戻った平穏、戻る人々
シュッ!
サフィの瞬間移動で帰って来る、ヒィ達。
『疲れたー』と言いながら、部屋のベッドに倒れ込むサフィ。
サフィと言えど、限度は有るらしい。
『暫く寝るからー』と言った途端に、スースー寝息を立て始める。
その間に、レギーとクリスはターレンの下へ。
見て来た事を、報告する。
宝物殿が、宝物殿で無くなった。
最初は何の事か分からなかったが、『山龍の居場所が無くなった』と聞いて。
今後をどうするか、考え始める。
レギーが悲しそうな顔をするので、それも含めて。
ヒィ達と言えば。
『腹減ったー』とジーノが言うので、食事を取る事に。
無理を言って、ターレンに用意して貰った。
待っている間、ブレイムは身の振り方を悩んでいる。
役目は済んだ、でもゲートを放棄する訳には行かない。
かと言って、もうあそこで暮らせはしない。
そうこうしている内に、1時間半程経っただろうか。
召使いが、『食事の用意が整いました』と呼びに来る。
大広間へと向かう、ヒィ達。
良い臭いを嗅ぎ取ったのか、何時の間にか目を覚ましていたサフィ。
ちゃっかりと付いて来ている。
席に着き食べながら、それぞれ。
武器や防具に付いて、アーシェはジーノに相談している。
ムシャムシャとこんがり肉にかぶり付きながら、ああだこうだと答えるジーノ。
レギーはターレンからの提案として、ブレイムに『フラスタで暮らさないか』と申し出る。
これからは〔国王〕としてでは無く、〔名誉国民〕として。
同じ目線で、共に過ごしたい。
ウルウル目を潤ませながら懇願して来るので、ブレイムもそれを受け入れる。
サフィに付き従う道も有っただろう。
でもそろそろ、自由な道を歩んでも良い。
何者にも縛られない、あなたらしいじゃない。
サフィから、そう背中を押されたのも大きかった。
大喜びのレギー。
『後で、家を見に行こうね!』と、笑顔で約束を交わす。
少し困った顔のブレイム。
でも内心は、嬉しかったに違いない。
自分をこんなに必要としてくれる者が、まだ居た事を実感出来て。
ここからは、後日談となる。
モンシドへ向かう途中の橋など、今回の出来事で破壊された物は。
ペガル家が、責任を持って修理する事となった。
ダイエンは。
雇った者達を2~3日、モーモウ地区で休ませた後。
彼等を伴って、故郷の〔メリヤード国〕へと帰って行った。
セージは、ミカが迎えに来て。
何処かへ連れて行かれた。
〔人間では課せられない罰〕とやらを、受けさせる為に。
どうやらミカは、無事に就職出来たらしい。
逸れ天使になっていた所を、サフィにスカウトされた。
そして今回の件に付いて聞かされ、話に乗っかる形で。
雇ってくれる神を探していた。
捕獲した悪魔を持って行ったのは、『これだけ仕事が出来るんだ』とアピールする為。
効果は覿面だった様だ、これはサフィの入れ知恵に因る物。
セージを連れて行くついでに、サフィの下へ顔を出し挨拶した時。
とても嬉しそうだった。
就職先の神とは、馬が合うらしい。
『もう、つまみ出されるんじゃないわよー』と、サフィに声を掛けられ。
ミカは、ヒューッと飛んで行った。
問題が解決した後、エリメン卿の名の下に。
速やかに、関所の解放が行われ。
滞っていた物流が復活する。
ワウの村に療養で滞在していた、エルクとムースの主人に当たる商人も。
漸く関所を越えて、若干角が伸びたらしい2頭とソリを迎えに来た。
顔をほころばせる商人と、その顔にスリスリする2頭。
仲睦まじい光景に、クリスも満足。
私の為に苦労を掛けて、ごめんなさいね。
心の中で、2頭と1人に謝っていた。
その後クリスは。
ブレイムの暮らす家へ、頻繁に訪れる様になる。
魔法とは何か、精霊とは何か。
親が危険から遠ざける為に、クリスへ伝えて来なかった事を。
ブレイムに教わっていた。
両親へも、近況報告の手紙を送っていた。
『自分も魔法使いになる』と、付け加えて。
両親もさぞや、驚いたに違いない。
まさかそんな展開になっているとは、夢にも思っていなかっただろうから。
通っている内に、ブレイムから興味深い話を聞いた。
曽てフラスタに滞在したと言う、魔導士。
ブレイムは、『会った事が有る』と言ったのだ。
調査の内容を、ターレン達は聞かされていなかったが。
ブレイムによると、〔宝物殿の真の姿とは何か〕だったらしい。
その魔導士は、『宝物殿に宝など無い』と考え。
真偽を追究する為に、ブレイムと面会したとの事。
ブレイムは正直に、『これはゲートだ』と告げると。
『自分は通れない』と悟ったのか、人知を越える物を前にしたからか。
満足した顔で帰って行ったと言う。
それでも諦め切れず、ゲート通過の可能性を探求する内に。
賢者へと上り詰めたと、風の噂で聞いたとか。
