怪しい……
少々離れた所から眺めているが。
それでも異質な物だと分かる。
何せ、正方形が右に30°程回転した形で。
屋上の隅に突き刺さっているのだ。
近寄りたく無くなる訳だ。
不気味過ぎる。
黒い光沢がそれを助長している。
ドワーフ達の不安をよそに、平気な顔で近付くサフィ。
まるで、これが何かを知っているかの様に。
そしてヒィに対し、クイと顎を上げる。
何してんの、早く来なさいよ!
そう言いた気に。
モンジェが黙って様子をうかがっているので、行かない訳にも……。
そう考え、仕方無くサフィに従うヒィだった。
間近で見ても、不思議さは変わらない。
黒い艶、窓の格子の様な菱形模様。
そんな中、2等分する様に縦線が引かれている。
右上方の辺から、左下方の辺へ、スッと。
何だ、これ?
単なる模様では無さそうだ。
遠くから見守るドワーフ達、板に寄り掛かる真似をするサフィ。
それを尻目に、慎重にヒィは確かめる。
サフィが余裕しゃくしゃくなのだ、触っても何も起きまい。
起きたら、こいつのせいにしよう。
ヒィは試しに、板をノックしてみる。
『ゴンゴン』と、鈍い音。
今度は横に回って、厚みを見る。
大体、拳1個分と言った所か。
確かに重そうだ。
屋上へ運ぶにも、ここから降ろそうにも。
多人数で挑んだところで、苦戦を強いられる事だろう。
板が意思を持っていて、勝手にここまで動いて来た?
じゃあ何故、ノックに反応しない?
衝撃が足りないのか?
ヒィはやや強めに、『バンッ!』と右掌で叩いてみる。
『ひっ!』と頭を手で隠し、しゃがみ込むドワーフ達。
しかし、『ボーン』とやや鈍い音がしただけで。
何も起きない。
首をかしげるヒィ。
何処から見ても、ただの金属板だ。
爆発するとか、急に棘が飛び出すとか。
突拍子も無い事は起きないだろう。
そう判断した。
「皆さん、どうやらただの板の様です!ご確認を!」
大声でドワーフ達に呼び掛けるヒィ。
お互い顔を見合わせ、モンジェを初めとする4人は。
恐る恐る近付き、まずはツンツン突く。
何も反応無し。
今度はコンコンと叩く。
同じく、反応無し。
そこで漸く安心したらしい。
お付きの1人が、これでもかとばかりに拳を振りかぶり。
「脅かしやがってーーーーっ!」
今までの気苦労を吹き飛ばすかの様に、思い切り板を殴る。
「馬鹿!よさんか!」
モンジェが止める間も無く。
その拳は、板を貫く様に。
当たった。
が、『ガイン!』と逆に弾き飛ばされた。
『いて!いててて!』と、腕をブンブン振るお付き。
拳は赤く腫れ上がり、逆に板は何とも無し。
拳をフーフー吹くお付きは放って置いて。
もう1人のお付きは、サフィの様子をジッと見ている。
『怪しい』、ずっとそう思っていた。
その視線を感じ取ったのか、変にカッコ良く見せようとポーズを取り始めるサフィ。
それでも目を逸らさないお付き。
『誤魔化されないぞ』と言う意思の表れか。
一通り板を確かめ終わった所で、ヒィがサフィに尋ねる。
この場に居る者が皆、聞きたがっていた事を。
「お前、これが何か知ってるだろ?」
「え?なーんの事かしらん?」
首を傾け、目線を上に向けながら。
右手を髪先に絡ませ、クルクル回す。
それ等の下手くそな演技、棒読みの台詞。
明らかに、ヒィの質問に対して『イエス』と答えている。
更に尋ねるヒィ。
「俺をここへ寄越したって事は、俺に〔何か〕をさせようとしてるな?そうだろ?」
「当たり前じゃない。他に何が有るっての。」
平然と答えるサフィ。
サラサラと微風にたなびく濃紺の髪を、左手でサラリと撫で上げながら。
サフィは右手で、ヒィの背中を指差す。
そこに在る、武器を。
「あんたの初仕事よ。【その剣で、ここをなぞりなさい】。思い切り速くね。」
今度は、板に有るあの縦線を。
返す様に指差す。
直ぐに、その行動の意味を問うヒィ。
納得の行かない答えなら、従うつもりは無い。
何せ……。
「これは〔不殺の剣〕だ。その名の通り、物を斬る力など無いぞ。分厚い板を切り刻んで、ここから運び出すつもりか?なら別の案を……。」
「違うわよ。見たら分かるじゃない。人どころか、草も切れなさそうな剣だって事くらい。」
「じゃあ、何でそんな事……?」
「だーかーらー!『なぞれ』って言ってんでしょ?それだけで良いのよ、これはっ。」
そう言って、コンコンと板を叩くサフィ。
段々イライラして来たらしい。
最初はしおらしく、知的な美少女を装っていたのに。
もう直ぐ化けの皮が剥がれそうだ。
この娘、もしかして〔アホ〕なのか?
屋上に居る一同が、そう思い始めている。
サフィ本人を除いて。
ヒィも流石に呆れ返る。
馬鹿馬鹿しい、付き合って損した。
そんな気持ち。
屋上への入り口へと向き直り、降りようとするヒィ。
その後ろから、ガシッとしがみ付く者が。
それは。
今の今まで自信満々でふんぞり返っていた、サフィだった。
「お願いっ!サラーッとで良いから!それで済むからっ!ねえっ!」
「そ、そんな同情を引く様な言い方をしたって……従う……もんかっ……!」
纏わり付くサフィをそのまま引き摺って、帰ろうとするヒィ。
尚も懇願するサフィ。
「お、お願いようーっ!ちょこっと!ちょこーーっとで良いから!ねっ!ねっ!」
「子供みたいに駄々をこねるなっ!」
下半身をグリグリ回し、振り切ろうとするも。
しっかりとヒィの腰にしがみ付き、離そうとしないサフィ。
子供をあやす親の様に、ヒィの姿が映るドワーフ達。
余りの事に、『やっぱりアホの子だ……』と思ってしまう。
ズルズル引き摺られるサフィが、余程哀れに感じられたのだろう。
モンジェが申し訳無さそうに、ヒィへと声を掛ける。
「一度で良い、やってみてはくれんかのう。その娘が不憫じゃ……。」
「そ、そうですか?あなたがそう仰るのでしたら……。」
ドワーフの長に頼まれては、従う他無い。
腰にぶら下がっているサフィの顔を見ると。
涙でぐしゃぐしゃ。
何か言葉を発している。
何々?
耳を傾けると。
「あ゛っ゛、あ゛り゛か゛と゛う゛っ゛……あ゛り゛か゛と゛う゛っ゛……!」
どうやら。
ヒィの態度を翻してくれたモンジェに、感謝の意を表しているらしい。
ひっく、ひっく。
立ち止まったヒィの身体から、漸く腕を離し。
うつ伏せの状態で。
涙塗れの顔を、必死に拭う。
泣き顔が収まったのか、スックと立ち上がり。
ヒィの方を見る事無く、スタスタと板の方へ。
向かって右側へと辿り着くと、クルリと振り向いて。
満面の笑みで、ヒィに要求する。
バッと両腕を開き、板の上下を挟む様に翳しながら。
「さあっ!パパッとやって頂戴っ!さあっ!」