頼み事、その中身
地下に在るドワーフの町、〔ソイレン〕。
その全体を屋上から一望出来るであろう、4階建ての長の屋敷。
ヒィはナンベエに連れられて、黙々と横穴を通り抜け。
漸く辿り着いたのに。
サフィは当然の様に、屋敷の中でスタンバイ済み。
何なんだ一体、あいつは……?
色々と問い詰めたい気持ちを抑え、ヒィは長の屋敷へと入って行った。
屋敷の中は若干、ひんやりしていた。
建物自体の断熱効果と言うより。
土の中に在る町なので、気温が一定に保たれているせいなのだろう。
廊下はそれ程細くないが。
ドワーフの身体に合わせて作られているので、人間には少し窮屈か。
それでもヒィは、ギリギリながら立って歩ける高さを得ていた。
すれ違う時に半身になる事を除いては、特に苦にならない。
壁の所々に設置されている、ほんのりした明かり。
一定周期で輝く、鉱物の一種と聞かされた。
天蓋に在るのも、これの大きなバージョンらしい。
だから地上と同じく、昼と夜が在る。
ナンベエからそう聞かされながら、ヒィは屋敷の階段を昇る。
彼の話は、まだ続く。
唯一ここの暮らしで面倒なのが、換気。
燃え盛る金属を打ち据える為、ボウボウと焚かれる薪。
その他にも、調理や壁の消毒に火を使うので。
淀んだ空気や煙を、効率良く天蓋の穴から出さねばならない。
そして代わりに、新鮮な空気を取り入れる必要も。
取り入れ口は。
有害な物を取り除くフィルターの様な役目を、土が果たしている為。
定期的に交換する必要が有る。
あの日も、新たな取り入れ口を数名で掘っていた。
その時。
ガシンッ!
何かに、誰かのスコップが行き当たった。
試しにその辺りを掘り返してみると。
ガシガシッ!
ぶつかる甲高い音。
どうやら、何か大きな金属の塊の様だ。
『邪魔だなあ』と、作業をしている者皆が考え。
好奇心も有って、発掘して除去する事に。
周りを掘って行くと、結構大きな事が判明。
通気孔としては、精々直径50センチ程で上等なのに。
結局それを掘り起こすのに、穴の直径は3メートル近くになってしまった。
運良くそれは、町の絶壁から深さ50センチ程と浅く。
ポコッと外れる様に、町の底面へと倒れ掛かる。
危ない!
咄嗟に、作業していた者達が退避。
『バタンッ!』と言う大きな音が、町中に響き渡る。
そう思われた。
しかし。
シュッ!
底面へと辿り着く前に、その塊は目の前から消えてしまった。
その代わり、長の屋敷の屋上から『ガシャンッ!』と鈍く大きな音が。
何だ!?
長が驚いて、屋上へ昇る。
そこには、何と……。
「続きは、己の目で確かめると良いのじゃ。」
「はあ……。」
ナンベエに話をそう締め括られ、取り敢えずそう返答するヒィ。
確かに、内容がかなり不可思議だ。
土壁のそれ程深く無い所に、大きな金属の塊が埋まっているなら。
これまでに気付く者が現れる筈。
それが数百年も見つからず、眠っているとは。
到底考えられない。
何か、途方も無い理由が……。
そう思わずには居られない、ヒィだった。
人間が珍しいのか、それとも『例の〔何とかしてくれる奴〕が、こいつか』と感じているのか。
屋敷内ですれ違った、結構な数のドワーフ達は皆。
ヒィの顔をチラッと見遣る。
例に漏れず髭もじゃで、性別もヒィには分からないので。
にこやかな顔で、その場を過ぎる。
下手に話し掛けて、怒りを買っても仕方が無い。
事態が進展しなくなる可能性が有る。
のんびりとした交流は、頼み事と向き合った後でも出来る。
ヒィは自分に、そう言い聞かせる。
そして、目的地に着いた事を知らせるナンベエ。
「ここを上がれば、屋上さ。」
「話を聞いた限りでは、その掘り当てた物体とやらは……。」
「そう。屋上に在るのじゃ。何故かは知らんがな。」
『今でも信じられんよ』と、ナンベエは呟く。
実際、現場に彼も立ち会っていたそうだ。
目の前から消えたと思ったら、遠くから音がした。
慌てて音のした場所へと駆け付けると。
それは、瞬間移動でもしたかの様に。
そこに在った。
皆首をかしげ、頭が混乱。
不気味過ぎて、触るのも近付くのも嫌う者まで出た。
何かの前兆か?
