屋敷に宿る火の精霊の、切実な事情とは
耳に魔法を掛け、精霊と対話し交渉する事で。
精霊と契約する。
そう述べたが、これに当てはまらない例が有る。
そう、〔ヒィ〕である。
彼はサフィが剣に炎を当てた事で、サラと話せる様になり。
それが結果として、契約成立の証となったのだが。
契約した後の精霊とは自由に会話出来る事も相まって、誰も疑問視して来なかった。
その不可思議な事象にヒィ自身が気付くのは、先の話。
ターレンの好意で、夕食は共に大広間で取る事となったヒィ達。
その時、明日モンシドへ発つ事と。
その為に他の区長の了解を取りたい事を、ターレンへ話すヒィ。
『了承した』とターレンは直ぐに、他の区長の下へ使いを出す。
『一度に済ませた方が、都合が良いだろう』との話で。
区長達との面会の場は、川の合流地点に設けられている【砦】とされた。
何でも、元はただの橋だったのが。
川幅が広がるにつれて改修を重ねた結果、その役目を担う様になったとか。
外見は寧ろ、〔回廊〕と表現する方が的確か。
要するに、橋の縁と上を塞いでトンネルと化し。
その交わる部分である箇所に、辺りを見通せる様高い建造物を増築した。
そうして出来上がったのだが。
何分、不安定なので。
最早、通行の為には利用されず。
専ら、区長が連絡し合う為の通路となっている。
それぞれの地区へ移動するには、合流地点付近を中心とした環状の橋々を用いる。
一周するのにそれ程時間は掛からないので、そちらで事足りる。
それに、便利過ぎるのも困り物。
外敵に一部を占領されたなら、そこから一気に全部を落とされかねない。
適度に融通が利けば良いのだ。
レギーと共に下がる際、『連れて行きなさい』と言い残した通り。
クリスは『付いて行く』と言って聞かない。
『足手まといになるだけだ』と、ターレンは許そうとしなかったが。
『僕が付いているから』とレギーが申し出たのと。
『別に良いんじゃない?』とミカが言い出したので。
渋々了承する。
クリスは大喜びし、旅の準備の為。
レギーと共に、速やかに部屋へと戻る。
『とんだじゃじゃ馬だ』と、クリスを表するターレン。
ヒィ達に頭を下げ、一言。
「宜しくお願いします。」
子供達を大切に思うターレンの気持ちが、ひしひしと伝わって来る。
『分かりました』と返答して、彼の気持ちを軽くする。
それで今は精一杯の、ヒィだった。
食事と風呂の間に、部屋にはベッドがセッティングされた。
元々在ったベッドの左隣に、ヒィの分が。
箪笥の前辺りに、ジーノとミカの分が。
子供用なのか、2人は小さいサイズ。
それでも、ベッドなだけまし。
ミカは少々不満顔だったが。
『サフィの所へ行くか?』とヒィに問われると、『ここで良い』と返す。
セージと旅をしているサフィの下へ行くのは、就寝の為では理由として憚られるのだろう。
それに、こちらの方が旅の宿としては豪華。
サフィはさぞ、ボヤいている事だろう。
そんな事を考えながら、4人はベッドへ潜り込む。
そして明日に備え、スヤスヤと眠りに就くのだった。
『おーい!おーい!』
夢の中で、ヒィに問い掛ける声。
ん?
誰だい?
ヒィが返事をすると。
〔彼〕は名乗る。
『良かったあ、気付いてくれた。僕はこの屋敷に住んでる火の妖精、【ヒダマ】の【ポウ】って言います。』
ああ、サラの言っていた妖精だね。
初めまして。
『宜しくお願いします。実はあなたに、折り入って話したい事が有りまして。』
何だい?
『この屋敷はもう、限界なんです。他の家々も同様です。』
それは、改築が必要だって事かい?
