依頼の件、さてどうする?
国王が宝物殿で宝を守っている。
それも、かなり前から。
ターレンの話の内容を不思議に思う、ヒィとアーシェ。
『当然よね』と言った顔の、ミカ。
ターレンは深く息を吐いた後、ヒィ達に話す。
「〔獣人〕は、御存じで?」
「ええ。知り合いも多く居ます。」
そう返答するヒィ。
ターレンが続ける。
「その逆は?」
「と、言われますと?」
「〔人獣〕とも〔ワービースト〕とも呼称される存在です。」
「ああ、はい。」
「この先の話は、本当に内緒ですよ?良いですね?」
「勿体ぶらずに、チャッチャと話してくれよー。」
何時の間にか菓子を食べ終わったジーノが、そう急かして来る。
まどろっこしいのは嫌い、それがドワーフ。
一段と険しい表情となったターレンが、遂に告げる。
「〔国王〕とは、私達が勝手にそう呼んでいるだけです。その正体は、〔宝物殿を守護するワービースト〕なのです。」
「「えーーーーーっ!」」
呆気に取られる、ヒィとアーシェ。
人間族の頂点が、ワービーストだなんて。
確かに、秘密にしたがる訳だ。
そんな事が、他の種族に知れたら……。
動揺する、ヒィとアーシェに対して。
『勘違いしないで下さい』と、ターレンは付け加える。
「この国は決して、ワービーストに支配されているのでは有りません。宝物殿を守ってくれている事に感謝の意を表して、国王の地位を与えているに過ぎません。」
「は、はあ……。」
「なので『国王に弟が居る』などと言う事は、一切在り得ないのです。」
ターレンの説明には、何か気迫めいた物が有る。
少し考えた後、ジーノがターレンに尋ねる。
「でもさ、人獣だろ?種類に因っちゃあ、身内も居るんじゃねえの?」
「確かに、並みの獣なら存在するでしょう。しかし〔彼〕は、特別なのです。」
「どう、特別なんだい?」
「彼は実在する獣では無く想像上の存在、【山龍】なのですよ。」
「さんりゅー?確かに、聞いた事無いなあ。」
首をかしげるジーノ。
成れる獣に従って〔○○獣族〕と呼称する事は、前にも述べた。
しかし山龍に関しては、該当する獣が居ない為。
そうとは呼ばれない。
地龍や火龍、海龍は存在するのだが……。
絶滅した種類なのだろうか?
それとも、神々や魔族から分かれた系統なのだろうか?
ヒィがミカに尋ねるも、これ等を否定する。
「〔あの方〕に尋ねる事ね。まあ、答えが返って来るかは保障しかねるけど。」
ミカは敢えて、そう告げるだけだった。
ターレンは話し終わると、召使い達にテーブルと椅子を撤収させ。
自らもレギーを伴い、一旦この部屋から下がった。
クリスは興味が有ったので、ヒィ達の話し合いに加わろうとしたが。
『邪魔しちゃあ悪いよ』とレギーから釘を刺されたので、共に下がった。
『何処かに行く時は、私も連れてってよね』と言い残して。
ベッドは、寝る前に運んでくれると言う。
それまでは、このだだっ広い部屋の真ん中で座り込む事に。
元から在るベッドは、アーシェが使う事となったので。
話し合いの際も、鎧等を外したアーシェがベッドに腰掛けている。
絨毯の上には。
ベッドと向かい合う様に『ドカッ』と、ヒィが座り込んでいる。
その左隣、花瓶の在る方に。
ジーノが、ちょこんと。
その反対側、箪笥等が在る方には。
胡坐を掻いて腕組みをしたたまま、ミカがプカプカ浮いている。
まずは、ヒィが切り出す。
「さて、これからどうするか……。」
「取り敢えず、怪物討伐は無しだろ?兄貴。」
「だな。」
ジーノの意見に賛成のヒィ。
アーシェも同意する。
民の為に宝物殿を守り、『国王』と尊敬される程だ。
討つ道理が無い。
こっちはそれで良いが、根本的な解決にはならない。
アーシェが話す。
「セージは嘘を付き、私達を国王へ焚き付けようとしたのだな。恐らく。」
「そうだな。お互い消耗した所を、横から掻っ攫うつもりだったんだろう。」
ヒィがそう応じる。
と成ると、セージは偽貴族か。
それとも魔法使いか。
どちらにせよ、一度懲らしめておく必要が有る。
その算段だが……。
ヒィとアーシェ、ジーノの目線は。
当然、ミカの方へ向く。
ここまでお膳立てしたのだ、まだ何か企んでいる。
サフィの奴が。
その伝令役として動いている以上、ミカもその内容を知っている筈。
