お届けモノは、厄介モノ
次の日。
ワウの村を出発する3人。
幸いにもソリには、引っ張る為の〔トナカイ擬き〕が付いて来た。
何でも。
ペルデューへ向かう、或る商人が急病に罹り。
何日かワウで養生する羽目となって、困っていたとか。
どうしても届けなければならないモノが有って、無理にでも動こうとするので。
アーシェが見かねて、『代わりに運ぼう』と申し出た結果。
ソリとセットで、借りる事が出来たのだと言う。
それは、ソリで輸送するのが大げさに感じたので。
アーシェは疑問に思っていたのだが。
その〔モノ〕とは……。
「やっぱり楽ちんだなあ。」
ソリの操縦をしながら、ジーノが嬉しそうに言う。
その前方には、2人掛けの運転席が有り。
右側にジーノ、左側にアーシェが座っている。
足元までソリの前面が覆い被さっているので、風による寒さもそれ程感じない。
〔トナカイ擬き=角が小さいヘラジカ〕2頭が、ソリを引っ張る。
体長が2メートルちょっとと、ヘラジカとしてはやや小柄な2頭は。
商人がそれぞれ、右側を【エルク】。
左側を【ムース】と名付けて、可愛がっているらしい。
両者共、ご主人の姿が見えないからか。
表情が少し、寂しそうだ。
それでも、懸命に駆けて行く。
運転席から背を向ける様に、荷乗せ側にも席が有るのだが。
そこには、ジーノの真後ろにヒィと。
〔お届けモノ〕が座っていた。
「ねえねえ。お兄ちゃんは何しに行くの?」
「ちょっと、見たい物が有ってね。そこまで行くんだよ。」
「ふーん、そうなんだー。」
アーシェを背にして、ちょこんと座っている〔少女〕。
彼女こそが、『お届け者』。
名前は【クリス】らしい。
商人からは『様』付けで呼ばれていたので、何処かのお偉いさんの娘なのだろう。
本人は、特別扱いを嫌がっていたみたいで。
付添人が替わると分かった途端、「『様』なんて付けないで!〔クリス〕って呼んで!」とせがんで来た。
その時、ヒィの事を気に入ったらしい。
彼の傍から離れようとしないので、ソリの席順もこうなった。
服も手袋も帽子も。
スカートも、その下から見えるズボン及び靴も。
高級毛皮の様に、フサフサのモコモコ。
全体を茶色で統一した、防寒スタイル。
帽子は円柱型で、クリスの頭にスポッと嵌っている。
そこから垂れ下がる黒髪は。
長旅でも大丈夫な様に、短く誰かが切ったと見える。
きのこの様に膨らんだ、ショートヘア。
毛先が内側へ丸まっているので、そう感じられる。
やや白っぽい肌の中で、青みがかっている瞳が目立つ。
あどけない表情で見つめられると、心が吸い込まれそうだ。
見た目は10才位の少女、しかし中身は大人顔負け。
俗に言う〔天才〕で、気に入らない者に突っ掛かっては論破し。
心をへし折って、周りから追い出していたらしい。
そうしている内に、何時の間にか孤立していた。
『このままではいかん』と、親が決意し。
同じく天才と噂される者の下へと、遣わす途中だったとか。
その辺りの事情を、『内緒ですよ』と商人がこっそり教えてくれた。
それは。
付添人を替わって貰って直ぐに、突き放されるのを防ぐ為と。
アーシェが〔カッシード公国の貴族の出〕だと言う事を、知らされたから。
気位の高いクリスとも、やっていけるだろう。
そう安心した商人は、ワウで病気の治療に専念。
『直り次第、追い駆けます故』とは言っていたが。
クリスに絡まれて、知恵熱でも出たのでは?
アーシェは、そんな気がしていた。
それにしても謎なのは。
クリスがヒィにご執心な事。
確かに男前では有るが、抜きん出て美少年な訳でも無い。
その事を一番分かっているのは、ヒィ本人。
薄々、『自分に興味が有るのでは無い』と感じ始めていた。
チラッチラッと、時たま見せる視線は。
ヒィの背中を向いている。
しつこく後ろを見て来るので、いい加減アーシェも気付く。
そこで切っ掛け作りとばかりに、アーシェがヒィに話し掛ける。
「そう言えば、その剣の調子はどうなのだ?」
「あ、ああ。大人しいもんだよ。」
ヒィが返事をする。
何気無い会話、でもそれだけでクリスは確信する。
意を決した様に、クリスはヒィに言う。
「ねえねえ。その剣、ちょっと見せてくれない?」
「え?別に良いけど。」
ヒィは背中から剣を取り出し、スッとクリスの前へ差し出す。
早速、あらゆるアングルから眺めるクリス。
真っ赤な刀身、でも刃に切れ味は見られない。
中央辺りが外へ反っているのと、剣先が丸い事を除けば。
鈍らに見える。
でもこれから感じる、不思議な温かさは何……?
