川で区切られた町、フラスタ
ペルデュー国の首都、フラスタ。
5つの谷と、5つの川。
それ等によって生み出された、扇状地の集合体に立地する都市。
川の交差点を中心として、5つの区画に分類され。
区長に当たる地位の貴族が、それぞれに居る。
エリメン卿は。
街道口から見て、流れ出す川の右側。
★を上下逆さにした時、右下に当たる地域を治める貴族で。
フラスタの代表も兼ねている実力者。
関所を閉じる様国王に進言したのも、彼らしい。
兵士達から、そう聞かされた。
そこでふと、ジーノが漏らす。
「国王って、何処に住んでるの?」
ヒィ達人間の感覚では、首都に居るのが普通。
だから、フラスタ内に留まっていると思い込んでいた。
ドワーフは各町村でリーダーが存在し、それが人間社会で言う〔国〕に当たるので。
ドワーフ全てを統括した長は置いていない。
つまり、人間と他のコミュとでは政治形態が違う。
だからこそ人間の暮らす場所では、周りの町村間の連携が大事。
それが連合体となって、他の勢力を牽制している場合も有る。
種族内ではどの道、リーダーは必要で。
それが王だったり、長だったりするのだが。
人間社会のシステムでは。
取り仕切る役目の者は首都に居た方が、色々都合が良い。
政治的決断も早くなるし、経済的基盤も構築し易い。
首都が大抵、地域の中心に置かれるのも。
そう言った理由から。
ジーノの居たソイレンの町は、偶々長の屋敷が展望台を兼ねていたから。
町の真ん中に在っただけ。
基本的には何処に住んでも良い、場所には拘らない。
屈強なドワーフだから、その様な選択性が有るのだろう。
種族間で非力な方の人間は、そうは行かないのだ。
その感覚の違いから、ジーノの疑問が出て来たのだが。
この問いに対し、兵士達からは何の返答も無い。
まさか、国王は既に追い出されたとか?
余計な事が、ヒィの頭に浮かぶ。
いやいや、それならもっと町中が騒がしい筈。
関所を封鎖したり、街道口に兵士達を配置している割には。
町の人達は冷静だ。
なら、どうして……?
すれ違う人々を見ながら、ヒィは考える。
でも行き着いたのは、『このまま考えていても無駄』と言う結論だった。
そこでヒィは、思い直す。
全ては、エリメン卿の屋敷へ着いてから。
今は出来るだけ、町の様子を観察しておこう。
きっと役に立つ、そう信じて。
フラスタは、領域が円形の町で。
綺麗な弧を描く、高い石壁で守られている。
それが築けるだけ、扇状地は広い。
でも最初から、町の規模は大きかったのでは無く。
徐々に拡張し、今の広さとなった。
川の合流地点を中心に、半径2.5キロメートルと言った所か。
広げるにあたり、起点となったのが。
エリメン卿の治める地域、【アウィ地区】。
なので建築様式は他の地域より古く、当時の暮らしが偲ばれる。
道も入り組んでいて、路地裏も多い。
敵が攻め込んできても、簡単に区長の屋敷へと到達出来ない仕組み。
それが有るので、アウィ地区では再開発は行われない。
耐熱性の高いレンガで組まれた家々には、もくもくと煙を上げる煙突が横に付いている。
昔から続く営み、寒い地域ならではの光景。
『古き良き町並みを保っている』、とまで言ったらお世辞だろうか。
〔古ければ、何でも良くなる〕訳では無いのだから。
目的地である屋敷は。
扇形を描く地域の、中心よりやや外側。
それは天然の城壁で有る山脈が、川の合流地点から見て丁度背と成るから。
守り易い、ただそれだけの理由。
他の地域は後から組み込まれたので、そんな柵は無く。
思い通りの町造りをしているらしい。
逆に言うと、エリメン卿の先祖が開拓して出来た町なので。
他の区長は、エリメン卿に頭が上がらない。
かと言って、他の地域の自治権はその区長に一任されているので。
皆満足し、エリメン卿が座する地位を掻っ攫う気は無い。
そんな事を考えるのは、他の地域から侵入して来た他所者位だろう。
そして最近、それを実行した輩が現れた。
セージの言っていた、〔或る貴族〕と〔魔法使い〕の正体が。
それに該当する可能性有り。
高いか低いかは、エリメン卿との面談に因る。
雪がチラつく中、ヒィ達はソリを走らせる。
それ程雪深く無い、アウィ地区の町並みの中を。
街道口から並行して走っていた川とは、早々に別れ。
兵士達の案内の下、あちこち動き回らされる。
『遠回りではないか』と思わせる程、到着に時間を取られる。
しかし兵士に言わせれば『早い方だ』との事。
それは、ここに何度も来た事が有るクリスのお陰。
兵士が知らない近道を、どんどん指し示そうとするので。
