悪かったーーーっ!(誰の言葉?)
通路を通る間、ヒィがダイエンに何やら耳打ちすると。
ダイエンは黙って頷いた。
それは。
魔物に乗っ取られる隙を作っていた、自分自身への戒めと。
迷惑を掛けた者達に対する、償いの気持ちからだった。
通路を抜けると、辺りは荒れていた。
〔巨像〕と言うか、〔虚像〕と言うか。
大きな氷の塊が暴れ回り、男達や魔法使い達が迎え撃った結果。
積もっていた雪は、山肌から剥げ落ち。
土が露と成っていた。
レギーは大層残念がる。
ここまで傷んでは、今年の山菜取りは期待出来そうも無い。
エドワーとヘレンに連行される、セージとダイエンを見て。
驚く男達。
雇い主が縄で縛られているばかりか、見慣れない奴が増えている。
何が有ったんだ?
あの怪物と言い、この状況と言い。
訳が分からず、もやっとした気持ちが膨らんで行く。
そこでエドワーが先頭に立ち、その場に居る者全員に言い渡す。
「ここに居るダイエンなる者は!悪魔に憑り付かれ、神聖な宝物殿を穢そうとした!」
何だって!
怪物退治じゃ無かったのか?
困惑する一同。
エドワーは続ける。
「しかし!ここに在らせられるレガイル様は、寛大である!『ダイエン自体に罪は無し、悪いのは滅せられた悪魔である』との沙汰を下された!」
悪魔!?
動揺する男達。
知らなかったとは言え、悪魔に付き従っていたのか!
何て事だ!
頭を抱え出す男達。
認めたく無い魔法使い達は、ダイエンに問い掛ける。
「何かの間違いですよね!」
「何とか仰って下さい!」
「どうか!どうか!」
責められるダイエン。
ヒィの顔を見るも、黙って頷くだけ。
覚悟を決めよう。
それがけじめだ。
ダイエンは大声で、皆に告げる。
「済まなかった!心の隙を突かれ、悪魔に憑依を許してしまった!」
そして深々と頭を下げ、謝罪の意を表する。
う……嘘だ!
信じたく無い!
悲鳴にも似た声が、魔法使いから上がる。
それが本当なら、堂々と悪事に加担した事となり。
契約している精霊からそっぽを向かれ、魔法が使えなくなるばかりでなく。
契約自体も解除され、魔法使いですら無くなってしまう。
今までの人生を否定する事態。
困るのは当然だ。
しかしダイエンは、こうも告げる。
「この責任は、全て私に在る!お前達は悪くない!皆に対する善処を、命に代えて願い出るつもりだ!」
その力強さに、皆は少し安心する。
ダイエンに続いて、レギーも叫ぶ。
「君達の身の安全は、僕が保証しよう!エリメン卿の息子である、僕がね!」
「私も口添えしてあげるから!魔導士イヴェンコフの娘である、この私が!」
クリスも胸を張り、皆に告げる。
一連の出来事に、クリスも決意した様だ。
セージの様に、この国に悪さをしようとする奴は許せない。
私が立派な魔法使いになって、この国を守らないと。
クリスの目は、キラッと輝いていた。
それを見て、ヒィは安堵する。
良かったね、ポウ。
君達の未来は、守られそうだよ。
ヒィの顔が少しニヤけていたのか、そこをサフィに突っ込まれる。
「なーに?あんな子供が趣味なの?うっわー。」
「ち、違うわい!」
「ムキになっちゃって、あーやしー。」
「違うったら!」
また口喧嘩をし出す、ヒィとサフィ。
その関係が羨ましいのか、チラチラとヒィ達の方を見るクリス。
その手をギュッと握るレギー。
黙って頷き、『僕達も、ああ有りたいよね』と言いた気。
『喧嘩をする程仲が良い』とは、正にあんな関係なのだろう。
偶にはああやって、本音をぶつけ合った方がお互いの為だ。
それが人間関係を円滑にする、そこへ辿り着いた様だ。
10才前後の子供にしては、ませ過ぎている感じもするが。
この国の未来は、この2人に懸かっている。
そんな気がしながらも、頼もしく感じるヘレンだった。
怪物討伐隊は、こうして落ち着いた。
今回の雇い賃と報酬分は、ダイエンが責任を持って支払うと言う。
それよりも、逆賊扱いを逃れた方が嬉しかったのか。
『雇い賃だけで良い』と、男達は申し出る。
精霊との契約解除を免れた魔法使い達も、それに同意する。
何と無く『精霊が騒がしいな』と感じつつ、状況に流されて。
結果として、こんな事態と成ってしまった。
その反省の意味も込めて、『手間賃だけで良い』と言った。
『ありがとう』と、ダイエンはまたしても深々と謝罪。
その光景を快く思わないのは、セージ。
くそう!
