区長達、キムンカ、そして町の外へ
朝食を皆で取った後、1時間程休憩。
その後、ヒィ達は続々と玄関先へ集まる。
クリスとレギーも、供を連れて屋敷の外へと出る。
クリスの荷物持ちは、女性の召使い【ヘレン】。
レギーの方は、男性の召使い【エドワー】。
2人共まだ20代前半と言う若さながら、ターレンからの信頼は厚く。
戦闘能力が高いので、普段はターレンのボディーガードをしている。
当然行軍訓練も受けており、荷物持ちとしては最適。
この事から今回、〔子息達の護衛〕と言う重大任務に抜擢されたのだ。
ターレンに『頼んだぞ』と声を掛けられ、『御意』と答える2人。
その光景に、自分に通じる愚直さを感じるアーシェだった。
相談の結果、ヒィ達は荷物の半分をターレンの屋敷へ置いて行く事に。
大半が着替えなので、これまでの旅路で汚れた分を洗濯して貰う。
残りを別の袋へ詰め替え、自力で運べる量にまで圧縮。
それを各々担ぎ、道中を進む。
そんな手筈。
ミカは元々荷物無し、だって天使だから。
こんな時にサフィが居れば。
魔法でちょちょいのちょいと、その都度綺麗に洗えるのだが。
致し方無い。
モンシドまでは、ソリで3日程掛かるらしい。
そこから宝物殿までは、己の足で。
何せ場所を隠しているのだ、何が起こるか分からない。
ターレン達区長は、防衛の観点から所在地を知っているのだが。
今回は付いて行く訳には行かない。
『その辺りは大丈夫です、こいつがどうせ知ってますから』と。
ヒィはミカを指しながら、ターレンに言う。
『まあね』と、さも当然の様にミカは返答する。
そんな会話を交わしながら、ターレンが先頭立って砦へと向かう。
隊列はターレン、クリスとレギー、荷物持ちの2人。
そしてヒィとアーシェ、最後方にジーノとミカ。
木製の回廊を通り、真ん中の交差点に在る大層な空間へと出た。
正五角形の形をした陣地、その1つの角に付けられた螺旋階段。
砦は4層構造となっており、2階に会議室の様な部屋。
3階に武器等の備蓄がされ、4階は辺りの監視をする展望台となっている。
強度を保つ為、基礎柱等は金属製で。
残りは木の板等を組み合わせている。
ここも屋敷と同じ塗料の様な物が塗られている所と見ると、砦にもヒダマが住み付いているのかも知れない。
そんな事を考えながら、ヒィ達は2階へと上がる。
そこには既に、他の区長が立っていた。
1階に居た数人は、恐らく区長の従者だろう。
部屋の狭さと重量軽減の為、椅子やテーブルは無く。
会議も立ち話の形式。
区長を務めるのは、ターレンの治める〔アウィ地区〕から時計回りに。
【アクォ地区】を治める【マーク家】。
【クウィ地区】を治める【ドンゴ家】。
【モーモウ地区】を治める【ペガル家】。
【ミドゥ地区】を治める【サーサル家】。
★を上下逆にした形で、左上に当たる谷の奥に在るモンシドは。
クウィ地区とモーモウ地区から通じている為。
ここを統べるドンゴ家とペガル家の2家には、どうしても話を通さねばならない。
しかし意外にも、2家共すんなり許可してくれた。
エリメン卿の要請を断れないからか、それとも『外敵から町を守る為』と前向きに考えてくれたからなのか。
もしかしたら、ヒィ達のパーティとしての特殊性を。
他の区長達もターレンと同様に、認めたからなのかも知れない。
自己紹介を受けた時、一様に驚いた顔をしていたから。
ともかく、会議は少しの時間で済んだ。
後は、モンシドへ直行するだけ。
谷を分断する様に走っている川には。
町を出た後、途中で幾つか橋渡しをしてあるので。
何方の地区からも向かえるのだが。
途中泊の都合上、進み易い方と成れば。
川の左片側、クウィ地区を通る方が良い。
と言う訳で。
フラスタを出るまでは、川なりにクウィ地区を進む事と相成った。
ドンゴ家の者が早速屋敷へ使いを出し、案内役を寄越す様手配する。
ガイドが到着する間、ヒィ達は質問攻めに。
こんなパーティーになった経緯や、各自の事情等。
山菜買い付けの商人以外は、滅多にこんな僻地を訪れない。
しかも、貴族やドワーフは尚更。
彼等には、突然の来訪が珍しかったのだ。
話せる範囲で、ヒィ達は語る。
『ほうほう』と頷きながら、耳を傾ける区長達。
その目は、爛々と子供の様に輝いていた。
案内役は2名、ソリを伴って参上した。
