モンシドは閑散と……してない!?
2日目に利用したドームも、綺麗さっぱりと消え去り。
2台のソリは街道を進む。
そして何とか夕暮れ前に、モンシドの街道口まで辿り着いた。
ここは渓谷の奥深い場所で。
昔々、辺り一帯が大規模崩落して出来た窪地に。
人間族が入植して造られた村。
なので気候は荒く、年を通して暮らすには辛い。
暖かくなり雪が解け出す頃、ここを拠点にして狩りが行われる。
そして時が進むと、今度は山菜取りの中心地として賑わう。
新鮮な内に加工しようと、商人が加工職人を伴って買い付けに来る。
その時期が、一番活気の有る季節なのだ。
だから、寒い真っ只中の今頃は。
村は閑散としている。
筈だったのだが……。
「何だ、これは……!」
レギー達の乗ったソリの運転席で、案内人が驚く。
村の中は、人でごった返している。
それも、数百人規模で。
商人と山菜取り人との商談は、道端での地べた市。
藁を編んで作られた敷物を地面に敷き、その上にずらりと山菜を並べ。
実物を見ながら『ああだ、こうだ』と、威勢のいい掛け声が飛び交う。
建屋の中で取引する訳では無いので、一時的な宿代わりに家々は使われる。
だから村内の建物の数は、一般的な村よりも少なく。
村の収容人数は、余り多く無い。
にも係わらず、この人集り。
しかも皆、しっかりとした狩りの服装と装備。
ガタイの良い、若い男ばかり。
何もかもが異常事態だ。
『様子を見て参ります』と、エドワーがソリから降り。
街道口へと向かう。
それを少し離れた所から、不安そうに見つめるレギー。
すると、もみ合いの様な様相と成り。
堪らずエドワーは、ヘレンを手招きする。
シュッと地面に降り立つと、スタスタとエドワーの下へ向かうヘレン。
群集は更に膨れ上がり、村をぐるりと取り囲んでいる木製の柵が押されて壊れそうだ。
大きな怒声が上がった後、片手を振り上げてソリの方へ向かって来ようとする群衆。
どうやらエドワーとヘレンには、止められなかった様だ。
ドドドドドッ!
勢い良く、ソリの方へ突っ込んで来る群衆。
それを見て、頭を抱えながら。
『怖いよー!』と、思わず漏らすレギー。
『情けない事言わないの!』とクリスが励ますも。
彼女もまた、内心は怯えている。
あれだけの数で襲われたら、一溜まりも無い。
「お逃げ下さい!」
「早く!」
エドワーとヘレンが叫ぶも、時既に遅く。
群集は、キムンカの前まで達しようとしていた。
もう駄目だ!
クリスがそう思い、目を瞑った時。
スッと、ソリの前に立ちはだかる影が。
そして。
ギンッ!
鈍い光が地面から沸き上がったかと思うと、ツルツルになった氷の道が生まれ。
その上を滑って転んだ連中は。
街道の右側に在る川の方へ向かっている、氷の道の終点までスーッと流れ。
次々に川の中へ。
ドボドボボッ!
まるでグチャグチャの泥を流し込むかの様な音を立てて、男達は川底へと沈む。
と言っても、源流が近いので水深は浅く。
溺れる心配は無い。
それでも膝下位は有るので、落っこちた連中は全身ずぶ濡れ。
男達は慌てて立ち上がり、身体を振るわせて被った水を払うが。
ビュウウウゥゥゥゥッ!
急に山から吹き下ろした風で、一気に体温を下げられてしまう。
川の中へ、再び崩れ落ちる男達。
その様を見て、ケラケラ笑うのはミカ。
「ざまぁ無いわね!アハハハハ!」
「うるさいなあ、ちったあ静かにしてくれよ。」
呆れるジーノ。
その声で、後ろのソリを見るレギー達。
クリスはてっきり、ヒィの仕業だと思っていた。
しかし肝心の彼は、アーシェと共にソリの上。
じゃあ、一体誰が……?
