作戦、発動す
総勢20名弱の、白尽くめのグループ。
先頭を行くのは、ダイエン。
男達の待機場所から離れて、するすると目の前に聳える山の方へ向かう。
1キロメートル程進んだ辺りで、今度は緩やかに左へと曲がる。
更に700メートル程進み、そこで止まる。
そして前方に向け、何やら唱え出す。
すると、目の前の雪の斜面の中に。
ぽっかりと穴が開く。
それは洞窟の様相を成し、ダイエン達を誘う。
後ろに続く者達へ向け、『行こう』と一声掛けた後。
ダイエンは穴の中に入る。
魔法使い達とヒィ達もそれに続き、穴蔵に似た空間の中を進むのだった。
洞窟の様な、トンネルの様な。
綺麗に山肌をくり抜いて造られたと思われる、通路を歩いて行く。
魔法使いの内3人程が、持って来た松明の様な物に火を灯す。
ぼんやりと先が見える程の光だが、無いよりはまし。
数メートル先がやっと見える程なのに、ダイエンはスタスタと歩く。
罠などを警戒する様子など無く、何も無い事を知っているかの様に。
背中からは、ひんやりとした風が流れ込んで来る。
大体幅2メートル、高さ3メートルの通路は。
入り口こそ凍った風だったが、進むにつれ段々と融解している様だ。
足元はパリパリと言っていたかと思うと、今度はジュルジュルと緩い泥の感じ。
そして出口らしき物が見えて来た時には、地面はすっかりと乾いていた。
明らかに入り口と出口では、温度差が有るらしい。
目の前から見える、強烈な光からは。
ほのかに温かさを感じる。
そして通路を出た一行は、目に入った光景に驚きの声を上げる。
「どうなってるんだ……?」
そこは、周りを高い山々に囲まれた窪地。
盆地と表現するには狭過ぎる。
パッと見、最大幅150メートルだろうか。
急な斜面で、境目が多少入り組んでいるが。
何と無く、楕円形に感じる。
その真ん中に、石造りの大きな建物が建っている。
幅30メートル、高さ10メートル程の大きさに見え。
その下には、高さ1メートル程の基礎が見える。
これもどうやら巨石で出来ているらしい。
大理石の様な、真っ白な石。
それが組み合わさって、建物等を形作っているのだろうか。
ここからは良く見えない、それ程出口から離れているのだが。
一行が驚いたのは、それでは無い。
何と、周りに花畑が広がっているのだ。
今は寒い時期の真っ只中。
なのに、雪が全く積もっていない。
それどころか、空は青く澄み渡り。
雲1つ無く、綺麗なものだ。
風は柔らかくそよぎ、花々を優しく揺らす。
咲いている花も、見た事の無い種類ばかり。
背丈はくるぶし程で。
緑の小さな丸い葉と、可愛らしい黄色の花びら。
まるで群生地の様に、基礎の近くで固まって咲いている。
他にも、紫色の花やオレンジ色の花。
形も様々で、それぞれが競い合う様に天を向いている。
天高くに住まう神々へのアピール、そう思わせる光景。
正に〔圧巻〕の一言。
言葉が出ない、ただ立ち尽くすのみ。
足が止まる一行に向け、小声でダイエンが告げる。
『早くしゃがめ!奴に見つかるかもしれん!』
その声でハッとし、皆その場に伏せる。
ヒィが、ダイエンの格好に気付く。
既に白フードと白マントを脱ぎ、何処かへ捨ててしまったらしい。
辺りに、該当する様な物が見えない。
魔法使い達もそれに気付いたのか、次々に着替える。
まさか、白が逆に目立つ場所だとは思わなかったので。
対応が遅れた。
その間にダイエンは、一足早く。
匍匐前進の様に、伏せながらじりじりと建物へ向かう。
魔法使い達も、それに続く。
どうしようか、付いて行こうか。
心の中で迷っているクリスに、ヒィが言う。
『これから起こる事を、そこで見ていると良い。離れた場所からでしか、気付けない事を。』
『わ、分かったわ。』
『ヘレンさん、クリスをお願いします。』
『承知。』
3人は見つめ合い、静かに頷き合う。
そしてヒィだけが、ダイエンの後を追い駆けた。
ゆっくり、ゆっくり。
十数人が、這い進む。
20メートル程進んだ所で、停止すると。
再び、建物の方を見る。
どうやらそれは、一枚岩をくり抜いて造られたらしく。
石組みに見られる、石と石との境目が無い。
表面は真っ平で、綺麗なものだ。
装飾の様な彫り物も、壁や基礎の表面に浮かび上がっているが。
まだここからは、はっきりと確認出来無い。
しかし、真正面に在る扉らしき物だけは分かった。
そこだけは、異様に黒くなっているからだ。
何かを燃やした後に見える。
炎でもぶつけたのか?