『いえ。僕達ヒダマと契約してくれる人が居ないのです。それで、各地のヒダマが消えかかっています。』
大変な事じゃないか!
ちょっと詳しく聞かせてくれないか?
ヒィはここから、夢の中で。
ポウの話を聞く事となる。
それは、以下の様な内容だった。
曽てこの町には、ヒダマと契約していた魔法使いが居た。
その力で火を起こし、生活に役立てていた。
しかし時と共に、その事実は忘れられ。
この町から、魔法に対する適性者がほぼ居なくなった事も有って。
一時、存亡の危機を迎えていた。
その時丁度、ターレンの話に出て来た魔導士が。
繋ぎでは有るが、契約の延長をしてくれた。
ターレン兄弟に魔法を教えたのも、契約者になってくれる事を期待して。
その意味合いも多分に含んでいた。
残念ながらターレンに魔法の素質は無く、兄もこの町を離れてしまった。
レギーに魔法使いとしての素質は無さそうで、最早これまでと思っていた。
そこに都合良く現れたのが、クリス。
彼女がそれを望むかどうかは分からない。
でもクリスには、魔法使いとしての素質が有る。
幸いにも、ヒダマは火の妖精としては最下ランク。
子供とも契約出来る。
年に1度で良い、この町に帰って来て契約を更新してくれれば。
家々のヒダマ達は存在を維持され、町は救われる。
だから、あなたから頼んで欲しい。
もうこれしか、方法が無い。
タイムリミットも迫っている。
〔残り2週間〕、それだけしか持たない。
どうか、どうか……。
ポウの悲痛な叫びにも思えたヒィは、快く引き受ける。
この町の安定の為、そして未来の為。
引き受ける理由は、もう1つ有った。
どうしてこんな間際まで、ヒダマ達は追い込まれてしまったのか?
それは。
あの悪い魔法使いが、所構わず魔法をぶっ放したから。
町に大した被害が出なかったのは、ポウ達が魔力を拡散させ。
直接的なダメージを、限り無く軽減したから。
その反動で、ポウ達の力は弱まってしまった。
本来なら、クリスが成長しその子供が出来る程の。
期間的猶予が有った。
それをあ奴が削ぎ落してしまった。
この事実を知らされた為、ヒィは決意したのだ。
許せない!
使命感とも言える何かが、ヒィの心に生まれた。
絶対に、クリスを説得するから。
それまでどうか、持ちこたえて欲しい。
そうヒィが告げると。
『ありがとうございます。あなたに全てを託します。』
そう言って、ポウの声は聞こえなくなった。
朝、目を覚ました時。
ヒィの頬に、涙の伝った後が。
驚いたジーノが、慌ててアーシェを起こす。
寝ぼけ眼でヒィの顔を見たアーシェは、ドキッとする。
一体、何が?
そう思わざるを得ない、異常事態に。
アーシェも戸惑っている。
「むにゃむにゃ……なあに?騒がしいわねー。」
呑気にミカが起き上がった時には。
ヒィも目を覚まし、ジーノとアーシェから心配の言葉を浴びせられていた。
何か、面白い事になってるわねー。
あの方にちょっくら、報告して来るか……。
シュッ!
ミカの姿が消えたのを見計らった様に。
『よいしょっ』と、サラが姿を現す。
そしてヒィと共に、ポウの願いを2人へ聞かせる。
何とも悲しい話に、2人も目を潤ませる。
そして。
「オラも協力するよ!」
「私もだ!放っては置けない!」
「ありがとう。感謝するよ。」
3人は堅い握手を交わして、誓い合う。
その様子を見たサラは、部屋の天井に向けて呟く。
「良かったね。」
何と無く、天井が煌めいた気がした。
それを見て、サラは直ぐに消える。
満足気な顔をして。
入れ替わりにミカが戻って来ると。
3人は既に涙を拭き、キリッとした顔付きに。
そしてモンシドへ向かう準備を、黙々と始めていた。