クリスは興奮した。
努力次第で、そこまで極める事が出来る。
ブレイムの話は自信になり、魔法探求の道を突き進む切っ掛けとなった。
後日談から、巻き戻って。
ヒィ達が帰る事となった日。
『瞬間移動で跳んで行くのは味気ない』と、サフィに言われ。
【あの地点】まで、ソリを使う事に。
モンシドへ向かう時、キムンカが曳いてくれた物を。
丁度、借り受ける事が出来た。
ガタが来ていたので、使い終わったら捨てても良い。
そう言われた。
だから、遠慮無く。
問題は、ソリを曳く動力源。
ヒィには心当たりが有った。
ジーノがソリへ荷物を詰め込む。
アーシェはサフィに『荷物は?』と尋ねるも、『無いっ!』と一言。
全く、セージとの道中をどう過ごしていたのだろうか。
謎では有るが、アーシェは深く追求しない事にした。
どうせ、『ファンタジーだから』と誤魔化されるから。
「また来てね!」
ソリの方へ手を振る、レギー。
その傍でヒィ達を見送る、ターレンとクリス。
ブレイムは、敢えて顔を出さない。
長い年月を生きた彼にとっては、刹那の出来事。
一々感傷に浸っていては、やってられない。
『ありがとう!』と手を振り返すヒィは、運転席右側に座っている。
左側には、ジーノ。
後ろの席には、ヒィの後ろにサフィ。
ジーノの後ろにアーシェ、と言った具合。
ヒィは天に向かって叫ぶ。
「お願い!」
『良いよ。』
辺りに響き渡る声。
そしてソリの前方に、氷で出来た馬が2頭。
パッと現れ、ソリと連結される。
そしてゆっくりと動き出し、門から屋敷の外へ出ると。
物凄い勢いで、ソリを引っ張って行く。
あっと言う間に、レギー達の視界から消え去る。
レギーは、ターレンに言う。
「父さん。僕も、あの人達の様に成れるかな?」
「ん?」
「人の役に立ちたいんだ。」
「なるほど。今の気持ちをずっと持ち続けていれば、きっと成れるさ。」
「そうかあ。」
えへへ。
照れ笑いをするレギー。
前のクリスなら、そこで突っ込みを入れる所だが。
大人に一歩近付いたらしい。
人を困らせる様な事を、口にしなくなっていた。
短期間での子供達の成長ぶりが垣間見られて、喜ばしく思うターレンだった。
街道口を抜け、完全にフラスタから離れると。
さらに加速するソリ。
面倒臭くなったのか、流れ出る川の上に。
ソリが通れる幅の、氷のレーンを精製しながら。
そこを走って行く。
辺りの雪は止んでいるが、ソリを隠す為に。
通過する一時は、川の上だけ猛吹雪。
川の両側に走る街道を見やると、フラスタへ向かう馬車等の他に。
関所方面へ向かう、人の群れが見える。
敵が攻めて来るのに備え、フラスタと関所の間に在る村々から避難していた人々が。
続々と、元の居場所へ帰還しようとしていたのだ。
その顔は皆、安堵の表情で満たされていた。
ゆったりとした生活が戻って来る事に、神からの恵みを感じ取っているかの様。
ちゃんと神々が活動していれば、そもそもこんな事にはなっていないだろうが。
そこを突っ込んだら、住民が可哀想。
だから、黙って通り過ぎる。
滝の方へ、一目散に。
滝の上を通り過ぎ、街道の分岐点まで辿り着くと。
川の上に張っていたレーンは消え、猛吹雪も止んだ。
突風に紛れて、ヒィ達が現れた。
その光景に絶句する人々。
さっさと通り過ぎないと、色々面倒だ。
ヒィの気持ちを汲み取ったのか、とっとと馬は走り出す。
吹雪が止む直前、透明な馬達に色が付いた。
一々気にされて、すれ違う人達の視線が刺さるのは辛い。
ヒィ達にそう思わせたくないとの、配慮からだろう。
お陰で無事に、分岐点から離れる事が出来た。
分岐点へ到達する為に、上から滝を覗き込む格好となったので。
滅多に見られない景色を拝む事が出来、大喜びのジーノ。
それとは逆に、怖さでプルプル震えているアーシェ。
方舟に乗っていた時と同様、ドキドキしっぱなしだった。
その様子は正に、可憐な乙女。
サフィは何とも思わない、慣れているから。
しかしアーシェの様子を見て、モジモジし出す。
乙女合戦で、負けるものか!
変な負けん気が、こんな形で発揮される。
サフィの態度に、呆れを通り越して反応も出来ないヒィ。
見なかった事にしよう、そうしよう。
ヒィは前に向き直ると、関所まで後ろを振り返る事は無かった。
関所に到着した一行。
フラスタへ向かう時は、サフィの瞬間移動のせいで。
道のりは1日だけで済んだ。
戻っている今回は、協力者が張り切り過ぎたのか。
半日で到達。
関所の兵士達も、行きとは違ってすんなり通してくれた。
緊張感の無い顔付き、一気に緩んだのだろう。
慣れない事をして、変に気を張っていた反動。
それ程普段は、のんびりした雰囲気に包まれている。
のどかな光景を後にし。
一路、〔とある場所〕を目指す一行だった。