裏切者、忘れ去られようとする者、そのそれぞれ
『裏切者は、ドンゴ家の隣の地域を治める者』。
ヒィの言葉に、キョトンとする一同。
ドンゴ家が管轄する〔クウィ地区〕の隣は、2つ有る。
〔アクォ地区〕を管轄する〔マーク家〕と。
〔モーモウ地区〕を管轄する〔ペガル家〕。
2家共、『違う!』と否定する。
ヒィが続ける。
「惚けても無駄ですよ。あなたがドンゴ家に送り込んだスパイは、既に洗いざらい吐きましたから。」
「私の前でな。とんだ屈辱だ。」
吐き捨てる様に、セドウが付け加える。
ヒィが続ける。
「俺達を小屋に止まらせない様、ご老人方まで駆り立てて。悉く邪魔をしようとした。対岸に渡る為の橋も、ご丁寧に全て壊してね。」
「ほんっと、屑だわ。」
クリスも続く。
ヒィは更に続ける。
「ご老人方は、【モーモウ地区の住人だった】。スパイも、【ペガル家に命じられた】と言いました。更に……。」
そこへ、縄で縛られたままのセージが。
アーシェとジーノの手で連れて来られる。
ドサッと目の前に投げ捨てられたセージが、嘆く様にペガル家の者へ言う。
「俺達はもう、お終いだ!〔あいつ〕も天界に連れて行かれた!」
そこへ、縄が解かれた状態のダイエンが。
下の階から上がって来ると。
膝を付き、深々と頭を垂れて。
謝罪の意を表する。
「私が悪かった!許してくれとは言わない!だが、雇い入れたあの者達は一切関係無い!頼む、彼等は……!」
「父さん、僕からも頼むよ。この人は悪魔に憑り付かれていたんだ。そいつの言った通り、悪魔は天使が上の世界に持って行ったから。」
「雇った連中も、魔法使い達も。凄く反省しているわ。私からも、お願い!」
レギーとクリスは約束通り、恩赦を願い出る。
子供達に頭を下げられては、許さない訳にも行くまい。
『分かった』と、ターレンは告げる。
それを聞いて、レギーとクリスは大喜び。
ダイエンも、ホッと胸を撫で下ろす。
ただ1人、釈然としない者が。
それは、当然……。
「ち、違う!私は断じて!」
「まだ言い訳するか。仮にも区長だろう、お主も。いい加減認め……。」
「し、知らん!こんな奴、見た事も無いわ!」
そう言って、ガシッとセージを足蹴にする。
もう威厳など無い顔付きの、ペガル家当主【デッダ=メル=ペガル】。
更に蹴ろうとするデッダ。
『止めろ!止めてくれ!』と叫ぶセージ。
必死の形相で、蹴り殺す勢いのデッダ。
目が血走っている、もう手を付けられない状態。
止めようとする、ペガル家のボディーガード。
それを振り払おうとするデッダ。
「私の言う事が聞けないのか!」
「これ以上はなりません!家名に傷が付きます!」
「そんな事、どうでも良いわ!」
「なりません!」
「やかましい!」
ジタバタしながら喚くデッダ。
必死に取り押さえようとする、ボディーガード達。
そこへ。
「ふっざけーんなーーーーーーーっ!」
ガギッ!
ドスッ!
ボーーーンッ!
思わず手が出た、ヒィ。
デッダはヒィに、物凄い勢いで殴られ。
そのまま吹っ飛ばされて、壁に激突。
その頭上から火種がポトリと落ちて来ると、『ブワァッ!』とデッダを包み込む。
「熱っ!た、助けてくれー!」
バタバタと床の上を転げ回るも、纏わり付いた火は落ちてくれない。
苦しむデッダ。
その内、余りの熱さに気を失ったのか。
グタッとなった。
駆け寄る、ペガル家のボディーガード達。
デッダを見て驚く。
火傷どころか、服に焦げ付いた跡さえ無い。
ヒィが言う。
「ヒダマ達も、『焼き殺すに値しない』と思ったんだろうさ。」
優しいヒダマ達が、そんな残酷な事なんて出来る筈が無い。
ただ余分な熱を与えて苦しませ、懲らしめただけ。
本当はそう思っていたヒィ。
敢えて嗾ける様な事を言ったのは、皆がヒダマの存在を忘れてしまっているから。
存在感を与えたかったのだ。
そこへ、山龍も続く。
「ヒダマ達よ、元気が無いのう。そんなに、忘れ去られようとしているのが悲しいのか?」
当たり前に過ごしていた環境。
それは、ヒダマ達が必死に守ってくれていた物。
漸く、この場に居る区長達は思い出す。
与えられていただけで、何も返して来なかった。
その愚かさを。
気付いた時には、皆。
光沢が失われつつある塗料の跡を、手で擦っていた。
デッダの処分を話し合う、他の区長達。
そこで1つ、解説。
どうして案内人2人が、〔デッダから送り込まれたスパイ〕だと分かったのか?
それは、モンシドへ向かう旅の3日目。
ミカがわざと大声で、『敵は、この谷に通じる地域を治める何方か』と。
鎌をかけた時。
クリスは悔しがった。
エドワーとヘレンが案内人達の前へ被さって、表情が見えなかったから。
しかしそれは、エドワーとヘレンが悪い訳では無い。
ミカが確信めいた発言をしたので、焦りの表情を悟られまいと。
自然に身体が動き、顔を咄嗟に隠してしまった案内人達が悪いのだ。
ミカの誘導に、まんまと引っ掛かってしまった。
案内人達の真の目的は、〔宝物殿に眠るであろうお宝の奪取〕に在った。
ヒィ達が怪物を倒し、その隙に〔ダイエンの身体を乗っ取った悪魔〕が中へ忍び込む。
そうやって強奪して来た所を、横から掠め取って。
主の下へ持ち帰り、それを元にデッダは国王を宣言。
後は、どうにでもなる。
『悪魔に責任転嫁してしまえば良い』とさえ思っていた。
しかし、ヒィ達は先手を打っていた。
ジーノがキムンカ達に、『怪しい動きをする筈だから、その時は取り押さえてくれ』と頼んでいた。
予想通り、功を焦って。
案内人達は、ソリの荷を捨てようとする。
出来るだけ軽くして、素早く逃げ出せる様に。
その計画には、決定的な穴が有った。
それは、『キムンカは、自分達の命令には絶対に従う筈だ』と言う思い込み。
ドンゴ家と違い、ペガル家には。
キムンカとの友好的な意識は無い。
家畜同然に、いつも見ていた。
正しくは、『見下していた』。
だから、肝心な所で足元を掬われた。
卑下していた相手に、まんまとしてやられたのだ。
一族ぐるみで、こんな大それた事を企てたのか?
この場では、はっきりとしなかった。
家族も呼んで、聴取する必要が有る。
そう判断した区長達は、ペガル家へ使いを出す。
その間に、これまでの事をレギー達から聞かされる。
ヒィ達の活躍に因る物だと知ると、『ありがとう』と口々に礼を述べる。
恐縮する様に、ヒィは答える。
「依頼通りですよ。そこに転がっている、セージからの。『宝物殿の前に居る怪物を退治してくれ』と言う、ね。」
「えっ!山龍を倒すつもりだったの!」
驚くレギー。
ニヤリとして、ヒィは続ける。
「居たじゃないか。人の身体を乗っ取って暴れ回った、【悪魔】と言う怪物がね。」