とあるドワーフの町へ
明かりで照らしながら、ナンベエが先導する。
その後を、窮屈そうにヒィが続く。
これ以上天井を高くする事は、色々事情が有って無理だとか。
その割には、フキの町のど真ん中に深々と穴を開けていたが。
あれは良いらしい。
基準が曖昧過ぎて、ヒィには良く分からない。
その竪穴も、用が済んだとの事で埋め戻された。
正確には、『下げた地面を、元の高さまで戻した』との事。
この世界でドワーフと言えば、〔土の妖精〕である。
土の精霊の加護を受けて、砂や土や石を自在に操れる。
しかし、精霊の中にも格付けが有り。
高レベルの精霊と契約出来れば、もっと強力な技が発動出来る。
もっとも、そんな事は殆ど無いが。
精霊にも自覚は有る。
言われるままにホイホイと力を貸すと、碌な事にならない。
レベルが高い者程、その事を良く知っている。
だからこそ妖精と言えど、力を行使出来る範囲は限られているのだ。
横穴の天井をヒィに合わせて高く出来ないのも、その辺りが理由だろう。
ヒィは、そう納得する事にした。
トコトコ歩く事、十数分。
短い間に、随分進んだ。
それは。
周りの土壁が、歩く速度よりも早く過ぎ去って行く事からも感じ取れる。
ベルトコンベアーの様に、動く歩道の様に。
地面が奥の方へと、自動で流れているのだ。
これも、ドワーフの力に因る物らしい。
但し、動かしているのはナンベエでは無い。
ナンベエはただ合図を送っただけ。
客人を早く送り届ける為、仲間に協力を仰いだのだ。
だったら、歩かずじっとしていても良いのでは?
そう思うかも知れない。
しかし皆、気が早んでいた。
ナンベエの側も、ヒィの方も。
ジッとしてなどいられなかった。
それは、出迎える側も同様だった。
更に数分が経ち。
前から眩しい光が漏れる。
思ったよりも早く到着した様だ。
『フウッ』とナンベエは、棒の先に灯っていた火を消す。
そして軽くピョンと跳び上がり。
目の前に在る、くるぶし程に下がった段差へと移る。
そこが町の地面。
ヒィも真似して跳び移る。
しかし人間のヒィには、高低差など感じられなかった。
それよりも、特筆すべき点が幾つか。
町に入って真っ先に感じた事は。
かなり深い筈なのに、日が照っている様に中が明るい。
その証拠に、目の前に広がる景色は。
直径はざっと2キロメートル程か、円形に広がる底面。
それを覆う様に、ドーム状の天蓋。
地面から伸びた絶壁は、50メートル程の高さから半球型に湾曲している。
天の半球には、キラキラと光る物があちこちに見られる。
どうやらあれが光源らしい。
ヒィは見た事が無いので、人間の社会では滅多にお目に掛かれない代物なのだろう。
町中へ目線を移すと、やや低いながらもしっかりとした造りの建物。
レンガを積み上げて、その外側を泥で塗り固めている。
予め綿密に計画を立て、それを元に図面を設計しているのだろう。
増築はどれもされていない。
建物の中で暮らす人数も、4~5人までに決められているようだ。
合わせて、生活スタイルも制限している様に思える。
何せ地下空間に設置出来る建物は、用途や数が限られている。
ドワーフの数が増えた所で、簡単には空間を拡張出来ないだろう。
天蓋に見える、通気口の様な穴。
これまで潜り抜けた沢山の煙からか、縁が真っ黒。
そこからも、彼等の暮らし振りが偲ばれる。
では何故そこまでして、地下で暮らすのか?