曳くのはこの地域特有の獣、〔クマ擬き〕の【キムンカ】と呼ばれるモノ。
2本足で立って歩き、外見はヒグマそっくり。
ソリ1台に付き1頭、かなりの力持ち。
ここでは頼りにされ、大切に扱われている。
それを貸してくれると言う事は、ドンゴ家にとっても『これは重要な事だ』と認識している証拠。
ソリは、ヒィ達がフラスタまで来るのに使用していた物と大方同じ。
本体前方に、2人掛けの運転席。
背中合わせに、2人掛けの座席が有り。
その後ろが荷台となっている。
違うのは。
キムンカが引っ張り易い様に、前方から人力車の柄の様な部分が伸びている事。
頑丈な金属製で、キムンカの怪力にも耐えうる構造を成している。
早速キムンカ達と話をしようと、ジーノが案内役の1人に付いて行く。
それに続いて、子供達2人とそのお付き。
ミカもトコトコ歩いて行く。
ヒィとアーシェは、5地区長に感謝の意を表し。
ドンゴ家の者と共に、砦を後にした。
回廊を抜けた先には、チラつく雪の中停まっている2台のソリが。
毛がフサフサなので、キムンカ達は涼しい顔。
逆にレギーは少し寒そう。
ずっと暖かな屋敷内で、ぬくぬくしていたツケか。
クリスと同じ防寒着なのに、プルプル震えている。
『シャキッとしなさい、シャキッと!』とクリスに発破を掛けられ、何方が年上か分からない。
片方のソリには、クリス達4人が乗り込み。
もう片方には、ヒィ達一行の4人が。
ミカは浮遊する様に重さが無いので、実質は3人だが。
ドンゴ家の屋敷は、谷へと向かう方向には無く。
扇形の地域の中心に在る。
なので、ここで見送る事に。
召使いの様な者達に囲まれ、去って行くソリに手を振るドンゴ家の者。
姿が見えなくなると、大勢を伴って屋敷へと帰って行った。
クウィ地区は、新興の区画とあって。
町並みは綺麗で、家々も新しい。
しかし何処か味気無く感じる。
行き交う人達の表情も、明るく無く暗くも無く。
淡々としている。
表情が硬くなる位に、厳しい寒さを乗り切る事が困難なのだろうか。
そう思いながら、ソリの上から眺めているヒィ。
運転席には案内役、その左隣にジーノ。
すっかり打ち解けたらしく、ジーノは案内役と談笑している。
それを背中越しに聞いているアーシェ。
ホッとした顔付きで、やや俯き気味。
『ドワーフはやはり元気でないと』、そう思っている様だ。
ヒィはふと気になって、もう1つのソリの様子をうかがう。
ヒィ達の前を先んずる様に、谷へと進むそれは。
運転席を背にして座っている子供2人が、何やら話している。
ソリに乗る前の、尻に敷かれている様な状況とは逆に。
今度はレギーが、クリスをやり込めているらしい。
渋い顔付きのクリス、それを宥めているらしい護衛の2人。
変に突っ込むと、クリスから逆襲されるので。
あくまでも〔話に深くは付き合わない〕スタンスを貫いている。
知恵比べでは、凄腕を誇る2人でも不利なのだ。
その光景が滑稽に思えるヒィ。
大人顔負けのクリスを凌駕するには、生半可な知識では駄目で。
知ったかぶりは格好の餌。
だから避けられるのかもなあ。
成長すれば、少しは心に余裕が出来て。
寛容さも生まれるだろう。
そうすれば、クリスも……。
他人の未来まで心配してしまう、お人好しのヒィなのだった。
2つのソリは、縦に並んで。
クウィ地区を突っ切って行った。
そして、フラスタを囲う石壁まで来ると。
こちらにも簡易的では有るが、関所の様な門が有った。
峰々から続く石壁は、川の上ではアーチ状となり。
更に向こう岸へと続いている。
対岸のモーモウ地区側にも、同じ様な門が見える。
この付近で、対岸へと渡る手段は無い。
それもこれも、町の防衛の為。
案内役が門を開ける様、守っている兵士へ指示すると。
木製の扉が『グゴゴゴオッ』と、ゆっくり開いて行く。
完全に開くと、案内役がソリを走らせる。
と言っても、手綱で操っている訳では無く。
ただ、歩く様声で指示するだけ。
キムンカとは、それ程の信頼関係が有る。
『やっほう!』とジーノは、運転席で歓声を上げる。
それに呼応する様に、キムンカが力強く歩き出す。
こうして無事に、ヒィ達はフラスタの外側へと抜けた。
ここからは、途中に設置されている宿代わりの小屋で泊まりながら。
雪道を進む事になる。
確実に、そして慎重に。
ヒィ達は、目的地へと向かうのだった。