本当なら、今頃は俺達の天下だったのに!
未だに野望を捨てきれないらしい。
そこにアーシェが、ボソッと一言。
『軽々と貴族を騙って置いて、ただで済むと思うなよ?この恥晒しが。』
余りにも冷酷な表情だったので、背筋に寒気が走る。
死よりも辛い何かが待っている、そう感じさせる物言い。
流石のセージも、委縮してしまった。
それからは常に。
アーシェの表情をうかがう様になった、セージだった。
先頭を行くのは、サフィ。
窮屈な生活から脱して、生き生きとしている。
手足を元気に振り、雪道を歩いて行く。
それに続くヒィ。
その後ろを、連行中の2人と。
お付き2人、アーシェとジーノ。
ジーノの後ろに、レギーとクリスがくっ付いている。
この辺りでは出会えないドワーフと、親密な関係を築きたいらしい。
ジーノがヒィに相談すると、『ヴィルジナルが妬かない程度なら、良いんじゃないか?』と返される。
ふわりとエイスが、『それ位で妬かないよ』と言ってくれたので。
ルンルン気分で、ジーノの後を付いて行く2人。
時々実体化しては、子供2人の様子を見ていたエイス。
ヴィルジナルとしても、歓迎する展開の様だ。
クリスは火の精霊と契約するつもりなので。
相反する性質の、氷の精霊キューレとは契約出来ない。
でもお互いに、『良き隣人には成れる』との自信が有った。
それだけでエイスは満足だった。
ぞろぞろと集団を従えながら、サフィはモンシドへ一番乗り。
着いて早々、『なんっにも無いわねー』と毒舌を吐く。
きょろきょろするサフィ、何かを見つけた様だ。
タタタと駆けて行く先には。
キムンカ2頭が、ソリを運転していた案内人2人を。
押さえ付ける様に、尻に軽く敷いている。
全体重を乗せては、案内人が死んでしまうので。
これでも、加減しているのだ。
その姿を見て。
「何これ、何これー!」
楽しそうに、傍へ寄って行くサフィ。
キムンカは威嚇しようとするが、一緒に寄って来たジーノが声を掛け。
事無きを得る。
『オラ達の仲間だよ』と言ってくれたらしい。
サフィに向かって、ペコリとお辞儀をする。
すると。
「可愛いーーーーーっ!」
キムンカ2頭に、それぞれ抱き付くサフィ。
『このモフモフ具合、堪らないわぁ!』と言われ、照れているらしい。
外見は完璧な美少女なのだ、キムンカと言えど悪い気はしない。
中身が残念なのを悟られる前に、ジーノがサフィを引き離す。
「何すんのよー!モフモフを楽しんでたのにー!」
「知らないよ、そんな事。中身を感付かれたら、嫌われるぞ。きっと。」
「そ、そんな事無いわよ。ねーっ。」
サフィがキムンカ達に言うが、反応が薄い。
もしかして、やっちゃった?
あは、あははは。
笑顔で手を振りながら、『またねー』と遠ざかるサフィ。
一応フォローしてやるジーノ。
「悪気は無いんだ。大目に見てやって。」
ジーノの言葉に、コクンと頷く2頭。
その間も、案内人達は呻いている。
「「た、助けてくれー!」」
「正直に、全部話せよ?でないと……。」
案内人達にそう答え、キムンカの方をチラッと見るジーノ。
『分かった!分かったから、命だけはーっ!』と、必死にもがく2人。
自分達の【本当の役目】を、その後に駆け付けたレギー達を目の前にして。
ペラペラと喋り出した。
その内容は……。