それは、ドワーフの保有している【技術】が絡んでいる。
元々このドワーフのコミュは、地上で暮らしていた。
地面を掘っては、鉱石等を採掘し。
他のコミュと取引して、食料を得ていた。
より奥へ、より深く。
地面を掘り進める為、強力な道具を作り出し。
その副産物で。
精錬や金属加工など、鍛冶に特化した技術を手に入れた。
基本的にドワーフは、争いを好まない。
なのにこのコミュは運悪く、好戦的な種族に目を付けられ。
武器や防具を大量生産する様、或る時迫られた。
それを断ると、『従わぬなら逆に滅ぼす』と脅された。
余程、その技術が脅威だったのだろう。
なので、このドワーフコミュは。
適当に粗悪品を押し付け、その生産と同時並行で地下を掘り進め。
敵に悟られない様、移住先を確保した。
そして一斉に、地上から姿を消す。
与えた粗悪品は、文字通り耐久性も硬度も劣る為。
役に立たず、戦では使われなかった。
憎しみを込め、敵は曽てのドワーフの町を焼き。
粗悪品を打ち捨てた。
それはヒィが地下の町を訪れる、何百年も前の事。
ドワーフも敵も、当時の確執は跡形も無く消え失せていた。
ただもう慣れてしまったので、ここに住み続けている。
何事も無ければ、ずっと。
ずっと。
それなのに……。
「昔話は退屈かい?」
町中を案内する間、とうとうと語るナンベエ。
ナンベエの問いに、『いえ』と返すヒィ。
『済まんね』と、ナンベエ。
頼み事を請け負って貰う為に、どうしても理解して欲しかったらしい。
その背景を。
つまり、発見された〔或る物〕によって。
町の平穏が脅かされている。
ここを捨て、移住するかどうか議論しなくてはならない程の。
それ程の代物らしい、問題のブツは。
何処で、どうやって見つかったのか?
ナンベエから、不思議な答えが返って来る。
「気が付いたら、そこに在ったんじゃよ。」
「前には無かったんですか?」
〔気が付いたら〕と言う、妙な文言が心に引っ掛かり。
ヒィはナンベエにそう尋ねる。
「そうなんじゃよ。在る筈の無い場所に、それが在るんじゃ。」
「在る筈が無い?」
「左様。見たらあんたも驚くじゃろうよ……おっと、着いたわい。」
ナンベエが連れて来た場所。
そこは。
地下空間の中央からやや外側にずれた所に建つ、一際立派な建物。
他は精々2階建てまでなのに、それだけは外見から察するに4階建て。
しかも、屋上まで在る様だ。
ヒィの方へ向き直り、ナンベエが言う。
「ここがその場所、〔長の屋敷〕じゃ。」
ドワーフの長は、代々世襲では無く。
その時々で、『相応しい』と皆に思われている者が推薦で選ばれる。
だから、この屋敷の主はコロコロ変わる。
『縁起が悪い』と言えば交代し、『祈願の為』と言えば交代する。
権力に柵が無いのは、争いを好まぬドワーフならではだろう。
或る意味羨ましく、ヒィには思えた。
ならば、俺も。
決意を新たにし、問題に向かい合おうとするヒィ。
しかし、いきなり屋敷から聞こえて来た素っ頓狂な声で。
興を削がれてしまった。
それは。
「だーかーらー、もう直ぐ来るってば!ホント、ホントよー!……あ!」
まさか、この甲高い声は……!
窓らしき横壁の凹みを見やるヒィ。
すると案の定、憎たらしく思える髪とおでこがヒョコリと。
そしてパッと引っ込めたかと思うと、今度は片腕を突き出して。
『中に入れ』と言わんばかりにブンブン振り回し、ヒィ達を屋敷内へと促す。
苦々しい表情になりそうなのを押さえるヒィ。
その顔を見上げるナンベエが、不思議そうに言う。
「あの娘、何で既に屋敷へ居るんじゃろう?儂達とは、一緒では無かった筈じゃが……。」
「済みません!済みません!」
迷惑を掛けていると思い、必死に頭を下げ謝るヒィ。
内心ヒィは思っていた。
どうせ尋ねても、『ファンタジーだから』とやら抜かして押し通すのだろう。
どんな原理か知らないが、先回りするなんて。
俺の立つ瀬が無いじゃないか。
全く……。
そこで頭がこんがらがって来る。
流石に不憫に思ったのか、頭を下げ続けるヒィにナンベエが。
「とにかく、長に会って貰えんか?謝るのはその後でも……。」
「……そ、そうでした!済みません!」
何故かまた謝ってしまう、ヒィだった。
長の屋敷に、何が在ると言うのだろう?
それに手招きする、さっきの〔歩く地雷〕。
嫌な予感しかしない。
モヤモヤとした気持ちのまま、ナンベエと共に。
屋敷へと入る、ヒィだった。