに、馬の姿が消える。
ヒィは服の左ポケットから、小さな物体を取り出すと。
直径100メートル程の円状を形作る、広場の中央にチョンと置く。
背中から剣を取り出し、剣先から緑色の炎を発現させ。
物体に炎を移す。
すると、物体は展開し。
また〔真っ黒な箱=方舟〕へと変化した。
勝手に『ギギギ』と、後方部が開く。
『早く荷物を積め』と言っているのだろう。
早速ソリから荷を移すジーノ、それを手伝うアーシェ。
騎士だが乙女、なのに力仕事ばかり任される。
納得行かないと思いつつも、今与えられた役目を粛々と遂行するだけ。
そんな感じ。
一方で、ヒィとサフィは。
姿を現したエイスと、別れの挨拶を交わしていた。
「ありがとう。助かったよ。」
「礼を言うのは僕の方さ。これでキューレや他のヴィルジナルも、安心して暮らせるよ。」
ヒィとエイスは、堅い握手を交わす。
握った手で解けない様、ヒィは手袋をしていた。
そんなきめ細かな心遣いにも、感謝するエイス。
彼はきっと、立派な人物になるだろう。
エイスにそう思わせる、紳士的な行動。
それとは対照的に、報酬を強請るサフィ。
「あたしの協力無しでは、達成出来無かったんだからね!何か頂戴!」
「直接的だなあ。」
遠回しな表現を使わず直球で要求するサフィに、呆れるエイス。
それでも『もっともな言い分だ』と思い直し、考え込む。
何せ、ヒィ達をここへ差し向けたのは。
『セージと契約しよう』と、乗り気満々だったサフィなのだから。
『気を遣わなくても良いよ』と、ヒィは言ったのだが。
サフィがバタッと、雪の上に仰向けと成り。
『何か頂戴!頂戴!』と手足をバタバタさせ、子供の様に駄々をこね出すので。
流石に何かあげないと、収拾が付かないな……。
そう考え、辺りをウロウロしながら思いを巡らせるエイス。
そこへ。
「キューッ。」
可愛らしい鳴き声を上げながら、トコトコと森から出て来る者有り。
それは背丈20センチ程の、真っ白な生き物。
姿を見るや、駆け寄るサフィ。
そして思わず、声を上げる。
「【ドラゴン】!ドラゴンじゃない!可愛いー!」
ドラゴンの子供の様な、その外見。
小さな牙、チョンと突き出た尻尾。
そして何よりも、ふわっとした真っ白な毛並み。
抱きかかえて、スリスリするサフィ。
嬉しそうに、『キューッ』と鳴く生き物。
エイスは『あちゃーっ、出て来ちゃったかー』と、顔に手を当て困った表情に。
ヒィが尋ねる。
「この子は?」
「ああ。彼女が言った通り、ドラゴンさ。この世界の言い方では、【氷龍】かな。」
「氷の龍?」
「そう。暖かい所が苦手でね。直ぐ、ぐったりとしちゃうんだよ。」
その間にも、サフィはスリスリしている。
温かいサフィと接触しているにしては、平気な顔だな……。
それが不思議なヒィ。
サフィがエイスに、氷龍を抱えながら詰め寄る。
「この子が良いわ!頂戴!頂戴!」
「いや、だから。今のままじゃあ無理だって。」
「暑さを何とかすれば良いのね!」
「うん、まあ。」
ここまでで既に、嫌な予感がしていたヒィ。
静かに氷龍を下ろした後、サフィがヒィに宣言する。
「この子の為に!アイテムをゲットしに行くわよ!」
「えーっ!やっと一段落したのに!」
音を上げる様に、大声を出すヒィ。
『何だ?』『何事か?』
荷物を積め終わったジーノとアーシェも、話に参加する。
トコトコとエイスの傍まで歩いて行き、『キューッ』と鳴いている氷龍。
その姿に驚くも、サフィの言い出した事に2人も反発する。
「オラも、暫くはゆっくりしたいよー。」
「同感だ。一連の事に付いて、本国へ報告書を書かねばならん。まあ、報告出来る範囲でだが。」
2人の協力は、得られそうに無い。
がっかりするも、『一人でもやるからね!』と強気のサフィ。
そこへ、エイスが口を挟む。
「残念だけど。これから暖かくなる時期は、僕達も奥へ引っ込むんだ。勿論、氷龍達もね。」
「そ、そんなあ……。」
悲しそうな顔付きになるサフィ。
わなわなと手を震わせ、氷龍に触ろうとする。
そこを止めに入るヒィ。
「無理やり連れ帰っても、この子が苦しむだけだぞ。そんなの嫌だろ、お前も。」
「ううっ……。」
漸く、後ろ髪を引かれながらも離れる決意を。
エイスが言う。
「〔アイテムとやら〕を手に入れたら、寒い時期にまたおいで。その時この子が付いて行きたがったら、君に預けるよ。」
「……ホント?」
「ああ。約束するよ。」
「やったー!」
バレリーナの様にクルクル回って、喜びの舞。
サフィに元気が戻って来た。
その様子を見て逆にうな垂れるヒィへ、エイスが告げる。
「この子の力も、きっと必要になる筈さ。僕は付いて行けないけど……。」
つまり氷龍を、エイスの代わりに。
ヒィの助けとなる〔仲間〕として、同行させたい。
と言う事らしい。
勿論、氷龍の意思を尊重するが。
ヒィは、エイスに感謝する。
そして『きっと引き取りに来るから』と、エイスと約束を交わした。
エイスと氷龍が見送る中。
ヒィ達は方舟の中へ乗り込んで、発着場所を飛び立つ。
『ヒュンッ!』と、一瞬で天高く昇り。
小さな点になると。
ビュンッ!
急加速して、姿が見えなくなった。
見届けると、エイスは氷龍を連れて。
森の奥へと戻って行く。
そして広場の片隅には、また使える様に。
乗って来たソリが、凍結保存されていた。
暖かい季節が来ても解け切らない様、どでかい氷の塊となって。
それが広場の入り口を塞いでいたので、こちらは行き止まり。
自然と人を寄せ付けない壁となって、ヴィルジナルコミュは守られるのだった。