うっかり、案内要らずと成る所だった。
何から何までクリスの言う通りでは、兵士達の面目が立たない。
何よりも、細い裏路地まで指定されてはソリが通れないだろう。
そうアーシェに忠告されたので、必要な時だけ言う様になったクリス。
クリスが荒れるのを心配していたヒィは、取り敢えずホッとする。
態度が軟化して来た事を歓迎する、ヒィだったが。
クリスの胸の内は、果たして……。
漸く辿り着いた、エリメン卿の屋敷。
そこは周りに立ち並ぶ建物とは、一線を画する規模で。
ちょっとした要塞に近い。
開拓の拠点だった名残りか。
周囲をぐるりと、棘だらけの鉄線を巻き付けた鉄柵が取り囲み。
中の様子をうかがい知る事は出来ない。
上から越えようにも。
高さが3メートル以上は有る柵の先端は、槍の如く尖っている。
正面真ん中に、くり抜いて造った様なアーチが有り。
そこから出入りするらしい。
他に、門等は設けていない様だ。
不審な輩は、シャットアウト。
そう、圧を掛けている。
アーチは、半径2メートル程の半円。
敷地の内側には、横にスライドする形式の扉が設置され。
薄い鉄板なのか、鈍く黒光りしている。
何よりも、今は厳戒態勢なのか。
アーチの両側に1人ずつ、門番の様に兵士が立っている。
案内役の兵士が話し掛けると、門番役が中へ合図を送る。
すると間も無く、中央から左右に門がスライドして行き。
中に入る様促される。
棘を恐れてか、躊躇するエルクとムース。
『大丈夫』と宥めるジーノ。
ゆっくりと慎重に、ソリが進み出す。
2頭が小柄で助かった、大きければアーチに角が引っ掛かる所だった。
何とかソリの前方が中に入り込むと、後はスムーズ。
玄関先まで20メートルは続くであろう道を、スルスルと進んで行く。
そして玄関前で横付けされ、ソリは止まった。
屋敷の外観は、赤レンガ造り。
下方は更に、覆う様に土が塗り込まれている。
攻撃や寒さに対抗する手段か。
玄関は、普通の屋敷と同じ木製。
でも何やら、仕掛けが有るらしい。
ヒィの背中で、剣がキラリと光る。
それを見て、ミカがヒィに告げる。
「剣が呼応してるわよ。気を付けなさい。」
「え?そ、そうか。分かったよ。」
荷物を下ろしている途中だったヒィは、背中越しにそう言われ。
コクンと頷く。
荷物を全て下ろすと、ソリとツノジカ2頭はお役御免。
暫くは、持ち主である商人も到着しないだろう。
『私が話を付けておくわ』とクリスが言うので、取り敢えずは屋敷預かりに。
玄関から右方に見える馬小屋へと、一時移動。
やっとゆっくり出来る。
2頭の顔は嬉しそうだ。
『ありがと』とそっと呟き、それぞれ頬を撫でてやるクリス。
そして直ぐに、玄関へと戻った。
「さあ!ここからは、気合を入れるわよー。」
「何でお前が仕切ってるんだよ。」
「良いじゃない、誰が言っても。」
「いや、ここはその娘だろ。オラ達じゃ無くてさあ。」
ミカとジーノが揉めている。
元々ここに用事があるのは、クリスだけ。
ヒィ達はソリを借りる交換条件として、送り届けたまで。
本来ならここで、ヒィ達も別れる所だが。
この辺りの有力者に会って、どうしても確かめたい事が有る。
フラスタに着くまで見て来た光景は、どうもセージの言っていた事と違いが多過ぎる。
『彼なら事情を把握している』、ヒィとアーシェの意見は一致していた。
ならば、ここで離れる道理は無い。
鬱陶しそうな素振りで、クリスが言う。
「くれぐれも、粗相の無い様にね。迷惑だから。」
「ああ。心得てるさ。」
ヒィが返事すると、顔が真っ赤なのか。
プイとヒィの顔を避けるクリス。
どうやら、独りで訪問するのは心細かった様だ。
安心感からか、顔が緩んで。
それを見られたく無かったらしい。
ヒィ達にはバレバレだったが。
ともかく皆、玄関前に整列。
クリスが前、その後ろに左からジーノ・アーシェ・ヒィ・ミカ。
コンコンコンと、アーチから案内して来た兵士が扉を叩く。
何やら、合言葉の様なやり取りが有った後。
『ではどうぞ、お入り下さい』と、案内役の兵士が扉を開ける。
中からはふわっと、暖かい空気が。
それを逃がすまいと、速やかに入る様兵士から促される。
スイッとクリスが入り、続いて身軽なミカが。
アーシェ、ヒィと入り。
一番大きな荷物を背負ったジーノが、最後に入ると。
冷気を遮断する様に、さっさと扉は閉められた。
雪中の旅は、一先ず終わり。
これからヒィ達が会う人物、エリメン卿とは。
一体、どの様な人物なのか?
そして〔聞いた事と見た事の違い〕、その原因は明らかと成るのだろうか?