ヒィの交渉上手により、無事村内へ
レギーはソリを降りて、ヒィの下へ。
その時ヒィが、こう言った。
「これから何が有っても、表情を変えない様に。」
「え?そ、それはちょっと難しいなあ。」
変な注文をされ、困惑するレギーに。
ヒィが一言、アドバイスを。
「それじゃあ、こうしよう。君は最初から、困った顔付きで。これなら、脅かされたりしても凌げるだろう?」
「分かりました。やってみます。」
レギーは返事をし、『こうですか?』としかめっ面に成ってみる。
『上出来だよ』とヒィが言うと、レギーは嬉しそう。
『油断しない、崩れてるよ』と指摘され、慌てて戻す。
取り敢えず、気持ちの準備は出来た。
ヒィの左側にピタリと付きながら、レギーはモンシドの街道口へと向かった。
「ん?何だ、お前は?」
街道口へ着いて直ぐ、屈強な傭兵らしき大男に絡まれるヒィ達。
平然とした顔で、ヒィは告げる。
「〔セージさん〕と言う方に頼まれまして、宝物殿の怪物討伐へ参加しに来ました。宜しくお願いします。」
「セージ?誰だそりゃ?」
勘繰る大男。
身長は185センチ程だろうか、ヒィを見下す様な目付き。
『困りましたね』と呟いた後、ヒィは続ける。
「あなた方も、セージさんから依頼を受けたのでは無いのですか?てっきりお仲間だと……。」
「俺達は、あそこに居るお方に雇われたんだ。向こうに見えるだろ?場違いな格好をした人間が。」
クイと村の中央付近を指差して、大男が言う。
確かに、狩りの格好をしている連中の中に。
豪華絢爛な衣装を身に纏った男が見える。
年は30前だろうか、何処かの貴族の様な装い。
装飾模様がキラキラと光って、鬱陶しい事この上ない。
それは連中にあれこれ指示を出しているらしく、こちらが目に入っていない様だ。
そこでヒィは、大男に願い出る。
「セージさんのお知り合いかも知れません。お取り次ぎ願いませんか?」
「知り合いねえ。俺達にはそんな事、どうでも良いけどよ。」
『関係無いと分かったら、とっとと帰れよ』とヒィ達に言いながら。
大男は別の男を呼び、一応連絡してくれた。
その間、ずっと大男に睨まれているレギー。
子供がこんな所へ足を運ぶ事に、疑問を持ったのだろう。
当然と言えば当然。
おどおどした態度、しかめっ面を変えず。
何とか耐え抜こうとするレギー。
それが反って、信憑性を持たせ。
『ふん、臆病なガキが』と鼻であしらわれて、大男は村の方を見る。
少しの間の後、伝令役の男が戻って来る。
そして大男へ耳打ちすると、別の場所へ行ってしまった。
大男の顔からは、少しだけ威圧の気配が収まっている。
どうやら、ヒィの狙い通りだった様だ。
大男が告げる。
「あのお方がお呼びだとよ。本当に関係者だったんだな、お前等。」
「お取り次ぎ、感謝します。共に頑張りましょう。」
大男に一礼して、その横を抜けるヒィ。
それに続くレギー。
第1関門は、何とか突破。
問題は、これから。
気を引き締めて、ヒィとレギーは村の中を進んで行った。
「君達が、セージ殿から依頼を受けたと言う……。」
「はい。これをご覧下さい。」
そう言ってヒィは、懐から契約書を取り出す。
男はそれを受け取ると、サインの筆跡をじっくりと眺め。
一度軽く頷くと、契約書をヒィへ返す。
「どうやら間違い無い様だ。歓迎するよ。」
「ありがとうございます。」
ヒィは頭を下げる。
レギーも合わせてお辞儀をする。
男はレギーの顔を覗き込み、ポツリと。
「何処かで見た事が……ああ、エリメン卿の御子息では?」
「父を御存じで?」
レギーが言葉を返す。
男は言う。