しらを切っても、もう通せないだろう。
そう考えたミカは、このタイミングを待っていたかの様にヒィ達へ告げる。
「明日ここを発って、宝物殿近くの村〔モンシド〕へ向かうわよ。全ては、そこで。」
「それは良いが、きちんと筋は通しておかねば。」
「筋?」
「そうだ。ここには区長とやらが、他にも居るのだろう?事情を知っているのなら、〔村へ向かう許可〕を貰う必要が有る。」
そう言うアーシェ。
事前に了承を取る事で、区長達の面目を保つ。
処世術とは、面倒な物なのだよ。
こう続けた後で、ミカに『良いな?』と同意を求める。
『仕方無いわねー』とミカも、渋々了承。
「じゃあその辺の事を、伝えに行くから。」
ミカはそう言うと、『シュッ!』と消える。
サフィは『変に相手を立てるせいで、計画がズレるじゃないの』と。
文句を言うだろうか。
それとも『想定内よ』と、鼻で笑うだろうか。
ミカが消えた後。
ヒィの右肩にヒュッと、小人が現れる。
そして一言。
「ふーっ、窮屈だったー。」
今の今まで姿を現すのを我慢していた、サラだった。
ヒィの肩を椅子代わりに、チョンと座る。
『お疲れ様、もう出て来ても良いのかい?』とヒィが尋ねる。
『まあね』と軽く返すサラ。
『そういや……』と思い出した様に、ヒィが呟く。
そして、サラに尋ねる。
「ミカが、さ。屋敷へ入る時、『剣が呼応している』って言ったんだけど。」
「その事かい?大した事は無いよ。格下の火の精霊が、屋敷に住んでるもんでね。挨拶したのさ。」
「屋敷の中に?特に何も感じなかったけど。」
「だろうね。ボクに遠慮したのかも。」
「オラは感じたぞ。屋敷内を駆けずり回ってる。」
『感じなかった』と漏らすヒィとは対照的に、ジーノは『感じた』言う。
サラの言う通り、契約主のヒィとの対話は控えられたのか。
それとも、ドワーフであるジーノだからそうなったのか。
何方でも、今は関係無い。
久し振りに話し相手が出来たので、火の精霊は嬉しいのか。
サラに向け、積極的に話し掛けているらしい。
サラはふんふんと、周りに居るであろう火の精霊の話に耳を傾け。
ヒィ達に説明する。
その火の精霊が語るに、板や柱に塗られている物は。
特殊な塗料。
精霊の通り道になっているらしい。
前は各家々が、暖房の為に全ての部屋で火を焚いていたが。
不用意に氷の精霊を怒らせない様、ここに来た魔導士が勧めた様だ。
このお陰で、薪が轟轟と燃えるのは調理と風呂炊きだけ。
つまり台所と風呂場に、火力の強い箇所を限定したのだ。
これなら冬に使用する薪も少なく、発する煙も押さえられる。
外へ出る熱量も大幅に減らせ、周りの環境に与えるダメージも軽減する。
この程度なら、氷の精霊は許容するだろう。
因みに、幼い頃のターレン達に魔導士が教えた魔法は。
精霊と対話する為、耳に掛ける物。
魔法を行使する為精霊と契約するには、その言葉が聞き取れないと話にならない。
だからこの魔法は、基礎中の基礎。
精霊の力を使わず、自らの生命力で行使する。
魔法使いを志す者の大半は、ここで脱落する。
持って生まれた性質なのか、それとも才能なのか。
その辺りは分からないが、ターレンは精霊と会話する事が出来なかった。
レギーも同様らしい。
しかしクリスは、サラの魔力を僅かながら感じ取っていた。
それが、『剣から伝わって来た、言い知れぬ温かさ』と言う訳だ。
もしかしたらクリスは、サラの声を聞く事が出来るかも知れない。
道中はサラが黙っていたので、それを確かめられなかっただけ。
それが事実なら、親をも超える魔導士に成れる可能性が有る。
もっとも、クリス本人がそれを望むかは別だが。
「おっと、あいつが戻って来そうだ。ボクは引っ込むよ。」
『良かったら君からも、彼に話し掛けてやって欲しい』とヒィに告げた後。
サラは姿を消した。
と同時に、ミカがシュッと現れる。
様子がおかしい事に気付いたミカが、『何が有ったのよー』と尋ねて回るが。
皆敢えて、押し黙る。
当然、屋敷に住む火の精霊も。
『詰まんないのー』と、少しご機嫌斜めになるミカ。
でも席を外したのは一時の間だけ、特に物珍しい事も起こって無いでしょ。
そう思い直したミカは、また部屋の中をふわふわ漂うのだった。