「ちょっと握らせて。良いでしょ?」
確かめようと、更におねだりするクリス。
ああ、こいつ図に乗り出したよ。
運転しながら、後ろの会話を聞いているジーノ。
クリスの言葉に、『しっぺ返しでも食らわないと良いな』と考える。
うーん、下手に傷付けるのもなあ。
そう思いながらも、『ちょっとだけだよ』と柄をクリスの方へ向けるヒィ。
ギュッと柄を握るクリス。
振り回そうとしても、少女には重かろう。
プルプル震えながら、やっと天へ掲げる。
そして一気に振り下ろす。
『ガンッ!』とソリの底へぶつかるも、傷1つ付いていない。
何よ、この役立たず。
特別な効果も見られない、ただ刃が赤いだけじゃないの。
詰まんなーい。
そう思ったクリスは、グルグルと剣を振り回し始める。
「あ、危ない!危ないから!」
ヒィが止めようとするも。
クリスは余計に振り回し続け。
そしてとうとう、外側へポイーッと投げ捨てる。
ニヤリと笑って、クリスはヒィに言う。
「大事な物なんでしょ?拾って来たら?」
ハハハハ!
詰まんない物を持ってる、あなたが悪いのよ!
正体を見せ、高笑いするクリス。
あなた達ももう、用済みだわ!
誰が、ペルデューなんて僻地に行くもんですか!
ハハハハ!
尚も笑い続けるクリスに、アーシェが呟く。
憐れんだ目付きをしながら。
「周りから人が居なくなる訳だ。詰まらんのは、お前の方だったな。」
「何よ!偉そうに!」
「だったら、彼の手元を良く見る事だな。己の浅ましさを自覚するだろう。」
「どう言う事っ!こんな男、大した奴じゃ……。」
そう言いながら、ヒィの方を振り返るクリス。
目の前の光景に思わずギョッとし、顔が強張る。
ヒィの手元には。
「う……嘘でしょ?」
さっき投げ捨てた筈の剣を、ガシッと握り締めているヒィ。
確かに外へ放り投げたわ!
な、何かの間違いよ!
そう声を荒げながら、クリスは。
ヒィの手元から剣を強引に取り上げ、もう一度ポーイッと捨てるが。
次の瞬間にはまた、ヒィの手元に。
むきになって、怒るクリス。
「何がどうなってるのよ!訳分かんない!」
「君も知らない事が、この世界には幾らでも溢れているのさ。」
「そ、そんな事無い!在る筈無い!」
「でも在るじゃないか。ここに。」
パンパンと剣身の腹を優しく叩きながら、ヒィは言う。
それでも、まだ。
「わ、分かったわ!あなた、魔法使いなんでしょ!そうなんでしょ!」
ヒィの顔を指差して、今度はレッテル張り。
何としても負けまいと、ヒィに張り合うクリス。
しかし、ジーノが止めを刺す。
投げやりな言い方でクリスに、こう告げる。
「『知らないと言う事実』を、面と向かって認めない間は。兄貴の凄さなんて分からないだろうさ。お子ちゃまなんだよ。所詮、お前は。」
「ぐっ!」
返す言葉が無い。
言葉に詰まるクリス。
今までは反論し論破する事で、事実を遠ざけていた。
そうやって、自分の尊厳を守って来た。
プライドが高過ぎたクリスは。
自分としっかり向き合うチャンスを、悉く手放していたのだ。
幾ら天才と持て囃されても、限度と言う物が有る。
何時かは壁にぶち当たる。
そこで心が折られ、立ち直れなくなるのはクリス自身なのだ。
手遅れになる前に旅へと出した、親の判断は正しかった様だ。
こうして、早々にプライドをへし折ってくれる相手と巡り合えたのだから。
シュンと成るクリスの頭を、剣身の腹でコツンと叩くヒィ。
分かったかい?
そう言わんばかりに。
その反動からなのか、涙目となったクリスは。
暫しの間大人しく、黙って俯いているだけだった。