ヒィはそう思う。
その時、黒っぽい表面上をピシッと縦に筋が入り。
一瞬ピカッと光ったかと思うと、また元に戻る。
その後そこには、中年男性の様な姿が浮かび上がる。
ダイエンは、そのシルエットを確認すると。
魔法使い達に、魔法を放つ準備へと入る様命ずる。
ヒィも剣を背中から抜き、手元に移動させる。
戦うつもりなど無いヒィの場合は、ダイエンに怪しまれない為に形だけだが。
ダイエンが合図を送ると。
魔法使い達は一斉に、問答無用で魔法を放った。
バシューーーッ!
バシュシュシュシューーーーッ!
花畑の上を、弧を描いて飛んで行く火の塊。
選りにも選って、火属性の攻撃を仕掛けたのだ。
シルエットに魔法攻撃が届くと、『ぐわああぁぁぁっ!』と言う大声と共に。
人間の姿から、むくむくと膨れ上がって。
巨大な体へと変貌した。
それを離れた場所から見ていた、クリスとヘレン。
何故〔山龍〕と呼ばれているのかが、良く分かった。
人間の形から、ドンドン姿を変えて行き。
山の様に、途轍もなく大きな図体へ。
その身体は、表現するなら〔動く丘〕だろうか。
こんもりとした胴体、そこから伸びる手足は亀の様。
太くて短いが、大きな胴体を支えるにはそれ位で無いと。
首と尻尾は長く、その両端は約25メートル程の距離が有りそう。
頭の位置は15メートル程、背中は7メートル程。
フサフサとした毛に覆われているそれは。
総合的に、恐竜の〔ブラキオサウルス〕に近い姿。
この世界には、残念ながら恐竜の類は存在しないので。
誰も知らないのは無理も無いが。
ただこの怪物らしき者には、背中に翼が有った。
同じく恐竜の、〔プテラノドン〕らしき翼が。
両翼の幅は、やはり25メートル程か。
それを勢い良く羽ばたかせ、空中へと浮き上がる。
翼が巻き上げる風によって、花々は散らされそうだ。
飛ばされそうになるのを必死に伏せって、何とか凌ごうとする魔法使い。
そこへダイエンが、追撃を命ずる。
風の起こる方へ向け、牽制の魔法を放つ。
ボボボボボッ!
ドンッ!
ドドドッ!
何発か命中したらしく、風の勢いが弱まる。
そのタイミングで、ダイエンが叫ぶ。
「撤収ーーーーっ!」
ガバッと立ち上がると、通路へ一目散に向かうダイエン。
慌てて起き上がり、それに続く魔法使い達。
目の前で繰り広げられる光景に圧倒されているクリスへ、ヘレンが声を掛ける。
「さあ!私達も行きましょう!ここは危険です!」
「で、でもヒィが……。」
「彼なら大丈夫です!さあ!」
「う、うん……。」
うな垂れながら、ヘレンに連れられ。
クリスも窪地から脱出した。
はあっ、はあっ。
はあっ、はあっ。
命からがら、通路を抜け切った魔法使い達。
来る時に踏み締めた雪道を、脱兎の如く駆け抜けて行く。
そして、男達が居る待機場所へ向け。
叫びながら走り続ける。
「来るぞー!来るぞー!」
魔法使い達の声が届いた、男達は。
『やっと俺達の出番か。』
『どうせ、対した事は無いだろう。』
『待ちわびたぜ……。』
思い思いに、そんな事を考えていた。
バサアッ!
大きな羽搏き音に。
『お出でなすった!』と大張り切りで、毛布を引っぺがすと。
突入の構え。
しかし、その目の前には。
必死の形相で逃げて来る、魔法使い達と。
その後ろを追い駆ける様に飛んで来る、得体の知れない姿の怪物。
思い掛けない大きさに恐怖心で一瞬怯むも、やはり屈強な身体を持っているだけあって。
勇気を奮い立たせ、ガバッと一斉に立ち上がり。
各々が。
「行くぞ!首を取るのは俺だー!」
「負けるかー!」
「俺が倒すんだ!」
「精々悔しがるんだな!俺に出会った事を!」
わーーーーーーっ!
本当は、逃げたいくせに。
踏み止まらせる為に、足の震えを抑える為に。
それぞれが自身を鼓舞する様な言葉を発しながら、怪物に突入する。
ここから、男達と怪物の激しい戦いが。
始まろうとしていた。