ならば吉兆か?凶兆か?
それで議論が、町のあちこちで。
喧々諤々。
町中を引っ掻き回す程の大問題に発展した。
一番迷惑しているのは、屋敷で暮らす今の長。
長老達を集め、日々話し合う。
それでも結論は出ない。
その時現れたのが、あの娘さ。
ナンベエが、屋上へと上がった場所から少し先を指差す。
到着した2人の目の前に、佇む影。
ドワーフの長らしき者とそのお付き2人に囲まれ、『むっふー』と荒い鼻息でも出しそうなドヤ顔。
偉そうな態度なのに、その美貌で何事も誤魔化されそうになる。
それが。
「やっと来た!全く。ホンットに待たせるわねー、あんたは!」
「やっぱり、〔サフィとやら〕か……。」
ため息交じりのヒィの言葉が、気に入らなかったらしい。
ツカツカと歩み寄って来て、ヒィの両頬をギュッと掌で挟み込むと。
グリグリとこねくり回す。
「にゃ、にゃにを……!」
「この口が言ったの!? ねえ、この口が!?」
「うぐぐうぅーーっ!」
尚もこねくり続けるサフィの腕をガシッと掴み、ヒィは無理やり引き離そうとする。
むきになって、『離させるもんですか!』と力比べをするサフィ。
何とも不毛な争い。
横で見ているドワーフ達には、ただ単に仲良しさんがジャレ合っている様にしか見えない。
本当に、解決出来るのだろうか……。
不安がるのも無理は無い。
それを悟ったのか、グネッとサフィの腕を捻るヒィ。
『イタタタ!』と、腕を引っ込めるサフィ。
直ぐに、ヒィへ文句を垂れる。
「それが乙女に対する仕打ち!?」
「乙女なら、今のこの場の雰囲気ぐらい読め!」
「うぉっ!」
おでこへの手刀を、辛うじて躱すサフィ。
よろけた態勢のせいで、周りが見えた。
呆れ顔で立ち尽くす、ドワーフ達。
しまった!
あたしの威厳が……!
慌てて髪型を取り繕い、服をパンパンと払って。
『にへら』と、強引に笑みを浮かべる。
そして『コホンッ』と軽く咳をして、ヒィを長達に紹介するサフィ。
「こいつ……いや、彼が〔問題を解決するプロ〕よ!はい、拍手ーーーっ!」
はよう、はよう。
そう促され仕方無く、ドワーフ達はパチパチ。
或るドワーフが、ヒィの前まで進み出る。
すれ違った者達には無かった風格、湛える顎鬚の長さと艶やかさ。
『明らかに他のドワーフとは違う』、ヒィにそう思わせる。
お辞儀をしながら、自己紹介を。
「儂がこの町の長、【モンジェ】。ご足労頂き、感謝する。」
「いえ、こちらこそ。変な奴が急に現れて、さぞ迷惑だったでしょう?」
ここからは少し、ひそひそ話。
『俺もこいつとはついさっき、知り合ったばかりなんですよ。』
『そうなのかい?あの口振りからてっきり、昔なじみだとばかり……。』
困惑するモンジェだが。
『まあ良いわい、解決して貰えるなら……。』
と、仕切り直し。
モンジェがひそひそ声を止め、屋上の一角を指差す。
「あれが、問題のブツじゃ。儂等には、どうしようも無くてのう。」
そこに在ったのは。
斜めにぶっ刺さった、鈍く黒光る正方形の金属板。
あたかも何処からか飛んで来て、そうなったかの様な。
奇妙な風景だった。