乗っているソリの前方へ向き直ると、何時の間にか影は消えていた。
そこでふと、レギーの口から。
「ヴィルジナルが助けてくれたのかなあ?」
「何で?私達を助ける義理なんて、向こうには無いでしょうに。」
「僕達は、〔ついで〕なのかもね。」
「あー、それは有るかも。」
雪のドームで泊まる際、ヒィ達の近くに見えた影。
宿を拵えてくれた者と、今回助けてくれた者が。
同一人物なら。
合点が行く。
でもどうして、そこまでしてくれるのか?
それだけは、幾ら頭の良いクリスとレギーでも。
把握出来無かった。
大人の事情は、彼等にはまだ早いのかも知れない。
仲間だろうか、川へ落ちた連中を引き上げる者達。
『ひ、卑怯だぞ!』と言う、意味が分からない捨て台詞を吐きながら。
群集は、村の中へと戻って行った。
入れ替わりにソリへと戻って来る、エドワーとヘレン。
レギーの下へ戻るなり、『申し訳ございません!』と土下座で平謝り。
『良いよ、良いよ』とレギーは宥めると。
エドワーへ尋ねる。
「どうして揉めたんだい?」
「それが、『獲物は俺達の者だ、関係無い奴はとっとと帰れ』と抜かすものですから。『関係大有りだ』と返したのです。そしたら……。」
「向こうが押し出そうとしたのかい?」
「はい。『お前等の様な奴等は知らん』と。それで言い合っている内に、もみ合いへと発展してしまいまして……。」
「私も加勢したのですが、止める事が出来ず。不覚でした。」
凹んだ様子のヘレンも答える。
レギーが2人に、優しい口調で声掛けする。
「いや、良くやってくれたよ。ありがとう。」
「「勿体無いお言葉。」」
更に頭を下げる2人。
クリスも2人に言う。
「そんな恰好をしてても、事態は好転しないでしょ?背筋を正しなさい。」
「「はっ!」」
頭を上げ、シャキッとした態度へ戻る2人。
改めてソリへ座り直し、今後について話し合う。
「このままでは、埒が明きません。」
「如何致しましょう?」
「エドワー。ヘレン。君達はここで待機だ。僕が行くしか無い、エリメン卿の代理として。」
「そんな!坊ちゃん!」
「危険過ぎます!」
「大丈夫。何とかするから。」
「いえ、成りません!」
「クリスティーヌ様からも、お止めの言葉を!」
2人からの嘆願に、クリスは。
こう返す。
「良いんじゃない、そうしたいんなら。」
「「ですが……!」」
「何事も経験よ。ねえ、レギー?」
「そうさ。ここで引き下がっては、名家の名折れだ。」
「じゃあ、俺が付いて行こう。」
「ハイエルトさん!」
ソリの右側からレギーに呼び掛けたのは、他ならぬヒィだった。
ヒィがレギーに答える。
「『ヒィ』で良いよ。どうやらあの連中は、訳有りの様だしね。俺の方が、都合が良いだろう。」
「で、でも……。」
不安に思うレギー。
これはペルデュー国内の問題。
これ以上、部外者を巻き込んでも良いのだろうか?
そんなレギーの考えを見透かす様に、ヒィは言う。
「巻き込まれ上等さ。既にもう、あいつに散々やられてるからね。」
「あいつ?」
「い、いや。忘れてくれ。村の中に居る奴等は、国外から集められたっぽいんでね。」
「そ、そうなんですか?」
「良く見なよ。身に着けている防寒着は、この辺りでは見かけない物ばかりだろう?」
「言われて見れば……。」
気持ちが焦って、そこまで観察する余裕が無かった。
ヒィの言う通り、着込んではいるが不完全。
何処か別の場所で調達して、ここへ来る途中で着用した様に見える。
それが不格好に感じた。
相変わらずの、ヒィの観察眼。
相手をまず知らなければ、対処のしようが無い。
これは基本中の基本。
そしてヒィは続ける。
「他にも理由が有るんだ。直々に御指名が有ったんだよ、俺に。」
「何方が、でしょう?」
不思議がるレギーに、ヒィは答える。
「薄々気付いてるんじゃないか?〔ヴィルジナル〕だよ。彼が、『付いててあげな』ってね。」