「何度か伺って、多少面識が有る程度さ。君の姿もその時、屋敷で見かけたよ。」
「そ、そうですか……。」
チラリと、ヒィの方に目線をやるレギー。
それにウィンクで返すヒィ。
『困った顔をまだ続けろ』と言うサイン。
なので顔を緩ませる事はせず、返事もそれだけで留めた。
ヒィが男に言う。
「『目の前で討伐を見物したい』と聞かないものですから。ご容赦を。」
「構わないよ。これだけの戦力が居れば、大丈夫だろう。」
何百人もの男達を、ぐるりと手で指しながら。
男は言う。
ヒィは続ける。
「仲間が村の外で待機しているのですが、村内に入れても構いませんでしょうか?」
「おお!それは心強い。セージ殿が直接見定めた者達だ、さぞ強いのだろう。」
「恐れ入ります。」
ヒィがそう返答すると。
男は周りの者へ、ソリを中へ導く様命ずる。
そして改まって、男は自己紹介する。
「私は【ダイエン=メリド=グッサーラ】。【メリヤード国】の貴族で、ここの区長とは友好関係に有る者だ。私も頼まれて、宝物殿の怪物とやらを狩りに来たのだよ。」
「『ヒィ』と申します。宜しくお願いします。」
「相分かった。共に、存分に暴れようぞ。」
「はっ!」
一礼して、ダイエンの下から下がるヒィ。
ペコリとお辞儀をして、ヒィの後を追い駆けるレギー。
その後ろ姿を見て、ダイエンは不敵な笑みを浮かべていた。
ソリは丁度、街道口から右へと折れ。
大きめの小屋へと進められた所だった。
『ここを使えとの事だ』と案内して来た男に言われ、ジーノ達は早速荷を下ろし始める。
そこへヒィ達が戻って来る。
案内人2人は、ソリとキムンカを別の場所へ輸送。
その間に、残った人を集め。
ヒィが告げる。
「ジーノとアーシェ、後ミカは。素性を隠す事。良いね?」
「何か面倒臭いなあ。でも兄貴がそう言うなら……。」
「承知した。ヒィに従おう。」
ジーノとアーシェは、ヒィの言葉から何かを感じ取った様だ。
対してミカは、『詰まんなーい』と繰り返すばかり。
レギーとクリスを連れて、村内の見物に出かけた。
肝っ玉が据わっていると言うか、怖い物無しと言うか。
平然と歩き回るので、連中の方が困惑している。
『邪魔だ!退いてろ!』と怒鳴られても、一向に動じない。
天使としてのプライドだろうか、人間如きには怯まない。
その後ろを歩きながら、クリスは必死に辺りを観察する。
『少しでも情報が欲しい』、そんな目つき。
それが少し不思議だったレギーは、クリスとアーシェとのやり取りを知らない。
あの時、クリスは何を思ったのだろうか?
エドワーとヘレンは、再び荷降ろしへと戻った。
ジーノも戻ろうとした時、ヒィに止められる。
「ジーノ、アーシェ。少し話が有る。」
ヒィがそう言うので。
何だ何だ?
村の隅っこで3人が固まり、ひそひそ話を。
これは、ダイエンとのやり取りから得られた情報を。
3人で共有する為。
これは、レギーやクリス達に知られてはならない事項。
そして、ミカにも。
まあ、サフィの使いであるミカは。
こちらが隠しても、既に知っているだろうが。
それでも敢えて告げない、そこで明確に線引きする。
ミカはまだ、信用に足る者では無い。
その意思表示として。
アーシェとジーノは、ヒィの話を聞いて了承する。
そしてこれから立ち位置を、もう一度確認する。
誰が敵で、誰が味方か。
明確に判別出来無いこの状況で、どう動くか。
それを決め、3人は小屋へと戻るのだった。
やっと村へ辿り着き、拠点も確保したヒィ達。
どうやら村に集まった連中は明日、討伐へと動き出すらしい。
その時には……。
そこで考えるのを止め、ヒィ達一行は眠りに就くのだった。