格の違い
畜生!
差別だ!
関所の向こうから、声が飛んで来る。
しかし少し経つと、そんな野蛮な叫びも何処へやら。
関所の一帯は、瞬く間に静まり返った。
群集はどうやら観念して、ワウへと引き下がったらしい。
クリスが名乗った、大魔導士とやらを信じて。
「どう?これが私の力よ。」
ほーっほっほっほ。
高笑いするクリス。
それに対して、ジーノは。
「親の名前を出して、威張ってるだけじゃねえか。」
「威光の力よ。そんな物も分からないの?」
「ふうん。」
やっぱり、ガキだな。
付き合ってると、面倒臭そうだ。
ジーノは暫く、クリスには話し掛けない事にした。
逆に考え込むのは、アーシェ。
ジーノの隣に座っているヒィが、後ろを振り返ってアーシェに尋ねる。
「さっきから、何を考え込んでるんだ?」
「あ、ああ。ペルデューの貴族と知り合いらしいし、兵士達も狼狽えていたのでな。何とか思い出そうとしているんだが……。」
「もしかして、『心当たりが無い』と?」
「そうなのだ。大魔導士と豪語するからには、かなりの実績を積んでいると思うのだが。」
カッシードまでその名が届いていても、おかしくはない。
何せ大公に、専属の魔導士が仕えているのだから。
でも、どうしても思い出せない。
アーシェの態度に不満なのか、クリスが言う。
「知らないって言うのは、可哀想な事ね。いい?私の父親はね。この世界の3大魔導士に数えられる位、凄いのよ。」
「ほう……どう凄いのだ?」
「どうって……凄いものは凄いのよ。説明し辛い位に。」
「それでは証明になっていないぞ。」
「仕方無いじゃない。肝心な時は、遠ざけられちゃってるんだから。」
「魔法発動時とか、傍に居た事はないのか?」
心配になって、アーシェがそう尋ねる。
『ええ』と不満そうに漏らした後、クリスは言う。
「私の前では、決して発動させないのよ。『直ぐに追い越される』と思って、技を盗まれまいと避けてるのよ。」
ほんっと、だらしない親よね。
グチグチと、棘がある言い方のクリス。
呆れた顔に成り、アーシェはクリスへ言う。
「君の親は、本当に魔導士か?」
「どうして?」
直ぐにそう返すクリス。
そうだと信じているのか、そう思いたいのか。
返事をするクリスの目に、曇りは無い。
ならばこれ以上は聞くまい。
アーシェも押し黙る。
そこへ。
「そのちびっ子の言ってる事は、大体本当よ。あたいが保証するわ。」
「ミカ!」
アーシェが声を上げる。
金髪にワンピース。
この極寒の地域では、場違いな格好。
どちらかと言えば、暑い地域が似合う見掛けの涼しさは。
見ている者を震えさせる。
悪戯好きの様な、不敵な笑みを浮かべ。
荷物の中からひょこっと現れた天使。
『よいしょ』と、荷物の天辺へ座り込む。
ヒィがミカへ声を掛ける。
「登場が遅かったな。」
「まあね。こう言うのは、タイミングが大事だから。」
インパクト重視、らしい。
その証拠に、突然の登場で驚いている者が。
「な、何よ!あなた!何時、潜り込んだのよ!」
わなわなしながら、右手でミカを指し。
びっくり仰天な感じで、クリスが叫ぶ。
明らかに同年代の子供、でも何処か不気味。
返答によっては、ここから落としてやる!
そんな剣幕で威嚇する。
そんなクリスを尻目に、ヒィと話し出すミカ。
「大人しいものね。」
「大っぴらに姿を現す訳にも行かないからな。早速目を付けられた様だし。」
「ああ、あの氷の妖精?大胆よねー、手助けする振りして近付いて来るなんて。」
「助けられたのは事実だからな。仕方無いよ。」
「それでジッとしてる、と。こいつらしくないなー。」
「まあまあ、言ってやるなよ。」
何よ何よ何よ!
私を無視して、何話し込んでるのよ!
しかも内容が、全然分かんない!
何の事を話してるの!
説明して頂戴よ!
そう言いた気に、手をあたふたさせているクリス。
『自分が置いて行かれている』事より、『自分の知らない事が有る』方が苦痛らしい。
すると急に、ミカがクリスの方を見やる。
背筋がゾクッとするクリス。
『はあーっ』とため息を付き、ミカがクリスに告げる。
「本当なら、あんたみたいな雑魚は相手にしないんだけど。状況的に宜しくない、か。」
「生意気な事を言うわねー!私を誰だって思ってるのよ!」
「ガキでしょ、ただの。たかが人間の分際で、あたいに偉そうな口を利くな。」
「何ですってー!」
「『知らないって言うのは、可哀想な事ね』。さっきあんたが言った言葉を、まんま返してあげる。」
そう告げた後、座ったまんまの格好で。
スウッと空中へ浮き上がる。
ソリが街道を進む中、座っているクリスの頭上を。
その状態でグルグル回ると。
元の荷物上へ着陸。
ミカがクリスに言う。
「どう?これでも、あたいが人間だと思う?」
「……!」
言葉が出ないクリス。
無知なのは、自分の方だった。
そこで漸く、ミカから異質なオーラを感じ取る。
これは、人間の物じゃ無い。
だったら、この子は一体……?
悔しくて、目をウルウルさせるクリス。
唇を噛み締める姿は、少し痛々しい。
そこへヒィが、ミカを諭す様に言う。
「『たかが人間で、たかがガキ』。それ、俺にも当て嵌まってるんだけどな。耳の痛い事、言わないでくれよ。」
「あんたは別でしょ?あの方のお気に入りだし、あいつも認めてるんだから。」
「それとこれとは別。仮にも〔天使〕なんだろ?弱者を虐める様な行為は、慎んだ方が良いんじゃないか?」
「それもそうね。あたいにも利益は無いか。」
ミカはそう言って、少し態度を改める。
子供扱いされて、怒鳴り返したいのはやまやまだが。
この男、確かに〔天使〕って言った。
それが本当なら、私の敵う相手じゃない。
さっきの空中浮遊と言い、物怖じしない態度と言い。
敵対すると厄介だ。
これまでの経験を踏まえ、そう考えたクリスから。
口を突いて出た言葉は、意外にも。
「ごめんなさいっ!」
頭を下げ、顔を真っ赤にするクリス。
素直に成るって、こんなに恥ずかしい事なんだ……。
新鮮な感覚、でも何処かもどかしい。
そんなクリスの頭をポンと叩いてやる、アーシェ。
そして、共に頭を下げる。
「許してやって欲しい。この通りだ。」
「まあ。あんたにまでそう言う態度へ出られちゃあ、許さない訳には行かないわね。分かったわ。水に流しましょ。」
「ありがとう。」
そう言うと、ゆっくり顔を上げるアーシェ。
ホッとすると共に、涙が零れ落ちるクリス。
今まで意地っ張りに生きて来たけど、子供にはやはり堪える。
クリスはここで、『安易に決め付けず、相手を認める』と言う考え方を学んだ。
性根は簡単に修正出来ないが、徐々に直せば良い。
ヒィはそう思うと共に。
アーシェも、心得ているな。
貴族としての立ち居振る舞いを。
クリスと一緒に謝罪する態度を見て、感心するヒィ。
その地位に奢る事無く、相手をきちんと見定めて礼を尽くす。
そして。
他の者の模範となる様な行動を、常に心掛ける。
立派だよ、あなたは。
騎士として、貴族として。
アーシェの事を改めてそう認識し、共に旅が出来る事を感謝するヒィだった。